ロンディア、晩餐と驚嘆
――セレスさんとロンディアの市場を回った。
俺は『アイテムボックス』にない食材を買い漁り、念願の米まで手に入れる。
上機嫌な一日に夕日が迫った頃、ゴンドラの男から声が掛かった。
「――ディグビーさんが、晩餐に招待ですか?」
「そうでございます。今回の依頼も誰一人欠けることなく帰ってきたので、是非にと……」
「セイジュ、良いんじゃないか? 丁度キリも良かったし、飯食って宿に戻るだけだったろ」
「じゃあ、ご馳走になりますか」
彼のゴンドラに乗り込み、リッジビュー商会を目指す。
今度は俺が先に乗り込み、セレスさんをしっかりエスコートした。
夕日に映えるオレンジ色の水路。
その中を進むゴンドラは、商会特製の物らしく豪華な作りだった。
そのまま商会を通り抜け、少し行った先にディグビーさんの屋敷が見える。
貴族の屋敷とは言えないにしても、市井で見たどの屋敷より大きく彼の財力を物語っていた。
その屋敷の前で、彼は使用人と一緒に今か今かと待ちわびていた。
「お招き頂きありがとうございます、ディグビーさん」
「まぁ、オマエの魂胆は分かってるけど来てやったぜ」
「いや〜、セレス殿にセイジュ殿お待ちしておりました。突然のお誘いにもかかわらず、ありがとうございます。ささ、どうぞこちらに」
彼と使用人に案内され、豪華な食堂に通される。
テーブルの上には豪勢な食事。
立ち並ぶ酒瓶や磨かれた食器は、贅の限りを尽くしていた。
「して、お二人は今日どちらを回られてたのですか?」
「はい、海岸沿いの市場を中心に見て回っていっぱい買っちゃいました」
「本当、コイツ買い過ぎだってくらい買ってたぜ。海産物に果物に薬草、今日どんだけ使ったんだよ?」
「ハハッ! この国は、お金を持っている人ほど魅力的に見えますからな。しかしセイジュ殿、そんなに買って食堂でも開くおつもりで?」
「いいえ。全部自分用と言いますか、屋敷用ですね。僕の料理を楽しみにしている方も多いので」
「そそ! 冒険者としては勿論、料理人としてもA級なんだよセイジュは」
和やかな雰囲気で食事は進み、セレスさんも楽しそうだ。
「それに、やっとお米を手に入れたのです! これで念願の米料理が食べられます!」
「そう言えば、米ってやつを買い占めてたよな? その米料理って美味いのか?」
「美食家の私としても興味がありますな」
「「じ〜」」
未知の料理に二人は興味津々だ。
もの言いたげな目が俺を見つめる。
「……良かったら、一品作りましょうか?」
「いや、でも客人に料理を作らせるのは家主としてどうかと……」
「だったら大丈夫ですよ。僕じゃなくて、メイドのツクヨミが作りますから。お願いできる? ツクヨミ」
「ちゃおっす〜。台所借りれば余裕だし! いぇいいぇい」
俺の影から飛び出すツクヨミ。
民族衣装からメイド服に着替えた彼女は、今日もハイテンションだ。
先日の苛烈な責めを忘れさせるほど、無邪気にピースポーズを決めている。
「ツ! ツ! ツクヨミ殿!! す、少しだけよろしいでしょうか!!??」
「うわ! 何だし? 何だし? ディグビーのオッサン」
ツクヨミのメイド姿を見たディグビーさんは、興奮して彼女に近寄った。
「こ! こ! このメイド服の素材は『シルクスパイダー』では? 刺繍の糸も金銀糸だと! それに、靴だって『ギガースバッファロー』の一枚革。信じられない……奇跡だ、こんな服……」
彼は、ツクヨミをつま先から肩口まで舐めるように観察している。
見た目は完璧セクハラ親父だが、興味があるのは服装だけなようなので良しとしよう。
「いや。これはセイジュがあーしの為に作ってくれた特別製だし」
「これをセイジュ殿が……? セイジュ殿! セイジュ殿!! セイジュ殿〜!!!」
今度は作った俺に対象が変わり、もの凄い剣幕で振り向いた。
「セイジュ殿、お願いです! 少しでも良いので『シルクスパイダー』の糸か布をお持ちでしたら、売って頂けませんか!?」
「はは……それが、ツクヨミに作ってあげたら殆ど無くなっちゃって……」
「がーん。そうでございますか……」
勿論在庫はまだまだあるが 、他国で出すのはどうかと思い躊躇した。
それを聞いた彼は、まるで世界が終わったかのように絶望している。
「セレスさん……そんなに貴重な物なのですか?」
「あぁ。王都に比べて豊穣の森までは距離があるし、そもそも依頼を受ける冒険者がいない。入手困難なのは間違いないと思うぞ?」
「じゃあ、僕がそこ出身だなんて言ったら……」
「ばっか、絶対言うなよ。王都に当分帰れなくなるぞ。でも、ここで貸しを作っておくのも良いかもな。オマエも貴族として、デカい商会とコネを持っておくことは今後の助けになるはずだ」
落胆する彼を尻目に、ヒソヒソと内緒話。
セレスさん的には、ここで彼に貸しを作っておくのもアリらしい。
だったら、俺は……
「あ、あの? ディグビーさん。仮にですよ? もし、今後関係強化に努めたいお得意様っていますか?」
「ん? それは、無論王族でしょう。後は、貴族の重鎮もですね」
「だったら、これを……」
俺は、『アイテムボックス』から『シルクスパイダー』の糸を取り出す。
