新年会、第一回乙女会議
――成人を迎え、大人の仲間入りとなった俺は新年を屋敷で過ごしている。
ユグドラティエさんと一線は越えたものの、関係性に変わりはなく相変わらずの仲だ。
新年四日目。
今日から街も活気を取り戻し通常運転になる。
そんな中、我が家のメイド達は慌ただしく動いていた。
それもそのはず、本日シルフィーがやって来る。
本来なら俺が登城して挨拶をするべきだが、彼女のたっての希望らしい。
まぁ、ウチに来ればユグドラティエさんやエルミアさんにも会えるし、美味しい物も食べれる。
彼女にとって、良いことづくしなのだろう。
「――旦那様! お会いしたかったですわ!!」
「シルフィー久しぶり! 元気だった? それに、マーガレットさんもご無沙汰しております」
「はい! 王都に帰ってきてから会いたくて堪りませんでしたわ」
「こちらこそご無沙汰しております、セイジュ様。本日はよろしくお願い致します」
王家の紋章が入った馬車が正門に止まるや否や、シルフィーが飛び付いてきた。
弾ける笑顔を向け、『薔薇水晶』のカチューシャから亜麻色の髪がなびく。
一年見なかっただけで、確かな成長を感じた。
「あれ? シルフィー背伸びた?」
「ふふっ……成長したのは背だけではありませんのよ? さぁ、今日は沢山お話を聞かせてくださいな」
「えぇ。皆も待ってるし、新しい料理もいっぱい用意したよ」
彼女を屋敷内までエスコートし、皆が待つ応接間に案内した。
中ではユグドラティエさん達が笑顔で迎え、豪華な料理が所狭しと並ぶ。
「シルフィー、久しぶりじゃな。うむ、良い魔力の流れをしておる。毎日の訓練を欠かしてないようじゃな」
「殿下! ご健勝なによりです。またこうして会えたことを嬉しく思います」
「お姫様久しぶり~。後で新しい冒険譚聞かせてやるよ」
「ユグドラティエ様、エルミア、セレスティア……皆元気そうで良かったですわ……」
「シ! シ! シルフィードたん、あーしもいるし! って、相変わらずおかわわ~」
「ヒッ! ヒィイイイ。ツクヨミさんもお変わりなさそうで……」
「あーしら精霊が変わることなんてないし。あ~、シルフィードたんの安定のきゃわたんさ――あいたッ! 何するし!? 風の!」
「落ち着け闇の。シルフィードが嫌がっておろう」
シルフィーは皆から声を掛けれ、思わず涙ぐんでしまう。
しかし、俺の影から飛び出てきたツクヨミに抱きつかれ、余りの強引さに声を上げた。
その叫び声にシルフェリアが直ぐに反応。
頭に大きな拳骨を食らわせて、シルフィーを引き剥がす。
「何はともあれ、皆さん揃ったようですし始めますか」
「「「乾杯!!!」」」
乾杯と共に今日のパーティーがスタート。
それぞれが思い思いのドリンクを手にし、食事と会話を楽しむ。
特にシルフィーは話したいことがいっぱいあったようで、話が止まらない。
入学当初の魔法訓練でやり過ぎてしまったこと。
授業が退屈なこと。
生徒達の貴族ごっこにうんざりしていること。
数ヶ月は孤独を感じていたが、ラフルールさんと言う親友を得たこと。
彼女の口ぶりからラフルールさんとは、本当に仲が良いようだ。
席も隣同士だし、昼食も一緒に食べているらしい。
良かった、彼女は生涯の友を得たのだな。
「良かったね、シルフィー。シルフィーに親友ができて僕も嬉しいよ」
「ありがとうございますわ。でも、実は仲良くなるきっかけは旦那様でしたの」
「え? 僕が?」
「はい。それが――」
彼女は、ラフルールさんと仲良くなったきっかけを話し始めた。
出会いは本当に偶然で、『薔薇水晶』のカチューシャに興味を持った彼女に、製作者である俺の話をしたら止まらなくなったらしい。
「ハハッ! 坊やの作った髪飾りにそんなご利益があったとはのぅ? 本当に二人はお似合いじゃて」
「ありがとうございます、ユグドラティエ様! って、あれ? ユグドラティエ様、何かありまして? 雰囲気が以前とは違うような……?」
「我の雰囲気が?」
「はい。以前はもっと近寄り難い神聖な雰囲気があったのですが、今は随分と柔らかく感じますの。とても女性的? とでも言いますのでしょうか?」
「ん~、流石シルフィー。マルゴーに似て人を見る目は確かじゃな」
ユグドラティエさんはグラスを片手に、エルミアさんセレスさんを意味ありげに見つめた後、俺の方にも視線を向ける。
その仕草にエルミアさんは真っ赤になり、セレスさんはわざとらしく視線を逸らした。
ユグドラティエさんのことだから二人には話したのかな。
何となく察したシルフィーも三人を見て口を開く。
「成程。何となく理解しましたわ。よろしかったら、後で女性陣だけでお話ししませんこと?」
「ほほ~、なら腹が落ち着いたら皆で風呂に行くのじゃ。ウチの風呂は最高じゃからの! シルフィーもびっくりするはずじゃ」
「それは楽しみですわ! 折角ですから、マーガレットもガーネットも一緒に入りましょう」
「仰せのままに」
「あ~良いぜ。腹を割って話そうや」
ユグドラティエさんの提案で、食後に女性陣全員で風呂に行くことになった。
今日ばかりは大人しくメイドの仕事に励んでいたガーネットさんも参加。
ウチの風呂は大きいから六人入っても余裕だ。
にしても、六人で風呂か……
想像するだけで身体が熱くなるな……
