透明ワイン、双子の罠
――ペトリュス領に着いた俺達は、早速今年のワインを試飲。
チーズやペトリュス卿の娘さんの話題に触れたところで、俺からの話題を出した。
ワイン発展の為の一手。
白ワインの話題を出すと彼は、鋭い眼光を向けてきた。
「――透明なワインだと?」
「はい。先ずは論より証拠、これを飲んでみてください」
俺は『アイテムボックス』から事前に造っておいた白ワインを取り出し、皆さんのグラスに注いだ。
グラスに注がれた液体は無色透明。
しかし、得も言われぬ香気を放っていた。
「何と香しい……溌剌とした果実の香りに香草か? 葡萄の香りもしっかりしておる。果たして味は……?
「本当に透明ですわ……でも、香りは間違いなくワインそのもの」
「何時もの赤いワインとは香りが違いますね。どちらかと言えば、薬草や香草の香りを感じます」
「いやいやいや、これ絶対チーズに合うだろ。それもあれだ? エルミアが好きなぷるんぷるんのやつ!」
香りを楽しむ四人は、様々な感想を言う。
総じて白ワインの特性を掴んでいるようで、一口飲んだ総評は総じて『美味い』だった。
「これはどういうことだ、オーヴォ卿! 味は確かにワインだ。しかし、何と言えば良いのか今までのワインと比べて鮮烈な透明感を感じる」
「このワインは錬金術で皮や種、軸も分離させて果肉のみで造った物です。あくまで予想ですが、ここでのワイン造りって収穫した葡萄を全て潰して造ってますよね?」
「その通りだ。大地の実りを余すところなく使い切る。それが、神への感謝であり美味いワインの造り方だと受け継がれてきた。いや待てよ。と言うことは、皮や種を取り除けば私達でもこれを造れると……?」
「その通りです。僕は錬金術と言う魔法を使って造りましたが、手作業で取り除けばペトリュス領でも生産は可能だと思います」
「ふふ…ふふふ……ぶっはっはっはっは!! マルゴー様とドゥーヴェルニ卿には感謝する! よくぞ、この者を紹介してくれた。こうしちゃいられん。お前達! 早速透明ワインの生産に着手するぞ! オーヴォ卿達はゆっくりしておいてくれ。今日の夕食は楽しみにしておれ!」
そう言うと、彼は使用人達と一目散に駆けだした。
残された俺達はもう少しワインを楽しむとしよう。
「で、実際ここで透明ワインは造れると思うか? セイジュ」
「う~ん……ここまで透明にはならないと思いますが、時間を掛ければ出来ると思います」
「そうか。それにしても、オマエがこんな隠し玉用意してるとはな。まだ、マルゴー様やユーグにも出してないんだろ?」
「そうですね。マルゴー様から依頼がきて、急遽造りましたから。皆さん以外誰も飲んだことないとはずです」
「はえ~、それはまた貴重な体験をさせてもらったぜ。ってことは、これで坊主の指名依頼も終わりか? 十分ペトリュス領のワイン発展に貢献できただろ」
「後は、もう少しペトリュス卿と情報交換をしたいですね。熟成の話もしたいみたいですし」
「成程~。じゃあ、それが終わったらいよいよだな! い・よ・い・よ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべたガーネットさんは、俺とセレスさんを交互に見つめる。
いよいよ……つまり、『プロポーズは仕事の後で』の時間だ。
改めて言われると、お互い意識してしまい酔いか照れか分からないほど赤くなっている二人がいた。
――葡萄畑が茜色に染まり涼風が窓から吹き込む頃、夕食に呼ばれた。
本来ならメイドが同席するのはあり得ないが、あくまで客人と言うことでマーガレット姉妹も一緒に楽しむ。
料理は期待以上の出来だった。
野性味溢れるジビエ料理。
領内で捕れた鳥獣は王都で味わう物とは一味違い、何よりワインに凄く合った。
話題が弾む晩餐の中で、とりわけペトリュス卿はご機嫌だ。
何でも白ワインの仕込みをもう終わらせたらしい。
俺の話を聞いて、使用人や農夫をかき集め人海戦術で葡萄から皮と種を取り除いたとか。
『透明ワインは今後ワインを二分する物になる!』と興奮気味に語り、ワインの未来をまるで自分の子供のように楽しみにしている。
その姿はとても好感が持て、互いに満足いくまで話し合った。
食後のお茶も楽しんだら、今日は解散と言うことでお開きになった。
ペトリュス領は基本朝が早く、どの家も日が昇れば農作業に精を出すとのこと。
風呂も用意して頂け、上がった頃には屋敷の明かりは殆ど落とされていた。
そして、俺は思い出してしまった。
部屋にはデカいベッドが一つだけで、四人で寝る精神的戦いが待っていることを……
若干の緊張感を胸に客室に戻ると、想像を絶する光景が広がっていた。
「すいません、少し遅れました。僕もお風呂頂き――ッ!!」
「お帰りなさいませ、セイジュ様。どうなさいました? 変な声を出して? あ? 申し訳ございません。メイドとしての仕事は終わりましたので、楽な恰好をさせて頂いております」
「いや~、途中からメイド服脱ぎたくて堪んなかっただわ。やっと窮屈な恰好から解放されたぜ。あ~、そう言えば俺達の寝る時の姿って見せるの初めてだな」
「おい、セイジュ……その……あんま見んな……よ?」
うん、そりゃ初めてだ。
ユグドラティエさんやエルミアさんのラフな格好は何時ものことだが、この三人の寝間着姿は見る機会なんてなかった。
特にセレスさんは鎧を脱いでも、屋敷では令嬢らしい落ち着いた格好。
それが今では純白のネグリジェに袖を通し、控えめなレースのフリルがとても女性らしい。
肌の露出も最低限で、彼女の魅力を引き立てていた。
それとは対照的にガーネットさんは開放的な姿だ。
スポーツブラのような薄い布一枚にショートパンツ。
肩もお腹も脚も露わにし、活動的な彼女にピッタリなのだがエルミアさん以上に目のやり場に困る。
極めつけはマーガレットさんだ。
間違いなく面白半分で着ているはず。
薄い紫のベビードールは、ネグリジェとは違いどこまでも煽情的。
双丘以外全てスケスケで、パックリと割れた前面はショーツを隠そうともしない。
これを悪戯以外に着る人いるか?
