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宴会、オーヴォ家の福利厚生

 ――依頼を達成し屋敷に帰ってきた。

 ユグドラティエさんの母性を感じつつ、相変わらずの暴走に巻き込まれたセレスさん。

 喧騒(けんそう)に耳を傾けていると、シルフィーまで公務を投げ出して会いに来る始末。



「――う〜ん。良いではないですの? セレスティア。 旦那様は、とてもお優しい方ですわ?」


 潰れた扉。

 笑うユグドラティエさんと、真っ赤なセレスさん。

 したり顔のガーネットさん。

 セギュールさんと俺の顔を見て、察したようにシルフィーは答えた。


「な――ッ!!」

「良かったのぅ、セレス。正妻からのお墨付きじゃ。ここでも、仲良くするのじゃ〜」

「セレス、もう(あきら)めよ? 私も最初は困惑したよ?」


 シルフィーの発言が決定的だった。

 王族にして正妻候補、その当人がセレスさんの居住(きょじゅう)を認めたのである。

 例え大公爵家でも、その決定は(くつがえ)せない。


「……だぁああ!! もう分かったよ! でも、当主の仕事は少なからずあるから、居ても夜だけだからな!」

「やったな、セレスティア。俺もセギュールの旦那に頼んで、ここと掛け持ちすることになったから。こっちでもしっかり支えてやるぞ。プププッ」

「オメェは笑い過ぎだっつーの」


 強引な形だが、セレスさんもウチに住むことになった。

『三華扇』に第一王女を独り占め……王国中の男達に恨まれそうだな……



「さて坊や、ロンディアで買った食材で何か作ってくれるんじゃろ?」

「ダメですわ、ユグドラティエ様。旦那様と二週間近く離れ離れでしたの。ここは、正妻の私に譲るところですわよ?」

「ダメじゃ。坊やは帰って来た途端(とたん)、我に飯の話をしてきたのじゃぞ? さぁ坊や食堂に行くのじゃ」

「許しませんわ。さぁ旦那様、庭でお茶でも飲みながらゆっくりお話しを聞かせてくださいな」


 両腕に手を回され、お互い逆方向に引っ張られる。

 引きちぎれんばかりになった頃、セギュールさんから折衷案(せっちゅうあん)が出された。

 折角(せっかく)皆んなが集まったのだからパーティー。

 新作の料理やスィーツを披露(ひろう)することになった。

 広い庭にテーブルを出して、ツクヨミと一緒に次々と料理を作る。



「美味いのじゃぁあ!! これが本当の米料理か? 我が知ってる米料理と言えば味が無い物のじゃったが、これは辛くて美味いのじゃ。坊や、おかわり!」


 ユグドラティエさんが食べているのは、辛口に仕上げたジャンバラヤだ。

 野菜と肉をたっぷり使い、唐辛子増し増しで出した。



「エルミアさんには、これをどうぞ」

「セイジュ君、これって玉子焼きだよね?」

「いえいえ、スプーンを入れてみてください」


 彼女は不思議そうにスプーンを入れる。

 すると、その中身にはケチャップで味付けされたチキンライスが敷き詰められていた。


「凄い! 美味しい!! 玉子焼もトロトロで美味し過ぎる。ありがとう、セイジュ君」

「――ガーネット、なにオマエまで食ってんだよ!? メイドなんだから、後ろに控えてろ!」

「うっせぇ! こんな美味そうな料理出されたら、我慢なんかできるか!」


 セレスさんとガーネットさんは、魚介たっぷりのパエリアやリゾットを奪い合いながら食べている。

 セレスさんはロンディアで食べたはずだが、魚介類好きなのかな? 覚えておこう。


「はわわわ。なんて美味しさですの。食べたことない果物ですけど、本当に美味しいですわ」


 バナナやマンゴー、パイナップルなどが色とりどりに輝くクレープとパフェを食べるシルフィー。

 俺を独占できなかったことに少し不機嫌だったが、食べた瞬間満面の笑みになっていた。



 そのまま宴会は日が沈むまで続き、解散する頃にはすっかり暗くなっていた。

 エルミアさんはシルフィーを王宮まで送り、ユグドラティエさんは満足そうにワインを飲んでいる。

 セレスさんとガーネットさんは、新しい寝室の整理をしたいらくしく早々と引き上げた。


 俺も溜まっている仕事があると思い、セギュールさんの待つ執務室(しつむしつ)に向かう。

 庭から室内に戻り、廊下を歩く俺に後ろから声が掛かった。


「お兄ーっさん」


 聞き覚えのある声に振り向こうとする前に、腕が絡みつく。ぽよんぽよん。


「あれ? 貴女は宿屋でお世話になった!」

「そうだよお兄……いえ、セイジュ様。やっと、会えたよ~」

「本当にウチのメイドになったのですね?」


 振り返った腕元にいたのは、宿でお世話になった女中さんだ。

 初めて王都に来た時、宿を紹介してくれて友人のような関係だった。

 確かに、宿を出る時メイドとして雇ってくれとは言っていたが、まさか現実になるとは……


「でも、良かったのですか? 宿を辞めてまでウチで働くなんて」

「良かったも何も、最高だよ~。三食(まかな)い付で、お風呂まで自由に使って良いなんてあり得ないよ。それに三階に住み込みだし、給金だって今までよりずっと良い! 何より数日に一回は、丸一日休みが貰えるなんて意味分かんないくらいだよ~」


