ドSなゲーテ、コスメの行方
――風呂でのお約束。
地下礼拝堂造りも一段落がつき、俺は久しぶりにゲーテの神像前で座禅を組む。
体内の魔素を極限まで圧縮し、魔法を伴わない事象として放出する。
俺と言うフィルターを通された魔素は、『ユグドラシル』のように清廉であり、『魔』に近しい者には安らぎを与える。
そう、それは彼の者達にとっても例外ではなかった。
「――お呼びでしょうか? ご主人様。ご飯にする? お風呂にする? それとも……神様?」
「ネタが古い!」
座禅を組む俺の隣に現れた一体のメイド。
それ意味あるの? って言うくらい短いフリフリのスカートに、ガーターベルトの付いた白いストッキング。
デコルテ一帯が露わになった上半身は、コルセットで締め上げられていた。
禍々しいまでに男の欲望を忠実に再現したフレンチメイドは、今日も黒いレースのアイマスクで目全体を覆い隠している。
「まぁ!? ご主人様、ずいぶんと怒張なさっておられる。昨日は、エルフ二人にかなり我慢をなされてたご様子。では、私奴がお勤めを……」
「やめろやめろ。何がお勤めだ、お勤め。そんな従順系キャラじゃないだろ!」
俺の前で跪き、しおらしくズボンに手を伸ばすメイドに強めのツッコミを入れた。
「ちぇ!! 何だよ? 折角、男爵様になったんだからそれらしいキャラで降臨してやったのに」
「いや、いくら男爵様でもこんな18禁ゲーみたいなメイドいないからね?」
「あーね。オマエの記憶領域に頼り過ぎたし、テヘペロ」
「因みに、それもツクヨミと被ってるからな……?」
立ち上がったメイド服姿のゲーテは、満足そうにフフッと鼻を鳴らす。
俺をこの世界に導いてくれた、運命と選択の神。
その神が、俺の造った礼拝堂に降臨してくれたことは素直に喜ぼう。
「今日は、ずいぶんと上機嫌じゃないか? 何か良いことあったのか?」
「そりゃそうさ。こんな素晴らしい礼拝堂を造ってくれたし、何よりクソ創造神の像がないのが特に良い! どこの教会もアイツが中心だからさ。それに、この神像の素材もこの世界で最も良いやつだ」
「そう言って貰えると嬉しいよ。自分の屋敷が手に入ったからな。俺は、ゲーテ以外の神は要らないし」
彼女は嬉しそうに自分の像をコンコンと叩きながら、創造神をディスってるがここはスルーしておく。
「その上、頼んだ娯楽も大成功みたいだし言うことないよ。オマエが考えている通り、『トランプ』は今後大きなギャンブルになっていく。元々、奴隷を競わせる賭け事はあるけど、局地的な物だからね。『トランプ』みたいな、知的好奇心を揺さぶる賭け事は一気に広まるぞ。娯楽文化の華が咲くわけだ、ワクワクしてきただろ?」
「いや、そこまで見越してないよ。たまたま思いついたのが『トランプ』だっただけだし……」
「良いんだよ、良いんだよ。過程はどうであれ、世界に刺激を与えてるし。また何か考えたら、よろしく頼むよ」
「分かったよ。貰ったチートスキルを使えば、アイデアなんていくらでも出せるしな」
自分の像に寄りかかり、ゲーテは悪辣に微笑む。
足元の燭台は礼賛の火柱を上げ、神の降臨を燦々と照らしていた。
「さて、本当に敬虔なオマエには何か神の祝福を与えなくてはな? 何か欲しい物はあるか?」
「欲しい物って、神様からのプレゼントってことか? 特に思いつかないな。ゲーテのおかげで、万能だし。金も十分ある。周りには恵まれて幸せだ。あれ? 今、俺満たされていないか?」
「ハッ! 『ガイドブック』の空白ページが埋まっていない者が、大層なことを言うな。そうだな? では、まだ持っていない名誉をやろう。私を見ろ」
座禅を組んだままの俺は、見上げるように彼女の顔を見る。
目にはアイマスクをしているはずなのに、その奥にある暗黒の瞳とはっきり見つめ合うような感覚。
ドクン――と心臓が跳ね上がる。
いつの間にか靴を脱いだ彼女は、俺の顎の下に細い足先を持ってきてクイッと持ち上げた。
「口づけして、舐め上げろ。神に舌を這わすなど、これ以上の名誉はなかろう?」
舌で唇を濡らし、口角を突き上げ命令する。
ゲーテに作られたこの身体は、神の明確な意思に逆らえない。
熱に浮かされたように、その親指に唇を這わせ甲に口づけをする。
そして、そのまま舌を出しゆっくり舐め上げた。
白いストッキングには唾液の跡がテラテラと輝き、舌先がガーターベルトに達しようとする寸前しなやかな指がそれを阻んだ。
