騎士団訪問①、模擬戦
――ユグドラティエさんから転移魔法を教えてもらい、ロンディアから帰ってきた俺達。
シルフィーは学園で楽しくやっているだろうか?
まだ数ヶ月しか経っていないのに、あの天真爛漫な王女様に会えないのは寂しいものだ。
そして、今日も変わらぬ朝日は昇る。
「――ね? セイジュ君お願い……私もう我慢できないの……」
「あ、あの? これは、一体どういう状況なのでしょうか……?」
朝、何時ものように起こしにくるメイドの姿はなく、エルミアさんが俺のベッドに乗り込んできた。
タンクトップにショートパンツ。
暴力的なまでな破壊力を身にまとった彼女は、無防備な谷間を隠そうともせずにじり寄る。
「セイジュ君、酷いよ。私が何回もお願いしているのに、全然シてくれない……」
「い、いえ……そんなことは……やっぱり、成人してからの方が……」
「うんん、大丈夫だよ。セイジュ君より若い子もいっぱいヤッてるからね? 私に任せて……一緒にイこ……?」
「あの? 何を……」
何? 何? エルフに発情期ってあるの?
黄金の瞳は熱っぽく潤み、甘い蜜のように煌めく長髪がシーツに波打つ。
艶っぽい表情に、香るゼラニウム。
迫る彼女は、俺の両手を包み握りこんだ。
「だからね? 私と一緒に騎士団に行って、腑抜けた団員を叩き直す訓練しよ? 同年代の子もいっぱ居るから楽しいよ?」
「はい?」
「ん?」
――王宮から少し離れた駐屯地。
ここは、王国に属する騎士達が日々訓練をする場所だ。
広い空間に大きな兵舎。
前はエルミアさんもここに住んでいたのだろう。
剣の打ち合う音や魔法の光、馬の嘶きが聞こえ街とは違った喧騒がある。
そんな中を、えらく上機嫌なエルミアさんに案内され進む。
彼女はユグドラティエさんに連れて来られ、もう何百年と騎士団の面倒を見ているらしい。
最初は文化の違いに戸惑ったが、今となっては皆年の離れた弟や妹と思っているだとか。
「デゴルジュマン副団長!」
「はッ!!」
「紹介しよう。彼がセイジュ・オーヴォ男爵。シルフィード殿下の婚約者にして、お師匠様が認めた存在だ」
「あれ? もしかして、共同依頼の時僕を騎士団に誘った方じゃあ?」
「覚えにあずかり光栄です、オーヴォ卿。まさかあの時の少年が団長の想いび……ッゴホン! 少年が貴族になるとは」
「言い掛けたことは聞き逃してやろう、副団長。喜べ、今日はセイジュ君と一緒に腑抜けたお前達を叩き直してやる。全員集合!!」
「「「はッ!!!」」」
『叩き直す』と言う言葉にデゴルジュマンさんは、どんどん顔が青くなった。
騎士団長としてのエルミアさんの圧はもの凄く、普段の姿からは想像できないほど軍人だ。
「騎士傾注!」
「諸君。アマツ初代国王陛下から数えて幾星霜。ブリオン前陛下、ロートシルト現陛下の治世もあって我々は平和を享受している。城下の街は活気に満ち、子供達の笑顔の何と美しいことだろう。これも偏にお前達の尽力の成果である」
エルミアさんの話を聞いた騎士達は、満足気に頷く。
彼らや警備兵の頑張りが、王国の平和を維持しているのに間違いはない。
「しかし、市壁を出れば魔物が跋扈し、お世辞にも近隣諸国と良い関係とは言えない。我々は有事に際して即座に動かなければならない。常在戦場――我々は王国の剣にして盾である。世界最強たるユグドラティエ・ヒルリアン卿の上に胡坐をかくな! 真向構え――ッ!!」
「「「おおぉ――ッ!!!」」」
彼女の檄に全員が抜刀する。
掛け声と共に上段から一気に振り下ろされる剣の群れ。
全力の素振りは怒号を上げ、烈風が吹き荒ぶ。
その圧倒的な迫力に目を見張っていると、エルミアさんは何やら魔法を唱え始めた。
「元気があって大変結構。これは、おまけだ」
「はっ!? 全員防御結界準備!!」
デゴルジュマンさんの号令よりも早く、光魔法の雨が降り注ぐ。
勿論、死なない程度に加減はしているだろう。
数多の光芒を剣戟で弾く者、結界が間に合った者、器用に避ける者。
雨の蹂躙が終わる頃、兵士達は倒れ込み肩で息をする。
「ハァハァ……団長何時もに増して厳しすぎる……」
「ハァ……アレだろ? オーヴォ卿が見てるから、良いところ見せたいのさ……」
「あー見えて中身は生娘同然ですからね……」
「我々の団長殿もオーヴォ卿の前では乙女と言うわけさ、ハハッ……」
「ほう? まだまだ元気じゃないかお前達? お代わりは如何かな?」
「「「ちくしょぉおおおめぇええ――ッ!!」」」
藪をどころか隊長を突いたお陰で、訓練は即再開。
第二波は更に勢いを増し、驟雨のように打ち付けた。
「――き、厳し過ぎません……?」
「いやいや、これくらいは朝飯前さ。それよりどうだい? うちの騎士団は?」
「エルミアさんは腑抜けたと言ってましたが、圧巻の一言です。皆さん統率が取れていますし、何より一人一人の技量がとても高く感じました」
「だ、そうだお前達。良かったな、こう見えてもセイジュ君はA級冒険者でもある。あのセレスだって一目置いてる存在だ」
「あの特級冒険者が一目置くとは……」
セレスさんの名前が出ると周囲はざわつく。
それもそうだろう。民衆の憧れの的である冒険者セレスの活躍は、物語になるほど人気だ。
