四人の食卓、輝く貌のセレスティア
――シルフィーとの魔法訓練と称したお茶会が終わり屋敷に帰る。
日も沈み、俺達は夕食の時間だ。数日前からセレスさんも加わり、四人の食卓が待っていた。
「――それにしても、シルフィーが実戦魔法学を学びたいとはのぅ? 坊やとの出会いがよっぽどの刺激になったみたいじゃな」
「はい。シルフィーには明確な目標があって、思わず気圧されました……」
「私も今日初めて殿下の目標を聞きましたが、本当にご立派になられました」
「アタシは良いと思うぜ。お姫様があーなっちゃ、自分で自分を守る力が必要だ。いつまでもエルミアに子守りさせるわけにはいかないだろ」
「俺も良いと思うぜ。坊主の正妻になるんだろ? 少なくとも俺達ぐらい強くないと話にならないだろ。あ! セレスティア、すまんワイン取ってくれよ」
「オメェは、何当たり前のように混じってんだよ! メイドの仕事しろよ、ったく……ほらよ」
今日あったことを皆さんに報告する。
セレスさんからツッコミを受けるガーネットさんはともかく、大方シルフィーの意見に肯定的だ。
「シルフィーまで完璧に上位精霊を使いこなして、実戦魔法を使えるようになったら……この屋敷の戦力って桁違いじゃないですか?」
「坊や、何を今更言っておるのじゃ?」
「うん、セイジュ君気付くの遅い」
「桁違いじゃなくて、世界中が喧嘩売ってきても勝てると思うぞ?」
「とりあ、あーしが居る限り大丈夫だろ思うし。てか、ユグドラティエが居る時点で異常だし。マジウケる」
料理を運んできたツクヨミまで、この屋敷の異常性を説明した。
「ユグドラティエさん。ツクヨミもあぁ言ってますが、上位精霊ってそこまで強いのですか?」
「そうじゃのぅ? セレスとガーネット、マーガレットの冒険者パーティーでやっと戦える感じかのぅ? それにエルミアが加勢して互角。運が良ければ勝てると思うのじゃ」
上位精霊がそこまで強いとは思ってもいなかった。
人類の到達点に近い三人でやっと戦えるレベル。
エルミアさんが加わって互角。
ん? ってことは、エルミアさんも三人が束になって掛からないほど強いと?
ユグドラティエさんに振り回される、残念な人イメージが強すぎて実感が湧かない……
「ちょっと、セイジュ君? 今凄い失礼なこと考えてるでしょ!」
「い、いえ……」
「まぁ、こればっかりは人とエルフの寿命の差だよ。アタシ達の20年ちょいと、エルフ数百年の鍛錬じゃ差が出て当たり前さ」
「いやいやいや、20年ちょいでエルミアさんに追いつける皆さんの才能って凄すぎですよ?」
『星』に上位精霊、最強のエルフに人類の到達点……
ここは正に王国の火薬庫。決して間違った方向に使わないようにしないとな……
「そう言えば、坊やもエルミアもシルフィーが学園に通うようになったらどうするのじゃ? 多少は暇になるんじゃろ?」
「そうですねー。貴族街の化粧品屋が安定したら、色々他の国に行ってみたいです。ロンディアに行った時は、いい刺激になったので。」
「私は騎士団を鍛え直そうと思います。あの子達最近ちょっとダレてきてるから、叩き甲斐がありそう。良かったら、セイジュ君も来ない? 一緒に弛んだ騎士を叩き直そうよ! ふんすッ!!」
エルミアさんは拳を握りしめ、鼻息荒く頷く。
その姿を見たユグドラティエさんは、ため息をついた。
「は~。エルミア……お主、折角シルフィーが王国から離れるのじゃぞ? 仕事ばっかりしてどうする? 今の内に坊やとの距離を縮めておくのじゃぞ? 何だったら、ムフフフ……」
「ちょーっと、お師匠様! 変なこと言うの止めてください。もう!!」
「何じゃ? 変なことか? じゃあセレス~、エルミアは何もする気がないみたいじゃから、お主が独占すれば良いのじゃ。良かったのぅ?」
「ば! ばっか! ユーグ何言ってんだオメェ……まぁ、セイジュもA級に上がったことだし? 今後も一緒に依頼を受けるのも良いかもな」
「ちょっとセレス? セイジュ君は私と騎士団の鍛え直しに行くんだけど?」
「は? 今さっき『変なこと』って言ってじゃねぇか?」
俺を挟んで二人は鋭い視線を送り合い、目に見える魔素がバチバチと雷撃を上げる。
お願い、俺の屋敷を頂上決戦の会場にしないで……
「あ、あの……二人とも落ち着いて……?」
「セイジュ君は、私と騎士団に行くよね?」
「おい、セイジュ。オマエに紹介したい特級依頼があるから行くぞ?」
「いえ……あの……」
ゴゴゴっと、聞こえてきそうなほどの威圧感に板挟み。
助けを求めてユグドラティエさんやガーネットさんに目線を送るも、二人は顔を伏せながら笑いを堪え肩を震わせていた。
「じ! 時間はたっぷりありますから! お付き合いしますので何時でも声掛けてください!」
「ププッ、プハッハッハッハ! いや~、良い物が見れたのじゃ。さて、ご馳走様。坊や~、一緒に風呂に行くのじゃ~」
「「いや! それが一番ねぇから!! 「ないですから!!」」
