表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/115

礼賛儀③、準備完了

 ――『ユグドラシル』の礼賛儀に参加する俺達。

 昨夜から始まった(みそぎ)の儀式に早速ガンガン精神力を削られながらも、一日目が終了した。

 禊は三日は掛かるらしく後二日。

 そして三日目には最大の難関、化粧を施すイベントが待っている。

 俺は、果たしてこの先生きのこれるのか……



「「……」」


 朝起きて早々にして、俺達は無言だ。

 それもそのはず。

 昨夜は何となく雰囲気で頭を寄せ合って寝てしまったが、目を開けると完璧に密着していた。

 と言うか、エルミアさんが思いっきり俺を抱きしめる形で顔全体が暴力的に柔らかい何かに包まれている。


 もぞもぞと空気を求めて顔を動かした結果だろう。

 起きたエルミアも目を開けたまま硬直。

 数センチまで顔は近づき、初めて彼女とユグドラティエさんが泊まった朝を思い出した。


「はは……おはようございます、エルミアさん」

「……」


 ボンッと効果音が出そうなほど真っ赤なったエルミアさんは、無言のまま俺から離れて背を向ける。

 そのまま、泉の方まで歩き勢いよく顔面を水に浸けた。


 時間にして数十秒。

 顔を上げた拍子に長い髪は弧を描き、キラキラと朝日を反射。

 (したた)る水も気にせず、彼女はドヤ顔でこう言った。


「おはよう、セイジュ君。良い朝だな」


 見事なスルー能力の開花である。

 何時もなら慌てふためいたり謝罪の応酬が続くところだが、何もなかったかのように朝の準備を始めた。

 いや、お見事。




『踊り巫女』は水浴びの時間までは基本暇らしい。

 夜になるまでエルミアさんは、剣や魔法の訓練をしつつ舞踏礼装を作る俺にアドバイスをくれた。


「エルミアさん、大まかな形ができたので一度当ててみてもらえますか?」

「うん、良いよ。って、分かってたけどやっぱスケスケだね……」

「はい、スケスケです……」


 エルミアさんは、服の上から舞踏礼装を当てて当たり前の感想を言った。

 薄いレースでできたそれは、ロングワンピースのように足元までスカートが流れている。

 しかし、スリットは何重にも入りほぼ全面がスケスケ。

 辛うじて、局部だけが緑の刺繍(ししゅう)で隠されている。

 背中などパックリと開いており、後ろから見れば全裸と言っても良い程だ。


 純白の長いストラの先には本と一緒に貰った鈴が付けられ、軽く振るとリーンっと清浄な音が木霊(こだま)する。


「良い趣味してるねぇ? セイジュ君」

「い、いえ。儀式用の化粧を効率よく見せるにはこの作りが最適だと思いまして」

「ふふっ、怒ってないよ。キミが作ってくれたなら、何でも着るさ。あ? でも、スリットは両太もも側だけで良いよ。あまり入れ過ぎちゃうと、剣舞の時に引っ掛かっちゃうかも」

「分かりました。そこだけ、修正しときますね。刺繍は大丈夫ですか? 何か希望合ったら入れますよ」

「だったら、ごにょごにょ……」

「あー、それ良い案ですね。きっとびっくりしますよ?」


 エルミアさんから出された刺繍のアイデア。

 あの人がそれに気付いたら、びっくりするに間違いない。

 俺達は、まるで悪だくみを思い付いた子供のように笑った。



 二日目の夜。

 今日もまた、二つの月光が折り重なる泉で水浴びをするエルミアさん。

 俺も決して見ないように、礼装作りを進めている。


「ねぇ? セイジュ君?」

「何でしょう? エルミアさん」


 お互い視線は合わせないが、昨日と同じように会話が始まる。

 そう言えば、ユグドラティエさんともこういうやり取りがあったな。

『のぅ?』と聞かれて『何?』っと始まる。

 たった短い問なのに、妙に心地良いのだ。


「セイジュ君ってさ、私にまだ隠してることあるよね? いや、殿下にもセレスにも。お師匠様だけが知ってるかな?」

「な、な、何のことでしょう……? 確かに以前のユグドラティエさんが、僕の手に無理矢理パンツを握り込ませたことはありましたが、他にやましいことなんて」

「ほら? そうやって、キミは自分自身の深い問いを誤魔化そうとする。多分、それが昨日言ってた祭りが終わったら聞いてほしい話なんだよね」

「そ…それは……」

「でも大丈夫。私はお師匠様からセイジュ君のことは詳しく聞いてないし、聞こうともしない。唯確信にをもって言えることは、何を聞いたって『何だ? そんなことか』って言うだけだよ」

