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新人教育②、達成と馬鹿騒ぎ

 ――『低級教育』一つ目の関門、薬草採取を終えた生徒達と一緒に昼飯を食べて玉座の間に向かう。



 荒城を(おお)う小さな森。そこを抜ければ目的地は目の前だ。

 城壁はボロボロで玉座も目と鼻の先。

 その上には、これ見よがしな宝箱が置かれ、ギルド印の付いたボールが目いっぱい積まれていた。


「あった!!」

「あれを回収すれば、依頼達成だよ!」


 彼らは一斉に走り出し玉座へ向かう。

 しかし、俺はそれよりも早く駆け抜け、彼らの前に立ちはだかる。

 少しだけ威圧感を出し、これ以上は進ませない雰囲気を作り出した。


 突然の出来事に動揺(どうよう)する生徒達。

 セレスさんも剣を引き抜き、闘気全開で俺に切っ先を向けた。


「オマエら、最後の質問だ。セイジュ(まもの)はアタシが引きつける。その間に全力で逃げろ。ギルドに知らせて援軍を呼んでくれ」

「え? え? え?」

「答えろ!」


 これは、簡単なシュミレーションだ。逼迫(ひっぱく)した状況で反応を見るテスト。

 彼らの前には、ちょっとだけ強そうな同じ位の少年が立っているだけだ。

 それが、余計に混乱させた。


「こ、ここまで来たんだ! セレス様と協力して皆で戦えば勝てる」

「セレス様が引きつけている間に、依頼品を取れば良いと思います」

「ダメだよ! セレス様は逃げろと言った。言う通りするべきだよ!」


 一通りの答えが返ってきたところで、セレスさんは口を開く。


「だとよ……セイジュ」

「そうですか……はぁあああ――ッ!!!」


 俺は胸一杯に空気を吸い込み一喝(いっかつ)

 言葉に乗せた魔力は彼らの脳を揺らし、一瞬だけ意識を刈り取る。

 ほんの一瞬――例えばねこだましを食らったかのように、目の前が真っ白になっただろう。


 だが、その一瞬は俺に取って十分過ぎる(すき)

 彼らの首筋や胸元に赤い果実の汁を塗り付けた。

 そして、彼らは驚愕(きょうがく)することになる。



「気付いたか? オマエら全員死んだぞ?」

「「「え……? 一体何を……」」」


 何も気付いていない彼らに、セレスさんはトントンと首筋と胸元を叩いた。


「何これ!? 血?」

「違う。それは只の果汁だ。オマエら一瞬だけ気を失っただろ? その一瞬でセイジュが塗り付けたのさ。これが、もし魔物の攻撃だったら?」

「「「……」」」」


 事の重大さに気付いたのか、全員が言葉を失った。

 セレスさんの言う通り、彼らは依頼を失敗した。それも、最悪な結末で。

 俺と言う格上の魔物の前で、ある者は蛮勇(ばんゆう)を語り、ある者は隙を(うかが)い、ある者は指示通りにしようとしたが時間切れだった。


「そう、アタシ以外全員死んだ。アタシは魔物攻撃を辛うじて受け止めたが武器を破壊され、オマエらの後を追うのも時間の問題だった。でも直ぐに逃げてくれれば、全力で戦って生き延びることができたかもしれない」


 そう言ったセレスさんは、彼らに大剣を見せつける。

 その刀身は赤く汚れており、俺の攻撃を受けた証明になっていた。


「おい。冒険者の心得その三は?」

「……『誰よりも理知的であれ』です……」

「そうだな。オマエらの一部は目の前の物に心を奪われ、状況を見誤った。自分より何百倍も強い冒険者が『全力で逃げろ』と言ったのにだ。己惚(うぬぼ)れるなよ、今のオマエらは赤子と変わらん」


 彼女の言葉に、またもや全員が沈黙。

 中には今にも泣き出しそうな生徒もいる。

 それだけ、彼らは死の恐怖を実感したのだ。

 更に自分の判断が他の仲間を、ことさらセレスさんまでも死に追いやる結果となった。


「ごめんなさい……ごめんなさい、セレス様。私、冒険者ってもっと華やかなものだと思ってました」

「冒険者の心得その四、『冒険者するな』だ。死んだら終わりなんだよ。逃げる勇気、諦める勇気も必要だ。アタシだって、駆け出しの頃は何回も失敗した。それこそルリに思いっきり怒られたし、何人も仲間が死んでいった。アタシはなぁ? オマエらには死んでほしくないんだよ」


 先ほどの厳しい表情とは打って変わって、優しく(さと)すセレスさん。

 その光景はとても美しく、彼女の物語がまた一つ増えた気がした。

 そして、俺はどこまでも置いてけぼりだった……



「――残念だけど、俺達は今回の依頼失敗ですね……」

「薬草は10本採取できたけど、最終目的の玉が持って帰れないじゃあね……」


 落ち着きを取り戻した生徒がポツリと呟いた。


「ん? そうか?」

「え? そうですか?」

「だって、今回の依頼はギルド印の玉を持って帰ることですし、玉座が強い魔物に守られたら逃げ帰るしかないですよ……?」

「おいおい、最後の最後でがっかりさせんなよ? ほら、冒険者の心得その一は?」

「『依頼書はしっかり確認しろ』ですが……?」


 残念そうに答える彼らを尻目に、俺とセレスさんはニヤニヤしながらヒントを出す。

 まだ気付いていないのだろう。

 俺達の表情を見て、メルローさんは大声を上げた。


「ああぁあああぁああああぁぁ――ッ!!!」

「何だよメルロー、急に大声出して?」

「違うの皆! 依頼書を良く思い出して!」

「そんなの、薬草採取してギルド印の玉回収して、魔物が出たら狩るってことだろ?」

「だから違うの! 依頼書にはね、()()()()って書いてあったの。つまり、強い魔物がいたから回収できなくても良いんだよ! 道中に魔物もいなかったし。でも、薬草はちゃんと10本採取してる。この依頼は、初めから薬草だけ採取できれば達成なんだよ! そうですよね? セレス様、セイジュ様!」

