王妃訪問②、薔薇の香りに当てられて
――王妃マルゴーの高笑いで締めくくった昼食は、次のステージに進む。
彼女達は楽しそうに廊下を進み、話を聞けば聞くほどマルゴーの期待は増すばかり。
手早くドレスを脱いだもの言う花達は、浴室の扉を開けると息を呑んだ。
「――何と美しいことですの……」
「坊や、にくい演出をするのぅ?」
「おいおい、これアレだろ? 戯曲で出てくるヤツ。実現させる馬鹿がいるとはな」
「凄い綺麗だよ……セイジュ君……」
彼女達の目に飛び込んできたのは、敷き詰められた薔薇だった。
湯船に浮かぶ幾万の薔薇。
色とりどりの花冠が漂う水面に、官能的な香りが支配する。
一度浸かってみれば身体を覆いつくし、地上の女神が誕生。
マルゴーは赤い薔薇をユグドラティエとエルミアに、白い薔薇をセレスティアに渡す。
「さて、ユグドラティエにエルミア。この度はおめでとうございますわ。貴女達の幸せを末永くお祈りしますわ」
「何じゃ、お主。こ奴のことはともかく、我のことにも気付いておったのか?」
「はい、勿論。私はシルフィー以上に地獄耳でしてよ? それに、同じ女性として一目見れば分かりますわ。して、エルミアはどういった経緯でセイジュ卿と夫婦になったのですか?」
「うぅ~、やっぱり話さないとダメですか?」
「お話ししてくださいな! 乙女が集まれば恋の話の一つや二つは当たり前ですわ」
「……決定的だったのは『ユグドラシル』を称える祭りでして……」
観念して話し始めるエルミア。
赤くなりながらも幸せそうに喋る彼女に、マルゴーはころころと表情を変えながら話を聞いた。
そこに日頃の王妃の姿は一切なく、唯リラックスした一人の女性がいるだけであった。
「いや~、実に甘美で情緒的ななれそめですわね。月の光が降り注ぐ中、泉に浮かぶ麗しきエルフ……その乙女を介抱するセイジュ卿。月影に導かれるまま二人は口づけを……いや~ん、セレスだけじゃくエルミアの物語も監修しちゃおうかしら?」
「マルゴー様! それだけはご勘弁を……って、やっぱ恥ずかしい……」
「本当に坊やはこ奴に甘いのぅ? 我の時とは大違いなのじゃ!」
「ではでは~、次は白薔薇の君――セレスの番ですわ」
マルゴーはセレスティアの横に近付き、トンッと肩で小突く。
白薔薇――即ち、まだ誰にも染まっていない純潔の証。
次の標的は、まだ婚約を交わしていないセレスティアだ。
「アタシ!? アタシは、その……普通で良い……」
「おいおい、セレスティア? お前がこの中で一番、恋に恋する乙女だろ。それが普通だなんて。それに、最近買ってきてやった――」
「そうですよ? セレスティア。貴女は冒険者としてパーティーを組んでた時から、人一倍甘い恋戯曲に憧れ――」
「だぁああああ!!! 待った! 待った!」
セレスティアの話題となれば、外野が黙っていない。
今まで静かに控えていたマーガレット姉妹も、ここぞとばかりに口を開く。
元々彼女達との確執がなければ、セレスティアは誰よりも乙女らしい乙女だった。
貴族としてのしきたりは勿論、勉学も武も修めた比類なき大公爵令嬢。
それが両親との死別、ガーネットの事故のせいで歪んでしまった。
しかし、セイジュの力によって解決。
少しづつ……少しづつではあるが、本来の彼女の姿に戻りつつある。
年相応の恋する乙女。セレスティアは、今正に蕾を広げんとする花その物であった。
「まぁ、セレスも腹を括っておるからのぅ? 後は、切っ掛け次第じゃな」
「切っ掛けですの?」
「そうじゃ。エルミアには『ユグドラシル』の祭りを用意できたのじゃが、セレスにはどういった切っ掛けを用意してやろうか迷っておるのじゃ」
「でしたら、私が丁度良い切っ掛けをお持ちしましたわ」
「「丁度良い?」」
切っ掛けに関して、思わぬところからの提案。
マルゴーの発言に、ユグドラティエとセレスティアは聞き返してしまう。
「ええ。後でセイジュ卿も交えてお話ししますわ」
「良かったわね、セレスティア。夢にまで見た花嫁姿は直ぐそこよ? では、僭越ながら前祝としてセイジュ様からお預かりしたこの球を投入させて頂きます」
「何じゃそれは?」
「いえ。詳しくは聞いておりませんが、皆様が湯船に浸かったら投げ入れろと。どうも、皆様を驚かせる仕掛けがあるらしいです」
「ふむ。それではマーガレット、入れてみなさい」
マルゴーの許可を得て、マーガレットはそっと湯船に投げ入れた。
バスケットボール大の大きさのそれは、沈むとブクブクと音を立て香気を発する。
蜜柑やレモンを思わせる柑橘系の香りが一気に浴室内に充満。
薔薇の甘く華やかな香りと相まって、彼女達の本能を直接刺激した。
「あぁ~、良い匂いだ。アタシはこの匂い好きだぜ。爽やかですがすがしい」
