図々しい要求、おもてなし再び
「――セイジュ君、本当にごめんなさい! ほら! お師匠様も謝ってください! なに戦闘なんてしてるんですか!?」
「なぜじゃ? 坊やが熱くたぎった棒を我に突き立てようとしてきたから、この身をもって受け入れてやってただけじゃぞ? 最後など、顔面に熱くなったものを浴びせされ思わず恍惚としてしまったわ」
何をどう解釈したらそうなるのか、身をよじらせながら答えている。
「いつもこうなんですか?」
「……ごめんなさい」
ため息交じりのエルミアさんから、事の真相を聞く。
「まず、このお方はユグドラティエ・ヒルリアン様。ラトゥール王国永世名誉公爵にして、建国から我が国を支える大エルフです」
紹介された彼女は、イエイイエイと両手でピースを作り露骨にアピール。
「は、はぁ? それで公爵様がうちに何のご用でしょう?」
「いや、それはその……陛下の護衛から帰ってきたお師匠様に、何か面白い話をしろと言われて……キミのことを……」
バツが悪そうにモジモジしながら答えるエルミアさんは、以前のような鎧姿でなくユグドラティエと同じ緑を基調としたワンピース型民族衣装を着ている。
エルフの正装なのだろうか? 太もも深くスリットが入り、麗しい足が覗いている。
「なんじゃ見たいのか?」
手持無沙汰にしていたユグドラティエが、彼女のスカートをまくり上げた。
「ん――ッ! んんんっ~」
声にならない悲鳴を上げ、ガバっと裾を抑え事なきを得たが顔は真っ赤。
絶世の美女二人が、キャッキャウフフしてるのは非常に眼福だ。
「お主の話はいつも長い! 我はこ奴から坊やの話を聞いてな、お主に興味を持って会いにきたのじゃ。そしたら、坊やがここで面白い魔力操作をしていたのでな。思わずちょっかいを出してしまったのじゃ」
彼女は悪びれる様子もなく、テヘペロっと舌を出した。
「まぁ、そんな些細なことは置いといてじゃ! 我にもこ奴に振る舞った料理を出してほしいのじゃ!」
ババーンと、効果音が出そうなほど腰に手をあて胸を張り渾身のドヤ顔。
ついさっきまで激闘を些事とし、飯を出せと要求してきた。
「あ、嫌です」
「なぜじゃ〜!?」
「だって嫌に決まっ――グムッ!」
急に視界が真っ暗になり、顔は柔らかい谷間に包まれた。
「そうか、そうじゃったな! 対価なしで物を乞うなどエルフの名折れ! さぁ、坊やの青い獣欲を思う存分ぶつけるが良いのじゃ」
凄い力で顔を胸に押し付けられグリグリされるが、さすがに息ができない。
もがきながら、ユグドラティエの腰をギブアップとばかりにポンポンと叩く。
「なんじゃ? 坊やは尻の方が好みか? よかろう」
違うから! ガッと手を捕まれる。
「お師匠様それは違うと思います! きっと、セイジュ君は息ができなくて苦しんでいるのです」
「ヴォッ! ハァ、ハ~」
やっとの空気だ。
肩を大きく揺らし、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「いやはや、すまんすまんのじゃ。ほら、エルミアも坊やの料理食べたいじゃろ? お主からもお願いするのじゃ!」
カラカラと笑いながら、エルミアさんへ矛先を向ける。
「え? 私ですか? そうですね、私もできればセイジュ君の料理をもう一度食べたいな~」
人差し指をツンツンさせながら上目遣いで頼むエルミアさん。
うん、可愛い!
「はい、よろこんで! では移動しましょう。ユグドラティエ様には、その辺の雑草をご馳走しますので」
「我の扱い雑過ぎじゃ~」
何やらジタバタしてるが、この色々残念なエルフにはそれで充分だろ。
三人そろってメインの部屋に移動する。
「それにしてもこの部屋はなんじゃ? 教会か?」
部屋を移動しようとした時、ユグドラティエは口を開いた。
「教会ではありませんよ。祈りと修練の部屋です。ここで体技や魔法の修練をしたり、瞑想や祈りを捧げています」
「そうじゃったか、魔素が恐ろしいほど澄んでおる。ここに比べるとヴェイロンの大聖堂などスラム街に等しいのぅ」
ヴェイロン? 『ガイドブック』で勉強済みだが、確か宗教国家だっけ? 神聖国とか呼ばれてた?