「正解だ」

「流石メルローさん、良い目してますね」

「ってことは、この班全員依頼達成ですか……?」

「あぁ、そうだ!」

「「「や、や、やったぁあああ――ッ!!!」」」


 本当に表情が良く変わる人達だ。

 今泣いた(からす)がもう笑う。彼らは全身で喜びを表しながら、互いにハイタッチ。


「だが、ちょっと待てオマエら。一番重要なことを忘れないか?」

「重要なこと……?」

「あ! 期限が今日の日没までです。皆ギルドに帰ろう!」

「だな。今から帰れば夕方には着く。冒険者の心得その五、『ギルドに帰るまでが依頼』だ。うっし! じゃあ、さっさと帰るとするか!」

「「「はい!!!」」」


 周りを見ると、他の班も帰る準備をしていた

 。全員がボールを持った班もいれば、俺達と同じように持っていない班もいる。

 しかし、皆が達成感のある笑顔をしており、『低級教育』は大成功したのが分かった。


 この教育を受けた彼らは、今後本格的に冒険者として活躍していく。

 だからこそ、今日の教えを忘れないでほしい。

 どんなに依頼を失敗しても、どんなに不様な姿を(さら)そうとも、生きてこそ――冒険者だ。



 ――夕日が草原を茜色に染める頃、俺達全員が無事ギルドへ帰ってきた。

 まさか報酬が出るとは思ってもいなかったのだろう。

『ディア草』を買取ってもらった彼らはホクホク顔だ。

 ブリギットさんも予想以上の成果にご満悦。


「君達今日はお疲れ様。どうだ? A級冒険者から学ぶことはいっぱいあっただろう? ハハッ、どいつもこいつも良い顔しやがって。これからも君達の活躍に期待する」


 彼女の締めの言葉で今日は解散……に、なるはずだった。

 しかし、セレスさんは俺と目が合うとニヤッと笑ってとんでもないことを話し始めた。


「良いか~、オマエら! 冒険者の心得番外編、『依頼が大成功した日はパーッと使えだ』。腹減ってるだろ? 飯食べに行くぞ! 勿論、男爵様の(おご)りだ」

「ちょ! ちょっと、セレスさん!? 急に何を!」


 セレスさんは俺に肩を抱き寄せて、生徒全員を集める。

 あっという間に10人が集まってきて、キラキラとした表情だ。


「ありがとうございます、セイジュ様! 丁度お腹減ってたんです!」

「ちぇ……良いよなセレス様の班は……」

「まてまて、勘違いするな? アタシは()()()()って、言ったんだよ」

「セレスさん……まさか、貴女……」

「ここに居るヤツら全員で行くぞ! A級もE級も関係ねぇ! 全員集合だ。ルリもメルダも、仕事終わったヤツから参加しろ」

「セイジュさん、ご馳走様で~す」

「セイジュさん……私も直ぐ行く……」

「いよ! 色男! モテる男は辛いなぁセイジュ? 仲間も連れて行くからよろしくな~」

「だぁあああああ――ッ!! 良いでしょう皆さん、今日は僕の奢りです。でも、覚悟して下さい? 誰一人朝まで帰れませんからね!!!」

「「「うぉおおぉおおお――!!!」


 冒険者ギルドが揺れるほど雄叫びが上がる。

 大軍を引き連れた俺とセレスさんは飲食街に着いた。

 そして、乾杯の音頭(おんど)と共に始まるどんちゃん騒ぎ。

 遅れてきた冒険者やギルド職員。

 無礼講(ぶれいこう)の夜は、声高らかに過ぎていった――



 (まぶし)し過ぎる朝日に照らされながら、酔い潰れたセレスさんに肩を貸す。

 やっとの思いで屋敷に着いたが、門の前には鬼の形相のユグドラティエさんとエルミアさん。

 あぁ……その場のノリで行ったから、屋敷に連絡するのを忘れていた。

 彼女達は心配してくれていたのだろう。


「坊や、朝帰りとは良いご身分じゃな?」

「セイジュ君? お姉ちゃんを差し置いて随分(ずいぶん)楽しんできたみたいだね……」

「い! いえ! これには深い訳が……セレスさん、起きて下さい! 僕達今、一番の窮地(きゅうち)(おちい)ってますよ!」

「ん? セイジュ大好き……ぐぅ……もう飲めない……」


 そんなこと聞いてねぇから!!! 酔い潰れ&寝ぼけた彼女は凄まじいことを口にした。

 その言葉を聞いた二人は、更に身体をワナワナと震わせ……


「「そんな楽しいことに、何で私も「我も」も呼んでくれないの! 「呼んでくれんのじゃ!」」

「え!? そっちぃいいい――ッ!」


 朝一の空に俺の声が木霊(こだま)した――

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