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領到着、試飲会

 ――ペトリュス辺境伯領に向かうこと数日。

 豊穣の森を大きく迂回しながら進む馬車は、遂にペトリュス領に入り込んだ。

 確かにここまで迂回させられるなら、森を突っ切って街道を整備したいのは分かる。

 しかし、王国上げての施策も汚点と呼ばれるほど困難で、ここが辺境と言われる所以(ゆえん)かもしれない。



「――凄いですね! 見渡す限り葡萄畑ですよ!?」

「だろ? ここは、王国きってのワイン産地。王国で消費されるワインの(ほとん)どがここで出来てるのさ」


 窓を開けて見渡せば、広く整備された平坦な大地に葡萄畑。

 川を挟んで広がる領地は冷涼で、王都の周辺のサラサラとした街道とは違い、のっぺりとした粘土質の道が続く。


 (かす)かに見える小高い丘も葡萄畑で覆いつくされ、太陽の恵みを実いっぱいに浴びていた。

 点々と並ぶ農夫用の家。

 その田園的風景は、前世で見てきたワイン名産地を否応なしに思い起こさせる。


 葡萄の香りに包まれながら着いたのは大きな屋敷だった。

 辺境伯と言うのだから大きい城を思い浮かべていたのだが、俺やセレスさんの屋敷に近い。

 華美な装飾も(ほどこ)されておらず、泥に塗れた農夫や使用人達が遠慮なしに出入りしていた。


 その中に一際目立つ初老の男が一人。

 デカい声で指示を出したと思ったら、こちらに気付いて大きく手を振った。

 あの人がペトリュス卿か?


「お~い! 今年も来よったか、このただ酒娘ども」

「ご無沙汰しております、ペトリュス卿。今年もマルゴー様の名代を仰せつかり訪問させて頂きましたわ」


 やはり当主ご本人だったか。

 ってか、セレスさんが敬語を使っている。

 ドレスの(すそ)を軽く持ち上げ、膝を曲げて挨拶。

 普段の姿からは想像できないほど洗練された所作は、流石大公爵のご令嬢といった感じだ。


「がーっはっはっはっはっは! マルゴー様は忙しいからな。折角来たんだ、ゆっくりしてけ。嬢二人も相変わらずだな。いや、前に比べて生き生きとしておる。それと……?」

「彼はセイジュ・オーヴォ男爵でございます、ペトリュス卿。マルゴー様の指示で今回の旅に同行しておりますの。きっと、卿の助けになると」

「そうかそうか! よろしくな、オーヴォ卿。私が、ルパン・ペトリュス辺境伯だ。おっと、王都育ちの男爵様に汚れた手で握手は失礼だな!」


 彼は握手をしようと右手を差し出してきたが、ピクリと腕を止めた。

 違う、彼の手は汚れているのではない。これは……


「かまいません。セイジュ・オーヴォです、よろしくお願い致します。優れたワインの作り手は四六時中畑に居る為、爪先まで土が入り込んでいると知っています。ペトリュス卿は、誰よりもワイン造りを愛していらっしゃるのですね」

「ぶっはっはっは! この手に気付くとはな。気に入ったぞ! オーヴォ卿、歓迎する。それにお前からは微かにワインの作り手の匂いがする。例え方法が違えど、後でゆっくり話そうぞ」

「はい! 喜んで」

「うむ! 部屋は用意してあるから、少し待っていてくれ。私も準備が出来次第、試飲を始めたいと思う」



 メイドに案内され、(しばら)く滞在する客室に着いた。

 しかし、何故俺も女性三人と一緒の部屋なんだ?

 広さは全く問題ないし、簡素ながらもしっかりした作りの家具も良い物だと分かる。


 でも、それ以上に目に飛び込んできたのはキングサイズのベッドだった。

 彼女達だけなら何の問題もないだろう。

 きっと俺には別の部屋が用意されているはずだ……


「やっほーい! 相変わらずこの部屋のベッドはでっかいぜ~。どんなに転がっても落ちやしねぇ」

「そうね、ガーネット。この広さなら四人で寝ても問題ないわ」

「え……? 僕には違う部屋が用意されてるのでは……?」

「んなわけねーだろ。坊主が付いて来るなんてペトリュス様に知らせてなかったし、俺達の荷物も坊主の『アイテムボックス』の中だ。一緒に居てくれなきゃ困るんだよ。な? セレスティア」

