礼賛儀①、準備
――『ユグドラシル』を称える祭り、礼賛儀に参加することになった。
エルミアさんは『踊り巫女』として舞踏を、俺はその付添人として彼女をサポートする役目だ。
軽く話を聞いた感じ、身を清める、舞踏礼装を作る、化粧を施すなどの禊の儀式に付き合うらしい。
礼賛儀が終わるまで、冒険者家業はお休みだな。
より詳しい話を詰める為、俺達は庭園に集まった。
因みに、セレスさんは特級依頼が入ったらしく不参加だ。
「――えっと、祭りへの参加や付添人として何となく話は聞きましたが、実際どういった予定になるのですか?」
「ふむ。実は細かい予定は決まっておらんのじゃ。って言うよりも、エルミアと坊や次第じゃな」
「エルミアさんと僕次第?」
「そうじゃ。『ユグドラシル』の集落の近くに身を清める泉と寝床がある。『踊り巫女』はそこで禊を行いながら、付添人の礼装ができあがるのを待つのじゃ。礼装に関しては、巫女と付添人が話し合って決めるのじゃが、これが難儀でのぅ。お互いが納得いくまで話し合うから、下手すれば年単位掛かるのじゃ」
「確かに……前回やった時はお母さんが付添人だったんだけど凄いもめたよ? お母さんは派手にしたがって、私が拒否して……何週間喧嘩したか分かんない」
「流石エルフの時間感覚と言うか何と言うか……」
どうも、細かいスケジュールは決まっていないらしい。
良くも悪くも付添人次第。
でも、エルフの時間感覚で話を進めていると俺の寿命が先にきそうだ。
ある程度はイニシアチブを取っていこう。
「まぁ、今回は坊やが付添人じゃからそこまで時間は掛からんじゃろう」
「どうしてです?」
「坊やの力があれば、エルミアの望む礼装をそのまま形にできるじゃろ? それに、お主が作ったとなればこ奴は喜んで着るわい」
「ちょ…ちょっとお師匠様! 着ますけど……」
「いちいち恥ずかしがるでない。そんなことじゃと、化粧をされる時死んでしまうぞ?」
「え……? あぁ――ッ!!」
確かに俺の力を使えば想像通りの服は作れるし、小さなリクエストにも対応可能だ。
礼装の問題も解決したところで、化粧の話を聞いたエルミアさんは思い出したかのように大声を上げた。
勢いのあまり立ち上がり、赤い顔を両手で押さえる。
「どうしました、エルミアさん? 大声出して」
「セイジュ君……お化粧だよ、お化粧……」
「はい。道具ならいっぱい持ってますし、ツクヨミと記憶領域の共有で以前施したみたいに上手くできますよ?」
「違うの! 思い出して! 人間とエルフの化粧は用途が違うの!」
エルミアさんが言ってるのは、前にユグドラティエさんとエルミアさん、ツクヨミが化粧をした時の話だろう。
そう言えば、その時エルフの化粧について聞いたな……たしか……?
(……その時『踊り巫女』が全身に化粧をするくらいかな?)
とんでもないことを思い出してしまった。
俺の表情に気付いたエルミアさんは更に紅潮し、ユグドラティエさんはしたり顔だ。
「すいません……僕の愚かな記憶では、『全身に化粧』ってあるのですが……」
「そうだよ……背中から前面、それこそ脚の先までだよ……あぅ……ダメ、恥ずかしさで死にそう……」
「大丈夫です! ツクヨミが施しますから! 僕は遠くで見ないようにしておきますね」
「そうだね! ツクヨミに任せれば安心だよ!」
「何を言っとるのじゃ? お主ら。当日はティルタニアも来るのじゃぞ。ツクヨミはあ奴の下に帰るに決まっておろぅ。それに、禊の場は神聖なものじゃ。巫女と付添人しか入れんし、勿論従魔や精霊にとっても禁足地じゃ」
「「え?」」
必死の思いで見つけた回避策も、ユグドラティエさんの無慈悲な一言で打ち砕かれる。
完全に二人きりの作業。
まだ始まってもいないのに、お互いに意識しまくってしまう。
「ユグドラティエさん……謀りましたね?」
「言ったじゃろ? 切っ掛けじゃよ、切っ掛け。じゃ~、後は若い二人に任せるのじゃ~。お主らが作り上げる祭り、楽しみにしておるぞ」
それだけ言った彼女は一人立ち上がり、ヒラヒラと手を振りながら屋敷に戻って行った。
う~ん、残された俺達は何を話し合うべきか……
「――と! 取りあえず、一旦話を纏めましょう」
「そ、そうだね!」
