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悪意、その代償

 ――セイジュが直面した三つの悪意。

 その全ては、本人、『鴉』と『黒薔薇』、セレスティア達によって水泡(すいほう)()した。

 そして、悪意を仕向けた者達への断罪が差し迫る。



「――ん……? ここは?」


 早朝、コスラボリは何時ものように目が覚めた。

 豪華なベッドに清潔なシーツ。

 どこかで見たことあるような高級感溢れる部屋。

 貫かれたはずの太ももに痛みはなく、何の変哲もない朝だ。


「アレは夢か? 仮面の者達は……?」


 彼は確かめるように(つぶや)く。

 昨日のパーティー中に襲われたこと。

 黒い仮面と白い仮面に命を狙われ、最後には気絶してしまったこと。

 朧気(おぼろげ)な記憶を辿(たど)り、首筋や太ももを確認するも何の違和感もない。

 ベッドの上で考えていると、ノックが聞こえた。


「コスラボリ様、お目覚めですか? 御着替えをお持ちしました」

「あ、あぁ。入ってくれて構わん」

「失礼致します」


 入室したメイドはテキパキと着替えを手伝い、作業が終わると彼の指示を待った。



「すまない、昨日は飲み過ぎた様だ。ここはどこだ?」

「ここは、王宮の客室でございます。コスラボリ様は、昨日の()()をお楽しみ頂いたようで存分に羽目を外されておりました」

「そうか……私はマルゴー様の催物(もよおしもの)に招待されていたのだな!」

「はい。特にコスラボリ様がご用意された喜劇には、マルゴー様も非常に心を打たれたようです。さぁ、マルゴー様がお待ちでございます」




 メイドに案内され中庭に着いた。

 広い庭には薔薇が咲き誇り、甘い香りに包まれる。

 ここはマルゴーにとっても特別な場所。

 お気に入りの者しか招かれず、貴族にとっては最高の名誉な場所の一つだ。


「起きましたか、コスラボリ卿? いい朝ですわね」

「おはようございます、マルゴー様。今日も一段とお美しい。申し訳ございません、羽目を外し過ぎてしまい記憶が曖昧(あいまい)です。いやはや、歳はとりたくないものですな……」


 通されたのは、庭園奥のガーデンチェア。

 マルゴーは一足先に座り、扇子で口元を隠しながらコスラボリを歓迎した。


「ふふふ……昨夜の(けい)はとても楽しそうでしたわよ」

「マルゴー様にも楽しんで頂けて大変光栄です。こちらとしても、準備した甲斐(かい)があったと言うもの!」


 コスラボリは、マルゴーのご機嫌を取ろうと必死だ。

 覚えてもいない演劇……

 否、何故自分がここにいるのかさえ未だ思い出せずにいるが、目の前の大魚を釣り上げようと目の色を変える。

 ここでマルゴーの寵愛(ちょうあい)さえ獲得できれば、今後怖いもの無しだ。


「ええ、とても楽しみましたわ。では、この喜劇も終幕(しゅうまく)といきましょうか?」

「え? 今なんと……?」

「失礼致します。お茶をお持ちしました」


 マルゴーの言葉の意味が理解できず、聴き直そうとするとメイドがお茶の用意を始める。

 そのタイミングの悪さにコスラボリはイラッとしたが、目の前に出されたお茶と皿に絶句した。


 メイドが持つのは、どす黒い血に満たされたティーポット。

 彼女はカップになみなみと血を注ぎ込み、中心に涙の枯れた目玉が浮かび上がる。

 ソーサーから(こぼ)れ落ちる血潮(ちしお)はコスラボリまで流れ出し、彼の服を汚す。


 美々しい皿には大輪の黒い薔薇が一輪。

 薔薇に沿って20本の切り取られた指が整然と並ぶ。

 指には華美(かび)な指輪がはめられ、直ぐに誰の指かは検討がついた。

 常軌(じょうき)を逸した光景と生臭さにコスラボリは、口元を押さえメイドを見上げる。


「ひぃいいい――ッ!!」


 見上げたその先には、白い仮面に黒い薔薇が描かれた昨日の悪夢。

 夢だと思っていた者は実在し、(ふさ)がったはずの太ももの傷がジンジンと傷み現実が押し寄せる。

 目を逸らすようにマルゴーに目線を向けると、彼女の後ろにも『黒薔薇』が音もなく佇んでいた。


「セイジュ・オーヴォ卿……」


 マルゴーの呟きに、コスラボリはビクッと身体を震わせた。


「それにしても、この紅茶は美味しいわ。これは、セイジュ卿が私の為に特別に配合してくれた紅茶ですの。何でも身体の中の悪い物を流し出す効果があるらしく、これを飲む度に身体が軽くなるようですわ」


 マルゴーはコスラボリのことなど無視し、紅茶の効能を()く。


「石鹸もシャンプーもトリートメントも卿のお蔭。口紅も頬紅も卿が開発し、今や貴婦人達は卿の(とりこ)なのですわ。でも、そんな卿が昨晩(ぞく)に襲われたのです……まだ主犯格が捕まっていないらしく、コスラボリ卿は何かご存じありませんの?」


