ロンディアへ、キャラバンは進む
――王族からの推薦状もあり、俺は晴れてA級に昇格。
セレスさんやカントメルルさんから上級冒険者の話を聞き、セレスさんの特級依頼を手伝うことになった。
行先は商業国家ロンディア。
屋敷の皆と別れを済まし朝一番に西門へ向かう。
「――おい、セイジュこっちだ!」
「お、おはようございます、セレスさん。凄い人ですね? この商隊が全員ロンディアに帰るのですか?」
「驚いただろ? そして、コイツが今回の依頼人ってわけさ」
俺を見つけてくれたセレスさんの元に向かうと、恰幅の良い男が立っていた。
50代くらいだろうか? 彼はニコニコと右手を差し出す。
「初めまして、セイジュ殿。私は、ディグビー・リッジビュー。リッジビュー商会の頭取をしています。話はセレス殿から聞いていますよ。その歳でA級冒険者であり、優れた魔導士だとか。しばらくの間、護衛よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ初めまして。セイジュ・オーヴォです。ロンディアまで精一杯お守りしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
俺は彼の手をしっかりと握り返した。
彼は微笑みながらも、その瞳は俺のつま先から毛先まで見つめ、更にポンポンと腕や腰辺りを叩く。
「ふむ、失礼。セレス殿、もしかしてセイジュ殿はどこか名家の跡取りでしょうか? 礼儀をわきまえ、身なりの良さと清潔さ、それに身体の均整も取れている。ここまでのお方は本国でも数えるほどしかいませんぞ?」
「おいおい、ディグビー。男爵様相手に不敬だぞ。しかも、ソイツは第一王女の婚約者だ。首と胴が繋がってる間に謝っておけよ?」
「な! なんと!? セイジュ殿がこの国で話題になっているお方だったとは……いやはや、申し訳ありません」
セレスさんから釘を刺されたディグビーさんは、冷や汗混じりに謝ってきた。
「いえいえ、全然気にしていませんから、ディグビーさんも気にしないでください」
「ありがとうございます。ん? と言うことは、セイジュ殿は未来の公爵家! 是非、本国に着いたら私の屋敷でお話を聞きたいものです! 噂では、桁違いの商材をお持ちだとか……」
流石は商人。
耳が早くて、こちらが許せばグイグイと迫ってくる。
セレスさんも、またかと言う表情で彼に声を掛けた。
「ディグビー、それくらいにしておけ。そろそろ出発だろ? オマエが声掛けないと出発できないんだ。準備もできてるし、さっさと出発しようぜ」
「おぉ! 申し訳ない。それではセレス殿、今回も護衛よろしくお願いしますぞ!」
大所帯の商隊は西門を出るにも一苦労だ。
商人や冒険者、更に積み荷のまで厳しいチェックが続く。
朝一に集合したはずなのに、門外に出たのは昼過ぎだった。
列をなすキャラバン。
馬に曳かれた荷車には、交易品がうず高く積まれている。
それらを守るように、一定間隔で冒険者が同行していた。
「思った以上に、護衛の冒険者も多いのですね?」
「まぁな。ディグビー商会はロンディアでも指折りの大店だから、護衛も多く必要になる。特級依頼はアタシにくるけど、連れて行く面子はある程度こっちで決めてるのさ」
「あぁ~、だからルリさんと細かい打ち合わせをしてたのですね?」
「そそ。それに、アイツは王都に来る度アタシに依頼を出すからさ。もはや、お得意様だぞ」
セレスさんに説明を受けながら、牧歌的な風景の中を進む。
見通しの良い緑のカーペットの先では、焚き火らしき煙も上がり、こんな所で襲ってくるアホはいないだろう。
「――ところで、セレスさん? 何で僕はセレスさんの馬に一緒に乗っているのでしょう?」
「そりゃ、オマエのせいだろ? 馬に乗ったこともない、操作もできない、おまけに鐙に足が届かないときた。ぷぷっ」
「む! だって、仕方ないじゃないですか。長距離移動は初めてですし、肉体強化魔法で必要さえありませんでした。それに、子供用の乗馬一式がないのはおかしいですよ!」
「ハハッ、怒んな怒んなって。まだまだ旅は長いんだからよ。お姫様やエルミアには悪いが、しばらくオマエを独占させてもらうぜ~。あぁ~、それにしても暇だ~」
彼女の前に乗せれら俺は、後ろから抱きかかえられるような体勢だ。
手綱は強く握られ、俺を振り落とさないようしっかりガード。
暇を持て余してた彼女は、俺の頭に顎を乗せて恨めしそうに呟いた。
「セレス殿が忙しくなったら、逆に大変でしょ? それこそ、我々の商隊が全滅するかもしれませんな」
「いや、それはそうだけどよ~」
「王都周辺の治安は良いですからな。もうしばらくは安全を噛みしめましょう。ふふっ。そうやって二人で乗ってるお姿は、まるで姉弟みたいですな」
俺達の直ぐ隣で馬車を操るディグビーさんも余裕な様子。
セレスさんは20代前半だろうか?