「初めに泉と寝床で禊を行うと言ってましたが、それって一日でも良いのですか?」
「舞踏礼装ができあがるまで毎日するものだけど、厳密に言えば『踊り巫女』の魔力が満ちるまでかな……? 泉と寝床には巫女の魔力を一時的に限界まで高める効果があって、今の私なら最低三日は掛かると思うよ」
「分かりました。では、三日で礼装を作るとして前回はどういった感じだったのですか?」
「スケスケ……」
「はい?」
ボソッと呟いた彼女の言葉を、思わず聞き返してしまう。
「だから、スケスケだったの……全身に施された化粧を見せる為でもあるんだけど、『質素なのが良い』って言ったらお母さんがね……」
「成程……儀式用の化粧を見せる為にも、ある程度は透け感が必要だと。他に必要な物はありますか?」
「後は剣舞もあるから鞘とストラだね」
「鞘は分かりますが、ストラって何ですか?」
「首から掛ける長い布だよ。先には鈴を付けてもらって、腕にも巻いたりするから長さは足元くらいまでね」
「了解です」
軽いセクハラをしたようだが、何となく礼装のイメージが分かった。
化粧を見せる為に透けさせること。
剣舞用の鞘と長いマフラーみたいなのが必要なこと。
更に細かいニーズは、現地で作りながら聞こう。
次はメイクについてだ。
「化粧について聞きますが、顔にもしますか? それとも、身体だけですか?」
「顔にはしないよ。化粧に関しては代々付添人に本が受け継がれるんだけど、今はお母さんが持ってる。『ユグドラシル』に帰れば貰えると思うから、それを参考にしてほしいな」
「分かりました。因みに、全体像はどんな感じになりますか?」
「う〜ん。恥ずかし過ぎてあんまり覚えてないんだけど、背中一面に文字みたいなの書かれて……お腹の下から全身に広がるように絵や線が描かれてた気がする……」
「うへぇ……礼装作るより、化粧を施す方が時間掛かりそうですね。ところで、その時下着って……」
「……」
エルミアさんは、無言で首を振った。
あかん……これは確実に殺しにきてる。
要は彼女の身体をキャンバスにして、文字や抽象画を描くわけだ。
誰もいない二人っきりの空間で、好意を持たれている女性の身体を撫で回すが如き所業。
未だかつてない精神との戦いが確定した。
「そこまでして、やっと準備が整うわけですね……」
「ん……うん……準備ができたらね、泉の入口で精霊達が待ってるの。彼等の導かれるままに『ユグドラシル』の舞台に上がって、魔力が切れるまで踊り続ける」
「他の皆さんは?」
「お師匠様とティルタニア様は特別な席があるからそこにいるし、他の皆はミードを飲み合ったり……番がいる人は……その……子作りとか……」
「あ〜、分かりました。その辺で結構です。すいません、嫌がれせみたいなこと聞いて」
原始的な祭りと一緒だ。
信仰する対象を称えながらも、そのご利益にあやかり繁殖を願う。
根本は、どの世界でもある極一般的な祭りと一緒なのだな。
「いや……その……セイジュ君も私と子作りしたい……?」
「ブフ――ッ!! ゴホゴホ……エルミアさん、急に何言ってるのですか!」
「いや……ね? 最近お師匠様とシてるでしょ。お師匠様に比べたら私って魅力ないかな? って……」
急に突拍子もないことを聞いてくるエルミアさん。
思わず、紅茶を噴き出してしまう。
彼女は赤くなりながらも、何かを期待するような上目遣いで見つめてくる。
「あのですね? そもそもお二人は美しさの要素が違います。ユグドラティエさんと比べて、エルミアさんは健康的な肌に黄金のような美しい髪と瞳。千変万化の表情も、騎士団長としての凛々しさもこの上ない魅力的な女性ですよ」
「えへへ~、そうかな? 照れる~。って、ごめんね! 変なこと聞いて」
「もう! 恥ずかしいこと言わせないでください。しっかりしてくださいね、僕のお姉ちゃんなんでしょ!」
「そ、そう! お姉ちゃんがちょっとからかっただけだよ。う……うん……恥ずかしいけど、頑張ろうねセイジュ君!」
「えぇ。やるからには全力でいきましょう。ユグドラティエさんやエルフの皆さん、何よりエルミアさん自身に楽しんでもらいたいです!」
俺達は固い握手を交わして、今日の話し合いを締めくくった。
そして、次の日。
それぞれが旅の準備を終えて、蒼天の下に集まった――




