騎士団訪問②、エルミアの決心
――エルミアさんたっての願いで騎士団を訪問。
訓練の様子を見学したり、騎士の不意の一言で始まった模擬戦も終え、お昼休憩になった。
「――いや~、セイジュ君が私の考えてた以上に強くてびっくりしたよ」
「いえいえ、最後の方はお互い熱くなってましたね? あのまま続けてたら怪我では済みませんでした」
「確かに本気でやり合うなら、部下達を全員避難させてお師匠様に保護結界を作ってもらう段階だからね」
兵舎の食堂に案内され、皆さんと一緒に食事をする。
エルミアさんやデゴルジュマンさん、他の方々に囲まれ次々と質問が飛んでくる。
「え? 団長殿にオーヴォ卿、あれって最後本気じゃなかったのですか?」
「本気? いや全然。魔法も殆ど使ってないし、何より木製武器では私の力に耐えられんぞ」
「僕もですね? 僕本来は魔導士ですし、ツクヨミも使ってません」
「オーヴォ卿は魔導士なの!? あの動きを見せて戦士じゃないんだ……それにツクヨミって?」
「あ、いえ。ツクヨミは従魔みたいな物で……」
ここでツクヨミを紹介する訳にはいかない。
彼女には悪いが、従魔ということでお茶を濁し話題を変えないと……
「戦い方見てたら我流っぽいけど、出身どこなんですか? やっぱゲルマニアとか?」
「ヒルリアン様と一緒に住んでるって本当か?」
「団長と一緒に君のお披露目会の警備に行ったけど、凄かったよね?」
「殿下とは勿論のこと、ドゥーヴェルニ卿やマルゴー様にも気に入られてるってマジ羨ましんだけど?」
「い……いえ……その……」
「おいおい、お前達。一気に質問したらセイジュ君も困るだろ……」
変える必要なんてなかった。次々と質問は移り変わる。
エルミアさんは返答に困る俺に助け舟を出し、彼らを諫めた。
団長らしく落ち着いた雰囲気で食事を取っているが、次の質問で彼女は硬直することになる。
「そう言えば、団長? オーヴォ卿の屋敷に住んでますよね?」
「「「あ……」」」」
その言葉を聞いた騎士達は目の色を変えた。
エルミアさんと俺の顔を見比べ一致団結。
「屋敷での団長ってどんな感じですか? やっぱり、屋敷でも厳しいですか?」
「い、いえ。屋敷ではとてもくつろいでいますし、優しくて可愛らしいですよ」
「可愛らしい!! じゃあ、いつもどんな恰好してらっしゃいますか?」
「ラフ……いえ、くだけた格好と言いますか……時々目のやり場に困ります……」
「おぉ~。好きな料理とかあるんですか?」
「卵料理を好んでますね。後ワインも好きですし、最近は甘味もよくおねだりしてます」
「ちょ、ちょっと……お前達。セイジュ君も何言ってるの……」
屋敷でのエルミアさんの様子を探ろうと、色々詮索してくる騎士達。
その様子に彼女はオロオロし始めた。
「ヒルリアン様や団長みたいな美女が一緒に住んでちゃ心が休まらんだろ? なぁ、こっそり教えてくれよ。ヒルリアン様と団長って、どっちがデカいんだ?」
「オーヴォ卿も年頃だろ? 一回くらいは部屋に忍び込んだりしたよな? な?」
「これだから、男は嫌だわ。ねぇ、オーヴォ卿? ヒルリアン様と団長のどっちが好みなんですか?」
「やっぱり、二人一緒に娶っちゃう感じですか?」
「かぁ~。やっぱヒルリアン様が前に言ってた通り、俺達の団長が遂に結婚か~」
「いえ……あの、皆さん……? 後ろ、後ろ……」
調子に乗った騎士達は答える間もなく質問し続け、助けを求めてエルミアさんの方を見ると背筋が凍りついた。
視線の先には、黄金の魔力がほとばしり青筋を立てるエルミアさん。
人は本当にキレると笑顔になると言うが、まさに彼女は今満面の笑みを浮かべている。
「おい、お前達。元気が有り余っているじゃないか? 午後の訓練も楽しみだなぁ、おい」
「「「ひぃいいい――ッ!!!」」」
彼女の魔力にテーブルはガタガタと揺れ、っと言うか兵舎自体が激震。
その中で彼女だけが平然と腕を組み、燃え上がる瞳で騎士達を見ていた。
午後の訓練はそうはもう熾烈を極めた。
素振りから始まり、筋力トレーニングに走り込み。
型の反復訓練の後、陣形訓練。
彼らのスタミナが底をついた時、畳み掛けるように魔法の雨が降り注ぐ。
身も心もボロボロになった騎士達を横目に、俺は呟いた。
「エルミアさん?」
「ん? 何だい、セイジュ君?」
「何で僕まで訓練に参加しているのですか……?」
「そんなの当たり前じゃないか。乙女の秘密をバラす愚かな弟には、お仕置きが必要だろ? さて、今日の総仕上げだ。死ぬ気で避けろよ、お前達」
「「「ちくしょうめぇえええ――ッ!!!」」」
ダメ押しのおかわり。
雷撃を必死に避けながら、俺も騎士達と一緒に叫び声を上げた……
「――いや~セイジュ君! 今日はありがとう! とても充実した一日だったよ」
「楽しんで頂けて光栄です……」
地獄のような訓練も終わり、俺達は駐屯地を後にする。
夕焼けが始まった空は朱と金に染まり、屋敷へと続く道や建物もみなオレンジ色。
眩しい西日の中、上機嫌なエルミアさんはステップを踏んだ。