 彼女はウチの福利厚生に驚いている。

 それもそのはず、この屋敷の労働条件はあまりに異質過ぎる。

 住み込み可能で三食賄い付き。

 風呂の使用も許可され、石鹸やシャンプーも使いたい放題。

 それでいて給金が多く、休みも有れば破格だろう。


「最初この屋敷に訪問した時はさ、セイジュ様長期留守だって言われて絶望したんだよ。でも、ヒルリアン様が助けてくれて、雇ってもらえたのさ。ヒルリアン様ありがたや~」

「え? ユグドラティエさんが? 面識(めんしき)ありましたっけ?」

「いや、分かんない。でも、セイジュ様と私は友人で間違いないってセギュールさんに言ってくれたの」

成程(なるほど)……」

「だから、ありがとうございますセイジュ様」


 (まと)わり着く彼女からは、(ほの)かなシャンプーの匂い。

 清潔にしていてくれている。

 破格な面ばかり強調されているが、それ相応に厳しい部分もある。

 先ず、使用人全員には常に清潔でいるように強制している。

 風呂に毎日入るのは勿論、爪の長さや髪型など清潔感を大前提とした。


 使用人用の服もセギュールさんに頼んで最高級の物を用意し、金銀糸で当家の紋章を刺繍(ししゅう)している。

 毎日洗濯を欠かさずさせて、使用人としてのプライドを持たせた。


 また、使用人(かん)のトラブルをご法度(はっと)とし、何かあったら直ぐに俺かセギュールさんに相談するよう徹底している。


 これによって使用人間のトラブルはなくなり、スムーズに仕事が進んだ。

 誰だって好条件の仕事を手放したくないだろう。

 馬鹿やってクビになるより、おとなしく仕事をしている方がましだ。


 最後の砦が、家宰のセギュールさんとメイド長のツクヨミ。

 ブリオン前国王陛下の元専属執事だけあって、セギュールさんの指導はとても厳しい。

 しかし、理不尽な指導はなく理路整然(りろせいぜん)としていて熟練(じゅくれん)の極みだ。

 ツクヨミも分け隔てない陽キャらしさがあるが、『精霊王』ティルタニア様の配下だけあって時折みせる厳しさはメイド達を震え上がらせた。


 そんな盤石(ばんじゃく)の体制もあって、いまやウチの屋敷は王宮やドゥーヴェルニ家に次ぐほど求人倍率が高いらしい。

 オーヴォ家で働ける、それが一種のステータスなのだと。


「それでね? セイジュ様……」

「はい、何でしょう?」

「セイジュ様だったら……何時でも寝室に呼んで良いから…ね……?」

「はい?」

「セ~ニ~エ~!!」


 腕に絡みつく力を更に強くし、耳元で(ささや)く彼女は到頭(とうとう)先輩メイドに見つかってしまった。

 首根っこを掴まれ無理矢理()がされる。


「セニエ! さっきから見えないと思ってたら、こんなところに居たのかい? それに、抜け駆けしてんじゃないよ、全く! さっさと持ち場に戻んな」

「あ~ん、失敗失敗。セイジュ様、改めてよろしくね。そう言えば、名前教えてなかったよね? 私はセニエ! ま~たね~」

「早くお行き!! セイジュ様、申し訳ございません。後できつく言っておきますので」

「ハハッ! いえいえ、彼女とは付き合い長いですから」




 無邪気な台風と別れて、やっと俺は執務室に着いた。


「これ……全部僕宛ですか……?」

「左様でございます。セイジュ様は、今や時の人。あまりに無礼な書簡は叩き返しておきましたが、誠意ある手紙には誠意で返すの道理かと」


 執務室で待っていたのは、文字通り地獄であった。

 数多くの貴族からの招待状や嘆願書(たんがんしょ)

 これでも、かなり減らしてくれたみたいだが、机の上には数多(あまた)の手紙が積まれている。


「やっぱり、返事は早い方が良いですかね?」

「早いに越したことはございませんね。特に爵位が上の方々に関しては、急いだ方が宜しいかと。私も手伝いますので、優先順位をつけて処理致しましょう」


 セギュールさんに手伝って貰いながら、返事を書く。

 中身はどれもこれも似たような内容ばかり。

 やれお土産のおかわりだの、やれ料理を作れだの、果てはユグドラティエさんを紹介しろだの、呆れかえってしまう。

 貴族ってこんなに(ごう)突く張りなのか?


 やんわりとお断りの返事を書きながら、セギュールさんにロンディアであったことを報告した。


「そう言えば、貴族街の化粧品屋の件ですが、ロンディアのリッジビュー商会から一人従業員を紹介されました」

「ほうほう。リッジビュー商会と言えば、ロンディアでも大店(おおだな)。王宮ともご縁がある、由緒正しき商会ですございます」

「はい、確か名前はボルニーさんと言って……」


 彼の名前を聞いたセギュールさんは、ペンをピタリと止めた。


「セイジュ様、今なんと?」

「はい。ボルニーさんと言う、ディグビーさんの次男です。ハキハキとしてて、とても好青年でしたよ?」

「いやはや、セイジュ様のご縁は素晴らしい物だと存じておりましたが、まさかボルニー様まで引き入れるとは……」

「凄い方なのですか?」

「ディグビー様の腹心とも言われているお方です。商才は勿論、類稀(たぐいまれ)なる人心掌握(じんしんしょうあく)術をお持ちだとか。これで化粧品屋の成功は、間違いないかと。丁度、六日後に王宮から化粧品屋に関しての使者が来る予定となっております。是非、同席させるのが宜しいでしょう」


 ボルニーさん、そんな凄い方だったのか……

 ディグビーさんも自分の懐刀(ふところがたな)を差し出すとは、余程ウチに期待しているらしいな。

 彼の成功の為にも、頑張らないとな!


 そして、六日後。

 ボルニーさんを交えて、コスメショップ構想会議が始まった――

文章構成を一文毎に改行するようにしてみました。読みやすくなりましたか?(全話修正済み)

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