「お師匠様……それはあまりに不敬ではありませんか? 確かにこの洞窟は居心地が良く、以前も傷が勝手に癒えていきましたが」
「フン! 影響力が大きくなれば中枢の腐敗も大きくなっていく、今のあそこは魔窟じゃ」
確かに、大きくなった宗教は信仰と金で腐敗していく。
中央の幹部は、きっと豚のように肥えているのだろう。
あ? 俺は一つ思い出した。
「ユグドラティエ様」
俺は、姿勢を正し彼女をしっかり見据える
「なんじゃ?」
「貴女は、俺の信ずる神を悪鬼羅刹と誹謗した。その件に関しては、謝罪して頂きたい」
ゲーテを侮辱したことを許していない。
俺の真剣な表情を察した至宝の双眼は、真っ直ぐ見つ返す。
「そうか……そうじゃな。セイジュ・オーヴォ卿、我は、其方の信ずる神を謗ってしまった。ユグドラティエ・ヒルリアン、心より謝罪申し上げる」
彼女は、手を前に組みしっかりと頭を下げた。
そこに今までのようなふざけた感じは一切ない。
凛とした清廉な雰囲気を感じる。
エルミアさんという弟子の前で頭を下げる屈辱的行為も、当たり前のようにやってのける。
彼女は俺が思っていた以上に筋の通った方なのだな……
「謝罪を受け入れます。俺の方こそ平民の分際で差し出がましい要求を、どうかお許し下さい」
俺も頭を下げその誠意に答えた。
「ん? 坊やは貴族じゃろ?」
「え?」
呆気にとられていたエルミアさんが驚きの声を上げる。
「まぁ、それは置いといてお楽しみの飯にいくのじゃ~」
率先して修練部屋からでる彼女に今までの嫌悪感はなく、心からおもてなししようと思った。
――メインの部屋に戻った俺は、二人が座れるテーブルと椅子を作り座ってもらう。
「エルミアさんは依然聞いたので良いとして、ユグドラティエ様は何か禁忌や苦手な食べ物はありますか?」
「全然ないのじゃ? もう忘れるくらい長い時間を生きているからのぅ」
「分かりました。それでは準備してきますね」
テーブルにグラスと水の入ったカラフェを置く。
鍛冶場のおかげでガラス製品も作れるようになっていた。
キッチンに向かいながら、今日の献立を考える。
サラダ、スープ、メイン二種、デザートなオーソドックスコースにしようかな。
一品目のサラダ。
大き目な木皿にサラダを山盛りにする。
森で採れた野菜に今回はキノコも一緒に添える。
ドレッシングは三種類用意。
果実を使った酸味の効いたもの、胡麻ペーストを使ったまろやかなもの、香辛料をふんだんに使った辛味の効いたものだ。
其々木製のカップに入れ好みの味で食べてもらおう。
「お待たせしました」
「おぉ〜、きたのじゃ! きたのじゃ!」
ユグドラティエは、目を輝かせこちらを見ている。
「二人分を一緒に盛ってます。自分の皿に食べれる分だけ取って、この液体のどれかを掛けて食べて下さい」
「これがドレッシングじゃな? エルミアから聞いてるぞ。では、これを掛けるのじゃ」
「私はこの真ん中のやつを」
「ほ~、これは美味いのじゃ、キノコもシャキシャキとして美味い」
「やっぱり美味しい! お師匠様このドレッシングも美味しいですよ」
二人は、あっという間に一皿目を食べおかわりを取っている。
エルミアさんは軍人だしいっぱい食べるのかな?