 彼女は芝居めいてメソメソし、その言葉を聞く度にコスラボリの頭はクリアになっていく。

 全ては自分の差し金だと言えるはずもなく、脂汗を流しながら言い訳を考える。



「あら? どういたしましたの、コスラボリ卿? 随分と顔が青くなっておいでよ」

「い……いえ……私には何のことだか……」

「そうですの? では、本人達に聞いてみようかしら?」

「へ……? ひぃえええ!!!」


 足元に転がってきたボールのような物に目線を落とすと、彼はまたしても情けない悲鳴を上げた。


 五つの首――どれも目が(えぐ)り出され、耳は()ぎ落とされている。

 口からはだらしなく舌が伸びきり、歯は全て抜き取られていた。

 目で見て分かるほど凄惨(せいさん)な拷問を受けた首は、()り出された虚空の眼球をコスラボリに向けた。


()せた男は、四本目の指でお前の名前を呼んだ。太った男は、歯の大半を失った時脱糞しながらお前の名を叫んだ。賊達は初めからお前への恨み言を叫んでいたが、自業自得だ」


『黒薔薇』は、拷問の様子を事細かく説明する。

 吐き気を催す程の内容にコスラボリは耄碌(もうろく)しながらも、最後の言い訳を叫んだ。


「わ、私は無関係です!! そ! そう! これはペデスクロー卿の悪巧みで……何のこ――」

「お黙りなさい――ッ!!」

「グォッ!!」


 命惜しさに全く関係のない貴族の名前を上げようとしたコスラボリ。

 しかし、マルゴーの一喝(いっかつ)で『黒薔薇』に押さえ付けられ身動きが取れなくなってしまう。


「コスラボリ卿……貴方は貴族としては優秀でしたが、過ぎた欲は身を滅ぼしますわよ? それでは、御機嫌よう」

「待って! お願いでございます! お慈悲を……お慈悲をマルゴー様ぁあああ!!!」


『黒薔薇』に引きずられるコスラボリは、往生際(おうじょうぎわ)悪くマルゴーに慈悲を求め大地にしがみ付く。

 その指先は泥に(まみ)れ、昨夜までの栄華など遠に無くなっていた。

 そんな彼をマルゴーは無慈悲に見下ろし、再び紅茶に口をつけた。


「本当に美味しいわコレ。ふふ、セイジュ卿への謝罪ついでにまた何かおねだりしちゃおうかしら?」


 最早彼女はコスラボリのことなど気にも留めていない。

 お気に入りの庭園を眺めながら、一時のティータイムを楽しむ。

 伯爵がどうなったかは言わずもがな。

 唯一つ言えることは、本日をもってとある伯爵家が断絶になったことだけだ……






「――セイジュさーん。おかえりなさい! こっちです、こっち!」


 指名依頼を終えて帰ってきた俺に、メルダさんはブンブンと手を振った。


「只今戻りました、メルダさん。依頼の素材確認してもらえますか?」

「はい! あれ? クレールさんとミロンさんは?」

「あぁ。何でもご病気の娘さんがいるらしくて、王都に戻るなり報告は僕に任せて家に飛び帰りましたよ」

「え? お子さん病気だったんですか! 通りでここ一週間は見なかったわけですね……」

「でも、大丈夫です。豊穣の森で病気に効く薬草を見つけたので、今頃元気になっているはずです」


 彼らにポーションをあげたことは適当にごまかしながら、依頼品の素材を彼女に渡す。

 それにしても、『ジェノサイドヴェノムスネーク』の生き血や肉に本当に効果があるのか?

 ガラス瓶に入った生き血を渡しながら聞いてみる。


「メルダさん、クレールさんから聞いたのですが、この蛇の生き血って本当に効果あるのですか?」

「はわわ……セイジュさん、それは……その……効果は絶大らしいです……」


 生き血の話題を出すと彼女は真っ赤になり、(うつむ)きながら呟いた。

 しまった……これは完全にセクハラ案件だ。

 そう考えていると、いつの間にか彼女の後ろに立っていたルリさんが口を開く。


「セイジュさんの……変態……若い娘にこの蛇の話題を出すのは……嫌がらせだよ……?」

「グッ! すいません……」

「それはそうと……セイジュさん……昨夜からコスラボリ伯爵が……行方不明……多分……もう帰ってこない……」

「え? じゃあ、この依頼は?」

「それは……大丈夫……事前に報酬(ほうしゅう)は預かっているから……ただ……伝えておきたかっただけ……」


 群青の瞳が察するように俺を見つめる。

 予想通り彼女は裏で動いたのか。

 ここで追及したり、お礼を言ったりするのは無粋(ぶすい)だろう。

 無表情な瞳と見つめ合い、俺は話題を変えた。


「そうですか。なら、良かったです。指名依頼は報酬が魅力的ですから」

「そうです! セイジュさんの初めての指名依頼。達成おめでとうございます!」



 メルダさんは素材を抱え奥へ引っ込もうとし、ルリさんもそれを手伝うように後を追う。


「あ? ルリさん、やっぱりその群青の髪飾りとても良くお似合いですよ」

「そ……? ありがと……」


 ロンディアで買ってきたかんざし風髪飾りを身に着けてくれていた。

 彼女は、俺の言葉に少しだけ声が上ずり微笑(ほほえ)んだ。

 その柔和(にゅうわ)な微笑みは普段の姿からは想像できないが、もしかしたらこっちが彼女の本当の姿かもしれないな……


「さて、報告も済んだことだし今日はゆっくりするかなー―」

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