「ありがとうございます……」


 俺はまだ自分の正体を話さない。

 この祭りが終わって、プロポーズと一緒に話すと決めている。

 しかし、エルミアさんは何となく気付いているようで、話しやすい雰囲気を作ってくれようとした。


「とは言え、今お姉ちゃん聞き捨てならない台詞(せりふ)が聞こえたんだけど? ねぇ? セイジュ君……お師匠様のパンツが何だって?」


 背中越しにボコボコと水が沸騰(ふっとう)する音と、ただならぬ殺気を感じる。

 ちょっと良い雰囲気になったはずが、己の失言を後悔。


「い、いえ、あれはユグドラティエさんが無理矢理……」

「じゃあ、勿論返したよね?」

「……」

「何で無言なの! あ!? 『アイテムボックス』に大事にしまってるんでしょ。エッチ、変態! 水浴び終わったらお説教だからね!」


 寝床に敷いたシーツの上で正座をする俺。

 対面には鬼の形相のエルミアさん。

 お説教は寝る直前まで続いた。

 ほぼできあがった礼装を見てほしかったんですけどねぇ……



 三日目の朝日が昇る。

 今夜の水浴びでエルミアさんの魔力は純然(じゅんぜん)となり、化粧と衣装をまとえば祭りがスタートする。


 流石に緊張しているのだろう。

 少しだけピリピリとした空気と口数が少ない気がする。

 できあがった礼装一式に文句はないようで、後は夜を持つばかりだ。


 少しでも緊張を和らげようと食事は卵料理を出し、美味しそうに食べた彼女は『ヨシッ』と決心と気合を入れた。



「――お待たせ、セイジュ君。禊は終わったよ」

「お疲れ様でした。じゃあ、化粧を……グ――ッ!!」


 身体を拭き終わり、バスタオルを巻き付けたエルミアさんを見て絶句した。

 美貌はさることながら、限界まで達した魔力に圧倒される。


 これが、限界まで引き上げられた彼女の魔力か。

 陽炎(かげろう)が立つほど揺らめく黄金の魔力に輝く双眸(そうぼう)

 最早神の一柱と言っても過言でない今なら、ユグドラティエさんに手が届くかもしれない。


「ん? どうしたの? セイジュ君」

「い、いえ……それが限界に達したエルミアさんの力なのですね。申し訳ないですが、顔を直視できないです」

「そう? 自分でも変な感じなの。前回はこんなことなかったのに」

「そうですか。では、準備できてますので先ずはうつ伏せになってください」

「うん……」


 遂に最大の難関、化粧の施しに移る。

 バスタオルをはだけシーツにうつ伏せになったエルミアさんの背と、本を見比べる。


 艶めく髪を両肩に流し、健康的な肌にはシミ一つない。

 幸い化粧はローライズまでで、お尻にタオルを掛けることができた。

 それでも、九割は露わになった姿が言いようもなく煽情的(せんじょうてき)に映ってしまう。



 禁忌(きんき)とも言える背中に、アグラエルさんから預かった儀式用の化粧品を一筋走らす。

 化粧品と言うよりは、アクリルガッシュやペンキと言った方が正しいかもしれない。

 光沢を放つそれが先ず描いたの文字? だった。


「これは……文字か?」

「うん。古代エルフ文字で、今となっては読めるのはお師匠様かティルタニア様と上位精霊だけだと思うよ」


 思わず声に出てしまった問いに、エルミアさんは丁寧に答える。

 ミミズが()ったような文字と象形文字がミックスされた不思議な羅列(られつ)

『ライブラリ』を使えば解読できると思うがあえてしない。


 背中一杯が文字で埋め尽くされ、次はいよいよ前面だ……意を決して彼女に問いかける。


「エルミアさん、背中は終わりました。その……? 仰向けになってもらえますか……?」

「くぅ……」


 彼女は、声にならない声を上げて観念したかのように仰向けになった。

 風呂のアクシデントで一回見たことはあるが、そんなものの比ではない。

 紅潮する顔を覆い隠すように腕を置き、小刻みに震えている。

 恥かしさで熱くなった身体は発汗し、むせかえるゼラニウム香。


 クラクラと香りに当てられ、今すぐにでも獣欲に駆られて(むさぼ)り尽くしたい。

 でも、グッと押さえて描くは文字ではなく抽象画だ。

 下腹部から円状に広がる枝が双丘を超え、首筋まで爪を立てる。

 幾重(いくえ)にも曲線は折り重なり、繁栄の象徴が見て取れた。


「お腹の下……つまり子宮から流れるような曲線。これは、繁栄の抽象画かな……大地に根付く『ユグドラシル』。幾億(いくおく)の歳月を見守る愛か……」

「セイジュ君……余裕だね……私はこんなに恥ずかしい思いをしてるのに……」

「エルミアさん!! お願いですから意識させないで……僕も今必死に我慢してます……それこそ、この筆を投げ捨てて今すぐにでも……」

「うん……ごめんね、変に意識させちゃって……」

「いえ、大丈夫です。前も終わりましたので立ってもらえますか。仕上げに入ります」


 前面の施しが終わり、直ぐにタオルで隠してもらった。

 ユグドラティエさんもそうだが、エルフの身体は反則過ぎる。


 その芸術まで昇華した身体の爪先が朱に染まった時、儀式用の化粧は完了した。

 よくぞここまで、精神力が保てたものだ。

 エルミアさんは、再び全てをはだけ舞踏礼装をまとう。

 さぁ、準備は終わった。

 後は彼女をエスコートして本番に臨むのみ。


「セイジュ君、ありがとう。完璧だよ」

「こちらこそ、ありがとうございます。では、僭越(せんえつ)ながら舞台まで誘導させて頂きます」


 エルミアさんの手を取り、森の入口まで戻る。

 そこに待っていたのは、おびただしい数の精霊。

 入口から集落まで精霊の篝火(かがりび)煌々(こうこう)と礼賛の炎を上げ、舞台へのレッドカーペットを作り上げていた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