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シルフィードと学園②、退屈な日々?

今回の話は、56話の続きになります。流れが分からない方は、先ずそちらをどうぞ。

 ――サヴォワ湖の水面(みなも)は朝日が反射し(うろこ)のように輝き、吹き抜けた風が亜麻色(あまいろ)の髪を揺らす。


 澄み切った水底の魚は活発に動き周り、息急(いきせ)く人々の往来が新しい一日の訪れを告げる。

 ここは、王国が誇るリゾート地アヌシー。



「はぁ……今日も退屈な一日が始まりますのね」


 しかし活気に満ちた街とは裏腹、少女はため息をついた。

 学園の制服を身にまとい、背筋は真っ直ぐ。歩幅は均等で優雅。


 風に広がる亜麻色の髪は『薔薇水晶』のカチューシャで彩られ、高貴な存在感を放つ。

 誰もが振り返る可憐(かれん)な花の内心は、学園に通うことに億劫(おっくう)になっていた。


 シルフィード・ドゥ・ラ・ラトゥール――ラトゥール王国第一王女。

 13歳になった彼女は、今年から学園に通っている。



「であるからして、王国の成り立ちは『勇者』によって――」


 教壇(きょうだん)に立つ教師は何時(いつも)ものように授業を進める。

 学園一年目は座学が中心となり、王族のシルフィードにとっては既に知っているものばかりだ。


 セイジュと別れて数ヶ月。

 慌しく過ぎる彼の生活とは打って変わって、シルフィードの学園生活は退屈と焦燥(しょうそう)に満たされていた。


 気の合う友人が一人でもいれば、少しは楽になるはずだろう。

 しかし、第一王女に話し掛けてくる者はごく(わず)か。

 事務的な連絡や挨拶程度だ。


 シルフィードからも、進んで声を掛けることはない。

 生徒の中には伯爵家や子爵家の子供も居る。

 その者達に声を掛けようと思ったこともあったが、見せつけるような豪華な指輪、足も悪くないのに金のステッキなどを見た瞬間、距離を置いたのである。


 基本この学園の制服はシンプルだ。

 平民にも買えるように比較的安価で作られており、その分制服以外がおしゃれポイントになっている。

 魔法を使える者は暴走防止用の術式が編み込まれたマントを羽織っているが、それを脱げば皆同じ格好だ。


 だからこそ、貴族の子供達は己の権威(けんい)をかざす為身に着ける宝飾品に力を入れる。

 王族であるシルフィードが、薔薇の髪飾り一つしか身に着けていないことを彼らは全く理解できなかった。


 彼らは徒党(ととう)を組み派閥を作った。

 自分の親がどれだけ凄いかを自慢し合い、取巻きもそれを称える。

 その陳腐(ちんぷ)な貴族ごっこにシルフィードは心底うんざりしていた。


 更に彼女が避けられる理由がもう一つあった。

 この学園では入学時魔法の才がある者は、おおよその魔力量を計る為特別な試験を受けることになっている。

 シルフィードも言わずもがな試験を受けたのだが、やり過ぎてしまったのである。


 試験管の『的に向かって全力で魔法を放て。子供の実力ではどんなに才能があっても壊すことはできん』と言う発言を()に受け、()()で炎魔法を発動したのだ。


 結果は想像通り。

 青い炎の大鷲(おおわし)は的を完膚なきまで燃やし尽くし、(おとろ)えを知らぬ火柱が学園を覆う防御結界を粉々に打ち砕いたのだった。


 唖然(あぜん)とする教師生徒一同。

 勿論彼女が第一王女であることは、教師達も知っている。

 王族の不敬を買わないよう当たり(さわ)りのない三年間を過ごして頂こうと思っていたが、この日を境に彼らは頭を抱えることになった。


 それは他の生徒達も同様で、魔法を使える選ばれた人間、自分の才能が一番だと思っていた自尊心がぽっきりと折られたのでる。

 入学早々にして、シルフィードはアンタッチャブルな存在になってしまった。



(はぁ……今日のお昼も何時もの場所かしら……)


 心の中でもため息をつくシルフィードは昼食を足早に済ませ、とある場所に向かった。

 第六修練室――ここは、生徒の自主性を(うなが)す自習室だ。

 とは言っても、どの教室からも最も離れていて使う者は皆無(かいむ)


 シルフィードはここで昼休みの(ほとん)どを過ごす。

 静寂(せいじゃく)が満たすこの空間で、セイジュから教わった魔力操作の訓練を行っている。

 上位精霊を宿した彼女には、最早必要ないかもしれない。

 しかし、この訓練を行うことで彼を身近に感じるような気がしていた。


「はぁ……こんなことになるなら、旦那様やエルミアと訓練していた方がずっと有意義(ゆういぎ)でしたわ……」

「どうしたんだい? お嬢さん。淑女(しゅくじょ)にため息は似合わないさ」


 本日何回目か分からないため息と共に独り言を呟くと、思いもよらない声が後ろから掛かった。


「えっ?」

「え……? 可憐なご尊顔(そんがん)に薔薇の髪飾り……申し訳ございません、王女殿下とは知らずに御無礼なことを」

「貴女は確かペトリュス辺境伯の……ラフルールさん?」

「はい、ペトリュス辺境伯家が長女、ラフルールでございます。まさか名前まで覚えておいでとは、至極光栄に存じます」


 振り向いた先には一人の少女。

 かつて王宮の夜会で挨拶をした辺境伯の娘。

 栗色の短く切り揃えられた髪と、きりっとした目元はどこかシルフェリアを思い起こさせる。

 辺境伯の娘でありながら、恰好は至ってシンプル。

 宝飾品など一切見つけておらず、平民と思われても仕方がないほどだ。


「堅苦しい言葉はお止め下さいまし。ここでは皆平等。王族も貴族も平民も関係ありませんわ。ラフルールさんはどうしてここに?」

「ありがとうございます。って、それはシルフィード殿下も一緒では? こんな人気も無い所で一体何を?」

敬称(けいしょう)も不要です。気軽にシルフィーとでも呼んで下さいな。昼休みは毎回ここで魔力操作の訓練をしておりすの。ここは、静かで集中できますから……」

「そうだったんだね……かくいう僕もシルフィーさんと一緒さ。休み時間の度に、他の貴族達が僕を引き入れようと必死なんだよ。いい加減(わずら)わしくなってね、一人になれる場所を探していたらここにたどり着いたわけさ。隣座っても良いかい?」