「お…おう……まぁ、セイジュとは何回も冒険に出てるし、マーガレットやガーネットとも仲良いだろ……今更オマエの為に別部屋を用意しろとは言い(づら)いしな……」


 ベッドでゴロゴロ転げ回るガーネットさんは最もらしい理由をつけ、マーガレットさんは気にも留めていない様子。

 セレスさんもキョドってはいるが、満更でもなさそうだ。


「でも、着替えとかありますし……?」

「それはご安心ください。セイジュ様の着替えはこの私奴がしっかりお手伝いさせて頂きます。フヒヒ、ジュルジュル」

「マーガットさん、昨日から隠そうとしてませんよね……?」

「さて、何のことでしょう?」


 この状況を一番楽しんでいるマーガレットさんと、あーでもないこーでもないとやり取りをしていると、準備ができたらしくメイドが呼びに来た。




 ――通された地下のワインセラーにはおびただしい数の樽が並び、テーブルの上の何十脚ものワイングラスは赤色の雫で満たされている。

 ひんやりとした空気に充満するワインの香り。

 ワイン好きにはたまらない空間だ。


「来たか、ドゥーヴェルニ卿。先ずは先入観なしに飲んでくれ。話はその後だ。嬢ちゃんやオーヴォ卿も遠慮するな。自分の気に入ったやつを覚えといてくれ」

「ええ、勿論ですわ。では、早速いただきます」

「「いただきます」」

「僕もいただきます」


 各々が無言でワインを飲む。

 グラスが色分けされているのは、多分作った区画の違いだろう。

 総じて残糖による甘味はあるが、面白いほど違いがある。


 葡萄の香りをしっかり残した物。

 フレッシュな赤い果実の香り。

 濃い色の果実の香り。

 草を思わせる青い香りまで。

 ありとあらゆる香気は、区画の土壌や日光量、品種の違いからくるものだ。



「コレとコレの出来は申し分ないですわ。きっと、陛下もお喜びになる。それ対してこっちは雑味が多いですわね。舌の肥えた貴族には不評かと」

「私もセレスティアと同じです。マルゴー様の毒味係もしておりますが、これは何時(いつ)も飲んでいる物と変わりありません」

「俺にはこっちで十分だわ。いっぱい飲みたい側にとっちゃあ、これくらい薄い方が飲みやすい」

「僕はこの一番渋味が強いやつが好きですね。後二、三年寝かせたら美味しくなりそうです」

「うむ。王族分に関しては、私の考えていた通りだな。ガーネット嬢の意見も実に酒飲みらしい。オーヴォ卿は、ワインの熟成を知っているのだな?」

「はい。この強烈な渋味は葡萄由来の物で、樽に詰めたまま寝かせると味がまろやかになると思います」

「実は、その寝かせる――ワインの熟成に関してもここ数年力を入れてて、なかなか上手くいっておらんのだ。もし知見があるなら、また話を聞かせてほしい」

「分かりました」


 俺達の意見を聞くペトリュス卿は、使用人達にメモを取らせる。

 ワインの熟成に興味津々な様子で、貴族と言うよりは職人と言った感じだ。


 ワインを飲めば、自ずとおつまみが欲しくなるもの。

 軽く酔ったガーネットさんは、俺の肩に手を置きお強請(ねだ)りを始めた。


「いや〜、こんだけワイン飲むとやっぱおつまみほしいよな。坊主〜、前出してくれたチーズくれよ〜。あれ滅茶苦茶ワインに合うじゃん」

「確かに小腹減りましたね。チーズとパンでも出しましょうか」

「おい! オーヴォ卿! チーズってヴェイロンのやつか? ヨギーフロマージュの食べ物……」

「はい。と言っても、ヴェイロン産のは食べたことありません。これは僕の手作りです。どうぞ」


 俺は『アイテムボックス』から数種類のチーズとパンを出して、皆さんに渡す。

 ペトリュス卿はじっくり香りを嗅いだ後、口に入れるとプルプルと震え出した。


「がーっはっはっはっは!! これは笑いが止まらん! 本当にチーズではないか。いや、ヴェイロン産とは比べ物にならんくらい美味い。ワインの熟成に、チーズを作れる……オーヴォ卿、お前はまだまだワインの知識を持っておるな?」

「はい」

「決めたぞ!! オーヴォ卿、私の娘ラフルールの婿(むこ)となれ! 今は学園に通っておるが、成人したら即結婚してもらおう」

「「「「ブフゥ――ッ!」」」」


 突拍子のない発言に皆んなが吹き出す。

 この人は辺境伯なのに、俺がシルフィーの婚約者だと知らないのか?


「私が言うのも何だが、ラフルールは気立が良く領一番の美人だ。お前だって一生男爵の地位に甘んじるつもりはないだろ?」

「お待ちください、ペトリュス様。セイジュ様はシルフィード第一王女と婚約しております。全貴族には通達があったはずですが……」

「そうですわ。それに、セイジュ卿には既に王都で帰りを待つ妻が二人いますわ」

「うぬ……そうか……では、愛人枠ではどうだ? 数ヶ月に一回通うだけで良いぞ」

「いえいえ、大事な娘さんを愛人枠に推薦するのは如何(いかが)なものでしょう。僕は転移魔法が使えますから、呼んでくだされば次からは直ぐに来れます」

「そうかそうか! そうならば遠慮なく招待させてもらうぞ!」

「ええ! 次は妻達も連れてきますね。では、今回の旅の二つ目の目的。ペトリュス卿……透明なワインに興味はありませんか?」

「透明なワインだと!?」


 試飲とチーズの試食が大方終わった所で、俺からの本題。

『ペトリュス領のワイン発展に貢献せよ』――その依頼を果たす為の透明なワイン。

 即ち、白ワインの話題だ。

 透明なワインと聞いて、ペトリュス卿は鋭い目つきで俺を見てきた――

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