三人の桃源郷、地下礼拝堂
――チートスキルと豊穣の森産の素材を使って、全面檜張りの大浴場を作った。
その風呂を独り占めしていると、エルミアさんがぶっ飛んできてユグドラティエさんも乱入してきた。
紆余曲折あった後、三人で湯船に浸かる。
「――で? 坊やはこれからどうするつもりじゃ? もう、冒険者を続けなくても十分食っていけるじゃろ」
「いえいえ、当面は冒険者続けますよ。それに、お二人が僕は冒険者に向いているって言ったじゃないですか?」
「まぁ確かにセイジュ君は冒険者を続けておかないと、事あるごとに王宮や他貴族から呼び出されそうだね」
「うむ、そうじゃな。お披露目会やお土産は、ちとやりすぎじゃったかもしれんのぅ?」
思い思いの体勢で湯に浸かる俺達は、お披露目会の話題に移った。
「ツクヨミが身に着けておったメイド服に。王族のお土産には伝説級の宝飾品。他諸侯にも上物のワインや、化粧品。セギュールの入れ知恵もあるじゃろうが、やり過ぎじゃて。ハハッ」
「それに、あの豪華な料理。セイジュ君ヒドイよ! 私は警備があったから一口も食べられなかったし……料理が目に焼き付いて、気が気でなかったよ、もう!」
ユグドラティエさんは、指を折りながら今回のやらかし具合を数える。
「はは……エルミアさんの分も、たんまり『アイテムボックス』に入ってるので安心してください。でも、やり過ぎって言うなら、ユグドラティエさんやエルミアさんがこの屋敷に住んでること事態がやり過ぎだと思いますが?」
「それです!」
「ハハッ!! 言うではないか坊や。然り、我らがここに住んでることが滅茶苦茶じゃな。更にのぅ、セレスも住むとなると……大混乱じゃな!」
「だから、貴女まだソレ諦めていないんですか――ッ!!」
話題は二転三転。
ユグドラティエさんの怖い所は、本当にセレスさんもこの屋敷に住まわせそうなとこだ。
いや、この人は絶対やる。
彼女の屋敷も直ぐ近くだし、覚悟しておいた方が良さげだ。
「ところで、ぼ・う・や……我を差し置いて、さっきからエルミアの方ばかりチラチラ見ておるのぅ? やっぱり、男の子は大きい方が良いのじゃな……」
「ちょ! ちょっとお師匠様!?」
彼女は一瞬でエルミアさんの背後に移動し、バスタオル越しに胸を揉み始めた。
バスタオル越しでも分かる隆起した双丘に、ユグドラティエさんの細い指が乱暴に迫る。
「全く、数百年前はチンチクリンじゃったのに、こんなに育ちよって! 何を食べたら、こんなに大きくなるのじゃ?」
「ちょ…ちょっと……お師匠様……お止め……くだ…ください……セイジュ君も……んんっ……見てますから……あぅ……」
「ダメじゃ、許さぬ。坊やの目線を独り占めしよって。こうなったら、お主の可愛いところを全部見せねばならんのぅ?」
熟練の指先に刺激され、彼女の細い首筋にユグドラティエさんの紅唇が啄むように触れた。
恥ずかしさと温かさで紅潮するエルミアさん。
ユグドラテェエさんの前では手も足も出ず、恥と快が彼女の瞳を潤ませた。
しかし、ユグドラティエさんはそんなことは些事であると、俺に官能的な目線を送る。
一体俺は何を見せられている?
美の頂点と、それに劣らぬ美女のあられもない痴態。
目を背けることができようか。
ユグドラティエさんの舌先が這うように触れると、エルミアさんは電流が流れたように身体を仰け反らせた。
「はぅ……! セイジュ君……見ないで……」
「フフ……坊やも目が離せんようじゃぞ……? 本当に二人とも可愛いやつじゃ……はい――! 今日はここまで〜。続きは、いつの日か坊やにしてもらうのじゃな」
恥が快を上回り、涙がこぼれそうになった頃ユグドラティエさんの拘束は解かれた。
彼女は湯船から出て、満足そうにロングチェアで脚を組む。
拘束を解かれたエルミアさんは、肩で息をしながら浴槽の淵に頭を乗せている。
火照る顔と涙がにじむ瞳は、彼女を妖艶に輝かせていた。
「少しじゃれたら、喉が渇いたのじゃ。坊や何か出してほしいのじゃ~」
彼女は、全く悪びれもせずドリンクを要求してくる。
何百年も一緒にいるらしいが、エルミアさんも嫌になったりしないのだろうか?
