悪意、渦巻く
――『新年は必ず会おう』と言う約束をシルフィーとして数ヶ月。
俺は、順調な毎日を過ごしていた。
ユグドラティエさんは、相変わらず自堕落な生活を送りつつ、時たま思いついたように王宮に出向いている。
筆頭近衛兵の任を解かれたエルミアさんは、騎士団長としての責務を全うする為毎日通い詰めだ。
セレスさんと俺は、冒険者としての日々を過ごす。
基本別行動だが、特級依頼の手伝いを通して冒険者としての技術を教えてもらったりもした。
貴族街のコスメショップは満員御礼。
紹介状として作った白銀のメンバーカードをマルゴー様、セレスさん、ラスコンブさん、ボルニーさんに十枚づつ渡した。
それぞれが、信頼のある婦人達に渡したので今のところ目立ったトラブルはなし。
日に日に美しくなっていく四十人の貴婦人達。
最近の社交界のトレンドは、コスメショップで落ち着いて化粧品を選んだ後、庭で選ばれた婦人達とお茶会をすることらしい。
お茶請けのお菓子は、俺とツクヨミのお手製だ。
この類稀なる空間が、彼女達を満足感と優越感に浸した。
そんなに楽しんで頂いているなら、店舗の一部を改装してエステでも併設しようかな?
痩身や脱毛、デトックス、岩盤浴とかもあったら面白いかも。
何かを始めてるって良いな。次から次へと新しいアイデアが生まれてくる。
今度、マルゴー様にも相談してみよう!
――セイジュが前向きに考えている一方で、明確な悪意が蜷局を巻き始めていた。
とある伯爵邸。
昼間にも関わらずカーテンが閉められ、薄暗い中数人の男達が話し合う。
「貴族街の新しい化粧品屋、随分と盛況らしいな……?」
「盛況も何も、今や妻達の憧れの的さ。今日も紹介状を手に入れて欲しいとおねだりされたぞ」
「忌々しい! 私が出資した化粧品屋にも、同じ物はないのかと文句をつけてくる。あんな物作れるわけないだろ!」
「で、それを作り出しているのが、オーヴォ男爵で間違いないと?」
「あぁ、間違いない。情報によると、初めは奴のお披露目会の土産だったらしい。それに惚れ込んだ婦人達が王妃様に頼み、会員制の店を作ったんだとよ」
「ってことは、王族管轄の店か! えぇい!! これでは手出しができんぞ。男爵風情が調子に乗りおって!」
冷静な男、淡々とした男、鼻息の荒い男。
三人は社交界を騒がす化粧品屋をどうにかしたい様子だ。
「別に店自体に手を出す必要はなかろう? それこそ、あそこで暴れでもしたら王族への不敬罪なる」
「じゃあ、どうするつもりだ!? 指を咥えて見てるだけか? あれ程の金のなる木。何としても欲しいではないか」
「落ち着け。店は手に入らなくても、物を盗れば良かろう?」
「ま、まさか……?」
男達の動機は実に単純――金と利権だ。
相手は新参者の男爵。神算鬼謀渦巻く社交界を生き抜いてきた彼らには、セイジュ程度軽く潰せると考えていた。
「大方、屋敷に貯め込んでいるのだろ? 奴はA級冒険者だ。指名依頼を出して、何日か屋敷から引き剥がす。その隙を狙う。話では豊穣の森の素材も持っているらしいじゃないか? 根こそぎ頂くとするか」
「し、しかし! 噂ではヒルリアン卿も住んでいると……しかも、かなりのお気に入りらしいぞ……」
「大丈夫だ。あのお方はどこまでも中立。貴族同士のいざこざに口は出さんよ。それに、オーヴォ男爵が無事に帰ってくるとは限らんからな。最近、こちらも駒になりそうなA級冒険者を手に入れたのだよ」
「そうそう。お前は事後の対応を頼んだぞ。おおっぴらには売れんからな。秘密裏に買ってくれる奴らに声をかけておけ」
「では、目立ち過ぎた男爵様にはご退場頂きますかな……」
水面下で蠢くセイジュ暗殺と屋敷襲撃計画。
男達は成功を確信し、早い祝杯を上げた。
「――あっ! セイジュさ〜ん、おはようございます。こっちです、こっち!」
朝一で冒険者ギルドに行くと、元気印のメルダさんからお呼びが掛かる。
何かあったのか? 弾ける笑顔の手招き付きだ。
「おはようございます、メルダさん。随分嬉しそうですけど、何かありました?」
「はい! これですよ、これ。セイジュさんにも遂にきましたね、指名依頼です!」
「指名依頼? セレスさんへの特級依頼みたいなものですか?」
「似たようなものですけど、あっちは更に難度が高いですね。指名依頼は基本貴族から出されます。報酬は通常依頼と比べて跳ね上がります。しかも、依頼に掛かった経費も精算してもらえます。更に! 状況によって、追加報酬が貰えるんです!」