一回り離れた弟の世話を焼く……そんな姉の姿に見えたのかもしれないな。
「それでも、セレス殿のそういったお姿は貴重ですな。以前は、抜身の剣のような雰囲気がありましたから。それに比べて、今は随分と穏やかな空気をまとっていらっしゃる。左腕の紅玉と尖晶石の腕輪も、貴女の赤髪と相まって、良く似合っておりますぞ?」
「相変わらずオマエは目敏いな。そうだよ、誰かさんのおかげで問題が解決してね。すげぇ楽になったんだわ」
「商人ですから……いや、でも今のセレス殿は非常に魅力的ですぞ? きっと、どなたか良い人を見つけなさったのですね……」
「ばっか! そんなんじゃねぇよ……」
二人は何やらこそばゆい話をしている。
少し赤くなったセレスさんは、前髪を直しながら彼から離れるように前に出た。
――初日の野営。
辺りはすっかり闇に包まれているが、何の問題もない。
商隊は陣を組み、それぞれが焚き火を囲い食事を取っている。
探索魔法を広げても魔物は数えるほどしかいなく、数人の見張りで十分だった。
商人も冒険者もリラックスしており、お互い酒を酌み交わす。
セレスさんに依頼しなくても良いのでは? っと思うくらい、三日四日は同じような雰囲気が続いた。
ロンディアに続く草原は、次第に石混じりの荒野へ。
そして、いつの間にか自分より大きな岩が立ち並ぶ石林に変わっていた。
今まで簡単ながらも舗装されていた道はなくなり、蛇行運転を余儀なくされる。
「さて、セイジュ殿。ここからが本番ですぞ?」
「そうだ、セイジュ。この石林を越えて渓谷に入る、そこを越えればやっと目的地だ。警戒しろよ? 岩場の死角から魔物や盗賊が襲ってくるからな」
「分かりました。探査魔法を怠らないようにしますね」
状況は激変した。
探査に移る敵影は明らかに増え、狡猾なモンスターが行く手を遮る。
それでも俺やセレスさんの相手ではないが、この人数を引き連れてでは否応なしにストレスが溜まってしまう。
「セイジュ、オマエは長期遠征は初めてだ。無理はするな。きつかったら、遠慮なく言えよ?」
「はい。無力な人達を気にしながら戦う……思った以上にきついですね」
「背負うものが変わると、重圧も強くなる。今、オマエは商人達の命と財産を背負っている。それは、想像以上の重圧だ。呑まれるなよ?」
セレスさんは、俺に寄り添うように戦う。
死角からの嫌らしい襲撃、一匹一匹を丁寧に倒す。
いつも通り余裕なはず……余裕なはずだ……商隊の様子をチラチラ見ながら戦う俺に、彼女から檄が飛んだ。
「セイジュ! 目の前の敵に集中しろ! アタシ達がいる限りアイツらは無事だ。それに、オマエには優れた探査魔法がある。仲間を信じろ!」
「はい! すいません!!」
大方のモンスターの群れを倒した後、皆さんの無事を確認する。
良かった……誰一人として欠けてはいない。
無事に石林を抜けた商隊は、野営の準備を始めている。
「もう野営の準備ですか? まだまだ日は高いですが」
「えぇ、この先は渓谷ですからね。ここで一泊して、朝早くから渓谷を抜けます。それでも、あの中で一泊は余儀なくされます。セイジュ殿も気を付けてください。あそこは夜盗の巣窟ですから」
各々が野営の準備をする中、斥候役の冒険者が帰ってきた。
「姉さん、悪い報告がありますわ」
「ん? どうした? 言ってみろ」
「渓谷内に大規模な盗賊団がいやした。数は、およそ百弱。間違いなく捕捉されるかと……」
「チッ! めんどくせぇな。人相手は本当にめんどくせぇ。おい、セイジュ。オマエは人を殺したことはあるか?」
「いえ? ありません。魔物なら何千と倒してきましたが?」
「そうか……良いかセイジュ? 上級冒険者は、盗賊やお尋ね者を相手にすることもある。もう一度言うぞ、くれぐれも無理はするなよ」
彼女は、俺の髪の毛をクシャりと撫でる。
その様子から察するに、明日以降は修羅場が待っているのだろう。
商人、冒険者は先日までとは打って変わって緊張をはらんだ一夜を明かした――