「うん。凄い良い香り。何だろう? 酸っぱい果実の香りかな」
「我もこの香りには覚えがあるのぅ?」
「この香りは、ヴェルガモットですわね。マルドリッドやロンディアで栽培されている果実ですわ。はぁ~、本当にセイジュ卿の演出は面白いですわ……」
「どうしたのですか? マルゴー様。急にため息ついて?」
「貴女達は薔薇とヴェルガモットの花言葉をご存じかしら? 薔薇は『永遠の愛』と『美貌』、ヴェルガモットに至っては『花嫁達の喜び』ですわ。もう、流石に当てられて言葉もありませんわ」
実はセイジュに花言葉のような企みはなかった。
唯マルゴーは薔薇が好き。
その香りと相性の良い物を見繕って入浴剤を作っただけである。
しかし、その実利を取った行動とは裏腹。
当の本人達は、裏の裏まで読み違えたマルゴーの話を聞いて赤面し幸せを噛みしめたのであった。
「――セイジュ卿、お待たせ致しましたわ。良きお風呂に最高級の石鹸やシャンプー。卿には最大限の感謝を」
「楽しんで頂けて光栄です。ささ! お茶会の準備もできています。王宮までとは言いませんが、当家自慢の庭でお茶を楽しみましょう」
俺は風呂上がりの彼女達を庭に用意したガーデンテーブルにエスコート。
暖かい日差しに、涼しい風が吹き抜ける。
薔薇とヴェルガモットの香りを纏った美姫の髪とスカートが靡き、見蕩れてしまうほど美しい。
「美しい庭園ですわね。一面に咲き誇る亜麻色の薔薇。それに、卓を彩る琥珀の薔薇も全て卿が作ったのでしょ?」
「なぁ、エルミア? アタシの記憶だと、つい先日までここにこんな薔薇なんて咲いてなかったよな?」
「う…うん。って言うか、昨日まで普通の庭園だったよ?」
「はい。今日の主役はマルゴー様ですから、急遽マルゴー様の髪色と瞳の色の薔薇を用意させて頂きました。それと、先ほどチーズの話題も出たのでお茶請けはチーズの甘味に変更しました」
「本当に卿は……ふふ、陛下に愛想尽かされたらシルフィーと一緒にご厄介になろうかしら?」
「ぶわっはっはっは! マルゴー、冗談でもそんなことを言うのは止めておくのじゃ。安心せい。坊やじゃったら、お主の訪問なら喜んで迎え入れてくれるはずじゃ。じゃろ? 坊や」
「勿論、大歓迎です! 今度は是非是非陛下やレオヴィル様ラスカーズ様もお連れください。当家が全力でおもてなし致します!」
「ふふ、それは楽しみですわね。今日帰ったら早速陛下にご報告しないと。でも、先ずはこの魅力的なお茶と甘味を頂きますわ」
そう言ったマルゴー様は、ティーカップに手を伸ばす。
テーブルの上には様々なチーズデザート。
門外不出と言われたヴェイロンの秘術が形を変えて並んでいる。
チーズケーキにティラミス。スフレに、果てはブルーチーズの蜂蜜掛けまで。
各々は好みのスイーツに手を伸ばし、話が弾んだ。
「そうそう、セレス? 今年もペトリュス辺境伯の件、頼まれてもらえるかしら?」
「もうそんな季節か? 勿論良いぜ。てか、これ以上の役得はないからな」
「ん? セレスさんに特級依頼ですか?」
「いやいや、そんな大それた物じゃねーよ。ペトリュス領は王国切ってのワインの産地なんだよ。で、毎年その出来を王族の名代としてアタシが確かめに行くのさ」
「あぁ、通りでセレスさんがワインに精通しているわけですね。ワインの産地か~、想像しただけでもワクワクしますね」
「セイジュ卿、本当にそう思いますか?」
「ええ? 僕もワインに関してはひとしきりの情熱を注いでますし、皆さんが美味しいって飲んで頂いてとても嬉しいです」
「そうですか。では、よろしくお願いしますわ」
「え……?」
満面の笑みでそう答えたマルゴ―様。
チーズデザートも大変気に入ったようで、今後も定期的に献上することとなった。
何でも貴族街の化粧品屋の更なる差別化の手段になるらしい。
そのまま楽しい話は続き、日が陰る頃マルゴー様は大満足で帰って行った。
残った使用人達は、流石に限界の様子で今まで見たことのない表情を浮かべている。
これは、当主として労いを用意しないとな……
そして、数日後。
「おはようございます、セレスさん」
「おう、おはようセイジュ。どうした? 見送りか? って、何でマーガレットもいるんだ?」
「セレスさん……実はマルゴー様から指名依頼がありまして。マーガレットさんとセレスさんに同行して、ペトリュス領のワイン発展に貢献せよと……」
「は――?」
突然のことに面食らうセレスさんは、口をパクパクさせながら理解が追いついていない様子だ。
セレスさんにガーネットさん、俺とマーガレットさんのペトリュス領訪問の旅が始まった――
【5話毎御礼】
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