ユグドラティエさん、エルミアさん、セレスさん、『三華扇』と親交がある俺は、彼らの目にどう映るのだろう……
「じゃあ、団長とオーヴォ卿ってどっちが強いんですか?」
「え?」
「私とセイジュ君が……? そうか、成程……セイジュ君、ちょっと良いかい?」
突然の質問に目を丸くする俺に、エルミアさんは暫し考えて肩に手を置いた。
見上げた先にはニンマリ顔。そして、彼女は驚愕の提案をする。
「セイジュ君、私と模擬戦しよ?」
「は?」
「うぉおおお! これはすげぇ! 団長自ら模擬戦を申し込んだぞ! おい、非番の奴らも呼んで来い! 二度と見れないぞこんなの」
エルミアさんの発言を聞いた騎士たちは、一瞬でテンションマックスに。
あれよあれよと言う間に、模擬戦の準備が始まる。
王国騎士団最高戦力から模擬戦を申し込まれる……これは騎士達にとって名誉極まりないことで、今までセレスさんやマーガレット姉妹しかいなかったらしい。
実質四人目の挑戦者。
四方を遠巻きに囲まれた俺達は相対する。
ルールは至ってシンプル。
どちらかが致命的一撃を叩き込むこと、若しくは続行不可能になった場合だ。
殺傷能力の高い魔法は禁止。
武器も全て木製の物だ。
「エルミアさん……本気ですか?」
「あぁ、勿論。普段はキミにやられてばかりだからね。お姉ちゃんとして、少しは実力を示さないとね?」
冗談を言っているが既に臨戦態勢。
鋭い黄金の瞳に、湧き上がる黄金の魔力。
ユグドラティエさんを完成された美とするならば、エルミアさんは至高の黄金。
『疾――ッ』と言う掛け声と共に彼女は大地を蹴った。
「グ――ッ!! 速い!」
「流石セイジュ君、今のを躱すか……」
鼻先を掠める彼女の一閃。
速過ぎだろ? 神の最高傑作たるこの身体は、あらゆるチートが組み込まれていると言っても過言ではない。
並の人間の攻撃は全てスローモーションに見えるが、彼女の攻撃は今まで一番速い。
一合打ち合えば木剣は軋み、二合でひび割れ。
駆け抜け打ち合った三合目で、お互いの剣はバラバラに砕け散った。
柄だけになった剣を見つめ、エルミアさんはほくそ笑む。
「デゴルジュマン副団長!」
「はッ!」
「お前の判断で次々と新しい武器を次々投げ込め! 種類は構わん。私もセイジュ君も万能だ。では、セイジュ君……舞踏の続きといこうじゃないか!!」
次に投げ込まれたのは槍。
穂先は丸くなっており、突き刺さることはない。
激突――クルクルとまるでステップを踏むように突きをくり出すエルミアさん。
流れ踊る髪は甘美な芳香を放ち、戦場に花を咲かせる。
流線を描く槍術に見蕩れながらも、俺の一撃が彼女の木槍を打ち砕いた。
(取った!)
そのまま槍を水平に薙げば俺の勝ちだ。
「駄目だよ、セイジュ君。油断しちゃ?」
「な――ッ!?」
薙ぎ払われた穂先の上に立つエルミアさん。
羽一枚の重みも感じず、穂から柄へと歩み寄る。
魔力で燃え上がる黄金の瞳に見下ろされながらも、既に手には大斧。
「しまった!」
「それも減点。私達エルフから距離を取るのは悪手中の悪手」
振り下ろされる大斧の一撃を避ける為、後ろに大きく飛んだ。
しかし、着地した瞬間に迫りくるは無数の矢。
確かに、これは悪手だ。
目線の先には、矢筒を携えた一人のエルフ。
人知を超越した美貌に、弓を引き絞るしなやかな両腕。
万人が思い浮かべる通りの彼女は、次々と矢を放つ。
弓に番えるは一本ではなく、三本の矢。
魔法をまとったその鏃は幾重にも別れ、圧倒的物量で俺に襲い掛かる。
これが以前セレスさんが言っていた、エルミアさんの強さか。
どんな武器でも使いこなし、魔法を織り交ぜて戦う『舞姫』。
百戦錬磨に裏付けられた、彼女の自信を感じる。
でも、俺だって負けてはいられない。
馬鹿気たほど多い魔力を防御魔法に回し、分厚い障壁を作り出す。
最早コイツの前では、どんな武器や魔法も貫通しない。
そのまま短剣を拾い上げ全力で駆け寄る。
「ははっ、でたらめな防御力だね? 常人ならもう七度は死んでるよ?」
「こう見えても、魔法が本分なんですよね」
「知ってる」
突き上げる短剣と振り下ろされる大斧。
いつの間にか本気になり始めていた俺達の死線は交差し、激突した武器は悲鳴を上げた。
砕け散った木片がパラパラと舞い落ちる中、お互いが不敵に笑う。
「――そこまで!!」
「な!? なぜ止める、副団長!」
「団長、落ち着いて周りを見てください。もう、戦える武器は無いでしょ? 続行不可能として止めさせてもらいましたよ」
周りには壊れた木製武器の山。
戦いに夢中で気付かなかったが、訓練用の武器を全部壊してしまったようだ。
「私としては、素手と魔法でも良いのだが……」
「いや、エルミアさん止めておきましょう。それこそ魔法で戦うと王宮に被害が出たり、ユグドラティエさんが首を突っ込んできそうです……」
「そ、それもそうだね。ありがとう、セイジュ君」
しっかりと握手をして模擬戦は終了した。
見学していた騎士達は、ドン引きしながらも俺達の激戦に拍手を送る。
そして、そこで午前の訓練も終わりとなった――
【5話毎御礼】
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