人として、ロンディアに到着
――渓谷に立ち入った商隊は、盗賊団の襲撃を受ける。
商人達の護衛を命令された俺は、『人』の形をした『モノ』を断罪した。
成果を嬉しそうに報告した俺に待ち受けていたのは、セレスさんからの張り手だった。
――バシン! と虚空に響き渡る炸裂音。
頬を叩かれた?
アドレナリンの出まくった脳内は痛みを感じず、口の中に鉄の味が充満する。
その味が俺を少しだけ現実に呼び戻した。
「セイジュ……オマエ、コイツを『モノ』として斬ったな?」
「はい……」
「この馬鹿野郎がぁああ!!! アタシ達は冒険者だ! 殺人鬼や魔物じゃねぇ。『人』を『モノ』として斬っちまったらアイツらと同じだ。アタシ達は、『人』を『人』として斬るんだ。だからこそ、苦しませず一撃で殺す!」
胸ぐらを掴まれ、セレスさんの声が頭に響く。
その激情は彼女の瞳を潤ませ、悪に落ちるなと本気で俺を叱っている。
鼻先が触れ合うほど近くでまくし立てられ、紫菖蒲の瞳と目が合うとまた一歩現実に戻ってきた。
「二度とさっきみたいな邪悪な面を見せんなよ! ユーグやエルミア、特にお姫様なんて以ての外だ! 分かったか!?」
「……」
「分かったかって、聞いてんだ!!??」
「……はい」
「ったく! 言っただろ? 無理すんなって。呑まれやがって……」
腕を離した彼女は、そのまま俺を外套に包みこんだ。
彼女の香りと、こびり付いた血と脂の臭いが完璧に現実に引き戻す。
「セレスさん……ごめんなさい……」
「馬鹿野郎が……」
平静を取り戻した俺に、先ほどまでの蛮行が多大なストレスとなってのしかかる。
その重圧は子供の体には重すぎて、ポツリと呟いた後膝から崩れ落ちた。
「被告人を死刑に処す――」
転生して初めて夢を見る。
罪人は、裁かれなくてはならない。
裁判官や検事に傍聴人、様々な人々に囲まれ判決を言い渡された。
妥当な判決だ。
待っているのは、絞首刑。
首に縄が巻かれ、足元の感覚がなくなった瞬間に目が覚めた。
「……勿論夢だよな……」
感覚的に、まだ夜明け前だろう。
体調は絶不調だ。
寝汗で身体は冷え、力を入れ過ぎた筋肉はバッキバキに固まっていた。
昨日のままの臭いも、鮮明になった記憶も、これほどまで不愉快な目覚めは今までない。
「起きたか……大丈夫か? かなりうなされてたけどよ?」
「セレスさん!? すいません! すぐ離れます」
ぼんやりと寝ぼけていて気付かなかったが、俺はセレスさんの腕枕で寝ていたようだ。
エル字型に折られた腕に頭を乗せ、彼女に包まれるような姿だった。
条件反射で飛び出そうとする俺を、セレスさんの手が掴む。
「待て。夜明けまではまだある。おとなしく寝ろ、何も考えずにだ。今のオマエには、それが必要だ」
「はい……」
強引に引っ張られ、更に密着度は上がってしまう。
しかし、彼女愛用のメンソール系石鹸の香りが張り詰めた緊張感を和らげ、再び俺を睡眠へと誘った。
――目を開けると、すっかり明るくなっている。
隣にセレスさんの姿はなく、目線の先で長髪に櫛を通していた。
あぁ、ここは彼女の天幕だったのか。
昨日不様にも気絶した俺を、ここで介抱してくれたのか……
「おはようございます、セレスさん。すいません、ご迷惑をお掛けしました……」
「うーっす。よく眠れたかよ? オマエでも動揺することもあるんだな? ぷぷっ。おっし! 飯にするぞ!」
何だ?
昨日あれだけ激怒していた彼女からは、想像できないほどいつも通りだ。
準備をして天幕から出ると、周りには同じような天幕や朝飯の準備をする商人、見張りをする冒険者が見えた。
その数人が俺達に気付き、好奇の目を向ける。
昨夜の惨事の後だ……きっと、皆俺にドン引きしているだろうな……
「あ! 姉さんの天幕からセイジュが出てきたぞ! ひゅーひゅー、お熱いね~二人とも!」
「え?」
「セレスの姉御! おめでとうございます! やっと一人前の女になったわけですね?」
「セレス殿の良い人は、セイジュ殿だったのですね? お二人の挙式は、リッジビュー商会が総力を挙げて祝福しますのでご安心を……」
ディグビーさんまで!?
