シルフィードと学園①、ツクヨミの想い
――ネゴシアン商会、ラスコンブさんとの商談が終わって数週間。
卸す化粧品の作成、冒険者としての日々を過ごしていると年の瀬が近づいていた。
かと言って、王国は年中温かく季節感はない。雪が降ることもなく、『いつの間にか年を超えていた』がここ二年の感想だ。
しかし、三年目の年越しはそうもいかない。そう、シルフィーが13歳になる。即ち、学園に通う歳だ。
「――シルフィー、年が明ければとうとう学園に通う歳ですね?」
「そうですわね、旦那様。離れ離れになるのは寂しいですが、私頑張りますわ!」
今も続いているシルフィーへの魔法訓練。
上位精霊を宿した彼女には最早必要ない。どちらかと言えば、訓練と称したお茶会だ。
エルミアさんが見守る中、いつもの庭園で近況報告をしつつ親睦を深めている。
ツクヨミとシルフェリアは俺達から離れ、薔薇園の近くで座っている。
やっぱり、精霊だけあって自然の近くの方が落ち着くのかな?
「え? 学園って王都にあるのではないですか? あれ? でも、そう言った感じの建物は見たことないな……」
「ふふ、王都ではありませんわ。サヴォワ湖沿岸の街、アヌシーにありますの」
「アヌシーですか?」
「ええ! サヴォワ湖は、王国一綺麗な湖と言われてまして風光明媚な所ですの。多くの貴族が別荘を持っていて、余暇を過ごすことも多いですわ。その街の一区画に学園がありますの」
へー、湖畔の街か。聞いた感じリゾート地かな。
それにしても、別荘か……一度見に行って、気に入ったら俺も建てようかな?
「じゃあ、王都から遠いのですか?」
「馬車で三日ぐらいでしょうか? 貴族も良く行きますし、学園もあるので治安はとても良いですわ。学園には学生専用の寮があって、そこで三年間を過ごしますの」
「そうなのですか。では、殆ど王都には帰ってこれなさそうな感じですね?」
「そうですわね。新年の余暇のみ帰郷が許されておりますの……私は王女ですから、緊急事態や式典の時は特別許されるかもしれませんわ」
全寮制の中学校って感じか……正月のみ実家に帰れると。
中学生から親元を離れるのは、結構厳しいんじゃないか?
「シルフィーの年齢で親元から離れるのは、結構厳しい環境ですね。やっぱり、貴族しか通えないのですか?」
「いいえ。入学金さえ払えれば誰でも通えますわ。貴族も平民も分け隔てなく教育が受けられますの。
最初の一年は全員同じ科目ですが、二年目以降は希望に沿った教育を専攻できますのよ?」
「へぇ、思ってた以上に専門的ですね。どの分野を専攻するおつもりなのですか?」
「以前までは王族として帝王学かな? っと漠然と考えていましたが、今は魔法学を専攻するつもりですわ。それも、実戦魔法学を……」
実戦? それって、つまりは魔法を使った戦い方。
シルフィーは、冒険者にでもなりたいのか?
「シルフィー……貴女はその魔法を戦いに使いたいのですか……?」
「違いますわ! 旦那様。私はこの国の王族なのです。国が争いに巻き込まれたら、王族として、初代国王陛下アマツ様の力の一片に覚醒した者として、民を守る義務がありますの! 私は民を守る為に、この力を使いますわ。
それに、この力は旦那様が導いてくれた物。私は貴方の後ろで守られる存在ではなく、対等で隣に立つ伴侶になりたのですわ!」
決意みなぎるヘーゼルの瞳が俺を見据える。
強い――この世界の女性は強い人ばかりだ。年下のわがまま王女様とばかり考えていたシルフィーが、自分で考え選択している。
その目は誰よりも気高く輝いていた。
「シルフィー、申し訳ありません。僕は、どこかで貴女を甘く見ていたのかもしれません。貴女は強い。僕の方こそ、貴女の横に立てるよう努力していきます。
もし、この国に害意が迫った時は全力でお手伝いすることを誓います」
「ええ! 私達二人がいれば、何だって乗り越えられますわ。でも先ずは、三年間みっちり勉強をして旦那様をびっくりさせてみますわ。魔導士としても、女性としてもですの!」
「そうですね、楽しみしてます。人生で最も大切な三年間です。同じ学園に通う者同士、切磋琢磨できれば良いですね。それに、シルフィーにとって一生の友ができれば言うことなしです」
「旦那様……ありがとうございますわ。まるで体験したことあるような言い方ですわね、ふふ。
それはそうとして、旦那様!!」
「はい!?」
学園に想いを馳せる彼女は柔らかい笑みを浮かべていたが、急に声を上げた。
「ユグドラティエ様、エルミア、セレスティアとは何があっても許しますの! いずれ同じ屋敷に住むのですから!
