輝く貌、A級昇格
――王宮で化粧品屋の打ち合わせをして、屋敷に帰った後とある話題になった。
エルフは化粧をしない。
そこで、俺はユグドラティエさんとエルミアさんに化粧をしてもらおうとツクヨミを呼び出した。
彼女から呼びかけられ振り返ると、そこには化粧を施されたエルフ二人が……
「な――ッ!!」
「じゃ~ん。どうだし!? どうだし!? 尊い? 尊い?」
ツクヨミは二人の肩を抱き、顔を着き合わせる。
三者三様のメイク。
俺は自分の提案を激しく後悔した。
三人とも美し過ぎるのである。
その美しさに絶句し、思わず目を逸らしてしまった。
美の頂点たるユグドラティエさん――Tゾーンに顎先や頬骨はハイライトで明るさをプラス、逆にフェイスラインの影はシェーディングが施され陰影がはっきりしている。
マットなチークは彼女の血色を輝かせ、自然なアーチ状の眉はアイブロウパウダーで見事なグラデーションができていた。
そして、極めつけは目と唇である。
マスカラでしっかり立ち上がったまつ毛と、アイホールに煌めく明るい色と中間色の階調は彼女のオッドアイを至高の宝石に変える。
チークと同系色のリップとリッププランパーは、ぷっくりとした唇を演出し大人の色気を醸し出していた。
解語之花ことエルミアさん――ユグドラティエさんとは打って変わって透け感のあるメイク。
彼女の健康的な肌をトーンアップさせるファンデーション。
コーラル系のチークは肌になじみ、青みピンクのハイライトが洗練された透明感を生み出していた。
黄金の眉と同系色のペンシルアイブロウで仕上げられた眉は、自然なメリハリ。
あえてアイラインは引かず、ベージュとブラウンのアイシャドウはパールが混じり目元をパッと明るく見せる。
仄かに艶のあるピンクカラーのリップを乗せた彼女は、清廉潔白な一輪の花となっていた。
なぜか参戦しているツクヨミ――予想通りのギャルメイク。
溌剌とした小麦色の肌は少しだけ暗いファンデーションを施され、顎ラインのシェーディングと相まってスッとした小顔を作り出す。
厚く塗ってるかと思いきや、ほんのり血色が感じられるチークは顔を立体化。
一番特徴的なのは目元だ。
ラメシャドウは四重五重のグラデーションを作ることで、目の横幅を強調し切れ長の目を演出する。
アイライナーがオーバー目に引かれた涙袋は存在感を放ち、魔力で無理矢理捻じ曲げた光彩はカラーコンタクトのように閃いていた。
オレンジ系のリップと彩られた目元、更に七色のエクステが付けられた髪が彼女の派手さを際立たせている。
「……綺麗です……」
「ん〜。聞こえないのじゃ、坊や。もう一度言ってもらえんかのぅ?」
「いや、聞こえてるでしょ。ババア……痛――ッ!!」
目を逸らして呟いた言葉に反応したユグドラティエさんは、ニヤニヤして俺に近づいてきたが、ババアと言う言葉に即座に反応して俺の二の腕を抓りあげた。
「のぅ、坊や? 今何て言ったのじゃ? なぜ、そんなに目を逸らすのじゃ? 目を見て言ってほしいのぅ」
そのまま腕に絡みつき、頬を寄せてくるユグドラティエさん。
彼女の圧倒的な力の前に俺は身動きできず、白檀とコスメの香りが鼻腔を支配した。
「セイジュ君、どうしたの? 顔真っ赤だよ? 体調悪い? どれどれ……」
エルミアさんは赤くなった俺を心配して、目の前で膝を着き上目遣いがちに額に手を伸ばす。
熱なんてありませんから!
