夜の語らい、礼賛儀へ
――シルフィーを招いて行われた新年会。昼食後に風呂へ行った女性陣で、何やら話し合いがあったらしい。
風呂から出てきた彼女達は妙な結束感を放っていたが、あれこれ聞き出すのは無粋だ。
湯上りの艶っぽい姿を拝めただけで良しとしよう。
「――っと、まぁ風呂ではそんな話をしたわけじゃ」
「あの? 最後の話題は恥ずかし過ぎるんですけど……全員に僕の性癖バラしてるじゃないですか……」
その夜ベッドに忍び込んできたユグドラティエさんから、風呂での話を教えてもらった。
お互いに腕を回しながら、啄むように会話を続ける。
「んっ……皆坊やに興味があるんじゃよ。特にエルミアやセレスも普段はおとなしいのじゃが、しっかり聞き耳を立てておった」
「エルミアさんにセレスさん……シルフィーと結婚する前に二人と結婚して良いのでしょうか? 彼女は正室と側室に拘ってるみたいですが」
「逆じゃよ、逆」
「逆? うんっ……」
「坊やとシルフィーの結婚は確定しておる。即ち、将来的に王族に名を連ねるのじゃ。そこで二人を娶ったら、民衆はどう思う?」
「あぁ、権力を使って無理矢理モノにしたと思われますね」
「そうじゃ。ことさらセレスは大公爵家じゃからのぅ。反発も凄かろうて」
「だから、きちんと恋愛結婚した印象を与えなければならないのですね?」
「じゃな。んんっ……」
薄暗い部屋の中絡め合う舌が唾液を交換しながら、ここにはいない女性の話をする。
背徳的な音が響き、何と淫靡な空間か。
「でも、明日急に結婚してくださいって言うのも変じゃないですか?」
「まぁ、そうじゃな。あ奴らは待ちの姿勢じゃが、恋戯曲に憧れる生娘でもあるからのぅ。それ相応の準備は必要じゃろうて」
「そうですか、何か良い切っ掛けでもあればな~」
「切っ掛けか? ないなら作れば良いのじゃ。坊や楽しみにしておれ。じゃが! 今は目の前の女子に集中してほしいのぅ」
口元から離れた彼女は、馬乗りになり妖艶な笑みを浮かべた。
ペロリと舌なめずりをすると、煽情的な目線で俺を見下ろす。
「我の前で他の女子の話をするとは……お仕置きが必要じゃな」
「えぇ……お手柔らかに。って、最初に話題出したのユグドラティエさんでしょ! それに、セニエさんから言われましたが声が漏れてるいるそうですよ……」
「それは坊やのせいじゃろ? 今宵も我を情熱的に奏でてみせるのじゃ」
「もう! 遮音魔法を使います……」
「駄目じゃ、許さぬ。案外あ奴ら二人も耳をそばだてて、自分を慰めておるかもじゃぞ……?」
俺の部屋の前はエルミアさん、その左隣がセレスさん。寝静まるにはまだ早いこの時間。
ユグドラテイエさんの声が熱を帯びれば帯びるほど、彼女達に伝わるかもしれない。
しかし、ユグドラティエさんはそんなこと気にもせず再び唇を合わせてきた。
「――うぁあああ!! セイジュ君助けて! 私絶対嫌だよ、匿って!!」
「どうしました!? エルミアさん。まさか、屋敷に敵襲ですか!?」
新年会も終わり更に数日。
シルフィーも学園に通う為、アヌシーに戻って行った矢先のことである。
朝の着替えをしていると、エルミアさんが凄い勢いで飛び込んできた。
俺の後ろに隠れ、ぴったりと身を寄せてくる。
だからだろ? 普段の彼女からは想像できないほどのラフな格好は、俺の背中に暴力的な双丘をこれでもかと押し付けてくる。
最早兵器とでも言うソレは形が変わるまで密着し、俺を直立不動にした。
「エルミア~、分かっておるぞ。坊やの部屋じゃろ~」
「ひぃいいいい――ッ! セイジュ君、私は居ないって言ってよ!」
「ユグドラティエさんから逃げてるのですか? それって何時もことじゃ?」
「いいから! 今回は本当に勘弁なの!」
「ほ~ら、ここにおった。エルミア、大人しく『ユグドラシル』に帰るのじゃ~」
カタカタと震えるエルミアさんを尻目に、満面の笑みでユグドラティエさんも入室。
心底楽しそうにパチンとウインクをした。
「『ユグドラシル』に帰るって、エルミアさん王都を出ていくのですか?」
「ん? 坊や、違うのじゃ。前に話したじゃろ。『ユグドラシル』を称える祭りが久しぶりに開催されるのじゃ」
「あぁ~、エルミアさんが『踊り巫女』って言ってたやつですね?」
「そうじゃ。じゃから、こ奴はその責務を果たさなければならんのじゃ。勿論、今回は坊やも連れてくぞ? 人間が参加するのは初めてかもしれんのぅ」
「え? セイジュ君も連れて行く気ですか! それもっと恥ずかしいやつじゃないですか。ますます帰りたくありません!」