でも、片手以上側室が増えることは許しませんわ。はっきり言って、旦那様はおモテになるのですから――!!」
「うっ!? はは……善処します……」
「あーん! そこは、約束するのが紳士ですわよ! ほら、エルミアも何か言ってくださいまし!」
「え!? 私は? その……セイジュ君ですから……」
筆頭近衛兵のエルミアさん。今まで空気に徹していたが、突然の振りに顔を赤くしてしどろもどろだ。
どんどん不機嫌になっていくシルフィーを落ち着かせる為に、新作のスィーツでも出すか……
――楽しげな会話が聞こえる一方。上位精霊の美姫二人は、薔薇に囲まれてまったりしていた。
ツクヨミは、座ったシルフェリアの太ももに顎を乗せ芝生に寝転んでいる。
太陽光が彼女のブロンドベージュとシルフェリアのイヤーカフをキラキラと輝かせ、二人の乙女達をこの上ないものにしていた。
宮廷画家なら誰しもが、その空間を切り取って絵画にしたいだろう。
しかし、相手は上位精霊。異様なまでに濃い魔素は空間を歪め、弱い者の視線など通すはずがなかった。
「ねぇ……風の?」
「ん? 何だ闇の」
「……いや、何でもないし……」
ツクヨミは何かを言いかけたが、口を閉じる。
指を髪に遊ばせクルクルと巻きながら、落ち着かない様子だ。
「ねぇ……風の? う〜」
「何だ? さっきから気持ち悪い。言いたいことを、ハッキリ言うのがお前の持ち味だろ?」
「キモいとか言うなし! う〜ん。あんね――」
遂に観念したかのか、足をパタパタさせながら話し始めた。
「あーしら『六花』って、ティルタニア様の六つの激情をそれぞれ影響受けてんじゃん? でさ? この間、セイジュ初めて人間殺したんだけど、明らかにあーしの『憤怒』に呑まれちゃったわけ。
セイジュはそれを精神的未熟さと思い込んでて、若干トラウマになってり。あーしのせいで、セイジュに迷惑掛けてガチサゲぽよ……」
「お前は、そんなことを気にしてるのか? ティルタニア様も言ってただろ? アレは人の領域を超えている。お前のことを迷惑だなんて考えてないさ」
「あーしのセイジュをアレ呼ばわりするなし……」
シルフェリアの言う通り、セイジュはツクヨミのことを全く悪いと思っていない。
それは共有している記憶領域で彼女も分かっている。
しかし、ツクヨミに対するセイジュの想いが感謝や友愛に傾くほど、もっと役に立ちたい、もっと一緒にいたいと想いが溢れるのだった。
「私達精霊は契約者に依存しがちになる。それは、ティルタニア様だって一緒だった。特にお前はセイジュの記憶領域を共有しているから、更に影響を受けやすい。
本当に変わった奴だ。記憶の共有など、己の全てをさらけ出すのと同じ。何だ? 愛されてるじゃないかお前?」
「あ! 愛――ッ!! 確かにセイジュはあーしに好感を持ってるし、古い記憶にはあーしみたいな『ぎゃる?』に興味はあったみたいだし。
それに、あーしならセイジュのどんな劣情でも受け止めてあげれるし、叶えてあげることもできる……こんなんもう……きゅんしてぴえんこえてぱおんだし……」
「おい、情欲の公開処刑は止めて差し上げろ……ぷぷっ、今のお前はまるで恋する乙女ではないか? その赤くなった顔をもっとよく見せてみろ」
からかいがちにシルフェリアは、ツクヨミの顔をのぞき込む。
「やーよ! そう言う風のだって、気を付けるし。あんたは『嫉妬』の激情。セイジュはモテきゅんだから、シルフィードたんが呑み込まれないようにマジ注意しろし」
「あぁ、そうだな。幸いまだシルフィードは幼い。これが、三年後にどう転ぶかは私にも分からん。私達は記憶領域を共有してないから、私からシルフィードに流れ込むことはない。だが、お前の忠告は受け取っておこう」
人一人一人に物語があるように、精霊一体一体にも物語がある。
この乙女二人の物語がどう転ぶかは、まだ誰も知らない。
唯確かなことは、セイジュの嫁候補がまた一人増えたと言うことだ。
シルフィードの『嫉妬』の行方は如何に――




