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当主の労い、風呂改装とお約束

 ――お披露目会中に起きた、シルフィーの上位精霊への契約儀式(けいやくぎしき)

 ツクヨミが着ている規格外れのメイド服など。

 珍しい余興(よきょう)もあり、お披露目会は大盛況のうちに幕を閉じた。





「――いや~、さすがに疲れたもん」 「確かにウチら王宮で働いて慣れてるけど、これは男爵がする規模じゃないよね」 「陛下は勿論、ヒルリアン様やドゥーヴェルニ様、名を()せる重鎮(じゅうちん)まで居たしあり得ないよ……」


 会も無事終わり、メイド達は片付けをしながらおしゃべりを始めた。

 緊張から解放された彼女達は、各々ペースで仕事を進め多少のサボりもお互い様だ。


「本当にセイジュ様は何者なの?」 「それより見た? ツクヨミ様の服! あれ『シルクスパイダー』製らしいよ」 「マジ? じゃあ、ここで働けたら毎日着れるの? 貴族でも買えないんだよアレ」 「でも、王宮から男爵家への転職はやっぱ給金下がるよね……」



 会場も、キッチンも、お見送りをした庭先も今日の話題で持ち切りだ。

 メイド達は、今後の自分を決める重大な選択を迫られていた。


「でもさでもさ、殿下と婚約してるじゃん。ってことは、成人すれば間違いなく公爵に陞爵(しょうしゃく)は間違いなし」 「それにさ? 今はまだ幼さはあるけど、セイジュ様美少年じゃん? 成人したら絶対に美男子になるって!」 「うわ……出たよ、アンタの年下好き」 「だって~、お姉さんが色々教えてあげたいじゃ~ん」


 お金の為、見栄の為、はたまた不純な動機もあるが、肩の力が抜けた彼女達は好き勝手値踏みをしている。

 そんな中、渦中(かちゅう)の人物は唐突にやってきた。




「――お疲れ様です、皆さん。今日は、本当にありがとうございました」

「「「セイジュ様!!!???」」


 招待客を送り出し、そのまま部屋でゆっくりしていると考えていたメイド達は、突然のセイジュの労いに言葉を失う。

 休憩用に使われていたキッチン横の食堂。

 力の抜けきった彼女達は、相当な醜態(しゅうたい)を晒してしまった。


「あぁ、大丈夫ですよ? そのまま楽に聞いてください。特に今日は疲れたと思います。残り物で悪いですが、良かったら料理食べませんか? ツクヨミが張り切り過ぎちゃって、捨てるには勿体ないですしね」


 セイジュは、テーブルに沢山の料理やワインを並べた。

 それは、彼女達が給仕(きゅうじ)をしながら喉から手が出るほど食べたかった物と同じだ。


「セイジュ様……よろしいのですか?」

「はい、勿論。今日の成功は皆さん一人一人の頑張りがあってこそです。僕はこれだけしかできませんが、今日はゆっくり休んでくださいね」


 彼は、(ねぎら)いの言葉と料理を置いてスマートに出ていく。

 だらけたメイドを非難するわけでもなく、ただ純粋に感謝をしていた。



「決めた……私ここで働く。てか、今からご主人様の寝室に行ってくる……」 「おいバカ、止めろ!」 「すごい! これ美味しい!」 「甘い物まである。ツクヨミ様に聞いたら作り方教えてくれるかな?」 「あたしも、セイジュ様とツクヨミ様に付いていく!!」


 豪勢(ごうせい)(まかな)いの前で、それぞれが忌憚(きたん)ない意見を言い合う。

 今日の疲れが吹き飛ぶくらい、彼女達は生き生きとしていた。




「――ってな感じ~。セイジュ、マジモテきゅんだし!」

「セイジュ様、申し訳ございません。まだまだ教育が行き届いていないようで……」

「いやいやいや、皆さん本当に頑張ってもらいました。これくらい見逃しましょうよ」


 仮の執務室(しつむしつ)で、俺とツクヨミ、セギュールさんが影に映し出された映像を見ながら話し合う。

 この屋敷はツクヨミの監視下に置かれ、全ての影という影からまるで監視カメラと集音マイクのように全体を掌握(しょうあく)できていた。


「セギュールさんも、本当にありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」

「勿体ないお言葉でございます。この老骨、お好きなようにお使いくださいませ」


 こうして、慌ただしい一日も終わった。

 明日以降はもうちょっと屋敷のレイアウトを(いじ)って、より快適にしてやろう。

 うん、夢が広がってきたぞ。





 ――次の日。

 早速、俺は風呂トイレキッチンの改装を始める。

 やっぱり、最初は風呂でしょ。

 元日本人としては、風呂に拘らないとな。

 そう! 風呂は命の洗濯だ!