「「あ、あの、おかわり要りま――「勿論じゃ!」「お願いします!」」
被せるようにリクエストが飛んでくる。
「じゃ、おかわり準備したら次のスープも作ってきますね」
「ありがとうございます、お師匠様言った通り凄いでしょ!」 「我はこの辛いドレッシングが一番好きじゃ」
そんな声を背に二品目に取り掛かった。
二品目はスープ。
ジャガイモをメインに野菜と一緒に炒めそれを裏ごし、豆乳を加え温める。
温製ヴィシソワーズだ。
「スープできました。パンも一緒にどうぞ」
「これは……具が入っていない白いスープ? 見た感じトロッとしてますね?」
「エルミアよ、こういう時は考えてはならぬのじゃ……我は食べるぞ」
こっちには色の濃いスープがないのか? ビーフシチューやポタージュ出したら驚くかな。
二人はゆっくりスプーンを口に運ぶ。
「なぜじゃ? なぜこんなに美味いのじゃ……」
「本当に……いくつもの野菜の味を感じます。牛乳ぽいけど乳臭さがありません……」
未知の味に驚愕する二人。
「それは、ジャガイモをメインに色々な野菜を一緒に炒めて、磨り潰したものを豆の搾り汁で伸ばしたスープなんですよ。パンに着けて食べても美味しいですよ」
「このパンも美味いの! 表面は、カリカリで歯ごたえがあるが中は柔らかい。そして、仄かに甘いのじゃ!」
「王都のパンとは全然違う、スープに着けたら何枚でも食べれそうです!」
二品目も満足したようだ。
三品目に取り掛かろうとした時、ユグドラティエが天を仰ぎ呟く。
「あぁ~、こんな豪勢な食事なら酒があればもっと良かったのじゃがな~」
「お師匠様それはいくらなんで高望みですよ?」
「お酒ですか? ワインならありますけど……?」
四つの瞳が狩人の如く俺を捉える。
これはヤバイ、あかんやつや。
時既に遅し。
三品目は魚料理。
だが、部屋からは雄叫びが聞こえる。
「ぬぉおおお! 何という美味さじゃぁああ! 今まで飲んでたワインなど泥水に感じるのじゃ!」 「お師匠様独り占めしないで下さい! はわわ、ありえないほど美味しい、正に甘露です!」 「もうなくなったのじゃ! おーい坊や、もう一本欲しいのじゃー」
森では、ブドウが実っていたのでワインも醸造していた。
成人前だからまだ飲まないが、こう見えても前世は嗜好品メーカー勤め。
酒タバココーヒー紅茶一通りの贅沢品はお茶の子さいさいだ。
『ライブラリ』に頼れば失敗などない。
よっぽどワインがお気に召したのだろう、魚料理は「美味い」と一言だけでワインをカパカパ呷っている。
その行為は俺の料理魂に火をつけた。
四品目は度肝を抜いてやるぞ。
四品目は肉料理。
彼女たちはワインを飲んでいる。
ならば、それにベストマッチした肉料理だな。
これは、以前倒した大型の鴨に似た魔獣だ。
こいつのもも肉を塩コショウに様々なハーブを練りこみ寝かせておく、そいつを良質な獣油で低温調理し、最後は強火でカリッと焼く。
香りと旨味の暴力をくらえ!
「いい匂いですねー。ここまで香りが漂ってきます」
「……」
ユグドラティエは黙ったままだ。
「お待たせしましたお肉です」
木皿の上には切り揃えられたボリュームたっぷりの鴨肉、ワインを煮詰めたソースが掛かり蠱惑的な香りを放つ。
「くぅ〜、美味しい!」
エルミアさんは、身をよじらせながら一心不乱に食べている。
「……、奇跡じゃ奇跡じゃ奇跡じゃぁああ!! 香りでワインに合うとは予想しておったのじゃが、ここまで合うとは思わなかったのじゃ。甘味がある鴨の油とハーブの香り、厚みのある肉にソースが渾然一体となってお互いの味を更に高めておるのじゃ! 奇跡じゃぁああ」
滅茶苦茶早口で捲し立て、食べる飲む食べる飲むを繰り返す。
「坊や〜後生じゃ〜。後生じゃから、おかわりとワインをもう一本出してほしいのじゃ〜」
立ち上がったユグドラティエは、俺の肩をガタガタ揺らしながら哀願する。
チラリとエルミアさんの方も見てみると、俯きながら控えめに手を挙げていた。
「はいはい……」
この人達は、いったいどこにそれだけ入るんだ? エルフってのは基本健啖家なのか? キッチンに向かいながらそう考えた。
おかわりも平らげた彼女たちにデザートを出す。
「最後に口直しの甘味です」
柑橘系の果汁を凍らしたものを薄く削った、なんちゃってカキ氷。
「冷たくて口の中がサッパリするのじゃ」
「ふわふわと溶けて幸せです。王都でも甘味は少ないですからね」
ガツガツと食べている姿を見て思い出す。
「あ、そんなに急いで食べたら!」
「頭が痛いのじゃ〜」 「頭が割れそうです……」
案の定、二人は頭を抱えて悶絶していた。
「――いや〜、食べた食べた」
食後のお茶も楽しんだユグドラティエは席から立ち上がり、う〜んと背伸びをしながら歩き出す。
そのままベットに倒れ込み、手をヒラヒラさせながら驚きの提案をする。
「坊や、今日我らはここに泊まるから」
「「は?」」
俺とエルミアさんは、同じ言葉を口にした――