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メイド達の心労、第四の派閥

「――ねぇ?」

「何よ?」

「私疲れてるのかな? 先日おもてなしが終わったはずの王妃様が、ヒルリアン様とお茶してるのが見えるんだけど?」

「あぁ……あんたは昨日休みだったから知らないと思うけど、セイジュ様達がペトリュス領に出発したでしょ? マーガレット様も付いて行ったから、一時的に王妃様の安全をここで預かるんだって」

「王宮より安全って……何ここ…怖い……」

「まぁ……セイジュ様だからね……」




 ――セイジュとセレスティア達が家族になる旅をしている最中、オーヴォ家のメイド達の心は休まらなかった。

 何故王妃マルゴーが連日ここで寝泊まりしているのか?

 勿論ユグドラティエやツクヨミが居る限り、オーヴォ家はどの家より安全だ。


 (はる)か雲の上の存在であったマルゴーを、こうも近くに感じる。

 メイドとしての最高峰――王族への奉仕が絶対的優越感と幸福感を生むと同時に、決して粗相(そそう)は許されない緊張感と使命感。

 薄氷(はくひょう)を踏むように、綱渡りをするかのようにメイド達の精神を削る。


 しかし、マルゴーは極めて友好的だった。

 一目で彼女達の名前を憶え、優しく微笑んでくれる。

 風の噂ではマルゴーのことを『社交界最高の女狐』や『黒薔薇姫』などと呼ぶ(やから)がいるらしいが、メイド達に映るのはセイジュ同様の魅力溢れる人物であった。


 そんな彼女の相手をするのはユグドラティエだ。

 後ろにはツクヨミとセニエ。

 マルゴーの後ろにはセギュールが(はべ)っている。

 当然恐れ多くて近づけない空間だが、セニエだけは一人のほほん気分。

 メイド達は彼女の胆力に称賛を贈った。




「そろそろセイジュ卿達は、ペトリュス邸から帰ってくる時間かしらね?」

「じゃな。セレスの奴上手くやっとるかのぅ? 坊やのことじゃから、心配はいらんと思うのじゃが」

「ふふ、信頼してらっしゃるのね? 卿のこと。(うらや)ましい限りですわ」

「何を言っておるのじゃ。お主だって信頼されておろぅ? 坊やがここまで良くするのは、家族以外に珍しいのじゃ」

「ええ、勿論大変嬉しく思っておりますわ。ねぇ? ユグドラティエ、そろそろセイジュ卿が何者なのか教えてくれませんこと?」

「――それを聞いて、どうするつもりだし?」

「止めい、ツクヨミ。殺気を抑えるのじゃ」


 マルゴーの問いに、即座に反応したのはツクヨミだ。

 青藍(せいらん)の瞳から光が抜け落ち、殺さない程度の殺気が漏れ出す。

 姿勢を正しピクリとも動かないが、瞳だけはしっかりマルゴーを見据えている。


 セイジュと記憶領域を共有しているツクヨミ取って、セイジュの正体はトップシークレット。

 契約者の安全の為なら、一戦も辞さない忠義が牙を剥く。

 彼女の一息で王都全体が一瞬で灰燼(かいじん)と化すかもしれない中で、マルゴーは余裕の笑みを浮かべた。


「安心してください、ツクヨミ。私は卿を無理に利用したり、束縛するつもりはありませんわ」


 マルゴーとて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)(うごめ)く社交界を生き抜いてきた女傑(じょけつ)

 脅しの殺意など彼女には通じない。

 確かに感じたであろう死の足音を、スラリと受け流したのだ。


「しかし、私は良くても()()()()が……ね?」

「と言うことは、どの派閥(はばつ)じゃ?」

「私以外全員。レオヴィル第一王子派とラスカーズ第二王子派は躍起(やっき)になっていますわね。後は、ロマネ婦人もですかね。水面下で何やら怪しい動きをしておりますの。無論当人ではなく、『周りの大人達』がですわ」

「側室のお嬢ちゃんまで出てくるとはのぅ? 坊やもモテモテじゃな」

「セイジュ卿もシルフィーも少々目立ち過ぎましたわ。あの娘はまだ成人前ですし、卿も貴女の紋章を持っているから、おいそれと手を出さないと思いますが……はぁ~」


 そこまで言い掛けたマルゴーは、ため息交じりにティーカップに口を付ける。

 確かに今の二人は目立ち過ぎだ。


 片や新進気鋭(しんしんきえい)の男爵――冒険者としての実力は勿論、豊穣の森の素材と巨万の富を持ち王妃の寵愛(ちょうあい)を受けるシルフィードの婚約者。


 片や先祖返りの上位精霊を宿す王女――マルゴーの美しさをそのまま受け継ぎ、子達の中で一番の俊英(しゅんえい)。『勇者』に次ぐ魔力を持つ『魔導王女』の異名を冠する薔薇水晶のお姫様。


 だからこそ、別の選択肢が出てくるのだ。

 例え、彼女が王位継承権を放棄していたとしても……


「別の派閥が出来たのじゃな?」

「ご名答ですわ……王子派にもロマネ派にも属さない、所謂(いわゆる)中立派が『シルフィード殿下こそ王に相応しい。オーヴォ卿には殿下を補佐する立場を!』ですってよ……中立派は発言力の大きい諸侯(しょこう)も多く、余計に頭が痛いのです」