魔法で糸は踊るように紡がれ、三種のハンカチを作り出した。
金の刺繍が入った華やかな物、レース模様の上品な物、そして無地のシンプルな物だ。
「余り物で恐縮ですが、今作り出しました。ご活用ください」
「は! この手触りは正に『シルクスパイダー』! セイジュ殿、ありがとうございます。ありがとうございますぞ! 後で、適正価格をお支払い致しますのでお受け取りください」
ハンカチに頬ずりをしながら小躍りをするディグビーさん。
よほど珍しいようで、周りの使用人達もこぞって肌触りを確かめている。
その姿を眺めていると、セレスさんから『やりすぎだ、一枚で良いだろ』とツッコミが入ってしまった。
「お待たせー。あーし特製の米料理できたし、できたしー、わっしょーい」
ハンカチで話題沸騰の中、ツクヨミの米料理ができたようだ。
彼女が軽々と持ち上げている大きなフライパンからは、美味しそうな香りがこぼれ出していた。
「うぉおー! 美味そうな匂いがしやがる」
「この香りは……なんと官能的な」
セレスさんもディグビーさんも歓声を上げ、周りの使用人も鼻をヒクつかせている。
テーブルに置かれたフライパンの中には、黄、赤、緑。
黄色く染まった米の上にエビや貝、鮮やかな野菜が散りばめられていた。
「美味ぇええ!!! やっぱセイジュ、いやわりぃ、ツクヨミの料理は最高だわ! ワインにも合う」
「こ、この美味さ……ツ! ツ! ツクヨミ殿!! す、少しだけよろしいでしょうか!!??」
「うわまた! 何だし? 何だし? ディグビーのオッサン」
料理を食べた彼は、またまた興奮した様子でツクヨミに近寄る。
「この料理の作り方を売ってくだされ! 全ての具材が市場で手に入る料理……これは、今後この国の名物料理になる可能性を秘めていますぞ!」
「いや。これはセイジュの記憶領域を参考にしただけだし」
「セイジュ殿が発案ですと……? セイジュ殿! セイジュ殿!! セイジュ殿〜!!!」
本日二度目の形相。
ディグビーさんは、ウキウキしながら俺に近づいた。
「セイジュ殿、お願いです! 聞いてた通り、この料理の作り方を売って頂けませんか!?」
「はは……この程度の作り方でしたら、タダでも――」
「いえ、セイジュ殿それはあり得ませんぞ?」
タダと言う声に反応した彼は、冷静に答える。
「あぁ、そうでしたね。『タダより高い物はない』ですよね? では、作り方と買い占めたお米の一部を買って頂けますか?」
「勿論ですぞ。ふふっ、セイジュ殿は商売にも明るいですな」
晩餐が終わり、レシピとお米の一部を渡す。
交換で受け取った金貨を改めると、この国に来た時以上に増えていた。
『シルクスパイダー』のハンカチに、料理のレシピ、格安で仕入れたお米の転売。
錬金術ここに極まれり。
――ディグビーさん邸の晩餐から数日、俺もセレスさんも王都へ帰る準備をしていた。
行きは冒険者皆で来たが、帰りはバラバラらしい。
娼館でお金を使い切り早々帰った男達も多く、知った顔は数えるほどしか居なかった。
市壁の門で手続きをしている俺達を、リッジビュー商会の皆さんが見送りに来てくれた。
その中でも、ディグビーさんは若い男を引き連れ息荒く駆け寄る。
「良かった、間に合った! セイジュ殿、少しよろしいですかな」
「すいません、ディグビーさんわざわざ見送りにまで来て頂いて」
「いえいえ、これも儲け話の匂いがあってこそです。セイジュ殿は先日の晩餐の際、王都で化粧品屋を開く話をしておりましたな?」
「はい。ですが、まだ構想段階ですよ?」
確かに、マルゴー様管轄で貴族街に化粧品屋を出す話をした。
でも、それは王都の貴族街専門でロンディアに卸せない話もしたはず。
「でしたら、この男も使っては頂けませんか? 名はボルニーと言って、私の次男です。自分で言うのもおこがましいですが、かなりの出来っ子です。商才は勿論、貴族の対応も慣れておりきっとセイジュ殿の力になります」
「え? それは構いませんが、良いのですか? 貴重な人材を王都に送って?」
「僕から志願したんです! セイジュ様の話を父上から聞いて、是非一緒に商売をしてみたくなりました! それに、一から立ち上げる商会。腕が鳴るではありませんか!」
ディグビーさんをそのまま若返らせた相貌。
ハキハキと答える体育会系のノリは営業向きだ。
爽やかな笑顔の好青年、ボルニーさん。
きっと、お店に必要な人材の一人だろう……
「良いんじゃないか? セイジュ。言っただろ? コネだよコネ。リッジビュー商会は、アタシが信用する数少ない商会の一つだ」
「そうですとも! セイジュ殿、今後もよろしくお願いしますぞ」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。ボルニーさんが王都に来るのを楽しみにしてますね」
「はい! 僕も準備が出来次第向かいます。よろしくお願いします!」
思わぬところで従業員を一人確保。
人の縁とは奇妙な物だ。
繋がれた縁が、どんどん広まっていく感覚。
確かな手応えを胸に帰郷しよう。
さて、では帰りますか俺の故郷へ――