「よいか、シルフィー? アレがスケべな想像をしている男の顔じゃ」
「まぁ! 旦那様、私は結婚するまでお見せしませんわよ」
「セイジュ君のエッチ……」
「セイジュ……変態が……」
「やはり、以前話した通りガーネットと一緒にご奉仕致します……」
「俺の裸なんて前セレスティアの屋敷で見ただろう?」
「え? え? 顔に出てますか!?」
「勿論、冗談じゃ!」
「もう! ユグドラティエさん!!」
ひとしきり笑われた後、彼女達は風呂に消えていった……
――檜香るセイジュ邸自慢の浴場。
総檜張りで、前面には緑の中庭が広がる。
備え付けの石鹸類は、貴族街専用の化粧品屋よりも高品質で使いたい放題。
女性にとって、正に桃源郷が広がっていた。
そこに現れるは、宛転蛾眉の六人。
美の化身に黄金を纏うグラマラス、力強くもしなやか曲線美と将来を約束された亜麻色の乙女、瓜二つの輝きを放つ琥珀達。
とりわけ、シルフィードのテンションは入った瞬間からマックスだ。
後ろに付き従うマーガレットも驚きを隠せない。
「素晴らしいですわ。何て素敵なお風呂なのでしょう。それに、良い香りもしますわ。是非、お母様にも紹介しないと!」
「確かに、王宮の贅を尽くした浴場と比べたら簡素ではありますが、落ち着いた趣がありますね。む? 殿下、こちらからの眺めは素晴らしいですよ。ガーネットから聞いてはおりましたが、ここまで素晴らしいとは……」
各々な好きなポジションで湯に浸かり日頃の疲れを癒す。
「――さて、エルミアとセレスティアはいつ旦那様と婚約するのですか?」
「「ぶぅううう――ッ!!」」
開口一番シルフィードの先制攻撃。
何の捻りもない渾身のストレート。
二人は、いきなりのド直球に噴き出してしまった。
「あら? そんなに驚くことですの? お二人は周りから見ても分かりやす過ぎですわよ?」
「ハーッハッハッハ! エルミア、先に言われてしまったのぅ? シルフィー安心せい。こ奴は既に心を決めておるのじゃ。坊やと結ばれるのも時間の問題じゃよ」
「そうなんです! 私とお師匠様は恋の好敵手。お師匠様もセレスもセイジュ君を独占し過ぎです! セイジュ君は私が先に見つけたんですよ! もう! もう! もう!」
「じゃが、いかんせんヘタレ過ぎでのぅ?」
「うぐぅ……でも、私が一番セイジュ君を好きなんです! 大、大、大好きなんですー!」
「じゃったら、さっさと結ばれてくるのじゃ!」
「そ……それは、やっぱり男の子の方から誘って欲しいかな……」
思いの丈をぶちまけたエルミアであったが、最後の一押しはセイジュから来てほしい様子。
それとは対照的に、セレスティアは沈黙を保ったままだ。
「成程、エルミアの思いは分かりましたわ。して、セレスティアは?」
「……う…うん……ブクブク……」
「はぁ~、良いですの? セレスティア。本来なら貴女が真っ先に旦那様に敬愛を捧げ、一生寄り添っていくべきなのですのよ?」
「……う…うん……ブクブク……」
「ガーネットの目と身体を治して、更に貴女の心まで救ってくれた。そして、以前のように三人、本当に楽しそうですわ」
「……う…うん……ブクブク……あぁあああ!!! 分かった! 降参だ、降参! アタシもセイジュが大好きだよ。てか、ガーネットを治した時点でベタ惚れだよ。また手を握りたいし一緒にいたい! もう、恥ずかしいなぁ!!」
セレスティアも観念したかのように思いをぶちまける。
その告白を聞いてシルフィードは満足そうに頷いた。
「いや~、やっとセレスティアから本心が聞けたぜ。これで、やっと俺も坊主に娶ってもらえるな?」
「は? オマエ何言ってんだよ」
「何って、俺もお姉ちゃんもセイジュが好きなんだよ。良く考えてみろよ? 俺の目も身体も直して、セレスティアと俺達の仲も修復した。更に強い! ってきたら惚れるのが当り前だろ」
「そうですね。セイジュ様は魔導においても遥か高みにいるお方。敬愛の念を禁じえません」
「お姉ちゃん……本音は?」
「フヒヒ、セイジュちゃん可愛い。お姉ちゃんの魅力でイケないこといっぱい教えてあげたい。快楽に歪む顔を見せてほしいの……クヒヒヒ」
「一番ヤベーヤツじゃねぇかよ……」
シルフィードの予想通り、マーガレット姉妹もセイジュの嫁候補に参戦。
これで現時点での候補が全員出そろった。
屋敷のメイド達も含めれば、もっと出て来るかもしれない。
しかし、彼女の中で今日の話し合いは思った以上の成果であった。
「ふふ、皆さんの思いを聞けて大満足ですわ。さて、これで今年の『旦那様の嫁、第一回乙女会議』はお開きに致しますわ。それで、あの……ユグドラティエ様……?」
「何じゃ? シルフィー急に」
「あ……あの。旦那様とはどうでした……?」
「ハハッ、シルフィーにしては積極的じゃな?」
「私とて興味がないわけではありませんわ……その……好みとか教えて頂けると……」
「そうかそうか。良いか、お主達? 坊やはあぁ見えてな――」
会議が終わった途端始まるセイジュとの暴露話。
シルフィードやマーガレト姉妹は積極的に聞く。
赤い顔をしたエルミアとセレスティアは、俯きながらもしっかり聞き耳を立てていた。
そんなことは露知らず、風呂上がりの飲み物を用意していたセイジュは大きなくしゃみを虚空に放った――