明らかにおかしいテンションの彼らは俺達を囃し立て、妙な雰囲気が出来上がっていた。
「ありがとうオマエら! アタシ幸せになるよ!! って言うと思ったか、この糞野郎どもがぁああ!」
ボケに乗っかった彼女は芝居めいた台詞を言うが、鬼の形相をして彼らの後を追っている。
未だ状況が掴めず、首を傾げるとディグビーさんと目が合った。
彼は、パチンとウインクして首を縦に振る。
あぁ……俺は気を使われたのか。
各々が朝食を取る中、セレスさんも俺の隣で食べている。
今日も美しい赤髪を一本に纏め、凛々しい彼女を見るのが忍びなかった。
そんな俺の鬱屈さに気付いた彼女は語り始める。
「セイジュ、オマエは確かに強い。剣も魔法も、本気を出したらアタシもエルミアも敵わないと思う」
「そ! それは……」
「だが、未熟だ」
「はい……」
目を逸らしたままの俺に、セレスさんは真剣な表情を向けた。
確かに、神の最高傑作と言う圧倒的優位な位置にいるだけで、精神面が追いついていない。
「オマエは、優秀過ぎて何でも一人でできる。別に悪いことじゃない。それに、豊穣の森で生き延びてきたからよ。全部一人で抱え込んじまうのさ」
「はい」
「昨日だって、オマエの周りには他の冒険者もいた。でも、オマエは自分だけで解決しようとした」
その通りだ。
冷静に考えれば他の冒険者と協力して、俺は魔法でサポート役に徹すれば良かった。
しかし、それをせず場に呑まれた挙句、あの惨状だ。
「アタシはユーグみたいに頭は良くない。だから上手く言えないがセイジュ、もっと大人を頼れ。オマエはまだ子供だ、甘えることは恥じゃない」
「分かりました、すいません……」
「すいませんじゃねぇ! 背筋を伸ばせ!」
「痛ッ!! ゴッホゴッホ……」
バシっと背中を叩かれ、咳き込みながら彼女を見る。
「ったく……やっと、こっち見やがったな。 これは先輩冒険者からのお仕置きだ」
セレスさんは立ち上がると、俺の額に手を持ってきた。
そのまま指で輪っかを作り、思いっきりデコピンで弾く。
そして、髪をくしゃくしゃにして先に進んだ。
「おい! いつまでそうしてんだ? 目的地は近いぞ。さっさと、準備しろ!」
「は! はい!!」
傲慢だったかもしれない。
ゲーテから力を与えられ、何でも思い通りになると思っていた……もっと精神的に強くなろう。
ヒリヒリする額を擦りながら、セレスさんの後を追いかけた。
――昨夜の襲撃で怪我人は出たものの、誰一人欠けることなく渓谷を出た。
遠い先には海が見え、海岸に沿うように街が連なっている。
「凄い! 海だ。初めて見ました」
「そう言えば、セイジュ殿は初めて国外に出られたそうですな。ロンディアは良い所ですぞ? こと品揃えに関しては、大陸一かと」
「本当ですか? いやぁ、ワクワクします。船も見えますし、やっぱり貿易とかもしてるのですか?」
「貿易とは……また、難しい専門用語をご存じだ。そうです。まだまだ便は少ないですが、珍しい物もありますぞ」
隠し切れないワクワクを胸に、商隊はロンディアに到着した。
リッジビュー商会と言うこともあって、市壁の門もフリーパス状態。
冒険者達もギルドカードを見せるだけで通れた。
都市内には海から水路が引き込まれ、蜘蛛の巣のように広がっている。
そこにはゴンドラが行き交い、交通網の一つとして活躍していた。
西日が水面をキラキラと照らす頃、やっとリッジビュー商会にたどり着く。
「いや~、香しきかな我が故郷、我が商会。今回も無事に帰ってきたぞ!」
ディグビーさんはオーバーリアクション気味に、仲間達との帰郷を喜ぶ。
それにしても、何と言う大きさだ。
ロンディアでも指折りの商会だけあって、目を見張ってしまう。
「セレス殿、セイジュ殿、それに皆さんも護衛ありがとうございました。宿もこちらで用意してますゆえ、今日はゆっくりお休みください」
「え!? 宿も用意してあるのですか?」
「あぁ、ディグビーは、毎回こうやって宿を手配しておいてくれる。アイツらに取って、王都との交易はそれだけ価値があるのさ。さぁ、行こうぜ」
彼から今まで見たこともないほどの報酬をもらい、宿に到着。
これまた宿も超豪華で、以前俺が使ってた宿などトイレ以下の狭さだった……
着替えを済ませ、飯でも食いに行くかと部屋を出ると男の冒険者達と出くわした。
装備を脱いだ彼らは、小綺麗な恰好をして何やらソワソワしている。
「おぉ……セイジュ、俺達ちょっと出かけてくるからよ。また明日な」
「は、はい? いってらっしゃい」
飲みにでも行くのかな?
浮足立った彼らを見送ると、セレスさんも部屋から出てきた。
「アイツらも好きだね~。今回の稼ぎを全部使う気かよ?」
「全部!? セレスさん、彼らは何処に行ったのですか?」
「ん――」
彼女は、窓越しにとある建物を顎で指し示す。
ここと同程度の建物の窓から女達が顔を出し、道行く男達に手を振っていた。
入口は魔道具のネオンで紫やピンクに輝き、即座にどういう店か理解した。
「娼館ですね……?」
「オマエはあんな所に行かないよなぁ?」
両肩に手を置かれ、尋問されるかのようにミシミシと力が掛かる。
彼女を見上げると、ニコニコと笑いながらも昨夜以上の迫力を放っていた――
【5話毎御礼】
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