悪意、罠
――コスラボリ伯爵からの指名依頼。
豊穣の森の素材採取をする為、クレールさんミロンさんの待つ南門に俺は向かった。
「おはよう、君がセイジュだね?」
「おはようございます、セイジュ君。今日からよろしくお願いしますね」
「おはようございます、クレールさんミロンさ――」
「悪意有ル者達デス」
差し出された手を握り返そうとした瞬間、『ライブラリ』の『シェリ』が無機質な声で警告をした。
その声にピクリと反応して、声の主を見上げてしまう。
クレールさん。
筋骨隆々の偉丈夫。
坊主頭の彫深い顔には不精髭といくつもの傷跡が刻まれている。
正に、想像通りの戦士と言った感じだ。
「どうした?」
「い、いえ」
彼は不思議そうに俺を見返すが、怪しまれないようにその手を握り返した。
悪意か……? 最年少で陞爵やA級昇格への羨望? ユグドラティエさんやセレスさんとの仲に嫉妬か? いや、彼らにそれは当てはまらないだろう。
A級冒険者として活躍しているし、幸せな家庭を持つ。
それに、ブリギットさんの『鑑定眼』でA級に人格破綻者がいないことも分かっている。
だったら何故『シェリ』がここまで警告する?
確かに『シェリ』は明確な悪意に反応するが、最近はその反応設定を下げて、殺意のみにしていた。
つまり、彼らは俺を殺そうとしている……
誰がどう見ても順風満帆な彼らが、何故罪を犯そうとする?
俺の『鑑定眼』で見ても、魅了や錯乱、傀儡状態ではない……自分の意思。
後、考えられるのは脅迫や教唆か?
「きょ、今日は豊穣の森で素材採取でしたよね? どの素材を狙うのですか?」
「あぁ、薬草を数種類と『ジェノサイドヴェノムスネーク』の生き血若しくは肉だ」
「薬草は兎も角、蛇の生き血と肉ですか?」
「知らないのか? あの蛇の生き血や肉は強力な精力剤になる。貴族の男達はこぞって欲しがるのさ」
あからさまに警戒するのはマズいと思い、森に向かいつつコミュニケーションを取る。
王都南門から出て数十分、お互い強化魔法を掛け森を目指す。
ミロンさんは調子が悪いのだろうか? 先ほどから、少し青ざめた様子で黙っている。
「ってことは、蛇の生息地の谷付近に向かうのですね?」
「お! よく分かってるじゃないか。あの森に詳しいのか?」
「い、いえ……セレスさんに森のことはよく聞いているので」
「あ? そっか、君はセレスと仲良いもんな」
(実は僕豊穣の森出身なんですよ~。で、そこの谷底に突き落とすつもりなんでしょ?)
と、言えるはずもなく……取りあえず、セレスさんから聞いたことにした。
「それに、谷付近はそこまで深部じゃない。この三人なら余裕だろう。いざという時は、ミロンの緊急転移魔法もあるから大丈夫だ」
「え? ミロンさん、転移魔法使えるのですか? って、ミロンさん大丈夫ですか? さっきから上の空ですけど」
「あ、あぁ……ごめんなさいね。少し考え事をしてたわ……」
ミロンさんが転移魔法を使えるということにビックリした俺は彼女に話題を振るも、心ここに在らずといった感じだ。
「て、転移魔法の話よね!? と言っても、どこでも自由に行けるわけじゃないわ。私の場合は、緊急事態に王都に転移するだけね。それこそ、使ったら魔力が枯渇してその日は動けないわ」
「それでも凄いですよ! 僕も魔導士ですが、転移魔法は使えません。ユグドラティエさんは、どこでも転移できるみたいですが」
「ヒルリアン様! あのお方と比べられること自体がおこがましいわ。やっぱり、噂通りセイジュ君はヒルリアン様と仲良いの? て言うか、一緒に住んでるって本当?」
「はい。勝手に僕の屋敷に住み着いて、飯や酒や風呂だと自堕落な生活を送ってますよ? 今日も眠そうに僕を見送ってくれました」
ユグドラティエさんの名前を聞いた二人は一瞬表情が固まったが、それとなく探りを入れてきた。
クレール夫妻の悪意がユグドラティエさんに知られたら、間違いなく制裁を食らうだろうしな。
そうこう話している内に豊穣の森は目の前だ。
のどかな草原地帯とは打って変わって、鬱蒼な森が広がる。
以前セレスさんと来て以来だな。
約三年ぶりだろうか?