彼女の喜悦は頬に紅をさし、甘い吐息を持って俺に名誉を与える。
「あれ? 俺は何を? ゲーテと目が合った気がしたんだけど……」
「ふふ……もっと獣のように貪ると思ったが、なかなか達者ではないか?」
「え! え! えぇえええ!! 何してんだ俺はぁあああ!?」
はっきり意識が戻り、あまりの恥ずかしさにのたうち回った。
神のおみ足を舐める悪魔の所業。
俺は平伏し、許しを請う。
「なぜ謝る? 私が望んだことだぞ? それに自分を律するのは良いが、度が過ぎれば体に毒だぞ。もっとこの世界を楽しめよ」
「そういう楽しみは、成人してからで良いの!」
「相も変わらず真面目で、律儀だな。じゃあ、またな」
そう言ってゲーテは消えた。
礼拝堂には神の残り香が充満し、物言わぬ神像と燭台の炎だけが揺らめいていた。
「ひどい目にあった……」
自分でも予期せぬことをしでかした俺は、若干へこみ気味に一階に戻る。
地下から地上に伸びる階段。
その先には、ユグドラティエさんが見るからに不機嫌そうに腕を組んでいた。
「坊や……我は悲しいのじゃ。『神』には手を出すのに、『星』には手を出してくれんのじゃな……メソメソ……」
「いや、アレは……って、何で当たり前のように知ってるんですか!!」
「メソメソ……坊やが、あんなに積極的に女子の脚を舐めるなんて……母はどこで教育を間違ったのじゃろうな? いや勿論、そういう性癖があることも知っておるのじゃ。アマツが言うところの、坊やは『どえむ』じゃな?」
「ぐぬぬ……アレはゲーテが無理矢理……もう!! 俺は成人するまでそういうことはしません!」
ユグドラティエさんは、わざとらしく目頭を押さえ俺のしでかしをイジる。
「そうかそうか! 『俺』は成人までそういうことはしないのじゃな? いや~、坊やの成人が楽しみじゃて」
「もう! ユグドラティエさん!!」
内心かなり動揺していたのだろう。
思わず素が出てしまい、目敏い彼女はニヤニヤしながら俺を見ている。
そして怒った俺を尻目に、上機嫌のまま鼻歌交じりに逃げ出した。
本当に散々な一日だったな。
明日は、久しぶりに冒険者ギルドへ行こう。
いい加減等級も上げたいし、ダルマイヤックやカントメルルさんにもお披露目会のお礼が言いたい。
そんなことを考えながらベッドで微睡む。
もっと落ち着いたら他の国にも行ってみたいな。
神聖国ヴェイロンに商業国家ロンディア。
狩りと傭兵の国ゲルマニア、王国に並ぶマルドリッド帝国。
他国に思いを馳せながら深い眠りに落ちた。
「――う~ん、良い香りですわねセイジュ卿」
「そ…そうですね」
「先日のお披露目会はお疲れ様でしたわ。卿から頂いたお土産は、家族一同喜んでおりましたわよ?」
「そ…そうですか。お褒めに与り光栄です……今日はシルフィーは同席しないのですね?」
「殿下は今、勉強で外しております。私達三人だけですのでご安心を」
どうしてこうなった! 朝一で冒険者ギルドに行こうと思ったら、屋敷の前にマーガレットさんが待ち伏せ済み。
彼女に連れられて、通されたのはマルゴー様の一室。
なぜか二人で紅茶を飲みながら、今に至る。
その様子をマーガレットさんは、嗜虐めいた目線で俺を見ていた。
そう言えば、この人もドSだったな……
「いきなりごめんなさいね、セイジュ卿。本日は折り入って頼みがありまして」
「マルゴー様が頼みですか? 僕にできることなら何でもしますが……」
「そう言って頂けると嬉しいですわ。頼みは、これですの」
彼女は、テーブルの上にある物を広げた。
それは、俺が貴族夫人にお土産として用意したコスメ。
ハンドクリームやボディーミルク。
香水にリップやシャドウなど様々だった。
「これって、僕が婦人達に差し上げたお土産ですよね?」
「そうですわ。実は、これが貴族夫人達に好評でして……お茶会でも話題持ち切りで、もっと欲しいと抑えがきかないのです……今はまだセイジュ卿に直接被害はないと思いますが、時間の問題ですわね」
「まさか……そこまで好評だとは思いませんでした」
どうも俺が貴婦人達に持たせたコスメは思った以上に好評で、このままでは俺に被害が及ぶかもしれないとのこと。
そうなる前に、マルゴー様は俺を呼び出し対策をしようとしているらしい。
「そこでセイジュ卿。貴族街にこの化粧品を取り扱うお店を立ち上げませんか――?」




