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増えるE級、新人教育?

 ――エルミアさんとの騎士団訪問から数週間。

 冒険者ギルドの責任者ブリギットさんから呼び出しを受け、俺とセレスさんはギルドへ向かう。

 既に話は通っていたようで、到着するや否や彼女の部屋に案内された。


 室内は相変わらず理路整然(りろせいぜん)としており、必要な物以外置かれていない。

 ブリギットさんの後ろにはルリさん。

 用意された椅子やソファーには、見知ったA級冒険者が座っていた。

 俺達で最後だろうか、ブリギットさんは手を止める。



「――おはよう、諸君。すまない、急に呼び出して」

「何だよ、ブリギット。厄介事でもあったのか? 見たところ全員A級だし、セレスまで引っ張り出しやがって」

「厄介事っちゃあ、厄介事だな。これ以上死人を出すわけにはいかないし、早めに手を打ちたくて君達を呼び出させてもらった……」

「死人? そいつは穏やかじゃないな。凶悪な魔物でも出たか? それとも疫病(えきびょう)(たぐい)か?」


 話始めるブリギットさんとA級の皆さん。

 セレスは窓辺で腕を組みながら話を聞き、俺もその隣で無言を貫いていた。


「いや、そう言った類じゃない。君達も気付いていると思うが、今年に入ってから冒険者志望が大幅に増えている」

「あぁ~。確かに初心者っぽい奴はよく見かけるな」

「最低限の実力と人格があればウチとしては歓迎だ。登録後は基本放任だし、自己責任でやってもらっている。で、ヨチヨチ歩きの低級が身の丈に合わないことをして、大怪我や死体になって帰ってくるのさ」

「でも、何で急に増えたんだ? 王都なんて仕事を探せばいくらでもあるし、わざわざ収入が安定しない冒険者になる必要ないだろ?」

「それは、そこのご両人に関わってくる」

「「え?」」


 彼女は、カチャリと眼鏡の位置を直しながら俺達を指さす。

 突拍子(とっぴょうし)もない指摘に、俺とセレスさんは思わず声が漏れた。


「特級冒険者セレスの活躍が物語になってるのは皆知ってると思う。これがな、君達が考えている以上に影響力が大きいんだよ。去年末に発売されたやつは、特に反響が大きくて……」

「『セレスと小さき賢者の診療録』……セレスとセイジュさんが出会って……衝突しながらも……ガーネットの目を治す冒険譚……勿論セイジュさんのことは秘匿(ひとく)にされてるけど……これが大人気……私も買った……」


 皆の分のお茶を用意しながら、ルリさんから説明を聞く。

 その物語は、特級冒険者セレスが親友の為に薬を求め続ける苦悩の前半。

 後半には、偶然不思議な冒険者と出会い協力や反発しながらも彼の力を借りて薬を作り上げる。

 王妃の前で薬を使い完全回復する親友。

 その(わざ)に感動した王妃はセレスと親友を彼の妻と認め、三人は幸せな家庭を築いたというラブロマンス。


 うん、これ完全に俺がセレスさんと出会ってガーネットさんの目を治した話じゃねーか!

 結末は盛り過ぎだけど、娯楽に飢えた庶民(しょみん)には面白く映ると思う。

 話を聞いたセレスさんも、やれやれと言う感じで肩をすくめた。


「で、この物語に触発されたヤツらがここの門を叩いたと?」

「そういうこと。冒険者になって、憧れのセレス様を助けて、俺が彼女と結婚してやるー! みたいな? まぁ、そんなふざけた奴は秒で叩き出したがな」

「はっ! 現実と物語の区別もつかないヤツはお断りだね」

「あれ? 何故僕がガーネットさんの目を治したことをこの作者は知ってるのですか? あれは非公式でしたし、知ってる人もごく(わず)かなはずじゃ……」

「それは……簡単……だって物語の監修は……マルゴー様……あのお方は……王国きってのセレス愛好家……」

「そ、そうですか……」


 まさかの本人かよ!

 まぁ、王宮でほぼ全てを過ごすマルゴー様にとって、セレスさんの冒険譚はワクワクするだろうな。

 それでも、結末は如何(いかが)なものと思うが……


「何となく話は見えてきたけど、アタシ達は何すれば良いんだよ?」

「なーに、簡単なことだよ。E級全員を何組かに分けて『低級教育』の強制依頼を出す。二人一組で付いて行って、冒険者の心得(こころえ)を叩き込んでほしい」

「「「あ~、なるほどね」」」


 新人研修みたいなものか? 皆さんは納得したように頷いた。


「ってなわけで、(しばら)く遠出は控えてくれ。数日中には手筈(てはず)が整うはずだ。今日はありがとう、以上だ」

「承知しました」

「あいよー」


 ブリギットさんの合図で解散する冒険者達。

 これが以前ブリギットさんが言ってた、低級への教育依頼か。

 しかし、心得って何を教えれば良いんだ?