 ラフルールもシルフィードと一緒であった。

 事あるごとに彼女を自分の派閥に取り込もうと、声を掛けてくる貴族ごっこの子供達。

 辺境伯と言う貴族の内で最も自立した存在である彼女から見たら、必要以上に親のすねを(かじ)る彼らは嫌悪(けんお)の対象でしかなかった。


「全く……早く必要なことを覚えてお父様のお役に立ちたいのに、どいつもこいつも貴族ごっこばっかり! そもそも貴族と言うのは、民衆の手本となるべく清貧高潔であるべし! なのに、無駄に贅肉ばかり付けちゃってさ!」

「確かに、分不相応(ぶんふそうおう)な方も多いですわね……」

「見たかい? 身の丈に合わない金の杖に、豪華な指輪。あれじゃ宝飾品が泣いてるよ」

「ふふっ」

「どうした? シルフィーさん、急に笑って」

「いえ、ごめんなさいね。私もラフルールさんと同じ考えでして、彼らのことを思い出したら笑ってしまいましたわ」


 ラフルールの話を聞いてシルフィードは笑ってしまった。

『宝飾品が泣いている』と言う表現は良い得て妙であり、彼女の思っていたことそのままだった。

 そして、自分以外にも同じ感性を持つ生徒がいたことに嬉しくなったのだ。


「シルフィーさんは王族なのにあまり宝飾品を身に着けないんだね?」

「はい。式典や晩餐会ではそれ相応に身に着けますが、ここでは必要ありませんわ。それに、私にはコレがありますから……」


 そう言ったシルフィードは、カチューシャの薔薇を触る。


「見事な意匠(いしょう)の髪飾りだね。僕は宝飾品には詳しくないけど、何だろう? その髪飾りからはとてつもない波動? と言うか人の想いを感じるよ。よっぽど凄い職人さんが作ったんだね」

「いいえ、これは私の旦那様が作って下さったの。結婚までの三年間、離れ離れになる私と交換し合った贈り物なのですわ。そして、私を魔法の世界に導いて下さった方でもあるの」

「何だか凄い方だね……どんな方なのか興味が湧いてきたよ」

「聞いて下さるの!? 旦那様、セイジュ様は本当に凄い方ですのよ! あれは私が死にかけた満月の夜の――」


 ラフルールの言葉に反応したシルフィードは、セイジュとの出会いから現在に至るまで事細かく話始める。

 話す度にコロコロと表情の変わるシルフィードを見て、ラフルールは適度に質問を挟んで聞くに徹した。



「ご、ご、ごめんなさい! 私ばかり話して……」

「ハハハッ、セイジュ様が素晴らしい方ということ分かったし、何よりシルフィーさんがセイジュ様を大好きなことも十分伝わったよ?」

「そ、それはそうですが……もう! ラフルールさんは意地悪ですわね!」


 セイジュに関してマシンガントークをしたシルフィードは、思い出したかのように謝罪をする。

 ラフルールは苦になど思ってもいないし、思いがけないシルフィードの一面を笑ってしまった。


「ラフルールさん……一つお願いがありますの……」

「お願い? 僕にできることなら喜んで」

「あ、あの……私と……と、と、友達になって下さいまし!」

「ハハハッ! 僕で良ければ喜んで!」

「ありがとうございますわ!」


 今まで自分から友達を作ろうとしなかったシルフィード。

 しかし、今日と言う偶然が生涯(しょうがい)の友を得ることになった。

 そのまま昼休み全てを使ってお互いのことを話し、午後の授業が始まる時間になる。



「もう直ぐ午後の授業の時間ですわね? ラフルールさん、今日はありがとうございました。宜しければ、また明日もお会いしましょう」

「ちょっとちょっとシルフィーさん、何を言ってるのさ? 僕も教室に戻るよ?」

「え……?」

「僕達同じ教室……まぁ、シルフィーさんは何時も前の席で僕は後ろの窓際に座っていたからね。100人近い教室で覚えろって方が無理かな」

「え? え? ご、ご、ごめんなさい!」


 そう、シルフィードとラフルールは一緒のクラス。

 100人近く居るクラスに席も自由となっては覚えるのも困難。

 ラフルールはシルフィードのことを知っていたが、何時も同じ席に座っていたシルフィードは殆どクラスの顔を覚えていなかった。


「「ぷぷっ……ははっ……はっはっはっはっは!」」


 お互い笑ってしまう。それこそシルフィードは、この学園に来て初めて大声で笑った。

 思わず涙が出るほど笑った彼女は、どこかスッキリしていた。


 一人で昼食を食べて一人で修練室に来たシルフィード。

 煩わしい思いから逃げるように修練室に来たラフルール。

 しかし、お互いの帰りは違う。

 仲の良い少女二人が午後の授業を受ける為、教室の扉を開けた――

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