「そして、その色男にはヒルリアン、グロリイェール、ドゥーヴェルニの後ろ盾があるのぅ? 坊やには困ったもんじゃ、うんうん」

「うにゃ……そこなのですわ。セレスに関して公表は(まぬが)れませんが、貴女達二人に関しては秘密でお願いします。はぁ~、もうどのお茶会にも行きたくありませんわ。ここでダラダラ過ごしますの……」

「ハハッ、お主にしては珍しく弱気じゃな。何じゃったら、昔みたいにヨシヨシしてやろうかのぅ?」

「もう! 何時までも子ども扱いしないでくださいまし!!」


 テーブルに突っ伏して弱気を吐くマルゴー。

 王族らしからぬ振る舞いに、ユグドラティエは手を伸ばす。

 しかし、彼女は一瞬嬉しそうな顔をしながらも頬を膨らませプイっと横を向いた。



「――でも、セイジュと繋がってるあーしなら分かるけど、彼ピッピは全くそう言うのに興味ないし。(むし)ろ、強制されると全部捨ててソロ充になる」

「私も同意見ですな。セイジュ様に仕えてそこまで経っておりませんが、あのお方は全てを俯瞰(ふかん)していらっしゃる。自分自身すらも他人事のように、っと言うのは不敬ですが為政者(いせいしゃ)向きではございません。相談相手でしたら、傑物(けつぶつ)中の傑物ですが」

「では、ゆくゆくセイジュ卿には国の宰相(さいしょう)に……って、そう上手くは行きませんわよね。はぁ~」


 ツクヨミとセギュールからセイジュの頭の中を伝えられては、ますますため息は深くなる。

 一番良いのは、王子どちらかが王になってシルフィードがサポート。

 それでも解決しないようなら、セイジュに相談。

 これがセイジュを王都に留まらせる最良の手段だと考えた。


「まぁ、まだ見ぬ未来を(なげ)く必要はないのじゃ。マルゴーは各派閥が暴走しないように、しっかり見張っておくのじゃぞ?」

「はいはい、分かっておりますわ。こちらは婦人達の伝手を使って押さえておきますから、ユグドラティエも軽はずみな行動は控えてくださいね」

「了解じゃ。ほれ、坊や達帰ってきたみたいじゃぞ?」


 遠くの門から『お帰りなさいませ、セイジュ様、セレスティア様』と聞こえた。

 ユグドラティエ達五人も正門へ向かう。



「あらあら? 四人とも幸せそうな顔してますわね。大成功と言った感じかしら」

「お帰りなのじゃ」

「只今戻りました。って、マルゴー様もいらっしゃってたのですね」

「いらっしゃるも何も、坊や達と入れ替わりで泊まっておるのじゃよ。見てみい、メイド達の疲れた顔を。当主としては労ってやらんとのぅ?」

「御機嫌よう、セイジュ卿。実は……卿にマーガレットを寝取られてしまいまして、ユグドラティエに相談しておりましたの。めそめそ……」

「い、いえ……寝取るなんて……」

「セイジュ様、揶揄(からか)われております」

「ふふ。では、私はこれでお(いとま)致しますわ。メイドの皆さんも慣れぬ者の相手大変だったでしょう。それでも皆さんの所作は洗練されており、王宮の者達と遜色(そんしょく)ありません。これからも、よしなに……マーガレット、行きますわよ」

「はい! セイジュ様、行ってまいります」


 セイジュが帰ってくると同時に、マルゴーも帰ることにした。

 これからは、オーヴォ家の時間。

 マーガレットも置いていってやりたいが、そうもいかない。



 用意された馬車に乗り込み、軽く手を振り挨拶。

 王宮に向かう途中、マルゴーは今日一番の真剣顔でマーガレットに問う。


「――して、今回の旅での馴れ初めは?」

「はい。セレスティアに関しては、覚悟を決めながらも恥じらっていたご様子で、セイジュ様もかなり意識しておりました。『トランプ』に興じながらも、目はセレスティアを追って――」


 始まったのは恋バナだ。

 マーガレットは、今回の旅の顛末(てんまつ)を事細かに説明をする。

 行きの馬車内でのこと、ペトリュス領に着いてからのこと、プロポーズのこと。


 多少誇張(こちょう)はしたが、(おおむ)ね間違いはない。

 マーガレット姉妹も娶って貰ったことも説明すると、マルゴーは脚をバタつかせ天を仰いだ。


「いや~ん。手を繋いだ後に膝枕。セイジュ卿からの愛の告白に、涙で応えるセレス。姉妹共々受け入れる卿の器。決めましたわ! セレスの次の物語は『セレスと冒険者貴族の艶聞禄(えんぶんろく)』ですわ!」

「仰せのままに」


 セレスティアの冒険譚、冒険者セレスシリーズの監修であるマルゴーは次の物語の構想に入った。

 次の話は間違いなく傑作になるだろう。

 当の本人はゾクッと背中に嫌な汗を感じ、マルゴーが帰った白亜の王城を見上げていた――

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