 (ほとん)どソロの俺にはパーティーの心得はないし、戦いも採取も全て我流。

 (あご)に指を当てて考えていると、セレスさんから声が掛かった。


「セイジュ、オマエはアタシの手伝いをしてくれ」

「分かりました、セレスさん。何か準備はありますか?」

「いや、何時(いつ)も通りで良いぞ。(むし)ろ、オマエみたいな若いヤツが引率者だと、舐め腐ったヤツらの鼻っぱしをへし折るのに丁度良い」

「ちょ……ちょっと、セレスさん? 目が怖いですよ……?」

「あ、(ちな)みにセレスの『低級教育』は死ぬほど厳しいから、セイジュも覚悟しとけよ」


 セレスさんは完全に目が座っており、他の冒険者は俺を憐れむような目で語り掛ける。

 彼女から話を聞くと、『低級教育』はE級冒険者が一定以上多い年に行われる新人教育で久しぶりの開催らしい。

 教育の仕方は引率者によって違うが、共通事項は冒険者の心得を叩き込むことだとか。




 ――そして、二日後。

 冒険者ギルドにはE級全員が集められ10人毎の班になっていた。

 本当に多いな。10班近くあるだろうか、それぞれが引率のA級冒険者の話を聞いている。


 今回の『低級教育』はこうだ。

 東門から出て暫く行った所にある荒城(こうじょう)

 前にゴブリンの氾濫(はんらん)があった所だが、先ずはそこを目指し玉座に置いてある依頼品を取って帰ること。

 道中で薬草を採取したり、魔物を狩ったりもする。

 それを通じて引率者から、冒険者の心得を学ぶ算段(さんだん)になっている。


 騎士団とやった共同依頼のレベルを落とした感じだ。

 勿論、氾濫の予兆(よちょう)はないことを確認済みだし、セレスさんやA級冒険者が居ることで低級の安全は絶対的に保たれる。


 俺達の前には()()()()生徒が10人。

 流れる深紅の髪を一本に結い、背には大剣――憧れの特級冒険者セレスが彼らの先生だ。

 皆キラキラした目で彼女を見つめ、まるで遠足に行くかのように浮足立っていた。


「おっし、全員揃ってるな? 今回の依頼だが――」

「セレス様! 僕、セレス様みたいな冒険者になりたくてここに来ました!」

「私もです! セレス様。今日はよろしくお願いします」

「どうやったら、セレス様みたいになれますか!?」


 彼らはセレスさんの話を聞こうともせず、一方的に詰め寄る。

 しかし彼女は彼らを一瞥(いちべつ)した後、ほんの少しだけ殺気を解きはなった。

 ピンッと張った冷たい空気と背中に流れる汗。

 一瞬にして無言になった彼らに、セレスさんは話を続ける。


「オマエらがアタシにどういう幻想を抱いてるかは知らない。だが、アタシはブリギットから受けた依頼『オマエらに冒険者の心得を叩き込む』を遂行されてもらう。死ぬ気で付いて来い。なに、死ぬよりはましだ。冒険者の心得その一、『依頼書はしっかり確認しろ』だ」

「……」


 彼女の覇気(はき)に気圧された生徒達は、無言で(うなず)き依頼書を読み始めた。

 彼らは物語でしか知らないセレスさんを美化し、誰にでも優しくて強いヒーローのように映っているに違いない。

 そんな幻想を彼女は、殺気と冷たい言葉で突き放した。



「よし、そこのオマエ。依頼内容を言ってみろ」

「は、はい! 東門から出て先にある荒城からギルド印の付いた玉を持ち帰ることです!」

「そうか。では、次はオマエが言ってみろ」

「え? あ……途中で薬草も採取しろって書いてあったと思います……」

「思います? じゃあ、オマエ」

「ギルド印の付いた玉を持ち帰る。薬草を採取する。狩った魔物の一部を持ち帰る。の三点です」

「はぁ~。まぁ、オマエはギリ合格だな」


 セレスさんのため息には同感だ。

 彼らはたった今教えてもらったことを理解していない。

『依頼書はしっかり確認しろ』――これを理解できていない彼らは、冒険者としてのスタートラインにすら立っていないのだ。

 教育用に少し分かりにくく書いてあるが、これでは先が思いやられる。


「おい、セイジュ。引率者として、コイツらに依頼内容を教えてやれ」

「え? その少年も引率者?」

「はい、今回の依頼内容ですが……荒城の玉座からギルド印の玉を可能なら持ち帰ること。更に、道中にある『ディア草』を10本採取すること。『ディア草』に似た毒草『ディム草』もあるので注意と書いてあります。また、魔物の狩りですが無理に狩る必要はなし。でも、もし狩れたら素材を持ち帰ることと書いてありました。一番肝心なのは、依頼期限が本日の日没までです」

「おぉ~」


 何やら俺を引率者だと思っていなかった声も聞こえてきたが、完璧な答えを聞いて彼らは声を漏らした。


「うん、完璧だ。ってな感じで依頼内容は完璧に頭に叩き込め。薬草ってどの薬草だ? 間違えて毒草を持って帰るつもりか? 魔物を夢中で狩ってたら、依頼期限が過ぎてしまった? 依頼失敗はそのままオマエらの信用低下に(つな)がる。信用の無いヤツは一生E級のままだ。もう一度教えてやる。冒険者の心得その一、依頼書はしっかり確認しろだ」

「「「はい!!!」」」


 彼らは力強い返事をして、再び依頼書を眺め始めた。

 中にはしっかりメモを取る者もいて、やっと彼らはスタートラインに立てたのだ。


 そして、全員が完璧に覚えたところで東門へ移動。

 市壁の門番にギルドカードを見せて外に出た。

 草原には俺達以外にも引率されたE級が集まっており、それぞれが用意された馬車に乗り込む。

 彼らにとって長い一日が始まった――

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