王妃訪問①、もてなしスタート
「――意味分かんないよ、ここ本当に男爵家!? 何で、王妃様が来るの?」
「まぁ……セイジュ様だからね……」
「ちょっと前にシルフィード殿下が来たばっかじゃん!」
「いや、『三華扇』が住んでる時点でおかしいからね」
「その次は誰が来るの? 国王陛下? 王太子様? もう魔王とか連れてきても驚かない自信あるよ!?」
この日、オーヴォ家のメイド達は戦々恐々としていた。
セギュールから告げられた驚愕の事実。
近々王妃マルゴーがここを訪問するということ。
具体的な日取りは決まっていないそうだが、とても楽しみにしているらしい。
「ヒルリアン様から聞いたんだけど、何でもここのお風呂が気になってるみたいでセイジュ様に書簡を出したらしいの。でも、男爵家に王妃が直接出向くのはあり得ないから、ヒルリアン様やセレスティア様からお茶会にお誘いしたってことになったらしいよ~」
「流石、情報通のセニエね。確かにシルフィード殿下も喜んでいらっしゃったし、そのお二人からの誘いなら問題ない。てか、あのお風呂を私達も普通に使えてるのがあり得ないよねぇ……」
「セイジュ様も張り切ってて、新しい料理や化粧品も考えてるらしいよ。それに、王妃様を出迎えておもてなしできたら凄い自慢できそ~」
「そ、そ、それよ! セニエ」
メイド達に取って王妃訪問は人生で一番緊張する瞬間であろう。
と、同時に最大の名誉でもある。
この中には以前王宮で働いていた者もいる。
しかし、同じ王宮に居たとしても天と地との差があり直接お世話をする機会などまずなかった。
今回のお茶会が実現すれば、ここに居る全ての使用人が王妃をおもてなししたことになり、そのアドバンテージは計り知れない。
それこそ、例え放逐されても『王妃様をもてなした実績』で引く手数多だ。
無論、誰も辞める気などさらさらないが。
だからこそ、今から念入りに準備を始めなければならい。
塵一つ以ての外。
庭園の手入れは然りで、自分達の身だしなみも最大限の注意を。
セイジュの新作も気になって仕方がないが、それ以上に緊張感が勝っていた。
――当日のお昼前、一台の豪華な馬車が正門前に止まった。
側面には王家の紋章が刻まれ、一目でやんごとなきお方が乗っているのが分かる。
俺、ユグドラティエさんにエルミアさんとセレスさん。
後ろにはセギュールさんとツクヨミ、ガーネットさんが侍り出迎える。
先に降りてきたのはマーガレットさんだ。
背筋をピンッと伸ばし、王妃の降車を待つ。
護衛がマーガレットさん一人?
いささか不用心だと思いながら見ていると、乗り口からスラリと手が覗く。
おっと……
「マルゴー様、ようこそいらっしゃいました。お忙しい中ありがとうございます」
「ふふ、卿やユグドラティエ、セレスからのお誘いですもの。急いで公務を終わらせてきましたのよ。セイジュ卿も大分紳士としての振る舞いが板についてきましたわね」
彼女の手を取り、降車をエスコート。
亜麻色の髪を揺らし、豪華なドレスを身にまとう。
最早トレードマークと言って良い扇子で口元を隠し、自信に満ちたヘーゼルの瞳が楽しそうに笑う。
「ありがとうございます。それにしても、護衛がマーガレットさん一人で大丈夫ですか?」
「あら? ここには、あの娘達がいるではないですか。それに、卿もいる。これ以上の護衛はいなくてよ?」
「ハハッ。確かにそうですね。準備は整っております。今日は、日頃の忙しさを忘れるほどゆっくりしていってください」
「卿がそこまで言うとはね。楽しみですわ、期待していますよ」
先ず通したのは応接室。
昼食、お風呂、茶会の順で今日は進行する。
マルゴー様に『三華扇』と俺で食卓を囲む。
既に飲み物は用意されてて、後は料理を待つばかり。
「今日の料理は全部新作です。おかわりもありますから、存分に楽しんでください」
「やった!! って言いたいところだけど、セイジュ君? 私も同席して良いの? 騎士団長として、控えてた方が良いんじゃ……」
「何を言っているの? エルミア。貴女はセイジュ卿の妻になったのでしょ? ならば、同席するのは当たり前。今日は卿とのなれそめを沢山聞かせてくださいな」
「つ、妻!! あぅ~、お手柔らかにお願いします……」
照れるエルミアさんを横目に、次々と料理が運ばれる。
ユグドラティエさんとセレスさんには肉料理。
エルミアさんは卵料理で、マルゴー様には魚料理だ。
事前調査で、マルゴー様は魚料理と酸味がある食べ物が好みと分かった。
魚はロンディアでしこたま仕入れているし、ツクヨミと腕によりをかけた自信作。