指名依頼について説明してくるメルダさん。
貴族が有能な冒険者に依頼を出し、素材採取や要人護衛。
変わった依頼だと娯楽の相手や晩餐会のエスコートまであるらしい。
冒険者にとっても名誉なことで、貴族と繋がりを持てたり、お抱えになることは目標の一つだとか。
確かに、金銭目的の冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい依頼だ。
俺もA級冒険者として期待に応えてあげないとな。
「じゃ~ん。これがセイジュさんへの依頼です。えーっと何々? 凄い! コスラボリ伯爵からですよ。初めての指名依頼が伯爵様からとか、前代未聞です!」
「あ、あの……肝心の依頼内容は……?」
「はわわ! すいません。ふむふむ……伯爵様が用意した冒険者パーティーと豊穣の森で素材集めだそうです」
メルダさんは、内容以外の所でテンションマックスになってしまい一向に話が進まない。
痺れを切らした俺は、依頼内容を聞いてみた。
豊穣の森での素材集め、これなら得意中の得意だ。
どんな素材だって見つけてみせる。
「簡単そうな依頼で良かったです。同行される方々は分かりますか?」
「え……? いや、セイジュさん……豊穣の森の指名依頼って最高難度ですよ? それを簡単だなんて……ま、まぁセイジュさんですから。えーっと、一緒に行くのはクレールさんとミロンさんですね」
「クレールさん? ミロンさん?」
「お二人もA級冒険者ですね。夫婦で冒険者をやってて、経験も豊富です。可愛いお子さんもいるみたいで、ギルドきってのおしどり夫婦ですよ。この二人と一緒なら達成できそうですね。向こうの準備ができ次第、私から声を掛けます。セイジュさんには申し訳ないですが、数日は何時でも出発できるようにしておいてください」
「分かりました。準備しておきます」
三人パーティーで豊穣の森を攻略か。
二人もベテランのようだし、何の問題もないだろう。
そう言えば、こうやってパーティー組むのは『偽善者達の葬列』以来か……サンステフさん達は元気かな?
あの時は最後悪いことしたな。
今度、会ったら謝ろう。
そんなことを考えていると、ルリさんから声が掛かる。
「メルダ……それって……指名依頼……?」
「そうです! セイジュさんへの初めての指名依頼です。エッヘン!」
「いや……メルダが自慢する……意味が分からない……ちょっと見せて……コスラボリ伯爵から……豊穣の森で素材採取……クレールとミロン……ありがと……じゃあ……私行くね……」
ルリさんは指名依頼書を眺めて長考、したかと思いきやいつも通りの調子で二階に上がった。
何か思うところがったのだろうか? あまり感情を見せる方ではないので、いまいち分かりにくい。
考えても仕方ないことは置いといて、他の依頼を見に行こう。
――セイジュが依頼を受けてギルドを出た後、ギルドマスターの部屋にはブリギットとルリの姿があった。
「どうしたルリ? サボりか? 茶なら自分で入れろよ」
「ブリギット……セイジュさん……狙われてる……」
「何だと?」
書類作業中のブリギットはルリを茶化すが、彼女の声を聞いて羽ペンをピタリと止めた。
「伯爵からの指名依頼……ここ一週間姿を見せない……クレールとミロン……豊穣の森で素材採取……間違いなく……何かに巻き込まれている……」
「お前が言うなら信じるが、どうする?」
「コスラボリは……以前から黒い噂が絶えない……貴族同士のことは放置してたけど……冒険者に手を出すことが……どういうことか……教えてくる……」
「分かった。クレールとミロンの方はセイジュ君だから大丈夫だと思うが、十中八九留守中に屋敷も狙われるだろうな。一応『三華扇』やマルゴー様に一筆書いておくか。ルリも動くなら彼が出発してからにしてくれ」
「……」
ルリは無言で頷き部屋を出た。
ギルドマスターは一人部屋に残る――再び羽ペンを動かしはじめたブリギットは、深いため息をついた。
「ふぅ~。それにしても、コスラボリ伯爵は気の毒だな。仲間もいるだろう。貴方方が今踏もうとしている尾は、魔獣や魔物のそれではないぞ? それこそドラゴンの逆鱗に他ならない……」
指名依頼の話を聞いて二日後。
クレールさんとミロンさんの準備もできたらしく、俺は急いで彼らが待つ南門に向かった――