久しぶりに立ち入った森は、当時のままだ。
見渡せば果実は実り、足元には薬草や珍しい花々。
滅多に手に入らない鉱物は輝きを放ち、俺達を誘惑する。
全ての豊穣を称える極楽浄土がここにある。
しかし、ここは地獄だ。
素材に目を奪われれば、凶悪なモンスターが牙をむく。
弱肉強食の理だけに支配され、死の足音が常に忍び寄る。
そんな中、俺達三人は薬草採取から始めた。
「――ありましたよ、これですよね? 依頼の薬草」
「おぉ! 早いな。うん、間違いない。良く見つけたな?」
「さっきから見てたけど、セイジュ君薬草にも詳しいの?」
「はい、冒険者になる前は薬草や果実を採取して生計を立ててましたから」
「成程なー。うっし! 薬草はこれくらいで良いだろう。本番の『ジェノサイドヴェノムスネーク』狩りに行くぞ」
思いの外早く薬草採取が終わったことに二人は驚き、次の目的地へ向かう。
次の目標は蛇だ。
標的の生息地は、ここから少し奥まった谷底にある。
谷の上から少しづつ蛇をおびき出して、安全に狩る作戦らしい。
「『ジェノサイドヴェノムスネーク』は夜行性だからここで夜を待つぞ。セイジュは野営の準備を手伝ってくれ。ミロンは周囲の警戒を頼む」
「分かりました」
「わ、分かったわ……」
谷上に着いた俺達はそれぞれ準備を始める。
ここが俺の処刑場所か。
決行の時間が近づくにつれ、ミロンさんの顔は青ざめ声も震えていた。
「そろそろか? セイジュこっちだ」
「はい……どうやっておびき出します?」
「コイツを使う。これは『フィードマウス』と言って蛇や蜥蜴の大好物だ。これを少しづつ投げ入れて、蛇を刺激する。ちょっと持って中身を確かめてくれ」
渡された大きな麻袋を覗くと、中には生きた鼠。
キーキーと声を出し逃げ出そうと必死だ。
逃げないように袋に押し込めていると、クレールさんから不意に声が掛かる。
「セイジュ……すまない」
「え? うぉわあああ――ッ!!!」
ドンっという音と共に足元から大地が消えた。
彼は思いっきり俺を突き飛ばし、谷底に落とそうとしたのだ。
勿論想定していたことだが、わざとらしい悲鳴を上げ飛行魔法を使いながらゆっくり着地した。
投げ捨てた麻袋からは鼠達が逃げまどい、甲高い声を出して蛇に捕食される。
闇に包まれた谷底に浮かび上がる黄色いまんまるとした数多の瞳。
光魔法で辺りを照らせば、数百匹の蛇は新たな餌の登場にピンク色の舌をチロチロと覗かせた。
一噛みされれば致命傷。
肉を溶かし、体中の神経活動を停止させる。
今回の悪意が形を成したかのように、毒の罠となって一斉に襲い掛かる。
「久しぶりだな、この感覚。死と隣り合わせの瞬間、全て自分でやらなければならない自己責任の世界。そう言えば、お前らシルフィーを噛んだよな?」
エルミアさんやシルフィーと初めて会った時、シルフィーはコイツに噛まれて死にそうだった。
あの時はどうも思わなかったが、婚約者となった今では許してはおかぬ。
全身全霊をもって相手をしよう――
「ミロン終わったぞ。セイジュには悪いことをしたが後は頼む。このまま……俺も谷底に落ちる。お前は転移魔法で王都に戻り、依頼失敗をギルドに伝えてくれ。そしたら、あの娘は助かるんだ……」
「うぅ……ごめんなさいセイジュ君。ごめんなさいクレール。もう私達にはこれしかないの……あの娘が独り立ちしたら直ぐに後を追うから……」
「――あの娘って誰ですか?」
「「な――ッ!!??」」
セイジュを谷底へ突き落とし、伯爵からの本当の依頼を達成した二人。
クレールも一緒に死ぬことで、事故として処理し穏便に暗殺できたはずだった。
しかし、突き落とした当の本人が後ろから声を掛けてきた。
「動くな!! 安心してください、僕は生きてますし怒ってもいません。でも、ツクヨミは貴方達をまだ許していません」
「「ツクヨミ……?」」
「動くなって言ってるし? このゴミくずども。本来なら秒で輪切りにしてやりたいけど、セイジュの優しさに感謝しろし!」
二人の影から覗く巨大な青藍の瞳。
それを割るように出てきたツクヨミは、さながら蛇のように二人に巻き付き真っ黒い舌をチロチロとさせた。
「その娘は闇の上位精霊です。既に分かっていると思いますが、貴方達に勝てる要素はありません。全部話してもらえますよね……?」
圧倒的上位存在の圧力と、俺から出る威圧感に観念した二人は全て白状した。
「主犯はコスラボリ伯爵で、お二人は病気の娘さんを助ける為に彼の要求を飲んだと?」
「そうだ、間違いない。それに、今頃お前の屋敷は襲撃を受けているだろう。もうどうにもならん。殺すなりギルドに突き出すなり好きにしてくれ……」
「私達はどうなってもいいの! お願い! お願いします……セイジュ君。娘だけは助けてあげて……」
真相はこうだ。
二人の娘は大きな病に掛かってしまい、治す薬を求めた。
しかし、その薬は貴族しか手に入れることができず、お抱えのコスラボリ伯爵に相談したら渡す代わりに俺を暗殺しろと言われたらしい。
ご丁寧に娘は療養と言う名目で伯爵邸に軟禁されており、受けざるを得ない状況……まぁ、自分の子供の為なら何でもするよね……
「冒険者仲間を殺してまで手に入れた薬を、娘さんは喜びますかね? 仮に成功したとしても、貴方達は今後一生飼い殺しにされますよ」
「グッ……だから、俺が死ぬことで……」
「はぁ〜、これ持ってってください」
ここで俺への暗殺が成功しても、彼らに未来はない。
一生共犯者として脅迫され、破滅の一途を辿るだろう。
そんな彼らに俺は『アイテムボックス』からポーションをため息混じりに取り出した。
「これは……?」
「それは、僕が作った上級ポーションです。病気はおろか、部位欠損だって治ります。心配だったら、ギルドの素材買取のおっちゃんに『鑑定』してもらってください」
「どうして……こんなこと……?」
「僕がそうしたいからですよ。只の傲慢です。それに屋敷への襲撃も成功しません。お二人は知らないでしょうが、あそこにはユグドラティエさん以外にエルミアさんやセレスさんもいます」
「ハハッ……無茶苦茶だ……」
ツクヨミの拘束から解かれた二人は、乾いた笑いをしながらへたり込む。
主犯の伯爵をどうしてやろうか考えていると、ある少女が思い浮かんだ。
黒鍵の黒髪に群青の瞳。
同刻、一羽の『鴉』が伯爵邸に舞い降りた――
【5話毎御礼】
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