二人は立ち上がって抗議する。
勿論冗談だろうが、からかう側の二人は我慢できず腹を抱えて笑い始めた。
「いや~、存分に笑わせて貰ったのじゃ。まぁ、冗談はこれぐらいにしといてじゃ? 坊や、他の国に行くのは成人してからの方が良いのぅ」
「え? そうなのですか?」
「だな。ロンディアに行った時は、アタシやリッジビュー商会が居た。だから、すんなり入国できたのさ。本来ならもっと厳しく審査される。A級冒険者でも成人前なら、余計怪しまれると思うぞ」
「特にヴェイロンやマルドリッドは厳しいじゃろうな。我の渡した書簡があればすんなり入れるじゃろうが、それはそれで面倒事に巻き込まれそうじゃて」
思った以上にこの世界の入国管理は厳しいらしい。
確かに、初めて王都に来た時は思いっきり怪しまれたし、ユグドラティエさんの書簡を見せたら大騒ぎになったな。
「初めて王都に来た時、市壁の兵長さんに凄い怪しまれました。親は居ないかとか、ギルドカードはないのかとか、最終的にユグドラティエさんの書簡を見せて入れましたが……」
「じゃろ? 成人前の子供の入国は親が居て当たり前じゃ。悪いことは言わん。もう一年は大人しくしておくのじゃ」
「分かりました」
こればっかりは仕方ないか。
遠出したかったら、セレスさんの特級依頼を手伝おう。
当面は化粧品屋に注力と、貴族としての地盤を固めるかな。
「とりあえず、貴族街の化粧品屋に力を入れようと思います。ボルニーさんやネゴシアンさんにも来てもらったわけですし。何しろマルゴー様発案ですから、失敗は許されません」
「じゃな。焦らんで良いのじゃ。目の前のことからやっていけば良い。それにしても、化粧品屋か……エルミア、ちょっと……」
「はい? お師匠様」
ユグドラティエさんはエルミアさんを近くに呼んで、何やら耳打ちをしている。
話を聞いたエルミアさんは、セレスさんの方をチラッと見た後ニッコリ笑った。
「「セレス~?」」
「うおっ! 何だよ急に二人とも?」
二人はセレスさんの両隣に移動して、彼女の腕を掴んだ。
突然の展開にセレスさんは、びっくりしながら二人の顔を見上げる。
「セレス、ツクヨミにお化粧してもらお? はーい、セイジュ君は後ろ向いててよー。合図するまでこっち向いちゃ絶対ダメだからね。ツクヨミお願いします!」
「りょ!! 盛って盛って、盛っちゃうし。わっしょーい」
「え? ちょ!? 待てって! アタシが化粧したって変なだけだから!」
羽交い締めされた彼女は、否応なしにツクヨミから化粧を施される。
時折、嫌がる声を出しながらも大人しく受けているようだ。
後ろを向いて待つこと数十分。エルミアさんから、声が掛かった。
「セイジュ君、良いよー。こっち向いて」
「おぉ――ッ!!」
照れくさそうにしているセレスさん――彼女の燃えるような赤髪を活かすメイク。
アイホール全体と下瞼にボルドー系色のアイシャドーが馴染み、ラメを乗せることで紫菖蒲の瞳を更に印象的にした。
アイラインは、ブラウンを使うことで目元から険が消え優しい眼差し。
ピーチベージュのチークは上品な血色感を与え、活動的な彼女を落ち着いた大人の女性に変える。
自然な色合いのリップを塗った唇は、美においても人類の到達点に近づいていた。
「あんまジロジロ見んなよ……」
「セレス可愛い〜」
「うむ。だいぶ印象が変わったのぅ」
髪も毛先を少し巻いている。そのゆるふわなフェミニンさは、俺の好みを真正面から貫いていた。
どこか浮世離れしたエルフの美しさより、地に足のついた人間的美しさが俺の目を捉えて離さない。
「ほら! セイジュ君も言うことあるでしょ?」
「え? あ! はい……とても美しいです……」
「あちゃ~。坊やは、肝心な時に気の利いた台詞が言えんのじゃ」
ユグドラティエさんは顔に手を当てて呆れかえっているが、いやマジ言葉を忘れるぐらい可愛いんだって!
「あぁ! もう良いだろ? ツクヨミ、タオルくれよ」
「え~、良いじゃん、セレス。お風呂入るまで、そのままでいようよ」
「セレスティア。お前、今本当に綺麗だからそのままでいろ。お姉ちゃんにも見せてやりたいぞ?」
恥ずかしがるセレスさんは、早く化粧を落としたいらしくツクヨミにタオルを強請る。
しかし、外野がそれを良しとしない。
「ダメだし、セレスたん。あーしセイジュと記憶領域共有してるんだけど……ちなセイジュ、今どちゃくそきゅんしてセレスたんから目が離せないぽいし」
「んなこと、聞いてねぇよ……バカ」
――ツクヨミに耳元でそっと囁かれたセレスティア。
紅潮する頬を隠すように、前髪を直す。
指の隙間から彼の顔を覗くと、確かに熱のこもった瞳がこちらに向いていた。
その視線の意味は、恋愛経験の疎いセレスティアには分からない。
しかし、セイジュが王都に来てからのこと、一緒に過ごした日々や手の温もり、その全てが彼女の胸の奥に滾る想いを再認識するには充分であった。