「落ち着くのじゃ、エルミア。ちょっと耳を貸すのじゃ」
師匠命令には逆らえない。
後ろに隠れていたエルミアさんは、恐る恐るユグドラティエさんに近付く。
「良いか? エルミア、これは絶好の好機なのじゃぞ」
「好機ですか?」
「然り。坊や本人からも聞いておるが、あ奴もお主のことをちゃんと好いておる。番になることも言質を取っておるし、切っ掛けがあれば坊やからお主に申し込むと言っておったのじゃ」
「ん~!! 本当ですか? お師匠様!」
「嘘なぞ吐かぬわ。それでじゃ? 祭りが始まるまで『踊り巫女』の補佐は全て坊やに任せる。禊の儀式が終わるまで、坊やを独占するのじゃ。そして、最後に幻想的な『ユグドラシル』でお主の舞を見たらどう思うじゃろうな? これで落ちん男はおらんじゃろ」
「禊の儀まで一緒にですか? 更に恥ずかしさ倍増なんですけど……」
「そうか……ならば、もう何も言わんのじゃ。は~、お主とは恋の好敵手と思っておったのじゃがなぁ~。夜な夜な我らの声を聞きながら、何時ものように己を慰めておれ」
「そ! そ! そんなことはしてませんから!!」
内緒話をしていたはずのエルミアさんが突如大声を上げた。
まるで図星を突かれたように真っ赤になり、怒りを露わにする。
「うぉ!! 何ですか急に大声出して?」
「いや、ちょっと……何でもないよセイジュ君……う~ん……あぅ……ゴホン!! セイジュ君、驚かせてごめんね。ちょっと混乱してたけど、『ユグドラシル』の祭りで舞うね」
「おお! それは頑張ってください。僕も参加できるということなので、今から楽しみです」
「参加も何も、坊やには禊の儀式の付き添いをしてもらうからの」
「え?」
赤面しながらもエルミアさんは参加を決意。
俺達のやりとりを微笑ましく眺めていたユグドラティエさんが、何やら不穏なことを呟いた。
「ん? じゃから、坊やにはエルミアの付添人として禊の儀を取り仕切ってもらうのじゃ。とは言っても、たかが身体を清める泉に付き添ったり、舞踏礼装を作ったり、儀式用の化粧を施すだけじゃぞ?」
「いや、それ滅茶苦茶重要な役割じゃないですか――ッ! そもそも、人間が参加できない祭りにいきなり参加して、更に大役を任せられるのっておかしいでしょ。普通経験豊富なエルフがやるものじゃ……」
「まぁ、普段はそうじゃが我が決めたことじゃぞ? 誰も文句は言わんじゃろ」
「あ、それはそうですね……」
当たり前の話だ。
『ユグドラシル』の分身たるユグドラティエさんが、イエスと言ったらノーでもイエスになる。
エルフにとって母とも言える彼女が推薦する者に、誰一人として文句はつけないだろう。
「エルミアさんも、僕がそんな大役を仰せつかっても大丈夫ですか?」
「私もセイジュ君が良いかな……ぶっちゃけ『ユグドラシル』には前回以来帰ってないし、知り合いも殆どいない。知らない人に気を使って準備するより、気心の知れたセイジュ君が一緒の方が断然やりやすいよ」
「そうですか。では、精一杯務めさせて頂きます。一緒に頑張りましょう!」
「うん――ッ!!」
こうして『ユグドラシル』を称える祭りの参加が決まった。
エルミアさんからサラッと話を聞くと、祭りと言うよりは大きな儀式に近いぽい。
ユグドラティエさんも、『詳しいことは後日話す』と言って早々に部屋を後にした。
――そして、その日の晩。
夕食も風呂も済ませたユグドラティエはセレスティアの部屋を訪ねていた。
セイジュ特製のワインとおつまみを囲み、美姫二人は語り合う。
「そんなわけで、四五日は『ユグドラシル』に行ってくるのじゃ」
「あー、アタシも丁度特級依頼が入ってるから暫く留守になると思う」
「……坊やはエルミアを娶って帰ってくるぞ?」
「いや、ユーグの話を聞いて察したよ。その次はアタシなんだろ?」
「その通りじゃ。お主も腹を括っておくのじゃ。なぁに、坊やは優しいからのぅ? 初めてはちょっと痛いかもしれんが、直ぐに気持ちよくなるぞ?」
「そんなこと聞いてねぇよ! てか、ユーグ声大き過ぎだろ……聞こえてるっつーの……」
「あれはワザとじゃぞ? 勿論気持ち良いが、お主らに届くようにしておるのじゃ」
「趣味悪過ぎ……」
「こうでもせんと、お主らはいつまでたっても覚悟を決めんからのぅ。我一人で坊やを独占するのも良いのじゃが、我らは対等な関係じゃろ? お主らにも愛される喜びを知ってもらいたいのじゃ……」
「馬鹿野郎が……でも、ユーグの心遣いに感謝する。ありがとう……」
乙女達の語らいは続く。
ここからユグドラティエが描く壮大なプロポーズ大作戦が始まった――