「まぁ! どれも美味しそう。私が魚料理を好きだとご存じだったのですね。料理の説明をしてくださるかしら?」
「それは、あーしからするし! 左から順に、色んな魚と野菜を小麦粉と卵で塗して油で揚げた物。燻製した赤身と野菜をパイに乗せて焼いた物。んで、マルゴーたんの一番好きな魚を香辛料や香草で煮たやつね。どれも、セイジュの錬金術で骨抜きしてるから気に病む必要なし。名付けて、セイジュ特製好きピの為のどちゃくそ美味いスペシャリテだし!」
「ハハッ! 説明ありがとう、ツクヨミ。後、マルゴー様揚げた料理は付け合わせの白いソースを付けて食べると、より美味しいですよ」
「ユグドラティエのは牛肉のワイン煮で、セレスたんのは羊肉の香草焼き。エルミアたんは厚く焼いた卵に野菜のソースをかけた物。どれもセイジュとあーしの特製だし!」
ツクヨミの説明をキラキラとした表情で聞く四人。
それぞれが別の料理を口にしたが、発する言葉は一緒だった。
「「「「美味しいぃい!!!!」」」」
彼女達の感嘆の声に、ツクヨミはピースサインとウインクでビシッと決めポーズ。
渾身のドヤ顔に、俺は親指を立てて称賛した。
「セイジュ卿、本当に美味しいわ……卿が料理を得意としていることは勿論知っていましたが、本当に底が知れない。どの料理も、今までの歴史を覆してしまう。これなら、ひょっとして……」
「セイジュ、これ本当に羊の肉か? 羊の肉って臭くて食えた物じゃなかったのに、コレ滅茶苦茶美味いぞ? てか、今まで食べてきた肉の中で一番好きだ」
「あ゛あ゛あ゛~、今日もセイジュ君の料理は美味し過ぎて幸せ過ぎる~」
「坊や、大人しくワインを用意するのじゃ! これがワインに合わんわけなかろぅ!」
うん、皆満足してくれたみたいだ。
お茶会でスイーツを出すつもりだから、食後のデザートは簡単な物にした。
マルゴー様は酸味のある物が好きらしいし、飲むヨーグルトを用意したのだがどうだろう?
「セイジュ卿、これは?」
「それは、牛の乳から作った酸味の強い飲み物です。浮かんでいる果実も酸味がありますから、混ぜて飲むと満足頂けるかと」
大きめのグラスに注がれた白い液体。
表面にはグレープフルーツの果肉を乗せており、混ぜて飲んだ彼女は驚嘆の表情を浮かべた。
「卿は、聖者ヨギーフロマージュの飲み物を作れるのですか……?」
「勉強不足で申し訳ないですが、ヨギーフロマージュさんとは誰ですか?」
「聖者ヨギーフロマージュは、神聖国ヴェイロンを代表する聖者の一人であり伝説となっているお方ですわ。ヨギーと呼ばれる乳白色の飲み物に、独特の香りを放つチーズを開発しましたの。今でもその製法はヴェイロンの秘匿とされていて、極稀に王宮に献上されるわ」
あ、開発者絶対転生者だわ。
この世界で発酵と腐敗を使い分けることはできないはず。
ならば、ヴェイロンに転生した人が作り上げ、レシピを残したのだろう。
「もしかしてチーズってアレか? セイジュが時々ワインのおつまみ出すヤツ。変な匂いんだけど、ワインに合って癖になるよな」
「そうだね。私はぷるんぷるんのみずみずしいやつが好きだな~果物と一緒に食べたら凄い美味しいし」
「我はあの硬くてピリッと刺激があるやつじゃな。あれを齧ってワインで流し込むのが至福じゃて」
「ちょっと待って貴女達。今の話だとセイジュ卿が作るチーズは、種類がいっぱいあるってこと……?」
「「「そう、「じゃよ」「だぜ」「です」」」」
彼女達の話を聞いたマルゴー様はわなわなと震えた後、扇子をバッと広げて大きく笑った。
「お~ほっほっほっほ!! 卿の屋敷に訪問して、早々にこれとは! この後の風呂も茶会も楽しみしていますよ、セイジュ卿。本当に卿が王都に住んでいることに感謝致しますわ!」
「ハハハッ。今日は全力を出す所存です。楽しみにしていてくださいね!」
昼食を楽しんだら、次はバスタイムだ。
四人の美姫達の後をマーガレット姉妹が続く。
本来なら姉妹二人にも一緒に楽しんでもらいたいが、王妃を接待となれば話が違う。
俺はマーガレットさんを呼び止めて、ある物を渡す。
「セイジュ様、これは?」
「お楽しみです。皆さんが湯船に浸かったら、投げ入れてみてください。びっくりしますよ」
「成程……セイジュ様が用意した物。きっと、これは私達の心胆を寒からしめる物でございますね。ふふ、セイジュ様からの挑戦、しかと受け止めました……」
不敵に笑うマーガレットさん。
いや、それ只の入浴剤なだけなんですけどねぇ……
さて、彼女達を風呂に見送って、俺はお茶会の準備を始めるかな――




