おもてなし、初めての友人
――習慣とは恐ろしいものだ。
昨夜はあれだけの戦闘と介抱をしたにもかかわらず、日の出と共に目が覚めてしまう。
二人はまだ寝ている。
俺はいつものように軽い朝食後、訓練部屋に向かい瞑想と祈りを捧げる。
普段ならこのまま各種訓練を行うが、今日はお客様がいる。
多分そろそろ起きるだろう、俺は二人が寝ている部屋に向かった。
「うぅん……」
部屋に入ると、気だるげな艶めかしい声が聞こえた。
「おはようございます。失礼、起こしましたか。身体の調子はどうですか?」
「いやぁ~、こんな高級宿に泊まれるなんて快調そのものですよ。ねぇ? 殿下~」
身を起こし答えるが、完全に寝ぼけている。
ここを、王女殿下と泊まりにきた高級宿と思っているらしい。
突如、カッと目を見開き文字通り飛び起きた。
「お嬢様! ご無事ですか!? 申し訳ありません、気を失っていたみたいです。今少年に毒消しがないか聞いてまいりますので、もうしばらくの辛抱です!」
俺のことはガン無視で王女殿下に声を掛ける。
殿下と呼ばずお嬢様と呼んでいるのは、身分を隠したいのだろう。
まぁ、全部バレているがな。
「そのお方の解毒なら済んでいますよ。毒蛇に噛まれた傷もきれいに消しておきました。極度の疲労状態だったので、今は深い眠りに落ちているのでしょう」
「確かに、傷が消えている……顔色も良いし呼吸も安定している。私たちは助かったのだな……」
安堵した彼女は、思い出したかのようにハッとして俺の方を向き腰を直角に曲げた。
「少年! この度の助力まことに感謝する! キミの力がなければ今頃私たちは、無様に屍を晒していただろう」
「いえいえ、お互い運が良かっただけです。丁度役に立つポーションを持っていたので。ところで、お腹は減ってませんか? 朝食の用意もできますが?」
「いいのかい? 確かに腹は減っているが、見ての通り私たちは持ち合わせなど何もないぞ?」
「ここで会ったのも何かの縁ですから」
俺はニッコリ答えて台所へ向かった。
(――私は、少年に促され椅子に座る。テーブルには水が入った木製のカップとカラフェ、温められたタオルが置かれている。タオルを広げてみると、モワッと湯気が立ちレモンのような爽やかな香りが漂う。思わず顔を埋めてみると、なんという心地よさだ。
冷静になればなるほど、おかしなことばかりだ。確かに、私たちは死にかけていた。殿下に至っては、毒が全身に回り絶望的な状態にあったのにかかわらず、今は完全に回復して穏やかに寝ている。私に関しても傷は癒され、ボロボロだった身なりは毛先まで綺麗になり、鎧も新品同様の輝きを放っていた)
「ファントムフォックスに化かされているのか?」
「エルフとお見受けしますが、禁忌や苦手な食べ物はありますか?」
「如何にも私はエルフだが、こう見えても長年騎士団に属していてな、大体の物は食べれるようになったぞ」
パチっちウインクしながら答える彼女に、用意した朝食を差し出す。
サラダにスープ、オムレツとベーコンをこんがり焼いたものだ。
大丈夫だと言ったが、肉はやめた方が良かったかな?