冷えたエールを渡しながら、そんなことを考えた。
「坊やは心配性じゃな~、我とこ奴の繋がりはそんなヤワではないのじゃ」
「バレました?」
「相変わらず、顔に出ておるのじゃ。って、これは美味いのぅ! 市井のエールより飲みやすくて炭酸も強い。実に我好みじゃ!」
「私も飲む……」
エルミアさんもふらふらとテーブルに近づいてきて、エールを受け取る。
正確に言うと、これはエールではなくラガーだ。
エール特有の香り高さと苦みを抑え、軽快さと喉越しの良さを追求したスタイル。
やっぱ、風呂上がりにはこっちのビールだろ。
「しっかり冷えてて美味いのじゃ~。湯上りには最高じゃなコレ。坊やお代わり!」
「美味しい~。普通のエールと比べて雑味がないし、ゴクゴク飲めちゃう。私もお代わり!」
「はいはい……沢山作ってますからね。良かったら、身体洗う場所も見てくださいね。自分の屋敷になったので、今まで以上の石鹸やシャンプー達を用意してますから」
「はぁ~、飯から風呂まで至り尽くせりじゃな! 坊やなら、いつでも我やエルミアの寝室に来て良いのじゃ!」
「ちょっとお師匠様……また、そうやって……」
二人の乱入により思わぬ長風呂。
ほろ酔いのエルフ達は、上機嫌に部屋に戻っていった。
この異様な騒動にメイド達の誰かが呟いた、『やっぱりこの男爵家はおかしい』と……
――風呂に続いてキッチンやトイレの改装が終わった時、俺はあることを思いついた。
礼拝堂は造れないかな?
洞窟の住処には、修練部屋にゲーテの像を置き祈りとお供えをしていた。
その習慣を教会ではなく、この屋敷でできないだろうか。
部屋などいくらでも余っている。
今は何もない、地下室の一部屋を使おう。
最終的に地下は酒類のセラーにしたいのだが、これだけの広さがあれば十分だ。
土壁がむき出しの一室。
先ずは、土魔法で壁一面を白妙の壁に変える。
正面の壁には、洞窟と同じように運命の十字路と四つの選択肢を模した宗教画。
壁画の前に、二体の神像を設置する。
素材は、勿論最高級だ。
感謝を込めて、教会の創造神より立派な物を作り上げた。
足元や壁際には意匠を凝らした燭台。
全てがイメージ通りの出来だが、改めてこう言った時に実感する。
俺の身体は、ゲーテが作り出した特別製なのだと。
つい先ほどまで何もなかった部屋が、教会以上の空間になっていた。
荘厳な炎に照らされる二柱の彫像。
他の神などいないし、要らない。
地下室のひんやりとした空気をまとい、凛とした礼拝堂が出来上がった。
此処こそ俺の原点。
極限まで魔素を練り上げ、静かに放出する。
いつもやっていたルーティンだ。
「――セイジュ、どったの!? 激おこなの? って、何ここ? マジやばたにえんだし」
俺の強烈な魔素が呼び水となって、ツクヨミが影から飛び出してきた。
彼女は、周りをきょろきょろしながら驚いた様子だ。
「あぁ、ごめんごめん。自分の信じる神様の礼拝堂を造ったらさ。感極まっちゃって、全力で魔素を放出しちゃったんだよ」
「全力って、マジはんぱだし! ティルタニア様ばりの激情だったよ? てか、ここ最&高。どちゃくそ気持ち良いし、『ユグドラシル』に戻ったみたい……」
彼女は目を閉じて、大きく深呼吸をしている。
ブロンドベージュに混ざる虹色のエクステが、魔素の影響でいつも以上に煌めいていた。
「ユグドラティエさん達も言ってたけど、そんなに俺から出る魔素は心地良いの?」
「良いってもんじゃないし! あーし達やエルフ、獣人、魔族みたいな『魔』に近い種族は秒で乙るし。そんだけ、セイジュの身体はヤバみが深い」
「さすがゲーテの特別製ってことか……」
「それな! 『ユグドラシル』に似てるとか、マジウケるし」
バンバンと俺を叩きながら、屈託のない笑顔を見せる。
どうしようもなく無礼で距離が近く遠慮もないが、憎めない存在だ。
「ツクヨミって、俺の記憶領域を共有してるんでしょ? それって、どこまで俺のこと分かるの?」
「どこまで? セイジュ、変なこと聞くじゃん。全部だし、全部! セイジュ、ガチ勢? セイジュしか勝たんみたいなー? ぎゃはは」
「じゃあ……俺がこの世界の人間じゃないことも……?」
「当たり前じゃん! あー、でも他の人間にセイジュのこと話すつもりないし。てか、セイジュの好きピやいつメン以外はゴミみたいなもんだし。なんだったら、敵は秒で殺すよ?」
ツクヨミは青藍の目を細め、声低く呟いた。
影の境界線は揺らめき、虫のような無機質な殺気が彼女から漏れた。
「おいおい、物騒だな。殺る前は一声かけてくれよ?」
「りょ! じゃ、あーし戻るから。バーイ」
嬉しそうに手を振って影の中に消える。
彼女が一瞬だけ見せた殺気。
それはまぎれもなく本物で、上位精霊と言う存在を強く印象付けさせた。
そして、一人に戻った礼拝堂。
燭台の炎は部屋全体を淡く照らし、厳かな雰囲気の中俺は座る。
床には『シルクスパイダー』製の絨毯。
その肌触りを確かめながら、座禅を組んで祈りを捧げた――