「お姉ちゃん、相変わらず派手だな。何時も寝る時その恰好だけど冷えない?」
「あら、そう言うガーネットだって殆ど裸じゃない? セイジュ様? 私達どちらが寒そうですか? 是非、じっくり見て感想を聞かせて頂けますか?」
「そうそう! 坊主、どっちが寒そうだ? 何ならどっちの格好が好みか教えてくれても良いぜ」
「あ……いえ……」
着る人ここにいたわ!
二人は感想を聞こうとジリジリとにじり寄って、部屋の端まで俺を追い詰める。
冷や汗をかきながら返答に困っていると、セレスさんから声が掛かった。
「おいおい、オマエらいい加減にしとけ。アタシはかなり酔ったから、先に寝かせてもらうぞ。すまんが割と限界だ。おやすみ」
そう言ったセレスさんは、ものの数十秒後に寝息を立て始めた。
ガーネットさんはセレスさんに近付き、髪やネグリジェを優しく正すと、彼女もまた横になり寝る準備を始める。
『私達も寝ますか』っとマーガレットさんに促され、川の字になって寝っ転がった。
しかし、この時俺は彼女が仕掛けた罠に気付けず地獄を見ることになるのだ……
夜の帳が下り、薄い闇が包む室内。
規則的に聞こえる寝息の中、ピトッと柔らかい物を背中全体に感じた。
脚にも絡み付く柔肌の感触。そう、マーガレットさんがくっ付いてきたのだ。
「ちょっと! マーガレットさん!?」
「いえ、申し訳ございません。やはりこの格好は少し寒かったようで、暖を取らせて頂いているだけです。お気になさらず」
「お気になさらずって……流石に気になりますよ、これは……」
「ふふ、嬉しいですね。私奴のことも女として見て頂けますか? 何なら、このまま貪って頂いても構いませんよ? 特にセレスティアは、一度寝ると朝まで起きませんから」
お腹に手を回してきたマーガレットさんは、耳元で吐息混じりに囁く。
薄ら寒い冷笑から逃げるように身体をずらすと、今度は顔全体がポヨンっと布に沈んだ。
「ん? 坊主どうした? 寝れないのか? ははぁ~ん、さては俺が寝てると思って悪戯にきたな? 良いぜ良いぜ、セレスティアの前に予行演習といくか!」
「違います! マーガレットさんが――グムッ!」
「あら? ガーネットまだ起きていたの? 生憎、セイジュちゃんは今からお姉ちゃんとイケない遊びをするの。声が漏れないか心配だわ」
「それは違うぜ、お姉ちゃん。坊主は俺の身体に興味があるみたいだ。今もこうやってうずくまってるじゃん」
「だから、違います。二人に挟まれて動けない……」
前面にガーネットさん、後面にマーガレットさん。
二人に強烈なサンドイッチをされ、下手に動くことができない。
生足四本はサラサラと纏わり付き、良い匂いの髪が首筋を擽る。
「そう言えば、馬車ではセレスティアに邪魔されたわ?」
「だな。そして、セレスティアは熟睡している……」
更に圧を強める二人。
腕や腰にも彼女達の諸手が絡みつき……異口同音。
「「今夜はどちらでお楽しみなりますか、ご主人様?」」
「寝ますから――ッ!!」
さぁ、マーガレット姉妹による俺の忍耐力を削るゲームが始まったぞ。
柔肌と香りがまるで鬼おろしのように忍耐力を削り、俺は必死にユグドラティエさんやエルミアさんのことを考え夜を明かした――




