シルフィーとの別れ、贈り物
――他国に行くのは成人してからが良いらしい。
色々行ってみたい国はあるのだが、年が明けて後一年は辛抱が必要だ。
しかし、時の移ろいは早い物。新年を迎え、シルフィーとの別れが差し迫っていた。
――ラトゥール王国での新年の過ごし方は、家族と過ごすのが一般的らしい。
初詣に繰り出す習慣など勿論なく、三日間は其々の家庭でゆっくり過ごす。
それは王族とて同じらしく、シルフィーも学園に通う前最後の家族水入らずを過ごしている。
無論、我がオーヴォ家も同様。
家族がいる使用人は皆休みを与え、限られた人達だけで新年を過ごしている。
「皆さんは良かったのですか? 家族と過ごさないで?」
「ん~? 問題ないのじゃ。我らエルフは人間と違って寿命も文化も違うからのぅ」
「そうだよ、セイジュ君。私達に年が明けるって感覚は、いまいち分からないからね」
エルフ二人に年の瀬や新年の概念はない。
まぁ、驚くほど長命な彼女達には年月など関係ないのだろう。
更に、季節感のないこの国では体感的にも難しいと思う。
そもそも、閉鎖的なエルフにとって家族とは『ユグドラシル』に居る皆さんだろうしな。
「セレスさんやガーネットさんも良いのですか? ここに残って」
「あ〜、俺達姉妹は孤児院出身だし、セレスティアも早くに両親を亡くしている。ここに残ってても、何も問題ねぇよ」
「す、す、すいません。立ち入ったこと聞いてしまって!」
「ハッ、別に気にしちゃいねぇよ。それに、ここで過ごした方が美味い飯は食えるし快適だからな。な? セレスティア」
「だな。ここにはオマエらが居るし、堅苦しい思いもしないですむ。ガーネットの言う通り、ここ以上の快適さはないぜ」
思わず二人の地雷を踏み抜いてしまいそうになったが、気にしていない様子だ。
それにしても、彼女達の人生は壮絶だな。
両親を早くに亡くし、かたや特級冒険者と大公爵家の家長としてのプレッシャー。
かたや魔物の毒と呪いに蝕まれ、感情を押し殺してまでセレスさんを支えたメイド。
今となっては過去のことだが、彼女達との巡り合わせは幸運だった。
この出会いがなければ、王国に取って貴重な人財を二人も失うところだったのだ。
「まぁ、アタシ達のことは置いといて。セイジュ、お姫様後三日もすりゃ学園に行くけど、オマエ贈り物とか用意したのか?」
「贈り物? 誕生日のですか?」
「やっぱり知らなかったか。良いか? この国には、仲の良い者同士が離れ離れになる時お互いに大切な物を贈り合う風習があるんだよ。特に婚約者同士は絶対だ。幸い後三日ある。何か用意しとけよ」
「えぇええー! そんな風習があるなんて知りませんでした。ありがとうございます、セレスさん。急いで用意しないと……」
大切な物を贈り合う。
『アイテムボックス』の中には数えきれないほどの素材やアクセサリーが入っているが、どれかを贈れば良いのかな?
でも、折角だからシルフィーの為に一点物を作った方が良いかもしれない。
「坊や、安心するのじゃ。今ここに居る奴らは暇人ばかり。分からんことは、聞いてほしいのじゃ」
「そうそう。私も殿下と付き合い長いから大抵の好みも分かるよ?」
「お姫様にとって大事な門出だ。良い物用意してやろうぜ」
――皆さんの手伝いや助言を参考に一つの髪飾りを作り上げた。
素材は豊穣の森の『薔薇水晶』。カチューシャ状の首飾りのサイドに一輪の薔薇が咲き誇る。
その『薔薇水晶』には、これでもかと言うくらい付与魔法を掛け最早神話級の防具になっていた。
ユグドラティエさんに言われて、一番大きな花弁二枚に白と赤の染色を施す。
これに何の意味があるのかは分からなかったが、他の女性陣はそれを見てウンウンと頷いた。
縁起の願掛けだろうか?
