勤労感謝、四人の妻達
――俺達が家族になってペトリュス領から帰ってくると、何やらメイド達の様子がおかしかった。
緊張の糸が解れて、泣き出す者もいるほどだ。
ユグドラティエさんに話を聞くと、俺達が旅立つと同時にマルゴー様が泊まっていたらしい。
確かに、それは緊張しただろう。
新年から続く緊張の嵐。そんな彼女達を労って、今日の夜は勤労感謝の宴をすることにした。
「――皆さん、新年早々大仕事の連続お疲れ様です! 今日は、好きなだけ飲んで食べてください。乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
「美味しい! これが噂のチーズを使った料理ですか? 見て見て~、凄い伸びる~」
「トマトに合いますね、コレ。具材もいっぱい乗ってて、色んな味が楽しめます」
「何よりワインに合う! モグモグ」
労いのメニューはピザにしてみた。
肉が乗った物、野菜中心の物、シーフードの物など種類豊富なピザパーティー。
ここにいる殆どはチーズを食べたことがないはずだし、こう言った食べ方が食べやすいだろう。
「もう! セイジュ様、シルフィード殿下に続いて王妃様まで! 私達本当に大変だったんですからね」
「いえいえ、何時も皆さんには感謝してます」
「でも、王妃様にお褒め頂いて嬉しかったです! 王宮のメイドと遜色ないって……」
「その通りですよ。皆さんは当家の規則をしっかり守ってもらってますし、僕の自慢の家族です!」
「セイジュ様……家族だなんて……よーし! これからも頑張るぞ!!」
「ええ、お願いします。でも、辛い時は俺やセギュールさん、ツクヨミに言ってくださいね? 無理をして、体壊しては元も子もないですから」
無礼講と言うこともあって、パーティーが始まると俺の周りにはメイド達の人垣が出来上がる。
普段は当主と使用人の立場を重んじてくれているが、今は年相応の可愛らしい姿が見れて嬉しいものだ。
彼女達の生活を守る為にも、しっかり頑張らないとな。
「――ただいま~っと。あれ? 何か美味しそうな匂いがする」
「お帰りなさい、エルミアさん」
「あ!? セイジュ君、今日帰ってきたんだね?」
「はい。マルゴー様をお見送りして、今は屋敷の皆さんでちょっとした宴会をしてます。エルミアさんの分も勿論あるので、一緒に食べましょう。って、重そうですね? 手伝いましょうか?」
玄関にエルミアさんの気配を感じ出迎えた。
彼女は、俺の顔を見るなりパーッと明るい顔になり満面の笑みだ。
しかし、何やら重そうな荷物を抱えている。
「あぁ、これ? 部屋に飾ろうと思ってね。大丈夫だよこれくらい……いや、やっぱり手伝ってもらえる?」
「はい、分かりました」
一瞬だけ考える素振りをしたエルミアさん。
受け取った荷物を二階の部屋に運ぶ。
彼女の部屋に入ると華やかなゼラニウムの香りが立ち込め、何とも心地よい。
指定された場所に荷物を置くと、不意に後ろから抱きしめられた。
「お帰り、セイジュ君」
「ただいま、エルミアさん」
「じゃあ、おかえりの口づけして?」
あぁ、二人きりになりたかったのか。
エルミアさんと軽く唇を重ねる。
挨拶程度にしたことが不満だったのか、部屋を出ようとするもその手が阻む。
「ちょっと、セイジュ君?」
「はい、何でしょう?」
「キミ達が帰ってくるまで、何日掛かったと思う?」
「え~っと……十日くらいでしょうか」
「十四日だよ。つまり、私はセイジュ君と十四日も口づけができなかったわけだ。今ので満足できるわけがないでしょ。だから、もっと気持ちを込めて…して……?」
再び正面から抱きしめられ、唇を重ねた。
離れ離れになっていた時を取り戻すように、彼女の舌が絡みつく。
そして、お互いが満足したのを確認して食堂に戻った。
「おう、エルミアお帰りー。こっちにオマエのも用意してあるぜ」
「セイジュ様! どこ行ってたのですか? まだ、話は終わっていませんよ。こっちに来てください」
食堂に戻ると、またまたメイド達に囲まれる。
気軽に当主と離せるチャンスを無駄にしまいと、ここぞとばかりの気迫だ。
エルミアさんは、セレスさんに呼ばれ妻達が集まるテーブルに向かった。
早速揶揄われているのだろう、顔を真っ赤にしながら両手をブンブン振っている。
そりゃそうだ。
彼女を手伝って三十分以上も帰ってこなかった。
勘ぐられても仕方ない。
「――ふっふっふっふっふ。改めて我ら四人が集まったら決めることがあるのじゃ。シルフィーとマーガレットには二年後にまた話し合えば良かろう」
「何だ、ユーグ? 変な笑い方して?」
「決めることですか? お師匠様」
