付添人として参加し、夫婦となって帰る
――エルミさんの全身全霊の舞が終わり、気を失った彼女を禊の泉に連れてきた。
目を覚ました彼女にプロポーズをし、晴れて俺達は番だ。
その証となる為の口づけを交わすこと数十分。
やっと満足したエルミアさんと一緒に、泉の畔に寝っ転がる。
「――成程ね~。セイジュ君は別の星の人間で、こっちの世界に転生したんだ」
「そうです。本来の僕は遠に死んでて、魂だけが神の作った器に入ってるだけです」
お互い月と銀河を見上げながら、エルミアさんにも俺の正体を教える。
「確かに初めて会った時は不思議な少年だと思ったし、『ファントムフォックス』に化かされてるのかと思ったよ。でも、あの時セイジュ君に会わなかったら私も殿下も死んでた。改めてありがとうね」
「いえいえ。あの日、エルミアさんやシルフィーと出会えたのは運命だと思います。街に出ようか悩んでて……でも、勇気がなくて……良い切っ掛けを頂きました」
「うん。私もキミと出会えて嬉しい」
繋がれた手と手に力が入り、見つめ合う。
エルミアさんは強請るように目を閉じ、再び唇を重ね合った。
「んん……セイジュ君は私をいっぱい幸せにしてくれるね。身の回りの物や料理、お師匠様との仲、何より楽しく過ごす時間。恥ずかしいこともあったけど、もうキミなしじゃ生きられない。だから、キミが何者だったって『何だ? そんなことか』だよ」
「ありがとうございます。僕も幸せです。これからも一緒にいてください。もっともっと食べてもらいたい料理にお酒、化粧品に娯楽だって。誰にも貴女を渡さない……貴女の為なら国だって落としてみせる」
「もう、恥ずかしい台詞禁止……そうはならないし、どこに行かないよ」
唇で甘噛みし合うキス。
しかし、不意にエルミアさんの舌がちょんちょんと唇をノック。
僅に開けた口から舌先が触れ合うと、彼女は電流が走ったように仰反った。
それでも決して離れることもなく、しっかり腕を回してくる。
津液に潤む舌が激しく絡むにつれ、エルミアさんは快感を押し殺すが如く小刻みに震える。
そのまま獣欲に駆られそうになった瞬間、彼女は静かに俺を押し離した。
「きょ! きょ! 今日は、こ、こ、ここまで!! 続きはまた今度、お姉ちゃんがしっかり教えてあげるから!」
「え〜」
「えー、じゃないよ! もう!」
今まで見てきた中で一番赤くなった顔を俺の胸元で隠し、エルミアさんは言い放つ。
ここで背を向けず、胸に収まったのは大きな進歩だ。
優しい香りをまとう柔毛をサラリと撫でる。
「もっと! もっと撫でて……後、手も離しちゃダメ! お姉ちゃんはこのまま寝るから、キミは寝るまでそうしてなさい」
「はいはい」
「ごめんね……意気地なしで……でも、私が一番セイジュ君の大好きだからね」
「大丈夫ですよ。絶対に無理矢理触れたりしません。僕もエルミアさんが大好きです」
「うん……ありがと……」
数分も経たない内に、すぅすぅと寝息が聞こえる。
緊張や疲れ、勿論魔力不足もあっただろう。
俺は『お疲れ様』と呟き、額にキスをした。
そして、次の日。
月光は陽光に移り変わり、新たな一日がスタート。
心地良い日光は、俺達の新しい関係性を祝福するみたいに柔らかい。
目を開けると横にはエルミアさん。
「おはよう、セイジュ君」
「おはようございます、エルミアさん」
「うん、今日も良い朝だね。じゃ、おはようの口づけして?」
「え? あ、はい」
軽くチュッと口づけすると、ご機嫌になって着替えを始めた。
「セイジュ君、着替え終わったよ。じゃ、着替え終わった口づけして?」
「あ、はい」
ん? 何だこのノリは?
あたかも大学生が初めて付き合ったようなノリ……
その後もエルミアさんは、『いただきますの口づけして?』や『ごちそうさまの口づけして?』など事あるごとにお強請りしてくる。
まるでお互いの下宿先に入り浸ってイチャイチャする感じじゃないか……
若しくは、エルミアさんってキス魔なんじゃ……
「あ…あの? エルミアさん?」
「ん? なぁに? セイジュ君」
「事あるごとに口づけしてますが……その……」
「え……? ダメなの……?」
可愛いなちくしょう!
泣きそうな上目使いで『ダメ?』って聞かれたら、全部『OK』になるでしょ!
