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ゲーテ、成人の寿ぎ

 ――天上の星々の輝きは限りなく、二つの月が新円を描く。

 叢雲(むらくも)も掛からず只壮麗(そうれい)

 夜と言うには明るくて、昼と言うにはやや過言。

 夕闇ですらない不思議な空間は、幽玄(ゆうげん)と呼ぶのが相応しいだろうか?


 勿論、こんな日は新年しかない。

 いや、だからこそ昔の人は一年の始まりと決めたのだ。

 学園に通うシルフィーと別れて初めての年明け。

 朝日が昇れば、また新しい一年がスタートする。

 即ち俺が15歳――成人を迎える日だ。



 皆が寝静まった頃、俺は一人地下礼拝堂へ向かう。

 この屋敷に残った者は、朝食で俺の成人を祝ってくれるだろう。

 言うまでもなくそれは嬉しいことだが、どうしても先に今までやってこれた感謝を伝えたい相手がいる。

 このチャンスは、人生において今夜しかない。

 コツコツと静かな足音を立て、階段を下りた。


 扉を開けた先に広がるは礼拝堂。

 薄暗い部屋には白妙(しろたえ)の壁が浮かび上がり、地下独特の(りん)とした空気が(ただよ)う。

 一歩踏み込めば足元には赤い絨毯。

『シルクスパイダー』製の絨毯は、()の者の像まで一直線に伸びている。


 その両サイドと壁には燭台(しょくだい)が立ち並び、前を通れば一本一本がまるで歓迎するかのように荘厳(そうごん)な炎を宿す。

 徐々に明るさを取り戻す室内。

 最後の一本の(ろう)(したた)った時、目の前には二体の神像が佇んでいた。


 彼らの後ろには、運命の十字路と四つの選択肢が(えが)かれた宗教画。

 ほぼ毎日来ているはずなのに、今夜はいつも以上の神聖さを感じる。

 神像から(にじ)み出る威光(いこう)を前に、両膝を折り祈りのポーズをとった。


 祈りを捧げるは『運命と選択の神』――ゲーテ。

 俺を異世界転生に巻き込んだ張本人であり、この世界に革新と発展を望む神だ。


 神の最高傑作と言う身体に、様々なチートスキル。

『星』さえ傷付けることができる能力を与えなながらも、『勝手に生きて勝手に死ね』と言った。


 多少なりと口を出されはしたが、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な生活を送り、人生を謳歌(おうか)している。

 だからこそ、今夜俺はゲーテに最上の感謝を伝えなければならない。



 指先から中心へ、毛先から最奥(さいおう)へ。

 湧き上がる膨大な魔素を圧縮し、限界まで練り上げる。

 内面に渦巻く暴風は、最早台風と呼ぶには矮小(わいしょう)過ぎる。


 世界中の宝石をぶち撒けたような銀河――宇宙創造さえできそうなその塊を、ゆっくり只安らかに事象の発生しない魔法として放出した。


 何時(いつ)もやっている祈りのルーティンだ。

 俺と言うフィルターを通した魔素は、神域の者を呼び寄せる為の呼び水となった。



「「――よう、兄弟(ブロウ)。宗派変えた?」」


 これである。

 こっちは(おごそ)かな雰囲気と最大限の敬意を払って出迎えたのに、『髪切った?』みたいな軽い感じで降臨。

 上機嫌にパチパチと手を叩きながら、深くフードを被り悪辣(あくらつ)に笑う。


 元々は一柱だったが、俺の名付けによって少年少女の姿になった彼らは自分達の像に寄り掛かった。

 同タイミングで話す声は、脳に直接響くように()み渡る。


「宗派? 何のことだよ?」

「「ん? その祈りのポーズさ。それは、この世界の祈り方。即ち、創造神に祈ることになる」」

「何だと! 申し訳ない」


 ゲーテに指摘され、即座に座禅に切り替える。

 最上級の祈りをしたつもりが、逆に不敬を働いてしまったようだ。


「「気にしちゃいないよ。からかうネタができたんだから。うん、そうやって座ってる方がお前らしくて良いな」」

「そう言うそっちは、本来の姿なんだな?」

「「まぁね。今日は大事な話があるんだろ? ちゃんとした姿で聞いてやるのが、神の愛ってやつさ」」

「あぁ、実は今日で15歳……成人になるんだよ。ここまで充実した生活を送れているのはゲーテのお蔭だ。心から感謝する、ありがとう!!」

「「我らは切っ掛けを与えたにすぎない。今の生活があるのは、お前が頑張った結果だ。それに、『トランプ』や『化粧品』とか世界に良い刺激を与えてるじゃないか。こっちとしても大満足だぞ」」

「それでも、感謝したいのさ……」


 俺はしっかり頭を下げて、ゲーテに感謝を伝えた。

 しかし、当の本人は気にも留めていない様子で俺の成果を褒めた。


「「なら、受け取っておくかな。さて、よいしょっと……他はどうかな?」」

「おい、何だよ? 急に」

「「いいのいいの、重くないだろ? そもそも、重さって概念(がいねん)すら我らにはないからな。へ~、中々良い冒険してんじゃん。人間の死に触れて逃げ出して、『星』に正体を明かして、貴族になって、初めて他の国に行って。お? 人も殺したのか。ハハッ、命狙われたのかよ? おもしれー。言った通り、全力で生きてるんだな。全部埋まるのが楽しみだ」」