「おぉ〜、なんて豪勢な! やっぱりここは高級宿なんだな!」
オーバーリアクション気味に手を合わせ後、目を輝かせながらサラダから手を伸ばす。
「美味しい! 瑞々しい野菜達とコレは薄く切ったリンゴか? 良いアクセントになってフォークが止まらない。上に掛かってる液体はなんだい?」
「それはドレッシングといって、植物油に酢や香辛料、野菜をすり潰したものを混ぜたものです」
「ドレッシング? 初めて聞いたな。これさえあればいくらでも野菜が食べれそうだ!」
次はスープ。
「これも美味しい! 大きめな具材は中まで火が通って、口の中でホロホロと崩れる。身体が温まるよ」
最後は、オムレツとベーコン。
「肉は分かるが黄色いのは何だい?」
「鳥の卵で作ったものですけど、騎士団の料理には卵料理はないのですか? 赤いソースは、トマトから作った甘酸っぱいケチャップというものです」
「卵は高級品だからね。出ても茹でたものや、そのまま焼いた目玉焼きくらいだ。赤いソースも見たことないな。ここで卵料理を食べれるなんて幸運だ。大好きなんだよ卵」
ニカッと爽快な笑顔は、なんとも美しい。
「柔らかく作っているのでスプーンで食べれますよ」
「くぅ〜!! 美味しすぎる! 柔らかな舌触りに濃厚な味わい、赤いソースと交わる甘さと酸っぱさが絶妙だ。ベーコンも美味しい、王都の塩っぱいだけのベーコンとは大違いだ!」
本当に好物なんだろう、凄い勢いで食べている。
「食後のお茶です」
「これは良い茶葉だね。それに清涼感ある香りが素晴らしい」
「いくつか薬草とハーブを調合してあります。ポーションまでとは言えませんが、しばらくは目や耳が良くなる効果があります」
「調合薬まで作れるとは……キミはいったい何者なんだい?」
――気不味い沈黙が流れる。
「いや、すまない。私の方こそ無礼だったな。至れ尽せりの施しを受けたのに、自己紹介もまだだったとは。私の名前は、エルミア・グロリイェール。王都の騎士団に属している。改めてキミには最大限の感謝を。よければキミの名前を教えてもらえないか?」
優しく問いかける所作は完璧だ。
柔らかく微笑み目線も俺に合うように膝をついている。
「……」
俺は沈黙のままだが、ここで一つ訂正しておきたい。
彼女は、きっと俺が訳ありだと察して無理に聞こうとしてこないし、彼女自身も王女殿下のことを含め嘘をついている。
しかし違うんだ! 俺はこの世界にきてずっと一人だったから名前なんて考えてなかったんだよぉおおお!!
名前以外の身分の設定や出身は、『ガイドブック』に書いてあった通りゲーテが実在の人物を基に作ってくれている。
この沈黙は、今必死に名前を考えているただそれだけだ。
彼女は、少し憂いを帯びた笑みになった。
拒絶されたと思ったか?
えぇい! 前世の名前を外国風にもじるか?
「セイジュ……セイジュ・オーヴォです。エルミア様初めまして」
俺は、手を差し出し控えめに答えた。
ガッとその手を握りしめた彼女は、満面の笑みだ。
「セイジュ……セイジュ君か! 宜しくな!! 様は不要だ、友人として接してくれ。もし王都にきたら騎士団の宿舎を訪ねてほしい。是非お返しがしたい!」
「ではエルミアさんと……あ、あの、そちらの方は?」
気恥ずかしくなった俺は、話題を逸らす為にベットの方を指さした。
「申し訳ない、名前は伏せるが名家の貴族令嬢だと紹介させてもらう」
無論、彼女のことは鑑定済みで知っているが。
「そうですか、これからどうしますか? もう少し休んでいきますか?」
「いや、急いで王都に戻らないといけないのでな。直ぐにでも出発するよ、これ以上迷惑も掛けられないしね」
そう言った彼女は、王女殿下に近づいた。
「それでしたら……」
洞窟を一緒に出た彼女は、背負子に王女殿下を乗せていた。
柔らかい布で固定された王女殿下はまだ眠っている。
「これは良いな! お嬢様の体勢は安定しているし、何より両手が使えるが良い!」
「お嬢様は、ポーションの多用で未だ目を覚ましませんが、街に着くころには起きると思います。後、これをどうぞ」
「長剣と指輪か?」
「流石に武器なしで街まで戻るには心配なので。その指輪は、一回だけならどんな状態異常も防ぐ効果があります。毒蛇や毒虫は勿論、魔法による異常も防ぎます」
「こんな高価なアイテム貰えないよ! 付与魔法を使っているんだろ? 素材の鉱物も見た感じ高価な物だ」
「いえ、料理も指輪もこの森で採れた物で作っているのでタダですよ?」
「まったくキミって奴は……」
不意に、胸元に抱きかかえられ頭を撫でられる。
「本当にありがとう小さき賢者よ。私は今日のことを決して忘れない。では、世話になったな」
指輪を付けた二人は、正に風のような速さで森を駆け抜けていった。
「行ったか……」
二人を見送った俺は、なんとなくやる気が起きず川べりの芝生に寝っ転がった――
【5話毎御礼】
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