「あぁ、何となく読めたぜ」
「それは、勿論坊やのことじゃ。それも、どういう順番で夜坊やの部屋に行くかじゃ?」
「ブフ――ッ!! ゲホッ…ゲホッ……ユーグ、急に何言ってんだよ」
「いや、重要じゃ。ここにいる者は皆坊やの妻。愛し、愛されたいじゃろ? じゃからこそ、ここはしっかり決めておかねばならんのじゃ。それとも何じゃ? エルミアにセレス、初めての時は付いて行ってほしいのか?」
「そ! そんなことありませんから! 私だってセイジュ君と……」
「そこは大丈夫です、ユグドラティエ様! 俺がセレスティアに付き添いますから」
「オマエは変なこと言ってんじゃねーよ! ガーネット」
「そうかそうか。その意気なら問題ないじゃろ」
「でも、お師匠様……あの……私達の誰かを毎夜相手にするとなると……セイジュ君的には大丈夫なんですか? その……体力的に…とか?」
「ん? 坊やなら大丈夫じゃろ。うむ……お主達、近くに寄るのじゃ。坊やは日頃紳士的じゃが、する時は――」
宴もたけなわな人垣越しに見えるユグドラティエさん達は、何やら嫁会議をしているようだ。
楽しそうに話している姿は微笑ましい。
やっぱ、家族仲良くが一番。
盛り上がっているみたいだし、俺は一足先に風呂にでも入ってこようかな。
一旦お開きにするよう指示を出し、各自の判断に任せる。
そのまま二次会に突入する者や、真面目に仕事に戻る者。
料理もワインも余裕があるし、後は各々で楽しんでもらえば良いだろう。
「あぁ~、断然ウチの風呂が一番だな。ペトリュス卿の屋敷にも風呂はあったが段違いだ。馬車旅の疲れが吹き飛ぶぜ~」
湯船に浸かり、天を仰ぎ見る。
湯気に霞む天井と檜の香りに満たされたリラックス空間。
冷えた白ワインでも飲むかと『アイテムボックス』を探っていると、外からドタドタと足音が聞こえた。
ユグドラティエさんとエルミアさんの声か?
『坊やは何処じゃ? 風呂か!?』や『セイジュ君、酷いよ!』っと怒っている様子。
何か怒らせることでもしたか?
思い当たる節はないが、勢いよく浴場の扉は開かれた。
「坊や! 大人しく我らにも透明ワインを出すのじゃ!!」
「セイジュ君、酷いよ! セレス達には振る舞ったのに、私達には出してくれないの!?」
「前を隠せ! 前を――ッ!!」
怒涛の如く飛び込んできたのは、全裸のユグドラティエさんだった。
いや、風呂だから全裸は当たり前だけど、何時もはタオル巻いてますよね?
思わず突っ込まずにはいられなかった……
「前じゃと? 今更別に良いじゃろ。我らは番なんじゃから。でも、こ奴はまだ恥ずかしいみたいじゃ? 怒りながらも、いそいそとタオルを巻く姿は実に滑稽じゃったわ」
「お師匠様、今はそんなこと関係ないでしょ! あぁーッ! 手に持ってるそれでしょ、透明ワイン!」
丁度『アイテムボックス』から取り出した白ワインを、エルミアさんに見つかってしまった。
実はこれは、ペトリュス領で出した物より数倍質が良いやつで、隠れて飲もうと思っていたのに……
「ぬふふふ……坊や、観念して飲ませるのじゃ」
「セイジュ君、お姉ちゃんに隠し事は良くないよー」
「坊主ーッ! ユグドラティエ様ーッ!! 俺達も来たぜ」
「だから、ガーネットさんも前を隠せ! 前を――ッ!!」
ワインを渡せとにじり寄る二人に援軍登場である。
壊れんばかりに扉をフルオープン。
ガーネットさんに連れらたセレスさんも乱入だ。
ズカズカと恥ずかしがる様子もなく、俺の隣に座り込む。
後ろに付いてきたセレスさんもちゃっかり隣をキープ。
ふーっと気持ち良さげな吐息を漏らし、肩に頭を預けてきた。
「な!? あのセレスが恥ずかしがらずに、堂々とセイジュ君の隣を占領している……」
「エルミアよ、これが人間の恐ろしいところじゃ。覚悟を決めた人間は我らの十年、二十年を軽く飛び越える。今のお主とは絶対的な差があると思い、励めよ?」
「いや、アタシ今めちゃくちゃ恥ずかしいからな……」
ユグドラティエさんとエルミアさんは真剣な話を始めたが、セレスさん的にはかなり大胆なことをしたっぽいな。
彼女の行動を愛おしく思いつつ、別の白ワインを取り出した。
「折角、五人集まったのですからこっちで乾杯しましょう」
「これも、透明ワインか? エールみたいに発泡しておるのぅ?」
「はい、透明ワインの進化形です。しっかり冷やしてるので爽快感があると思いますよ」
四人のグラスにスパークリングワインを注ぎ、乾杯をする。
その雫を飲み込んだ彼女達は驚愕、そして歓喜の表情だ。
グラスの底から立ち上がる泡越しに、妻達の弾ける笑顔が見て取れた――