 元々、この屋敷には風呂はあった。

 元伯爵邸ということもあり、石造りの大き目な浴槽に魔道具のシャワー付きだ。

 これを今から改装する。


 思い描いたのは温泉旅館……(ひのき)の貸し切り温泉。

 先ずは石の浴槽を取っ払い、豊穣の森産の檜に似た木材で造り直す。

 肩まで浸かれる深い部分と、寝っ転がれる浅い部分を作る。

 床も総檜張りにして、浴場内が木の香りに満たされるようにした。


 サイドには、湯あたり防止のロングチェア。

 飲み物も置けるようにサイドテーブルも用意しよう。

 洗い場には、磨かれた鏡とお手製の石鹸とシャンプー、トリートメント。



 あ! そうだ。

 壁をくり抜いて、前面をガラス張りにしよう。

 壁面を崩し、補強をした後ガラス張りにする。

 ガラスの向こうは中庭。

 プライベートを守るように敷居を立てて、緑の木々と色とりどりの花を植えた。



 完成だ。

 湯の張っていない浴槽に座り込んで、外を眺める。

 木の香りに満たされた浴場に、ガラスの外には風に揺れる木々と咲き誇る花々。

 ゆっくりとした時間が流れる、桃源郷(とうげんきょう)を作り出した。



「うん、我ながら上出来だ。今日の風呂が楽しみだ」

「なんじゃ、坊や? 一日見えぬと思ったら、こんな所におったのか?」

「はい、風呂を自分好みに改装しました。見てくださいよ、この木製の浴槽に外の景色」

「ほぅ。木とは珍しいのじゃ。それに、この香りは落ち着くのぅ。どれどれ……」


 ユグドラティエさんは俺の隣に座り、同じ景色を眺める。

 透明なガラスから日光が入り込み、白磁(はくじ)の肌をキラキラと輝かせた。


「確かに、良い眺めじゃな。夜に入ったら月や星も見えそうじゃ」

「でしょ? でしょ? 長く浸かれるようにねっ転がる場所もありますし、休める椅子やテーブルも用意しました!」

「ハハッ。坊や、楽しそうじゃな。我も風呂の時間が楽しみじゃ」


 彼女は悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて、今日の風呂を楽しみにしているようだった。




「――あぁ〜、生き返るわ〜。一番風呂は当主の特権だよな」


 その夜、早速風呂に入る。

 ワザとらしい声を出しながら、一気に頭の先まで湯船に浸かった。

 湿り気を帯びた檜の香り。

 湯気で曇ったガラスの外には、木々と満天の星空。


 この世界に転生して約二年、まさか貴族になって屋敷を持つとは思わなかったな。

 これからは、当主としても冒険者としても頑張らないとな。

 そんなことを考えていると、外から慌ただしい声が聞こえた。



「お待ちください! ヒルリアン様。今はご主人様が入っております――ッ!!」

「あわわわっ! お師匠様帰ってきたと思ったら、何ですか急に!?」

「エルミア、お主の帰りを待っておったのじゃ〜。早くするのじゃ」

「何! 何! キャーーッ!! 何で脱がすんですか? 止めてください! ちょっちょーっと」

「坊やー、お待たせなのじゃ」


 ユグドラティエさんのほーいと言う掛け声と共に、風魔法に吹き飛ばされたエルミアさんが、湯船に頭から突っ込んできた。


「ブーーッ!! ゴホ…ゴホゴホ……何ここ? 温かい……まさかお風呂?」

「はは……おかえりなさいエルミアさん……」


 湯船から顔を出したエルミアさんに、とりあえず挨拶をする。

 しかし、彼女はまだ思考停止しているようでキョトンとしていた。


「やーっと、エルミアが帰ってきたのじゃ。今日に限って遅くなりおって。すまんのぅ、坊や。お待たせなのじゃ」



 ――以前も同じような展開があった気がする。

 だが、今回の破壊力は前回を遥かに(しの)ぐ。

 美の化身(けしん)たるユグドラティエさんが、バスタオル一枚で浴場に入ってきた。


 白く透き通る肌に、完璧な比率の曲線美。

 湯気に当てられ薄く赤みを帯びた頰も、濡れ輝く翠玉(すいぎょく)の髪も、この世の美全てが彼女に集約されている。


 彼女はバスタオルから伸びた美脚を見せつけるように、されど優雅さを忘れないように微笑を浮かべ湯船に近づいた。



「きゃっほーい」


 ドボーンっと大きな水しぶきを上げて、ユグドラティエさんは湯船に飛び込んだ。

 天井近くまで巻き上げられた湯は、雨のように降り注ぐ。


「あぁ〜、良い湯じゃな〜」

「このギャップがなければな〜」

「何じゃ坊や? 何か言ったか? ほれ、エルミアもいつまで呆けておるのじゃ!」

「キャッ!」


 ユグドラティエさんがエルミアさんの顔に湯をかけ、短い悲鳴と共に我に返った。


「お師匠様なんてことするんですか!」

「いや〜、坊やがこんな良い風呂を用意してくれたからのぅ。是非、三人で入りたかったのじゃ」

「いきなり過ぎです! それに……こんなの恥ずかしい……」

「な〜にが、恥ずかしいじゃ。セレスが坊やと入った話を聞いて、悔しがっておったじゃないか」

「だって! あれは……」

「はぁ〜。それにエルミア、今日は大胆じゃな? タオルくらい巻いたらどうじゃ?」

「くーーッ!!」


 湯船から上半身を出して抗議するエルミアさんは、自分がタオルを巻いていないことに気付くと、両腕をクロスしながら胸元を隠し潜り込んだ。


「……見た?」

「す…すいません……」


 真っ赤な彼女はジト目で俺を睨み、恨めしそうに呟く。

 ユグドラティエさんに負けず劣らずの美貌(びぼう)と、黄金の瞳に黄金の髪。

 金糸のように細い髪は水面に浮かび上がり、幾何学模様(きかがくもよう)を作り上げていた。



「それにしても、快適じゃ。本当に坊やといると飽きんのぅ」

「木の香りに満たされた空間に美しい夜景。疲れが吹き飛ぶよ」

「喜んでもらえて光栄です」


 バスタオルを巻いたエルミアさんは、恥ずかしながらも落ち着きを取り戻した様子でリラックスしている。

 ユグドラティエさんは浅い湯に寝っ転がりながら脚を組み、エルミアさんはしっかり肩まで浸かり星空を見上げていた――

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