出来上がったカチューシャを『アイテムボックス』にしまい、分かれ当日がやってきた。
「――皆さん、見送りありがとうございますわ。これから三年間は新年でしかお会いできません。でも、会う毎に私の成長を見てほしいですの」
「シルフィー頑張ってくるのですよ。貴女ならきっと素晴らしい魔導士になれますわ」
「シルフィー、たとえお前が王族でも学園では一人の生徒。決して傲慢になってはならないよ。常に他の者達の模範となりなさい」
「「うぅう……シルフィー、辛くなったら何時でも兄達を頼ってくれよ……」」
家族から別れの言葉を受けるシルフィー。
シスコン兄二人は泣きながら言葉を掛けているが、当の本人はドン引きした様子で冷たい目線を向けていた。
王族から公爵家、偉い順に別れを済ましている。
今日ばっかりはセレスさんも大公爵家として参加し、それぞれの立場で別れを惜しむ。
なぜか俺と一緒に居るユグドラティエさんとエルミアさんは置いといて、遂に俺達の番だ。
「旦那様! お待たせしましたわ!」
「いえいえ、家名の順番ですから」
俺達がシルフィーの前に参上すると、彼女は嬉しそうな声を上げた。
他の貴族達と比べると、見送りはたったの四人。
俺、ユグドラティエさん、エルミアさん、そしてツクヨミ。
しかし、顔ぶれが顔ぶれだけに誰よりも存在感を放っている。
その中でシルフィーは、一人一人に声を掛けた。
「ユグドラティエ様……」
「シルフィー頑張ってくるのじゃぞ。お主は坊やと出会って大きく運命が変わった。ヒルリアンの名に懸けてお主の行く末を見届けるのじゃ」
ユグドラティエさんは、シルフィーの頬を撫でる。
彼女もそれに甘えるように頬を寄せ、しっかりと抱きついた。
「エルミアも、この歳まで近衛兵ありがとうございましたわ。貴女と旦那様がいなかったら、私は死んでいたでしょう。私が成人して帰ってきたら、また近衛兵をして頂けますか?」
「勿論です。私の剣は殿下と共に……うわ~ん、やっぱり殿下行かないで~」
「あらあら? エルミアは私の為にいつも気丈に振る舞ってくれましたわ。だ、だから……元気でいてね、私の姉上……グスッ……」
シルフィーにとって親の次に心を許せたのは、エルミアさんなのだろうな。
お互い強く抱き合いながら泣いている。種族は違えど、彼女達は間違いなく家族だ。
「旦那様……行ってきますわ」
「えぇ、いってらっしゃいシルフィー。毎年会えるのを楽しみにしてますよ」
涙を拭ったシルフィーは、俺とツクヨミに声を掛ける。
もう目は真っ赤だが、泣いてる場合ではない。
一秒でも惜しい彼女は、ある物を取り出した。
「旦那様、これを受け取ってほしいですわ。これは、お母様から10歳の誕生日に頂いた首飾りですの」
「こんな高価な物……良いのですか? お互いの大切な物を贈り合う文化は知っていますが、これはシルフィーにとって掛け替えのない物では?」
「だからこそ、旦那様に持っておいてほしいのですわ。この首飾りが、私たちを必ず再会させてくれますの」
「分かりました。大切にお預かりしますね。僕からもこれを受け取ってもらえますか?」
そして、俺も先日作り出した『薔薇水晶』のカチューシャを取り出した。
目敏い貴族達は気付いたようで、ザワザワと騒ぎ始めた。
「これは……髪飾りですの?」
「はい、そうです。『薔薇水晶』と言う素材で作った、シルフィー専用の髪飾りです。そのヘッドドレスもお似合いですが、これからは淑女として大人っぽい意匠にしてみました。それには強力な付与魔法も施しているのでシルフィー以外触れませんし、忘れたとしても手元に戻ってきますよ?」
「まぁ!? 私が旦那様からの贈り物を忘れるとでも? 花弁の白と赤の色付け……ふふっ、旦那様付けて頂けますか?」
そう言ったシルフィーは、ヘッドドレスを取り外し俺の前で俯いた。
ヘッドドレスから解放された髪は予想以上に長く、母親譲りの亜麻色の髪が踊るように散らばる。
キラキラと日光に輝き、甘いトリートメントの香りが辺りを包んだ。
その御髪にそっとカチューシャを乗せる。
彼女の左耳上に一輪の薔薇。艶めいた髪は風になびき、幼い王女はもういない。
凛とした一人の女性が、そこに佇んでいた。
「よくお似合いですよ、シルフィー」
「ありがとうございますわ、旦那様。一生大切にしますの」
「殿下、そろそろお時間です……」
出発の時間が迫っているようだ。
従者から声を掛けられ、別れの時間がやってきた。
「最後に旦那様!」
「はい、何でしょう?」
「それですわ! もうその他人行儀な言葉遣いは必要ありませんの。どうぞ、ツクヨミと話すように言葉を崩してくださいな」
「分かりました……ううん、分かったよシルフィー。学園でも元気でね!」
「ええ!! 行ってきますわ、旦那様!」
弾けるような笑顔を見せたシルフィーは、大勢の人に見送られ馬車に乗り込む。
周りには最高レベルの護衛。その馬車が見えなくなるまで、俺達は見送った。
「――行ったか。それにしても、シルフィーの新しい髪飾り姿は見違えたのじゃ」
「ですね。学園時代のマルゴー様とそっくりでした」
「まぁ、あの髪飾りを付けてる限り悪い虫は寄ってこないだろ?」
見送りの会も終わり、セレスさんも俺達と合流。
シルフィーのカチューシャについて話し合っている。
彼女も白と赤の染色に上機嫌だったが、何の意味があるのだろう?
三人に聞いてみた。
「あの、結局花弁の白と赤の色付けってどういった意味があったのでしょう?」
「ん~、何じゃ坊や知らなかったのか? あれは、男から女に対する確固たる意思表示じゃよ。『この女は俺のもの。手を出すなら決闘も辞さぬ』と言う意味じゃ」
「お師匠様! それは違います。あれは、男と女の永遠の愛の証。『私には純潔を捧げる相手がいます。手籠めにするなら自死もいとわぬ』と言う意味です!」
「違う違う。あれは、男から求婚の申し込みだぞ? 『純白の花嫁衣装を用意する為、血の滲む努力をしよう。だからその時まで待ってほしい』と言う意味だ」
三者三様の解釈はあるようだが、概ねプロポーズの暗示と言うわけだ。
つまり、俺は大勢の前で公開プロポーズをしたと……
「ユグドラティエさん……てか、三人とも分かっててやらせましたね……?」
「「「はて? 何のことやら?」」」
三人は素知らぬ顔ですっ呆ける。しかし、不貞腐れた俺の顔をからかうように見つめていた――