「むぅ~。いい加減機嫌直してよ~。最後はちょっとやりすぎちゃったけど、本当に感謝してるよ?」
「い、いえ。僕もエルミアさんの凛々しい姿が見れて楽しかったですよ。普段の姿からは、想像できないほど怖かったですし」
「ちょっとその言い方はトゲあるな~。って、えい!」
「ちょ!! 歩きにくくないですか?」
「いいの、いいの。えへへー」
可愛いな、ちくしょう。
貴族街の並木道――少し不機嫌な俺を察してか、エルミアさんが腕にまとわり付いてきた。
少し前屈みになりながらも両腕をしっかり回し、暴力的な胸囲をこれでもかというほど押し付ける。
「ちょっと、いつもと性格違いませんか?」
「ん~? お姉ちゃんは弟君に機嫌が直ってほしいのです! あの馬鹿な騎士が言ってたけど、私とお師匠様どっちが大きいと思う? セイジュ君なら分かるよね? やっぱ、お師匠様の前じゃ霞んで見えるかな?」
「エルミアさん!? 今日はまだ一杯も飲んでませんよ?」
「誤魔化さないで教えてほしいな~」
更に腕に力を込め、上目遣いに見上げる。
夕焼けにキラキラと反射する髪の毛が口元に流れ、妙な色っぽさを醸し出した。
「そ、そんなことはありません! エルミアさんはとても素晴らしい女性ですし、言笑自若のユグドラティエさんに比べて可愛らしい一面も多く……って、何笑ってるんですか?」
「何でもないよ~。唯キミもちゃんと私のこと見てくれてたんだなーっと、嬉しくなっただけ」
「エルミアさん……からかってますね……?」
「バレちゃったか? これで許してね」
「え?」
そう言ったエルミアさんは、俺の頬にキスをした。
ユグドラティエさんはふざけ半分によくするが、エルミアさんからは初めてだ。
普段の彼女からは想像できない大胆な行動に、思わず惚けてしまう。
「はーい。じゃあ、屋敷まで競走ね? 負けた方が夕食一品渡すこと~」
「ちょ! ちょっと、エルミアさーん」
(あわわわ、思わず接吻しちゃったけど、これは恥ずかし過ぎる! もう、今日はセイジュ君の顔見れないよ……)
爆速で走るエルミアさんを追いかけ、お互い全力疾走で屋敷を目指す。
大噴水の先に俺の屋敷が見え、気付いた門番が門を開くと、一気になだれ込んだ。
「お、おかえりなさいませ。セイジュ様、エルミア様……」
「ハァハァ……ただ今戻りました。同着ですか? エルミアさん」
「ハァハァ……だね。あの差で追い付くとは、流石セイジュ君」
「あ、あの……お二人は一体何を……?」
顔を真っ赤にして肩で息をする俺達。
門番やメイドは怪訝な表情だが、互いの激走を称えあった。
「――で? 貴族街を爆走する青春馬鹿野郎共は何があったんじゃ?」
「いえ……お師匠様、あの……その、実は――」
檜の香りに満たされるセイジュ特製風呂。
エルミアは艶美な身体を湯船に浸し、事の顛末を報告した。
「あーはっはっはっは! 奥手のお主にしては頑張ったのぅ? 何じゃ? 番になる決心でもついたか?」
「番! 違います!! 唯今日がとても楽しくて、ちょっとくっ付いたら思いが止まらなくなっちゃっただけです……」
「はは、それが好きと言う感情じゃよ? 800年目にして初恋か。若いとは良いのぅ」
「うぅ……恥ずかしい……ブクブク……」
エルミアの報告を聞いたユグドラティエは上機嫌に笑う。
エルフとして生を受け800年。
初めての感情が男女の愛、友愛、家族愛、博愛なのかはエルミアには分からない。
唯々、今は恥ずかしさが優先してしまい、湯船の中に潜り込んでしまった。
「でも、セイジュ君……人間は直ぐ死んじゃう」
「そうじゃな。我らエルフとは寿命が違い過ぎる。そこをどう捉えるかが重要じゃな」
「お師匠様はどうなんですか? アマツ陛下のことを覚えていますか?」
「馬鹿にするでないぞ。あ奴の顔も声も重ねた肌の感触も、共に戦った日々も全て昨日のことのように覚えておるのじゃ。今でもこの胸の中に、アマツは生きておる」
「申し訳ありません……」
「エルミア、人間とは面白い種族じゃ。例え過ごした日々が少しでも、我らの心に強烈に刻み込まれる。お主だって、坊やと出会ってからの日々は楽しいじゃろ? 死の別れを、遠ざける理由にするでない。正直に生きよ」
「はい……」
エルミアにとってユグドラティエは、師であり姉であり友である。
彼女の一言一言はエルミアを勇気付け、自分の気持ちに向き合おうと決心した。
「じゃがの~、我もアマツと別れて数千年。そろそろ新しい恋がしたいのじゃ」
「え?」
「シルフィーは積極的じゃが、お主もセレスも不甲斐無いからのぅ? 来年成人する坊やを一番先に頂くとするかのぅ」
「ちょっと、お師匠様……?」
「何じゃ? 我らは既に恋の好敵手。もたもたしておったら、我が坊やを独占するぞ?」
「む~!! お師匠様! 私負けませんからね――ッ!!」
エルミアの決心を煽るようにユグドラティエは宣言。
右手人差し指にはめられた二連リングを見せつけ、余裕の表情だ。
エルミアも負けじと立ち上がり、セイジュから預かっていたビールを渡す。
お互い一気に飲み干し、したり顔。
ここに乙女二人、恋の師弟対決が始まった――