前かがみでラフな普段着の彼女は深い谷間を露わにし、俺の視線を釘付けにした。
「照れるセイジュもきゃわたんだけど……エルミアたん、それ天然でやってり? そうだったら、どちゃくそあざといし……もうこうなったら、あーしもセイジュにくっ付くし! ワッショーイ、密ってこ密って」
悪ノリをするツクヨミも、後ろから俺の首に腕を回し身体全体を押し付ける。
椅子に座ったままの俺は、四方八方の拘束に声を荒げた。
「だから! 化粧をした三人が美し過ぎて目が合わせられないんです! 普段も勿論美しいですが、今の貴女達は一生見てても飽きないほど俺を惑わすのです――!!」
とある神話では異性を恋に落とす魅了の呪い『輝く貌』の話があるが、俺にとってはこの三人が正に『輝く貌』であった。
「そうかそうか! 坊や、一生我らを見てくれるのじゃな。いや~、坊やは積極的じゃな!」
「セ、セ、セイジュ君!? 何言ってるの急に! 一生だなんて……」
「もう! ユグドラティエさん、からかうのもいい加減にしてください!」
自ら蒔いた種とはいえ、エルフのコスメ事情はこれにて終幕。
俺から離れる際、ユグドラティエさんから頰にキスをされ、そこにはくっきりとキスマークが残っていた。
慌ただしい食事を終えて、片づけをしていたツクヨミにとあるメイドが声を掛ける。
「あ、あの! ツクヨミ様……」
「ん? どったの?」
「そ、そのお顔を……お化粧ですよね?」
「あー、これ? これは、セイジュが作ってくれたし。まだ『アイテムボックス』にいっぱいあるし、皆も頼めば貰えると思うし。皆も盛って盛って、良い波乗ってこ~」
次の日。
妙にソワソワしているメイド達は、事あるごとに期待のまなざしを俺に向ける。
ツクヨミに話を聞くと、お目当ては化粧品。
彼女達全員に化粧品を配り終えたら、日は暮れていた……
――それから数日経ったある日、俺は遂にマルゴー様の書簡を携えて冒険者ギルドへ向かった。
いつも通りにメルダさんに声を掛けようと思ったが、生憎対応中のようだ。
そこで、ルリさんの受付に向かう。
「セイジュさん……久しぶり……男爵様になったんだって……おめでとう……」
「はい、ありがとうございます。今日はマルゴー様から、これを持ってギルドに行けと言われまして……」
「これは……王家ゆかりの書簡……少し待ってて……ブリギットに渡してくる……」
そのまま待たされること数分、呼びにきたルリさんと一緒にギルドマスターの部屋に入った。
「セイジュ君……君はまた、とんでもない物持ってきてくれたねぇ? 国王陛下に王妃様、それにセレスの直筆で君をA級冒険者にしろと。これは、もう推薦状っていうよりは脅迫状だぞ? いったい何があった?」
「いえ……それが――」
俺は、今回のことを掻い摘んで説明する。
貴族街で化粧品屋を出すこと。
化粧品の材料に、豊穣の森の素材がいること。
王家の判断としては、俺がA級冒険者で妥当だということ。
「すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって……」
「迷惑? 逆だよ、逆。君をA級に上げる見返りに、王家から多大な援助が受けられる。B級以上への継続的な依頼に、低級育成の支援。こいつは破格だ。今までにないくらいの本気度を感じるよ」
「は…はい……」
そこには、俺をA級に上げるメリットがびっしりと書かれている。
どれもがギルドにとっても美味しい条件ばかりで、マルゴー様達の化粧品に対する情熱がひしひしと伝わってきた。
「と言うわけで、君は今日から晴れてA級冒険者だ。でも、上級冒険者は依頼だけやってれば良いものじゃないことも覚えておいてくれ。君は今後、低級の教育や強制招集だって受けることになる。他国のギルドに行けば、君はラトゥール王国の顔だ。くれぐれも、自覚を持って行動してくれよ!」
「はい! 分かりました!」
彼女は、俺に叱咤激励を送る。
荒くれ者も多い冒険者ギルドをまとめる女傑。
彼女がいるからこそ、王都冒険者ギルドは規律が保たれているのだろう。
「――ところで、その化粧品って私でも買えるのか?」
「どうでしょう? 最初は貴族街だけで販売するそうですから、市井には流通しないかもしれません」
「そうか……あー、残念だな~。私も使ってみたいな~。どこかの優しい男爵様がお恵みをくださらないかな~?」
この人は……真面目な話が終わると、いつもこうだ。
悪戯っぽい表情を浮かべて、わざとらしい声を上げた。
「いや~、今日はいつも以上に疲れたよ? こういった日は、街の大衆浴場に行って綺麗になりたいものだ。チラッ」
「あぁ、もう! 分かりましたよ。セレスさんと同じ物で良かったら使ってください」
気だるそうに背伸びをする彼女は、意味ありげに呟きこちらを見る。
そんな彼女の演技に負けて、石鹸とシャンプー、トリートメントセットを渡した。
「お! 良いのかい? いや、実はセレスから話は聞いていてね。私も是非使ってみたかったんだよ」
「職権乱用も甚だしいですよ? 後、良かったらこれも使ってください」
俺は、彼女に目薬型ポーションも渡す。
「これは……ポーションか? にしては、容器が小さいな」
「それは、目用のポーションです。ブリギットさんは目を酷使し過ぎなようですから、目が疲れた時一滴づつ直接瞳に垂らしてください。楽になると思いますよ」
「本当か!? 早速使ってみるよ。最近は特に辛くてね、頭痛までしてたとこだよ。じゃ、後はルリに任せる。下でギルドカードの変更をしてくれ」
「セイジュさん……私の分は……?」
「はいはい……」
心なしか上機嫌なルリさんは、直ぐに登録変更をしてくれた。
全く実感はないが、今日から俺もA級冒険者だ。
早速A級依頼を見ようと掲示板に向かったら、ダルマイヤック、カントメルルさんペアがそこにいた――