「いえ、ダメだなんて。寧ろ嬉しい限りですが、人前ではしないようにしましょう……」
「うん、分かったよ。えへへ~、恋戯曲で読んだことあるからやってみたかったの。じゃ、約束の口づけして?」
「はは……随分甘そうな物語ですね」
その後もひとしきりキスをお強請りしてきたエルミアさんが大いに満足した頃、俺達は『ユグドラシル』に戻ることにした。
「――何じゃ? お主ら、もう良いのか?」
「え? お師匠様、私の魔力は万全に回復しましたし何も問題ないですよ?」
「違う、違うのじゃ? 番になったのじゃろ? あそこで気の済むまで愛し合ってくれば良かったのじゃ」
「もう、エルミアちゃんも欲がないわねぇ? 私達の時は十年近く籠ってたわよ? その時出来たのがエルミアちゃんだね」
「ん~!! お母さんまで揶揄わないで! 私は良いの、これからはずっとセイジュ君と一緒なんだから!」
「あいにく僕は人間なので、流石に十年は引き籠れないですよ。それで、そちらの方は?」
『ユグドラシル』に戻ると、ユグドラティエさんとアグラエルさんが出迎えてくれた。
二人は早速揶揄い囃子立て始め、エルミアさんが必死に抵抗している。
でも、それ以上に気になる存在、異様なまでに濃い魔素を放出する淑女。
彼女達の後ろに佇む女性のことを尋ねにはいられなかった。
腰元まで伸びる、透き通るクリスタルクォーツの長髪。
人を無防備にさせる垂れ目の下には泣き黒子があり、ネイルは虹色。
エルミアさんより豊満な身体を誇るように魔性の笑みを浮かべていた。
「あらあら~、やっぱりセイジュちゃんが一番最初に気付いてくれるのね。見れば見るほど可愛い子ね? ティルタニア様や闇ちゃんが気に入るのも納得だわ~」
「セイジュ、気を抜いちゃダメだし。その娘は『六花』の序列一位、光の上位精霊だし」
いつの間にか影に戻っていたツクヨミが、俺を庇いながら紹介する。
光の上位精霊と呼ばれた彼女はペロッと舌なめずりをし、いやらしい視線を向けてきた。
「もぅ! 大丈夫よ、闇ちゃん。貴女のセイジュちゃんを盗って食ったりしないわ。今はティルタニア様の名代として現界しているの。エルミアちゃんに伝達があるのよ?」
「わ、私にですか!?」
「そう~。エルミアちゃん、『此度は良き舞であった、大義である。次も楽しみにしておるぞ』ですって~。あんな上機嫌なティルタニア様は久しぶりだったわ」
「あ! ありがとうございます!!」
「ふふ~、私達も見てたけどとても情熱的だったわ。その理由が、この色男だったとはね~。ねぇ? セイジュちゃん?」
「何でしょうか? 光の上位精霊様」
「もう~。そんな他人行儀な言い方は止めて。何だったら、今から名前を付けても良いのよ? どうかしら? 今から残りの『六花』で集会をするのだけれども、貴方も来ない?」
「え? いやその……じゃあ、お言葉に甘え……って、あいた――ッ!!」
エルミアさんに伝達を伝えた光の上位精霊は、しおらしく俺にもたれ掛かり何処かへ誘おうとした。
しかし、返答する前に三つの腕が俺の背中を抓り上げる。
「「「坊や! セイジュ君! セイジュ! もう屋敷に――帰るのじゃ、帰るよ、帰るし!!!」」」
「あらあら、残念。フラられてしまったわ」
お世話になったエルフの里の皆さんや光の上位精霊にお礼を伝え、『ユグドラシル』を後にする。
エルミアさんの付添人として参加して、彼女の番となって屋敷に帰る。
今日も『ユグドラシル』の空は青く、眩い虹が掛かっていた――
胸いっぱいに幸せを詰め込んで帰ってきた俺に待っていた物……
それは、男爵家当主としての仕事である。
「すいませんセギュールさん、いつも当主として仕事を押し付けて」
「いえいえ、セイジュ様はまだまだお若い。雑務などこの老骨に押し付けて、見聞を広めてきてくださいませ。されど、私でも手の付けられない物もございますよ。そう、この書簡のように」
「これは……?」
当家の家宰たるセギュールさんから渡された一通の書簡。
上質の書簡には王家の封蝋が押され、薔薇が描かれている。
それ自体からも薔薇の香油が香り、ただならぬ雰囲気。
元々、セギュールさんにはほぼ全ての書簡に関して決済権を与えており、返事だって任せっきりだ。
なのに、未開封で持ってくる。
この時点で嫌な予感しかしない。
「それは、マルゴー様からの個人的な書簡でございます。王家の封蝋はされておりますが、極親しい友人にだけ送る物。それ故、私では中身を確認できなかったのです」
「成程、では、中身を読みますね」
便箋に書かれていた内容は、普通の物だった。
新年の挨拶から、成人の祝辞。
貴族街の化粧品屋が大盛況なことへのお礼に、軽い近況報告。
そして、最近珍しい風呂が当家にあるとかないとか……
「セギュールさんこれって……」
「ご明察の通りかと。大方シルフィード殿下やマーガレットから聞いたのでしょう」
「やっぱり、そうですか。では、マルゴー様に茶会の招待状を送ってください。男爵家に来て頂くなど無礼千万ですが、ユグドラティエさんやセレスさんのたっての希望とでもすれば格好もつくでしょう」
「して、日取りは如何なさいましょう?」
「マルゴー様の都合の良い日で結構です。僕は新たなおもてなしの準備しますので、セギュールさんはメイド達への周知徹底をお願いします」
「承知致しました。いやはや、ここで働くと引退はまだまだ先のようですな」
セギュールさんは、ロマンスグレーの髭をピンッと正し準備に取り掛かった。
続いて、メイド達にも激震が走る。
一難去ってまた一難。
後日、ラトゥール王国王妃マルゴー・ドゥ・ラ・ラトゥール訪問――




