礼賛儀②、禊の時を貴女と
――ユグドラティエさんとエルミアさんで礼賛儀について話し合った。
俺の役割もしっかり把握し、いよいよ『ユグドラシル』に向かう。
良く晴れた早朝、旅の準備を終えた俺達は正門前に集まった。
「――うむ、二人とも準備ができたようじゃな。では坊や、『ユグドラシル』まで転移を頼むのじゃ』
「え? 僕がですか?」
「当たり前じゃ。我もエルミアも今回の主役じゃぞ? 我らを優しく誘導せんでどうする」
「あぁ、確かにそうですね。気遣いもできずすいません。然らばお二人とも、御無礼ながらもお手を拝借」
二人の荷物を『アイテムボックス』に収納して、差し出された手を握る。
行先は、緑萌ゆる『ユグドラシル』。
俺の中にあるユグドラティエさんとの思い出。
大樹の下で、お互いの正体を曝け出した。
木の根と言うには大き過ぎるあの場所へ。
淡い魔法の光に包まれ、目を空ければそこは『ユグドラシル』。
静謐をまとい、どこよりも清浄な魔素が心地良い。
萌え上がる緑に鳥達の囀り、行末を見守る大樹がエルフ二人の帰還を歓迎した。
「おやおや? 随分と遅いおかえりだねぇ、エルミアちゃん」
「ただいま、お母さん。『踊り巫女』としての責務を果たしに戻ったよ」
「そうかいそうかい。あんなに嫌がっていたのに、今は良い目をしてるねぇ。それに、セイジュの坊やも連れて帰って。今回の祭りは楽しみだよ」
俺達の魔力を感じ取ったからだろうか?
早々にアグラエルさんが出迎え、エルミアさんに声を掛けた。
二人が並ぶと、親子だけあってよく似ている。
黄金色に輝く髪も瞳もそっくりだし、姉妹と言われてもおかしくないくらいだ。
「アグラエル、親子水入らずの話を中断して悪いのじゃが、今夜から早速禊の儀に入るぞ」
「えぇ、勿論そのつもりでございます。他の者達も楽しみにしておりますので」
「加えて、今回は坊やが付添人として参加するからのぅ。二三日もすれば準備が整うのじゃ。異例の早さになりそうじゃて」
「では、そのことも踏まえて家でお話を聞きましょうかねぇ」
アグラエルさんの家に案内され、礼賛儀について話を進める。
彼女から儀式化粧の仕方が書かれた本も受け取り準備は万端。
先代の『踊り巫女』たるアグラエルさんが中心に祭りの準備を進め、俺とエルミアさんは禊の場へ向かった。
集落から道沿いを歩き数十分。
精霊の光を頼りに歩みを進めると、新たな森がぽっかりと口を開けている。
その前には虹の姫君が待ち構えていた。
足元まで流れ艶めく七色の長髪。
彩雲をまとう民族衣装の背からは何対もの蝶羽がはためき、虹色の瞳が刺すようにこちらを見据えている。
「ティルタニア様、今回もよろしくお願いします」
「『輝く娘』、息災でなによりぞ。狂犬も久しいのぅ。それにしても、付添人が狂犬とは。何千年ぶりに楽しい宴が見れそうぞ」
「ティルタニア様もご健勝のこと慶び申し上げます。ほら、ツクヨミも行っておいで」
「う……うん。ティルタニア様! 只今戻ったし! セイジュといると、どちゃくそ面白いことばっかだし。いっぱい話し聞いてほしいし」
「そうか。ならばお前の話を聞かせておくれ。他の娘達もお前の話を待っておるぞ?」
新たな森――禊の場の入口でティルタニア様と出会い挨拶をする。
ツクヨミも禁足地に入れないことを理解しているのか、申し訳なさそうに俺から離れた。
そんな彼女をティルタニア様は抱きしめ、愛おしそうに消えて行った。
――そこに立ち入れば、全身が総毛立つほどの厳然さ。
最早人界と言うにはおこがましい神々しさに、空気が張り詰める。
音さえ聞こえずキーンと言う耳鳴りだけに支配され、自分がどこを歩いているのか分からなくなっていた。
ここはヤバイ。
視線も虚ろになってきたし、早く順応しないと戻れなくなってしまう。
叩きつける心臓のリズムがどうしようも無く乱れ始めた時、エルミアさんがキツく手を握ってきた。
「セイジュ君、大丈夫?」
「……はい、大丈夫です。エルミアさん、ありがとうございます。もし手を握ってくれなかったら意識を失っていたかもしれません」
「ここの魔素は強すぎるからね。私も初めて入った時は気絶しかけて……こうやって、お母さんが手を握ってくれたんだよ。でもこの魔素に耐えれるなんて、やっぱキミは凄いな。もう少しで泉に着くよ」
エルミアさんが手を握ってくれたお蔭で視界はクリア。
改めて周りを見渡すと、宵闇に映える深緑のその先。
月光が降りそそぐ小さな泉が見えた。
波一つない水鏡に月影がキラキラと反射し、一目でここが目的地だと分かった。
「何と言うか……言葉にできません。二つの月光が折り重なる泉も、身を焦がすような魔素も、言葉では言い表せない荘厳さがありますね」
「うん。多分ここは世界で一番神聖な場所。じゃあ、早速私は禊の水浴びをするね。セイジュ君も、舞踏礼装の準備に取り掛かってほしい。時間は月が傾いて月光が届かなくなるまで。後! 覗かないでよ……?」
「覗きませんから! 僕は後ろを向いて作業してますから、何か欲しい物があったら言ってくださいね。それと、礼装に関してどんどん質問していくのでよろしくお願いします」