 そのまま二人は、俺に近付き太ももに座り込んで身体を預ける。

 重さなど微塵(みじん)も感じず、抜き取った『ガイドブック』を楽しそうに眺めた。

 それでも、空白のページはまだ三分の一しか埋まっていない。


 ゲーテは、この空白ページが全て埋まる時本当の俺の願いが叶うと言った。

 それがいつになるのかは分からない。でも、一生を懸けて埋めていくつもりだ。



「「でもな~、妙に潔白って言うか遠慮してるって言うか?」」

「何のことだよ?」

「「う~ん、まぁ成人したし今日からかな」」

「いまいち言いたいことが分からないんだが?」

「「だから、この間お前が我らの脚を舐め上げた時言っただろ? いつまで無垢(むく)でいるつもりなんだ? この世界を……いや女を楽しめよ? あいつらはお前が触れてくれるのを心待ちにしているぞ?」」

「あいつら?」

「「しらばっくれやがって。今頭に浮かんだ女達だよ」」


『ガイドブック』から視線を外し、振り返った二人は口の端を最大限まで吊り上げて笑った。

 ズシリと無いはずの体重が一気に圧し掛かり、思わず倒れ込んでしまう。


 太ももに馬乗りになった二人は、ローブの下から暗黒に輝く瞳で見下ろす。

 目を合わせてはだめだ。

 この瞳に魅入(みい)られては、身体の言うことが聞かなくなる。


「「なぁ? 良いことを教えてやろう。お前の身体は我らの最高傑作なのは覚えてるよな?」」

「勿論、覚えているぞ。何でもできるって言っても過言でないし、ユグドラティエさん以外負ける気がしない」

「「そうだ。()()()()()()。お前、人間以外でも子が()せるぞ」」

「え!? 前にエルフは人間の子を産めないって言ってたし、この世界に人とのハーフな種族はいないだろ?」

「「ハーッハッハッハ! こいつは傑作(けっさく)だ。お前は人間のつもりでいたのか? 確かにお前のタイムリミットは人間と同じだ。だが、中身は違う。神――我らの半身とも言って良い。全ての種族と子が生せるんだよ。まぁ、お前が心から欲しいと念じなければ生せんがな」」


 不意に告げられる新事実。

 寿命は人間並みでも、身体の器官は神に近いらしい。

 その能力を使えば、人間以外でも子供ができる。

 エルフや精霊、まだ見ぬ種族とも……これって、世界のバランスを大きく崩すことになるのではないか?


「「『星』とお前の子、エルフの頂点との子、人類の到達点との子、先祖返りしたお姫様との子……精霊と、魔族と、始祖と!! どんな化物が産まれるだろうな? 素敵だ……きっとこの世界に変革をもたらしてくれる……」」


 歓喜に(むせ)び震えるゲーテ。

 愉悦(ゆえつ)の絶頂を味わい、ガクガクと身体をうち震わせ悪辣の笑みを浮かべた。


「いやいや、俺が心から欲しいと願わなければならないんだろ? そんなの俺次第じゃん」

「「いや、お前は必ずあいつらとの子を生す。お前はまだ生前の記憶に引っ張られているが、自分が思っている以上にあいつらを愛している。素直になれ、この世界はお前を祝福している」」

「それでも数千年を生きるユグドラティエさんやエルミアさんにとって、俺はほんの一瞬でしかない。そんな一瞬が、彼女達を縛り付ける道理はない」

「「己の価値観で他人を計るな! その一瞬こそ、やつらにとって永遠。悠久(ゆうきゅう)の中に(きら)めいた刹那(せつな)にこそ、眩い光が宿るのだ! そして、産まれてきた子がやつらを孤独から救う。大局を見よ、馬鹿者が!」


 凄まじい神気を放つ彼らの一喝(いっかつ)


「――俺が彼女達を幸せにできるのかよ……?」

「「馬鹿者、あいつらは既に幸せだよ。精神的にも物質的にもな。後は、お前達が考える家族の形にしていけば良い」」

「分かった……」


 これは、ゲーテなりの祝福なのか?

 ユグドラティエさんやエルミアさん……特殊なエルフを(めと)るのは、生きる時間的に無理だと思い込んでいた。

 しかし、『神』の力がそれを可能にした。ならば、今後取るべき行動は一つ。



「「ふむ、理解したようだな。では、次だ……」」

「ちょっと! 今度は何だよ?」


 太ももの上にずっと馬乗りになっていた二人は、俺の上に倒れ込んできた。

 両胸に頭を乗せ、全く身動きが取れない。


「「人以外でも子を生せると言ったよな? それは、我らとて同じ」」

「ゲーテ! まさか?」

「「そう、これからお前を夜明けまで犯し尽くす。お前と我らの子だ。どんな怪物が出来上がるかな? もし、神をも超える力を持ってたら……創造神に弓を引こうぜ」」


 いつの間にかローブを脱いだ二人。

 神聖不可侵に輝く肌と、暗黒を煮詰めた瞳。

 万では足りぬ億の花と、豊熟を極めた果実の香りが情欲に直接訴えかける。


 クラクラと目眩がしそうなほどの禁忌(きんき)

 途切れ途切れの意識の先で、彼らの悪だくみが聞こえた。


「お、おい……」

「「っと、まぁ神様ジョークはこれぐらいにして。邪魔者が来たみたいだから帰るわ」」

「冗談には聞こえなかったんだが?」

「「ん? 冗談じゃない方が良かったか? まぁ、続きはまた今度。またな〜」」


 最後までこれである。

 こっちの都合など一切気にせず、軽く頬擦りをして消えてしまった。


 神の残り香と澄み切った魔素が充満する礼拝堂。

 その扉が静かに開かれた――

【5話毎御礼】

いつも貴重なお時間頂きありがとうございます。

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