「覗かないんだ……って、うん、お願いね!」
何やら呟いたがスルーしよう。
シュルシュルと衣擦れの音が聞こえ、やがて水浴びの音が聞こえ始めた。
お互い気恥ずかしさもあって無言だ。
パシャパシャと水を弾く音だけが聞こえる。
俺も頂いた本とにらめっこしながらも、礼装を作り始めた。
「ねぇ? セイジュ君?」
「何でしょう? エルミアさん」
「うんん、呼んだだけ。いるかな~って」
「ははっ、いますよ。エルミアさん、好きな色ってありますか? 礼装の大まかな色を決めたいのですが」
「色か~。やっぱり白と緑かな。エルフの民族衣装は緑が基調だし、騎士団の鎧は白銀だしね」
「分かりました。白を基調として、緑色の刺繍を入れる感じにしますね。スケスケですが……」
「それは言わないで……」
「そう言えば、ティルタニア様がエルミアさんを『輝く娘』って呼んでましたけど、何か意味があるのですか? 僕は狂犬呼ばわりですけど……」
「あぁ、あれはエルフ語だね。私のグロリイェールって姓が『輝くとか金の娘』って意味なの。因みに、お師匠様のヒルリアンは『支配者たる花冠姫』って意味だよ」
「成程、『輝く』ってエルミアさんにぴったりですね。僕にとって、エルミアさんは正しく輝く黄金です。ユグドラティエさんはそのままですね……」
「もう! キミはまたそうやって恥ずかしいことを……タオルくれる、月が傾いたから今日は終わり」
エルミアさんにタオルを渡して、今日の水浴びは終わった。
服を着た彼女を見ると、浩々と魔力が湧きたち泉の効果を実感できた。
俺の作業も今日はここまで。
あれ? 寝床もあるって言ったけどどこにあるのだろう?
「ところで、どこで寝るのですか? 見たところ、洞窟とかそれっぽい場所はないですが」
「寝床はあそこだね」
「あそこって、泉の畔じゃないですか? 月明かりが場所を変えただけの地面……芝生になってますが痛そう」
「仕方ないよ。泉で清めて月光の中で寝る。三日間はこれの繰り返しだね」
「エルミアさん、大変ですね。そうだ! 『アイテムボックス』に厚手のシーツが入ってるので敷いておきましょう。少しは楽になると思います」
「ありがとう。これで、セイジュ君も痛い思いしないで済むね……」
「え……?」
「あのね……付添人も一緒に寝なくちゃいけないの……付添人は泉に入れないから、月の光で身を清める。だからね、一緒に寝よ……?」
スコーンと頭を叩かれる感覚。
離れた所で寝る気満々だったが、まさかの同衾。
理由に納得はするも、既に精神力の戦いは始まっていた。
エルミアさんは、赤い顔をしながらも誘導するように視線を向けた。
背中に熱と鼓動を感じる。
一人用のシーツに二人が寝転ぶと、例え俺が小柄でも触れ合うほど近い。
お互いが逆方向を向いて寝るも、背中が密着してしまった。
早鐘を打つ心臓の音がダイレクトに伝わり、エルミアさんの顔を見なくても緊張しているのが分かる。
『おやすみ』と言ってからどれくらい時間が経っただろう?
無言を貫く俺達に優しい光だけが降り注ぐ。
「ねぇ、セイジュ君起きてる?」
「ふへぇ! あ、はい……」
突然の声掛けに声が裏返り、変な返事をしてしまう。
「あはっ、セイジュ君緊張し過ぎ。キミでも緊張することあるんだね」
「当たり前ですよ。エルミアさんみたいな綺麗な人と一緒に寝てるのですよ? 緊張しない方が失礼でしょ」
「嘘。セイジュ君は、お師匠様とあんなことシてるから余裕でしょ?」
「それとこれとは、話が全然違います! 前も話しましたが、エルミアさんとユグドラティエさんには全く違った魅力があります。だからこそ、こういうことになると緊張します」
「そっか。ねぇ? セイジュ君?」
「何でしょう? エルミアさん」
「緊張が解けるおまじないがあるの。良い? せーのっでお互い仰向けになって。でも、こっちは見ちゃダメ。真っ直ぐ上を見てほしい。いくよ? せーの――ッ!!」
エルミアさんの言う通り、仰向けになったその先――
「凄い! 何と言う美しさ……」
視線の先に現れるは、大きな月と満天の空。
楕円形の寝待月には天川が煌めき、あたかも宝石箱をぶちまけたような空が広がっていた。
思えばここに来て以来、横や下ばかり向いていたかもしれない。
暫しその美しさに見蕩れ、エルミアさんに感動を伝えようと横を向くと、黄金の瞳がしっかりこちらを見つめていた。
「もう、こっちは見ちゃダメって言ったでしょ?」
「エルミアさんだって、約束破ってるじゃないですか……」
「お姉ちゃんは良いの。キミの無邪気な顔をみれたから、緊張も解けちゃった」
そのまま彼女はコツンと俺の肩に額を乗せて、再び『おやすみ』と呟く。
身を清めた清浄な魔素と香るゼラニウム。
俺も彼女に頭を近づけ目を閉じる。
「エルミアさん?」
「ん? なぁに? セイジュ君」
「祭りが終わったら、大事な話があります。聞いてくれますか?」
「うん。勿論良いよ……」
両者目を閉じたまま大事な約束をした――
【5話毎御礼】
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