シルフィードの盟友、婦人達の垂涎の的
――皆のおかげでお披露目会の準備もつつがなく進み、当日を迎えた。
俺は、セギュールさんの助けを受けながら招待客をもてなす。
覚えきれないほどの貴族達を相手にしていると、一番遅れて国王陛下一家が訪れた。
「――国王陛下がいらっしゃったぞ! それも、家族全員連れておられる」
「なっ!? 噂は本当だったか」
貴族達は次々と片膝を着き、最敬礼をする。
その中を陛下はゆっくり歩き俺の隣に並んだ。
マルゴー様もシルフィーも、王子二人とブリオン陛下も無言で付き従い現国王の言葉を待つのみ。
「主役を差し置いてすまぬな。皆も楽にしてくれ。我からもオーヴォ卿を紹介させてもらう。彼は我が娘シルフィードを毒蛇の猛毒から救い、類稀なる魔導の才能でシルフィードの魔導を覚醒させた。王家にとって、彼は命の恩人である」
「おぉ!! シルフィード殿下が魔導士になったとは最近聞いたが、オーヴォ卿の導きだったのか! てっきり、ヒルリアン卿のお力だと思っておったぞ」
ロートシルト陛下が俺を紹介し始めると、周囲から歓声が上がる。
「更に、諸卿らが最近勤しんでいる『トランプ』も彼が作り出した物だ。最近は、平民にも売り出され市井を騒がせているな」
「なんと!? 既に『トランプ』は貴族の嗜みと言われている。それをオーヴォ卿が! 魔導の才能もさることながら、文化面にも秀でているとは。まるで神童ではないか……」
やけに持ち上げてくる陛下と、うんうんと満足そうに頷くマルゴー様とシルフィー。
こそばゆい感覚を覚えながら、紹介は続く。
「そして……シルフィードは12歳、オーヴォ卿は13歳……シルフィードは来年から学園に通うことになる。卒業し晴れて成人となったあかつきには、オーヴォ卿の正式な婚約者とする!!」
「素晴らしい! 今まで浮いた話もなかった殿下が、遂に心を決めたか! なんとめでたい。王子二人も婚約者が決まっておるし、この国は安泰だな!!」
今まで秘密だったシルフィーとの婚約も、とうとう公になった。
祝福の拍手に彼女は真っ赤になりながらも、膝を曲げ挨拶をした。
「では、我が愛しの娘を射抜いた色男に場を返すとしよう」
「国王陛下自らのご紹介、恐悦至極に存じます。まだまだ貴族になったばかりの若輩ものではありますが、どうか皆さんご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。本日は、些細な料理とお帰りの際には心ばかりのお土産も用意してございます。時間が許す限り、お愉しみくださいませ」
「うむ、今日は無礼講だ! 久しぶりの新たな貴族誕生を大いに祝おうぞ!」
セギュールさんに習った貴族の作法で挨拶し、陛下の掛け声で本格的にお披露目会はスタートした。
「――旦那様! 堂々として、とても素敵な挨拶でしたわ!!」
開会の宣言が終わるや否や、シルフィーが真っ先に飛び込んできた。
パーティー用のドレスなのだろう。
純白の布地には多くのフリルが施され、腰元には大きなリボン。
お気に入りのヘッドドレスと腕にはロンググローブを付けた、正真正銘のお姫様がいる。
「シルフィーも、皆さんも今日は楽しんでいってください。筆頭メイドが腕によりをかけた料理ですから!」
「筆頭メイド? いつの間に用意したのですの?」
「あ? そっか。紹介がまだでしたね。おーい、ツクヨミ。皆様に挨拶して」
俺は王族の皆さんにツクヨミを紹介すべく、キッチンで頑張る彼女を呼んだ。
「――シ! シ! シルフィードたん。相変わらずおきゃわわわー。マジこのおかわさはんぱー。セイジュじゃなくて、あーしの嫁にしたいし! いぇいいぇい」
「ひぃぃぃ!! な! な! なんですのこのお方は!?」
俺の影から飛び出てきたハイテンションのツクヨミは、シルフィーに飛びつき頬づりをしている。
「おい! 貴様、メイドの分際で無礼であろう!」
見た目がメイドなツクヨミの狼藉に、王族の従者は声を荒げた。
「お待ちくださいまし! この感覚……貴女様は上位精霊ですわね……?」
「あったり~。さすシルフィードたんだね。って、あれ? シルフィードたん達、まだシテないん?」
「シテって!? 私と旦那様は、清い交際をしておりますの!」
「ん? 違う違う。そっちじゃなくて、シルフィードたんに宿ってる上位精霊に名前を与えてないってことだし」
「名を与える? ですの……?」
「あ~、とりま、コイツに出てきてもらえば分かるし」
彼女はシルフィーにフッと息を吹きかける。
すると、シルフィーに寄り添うように上位精霊が現界した。
額も耳も露わにした銀灰のベリーショート。
切れ長の流し目に凛々しい眉。
左耳の耳輪を七色のイヤーカフが彩る。
ツクヨミがギャルなら、この上位精霊は某歌劇団の男役だ。
着ているものは民族衣装だが、醸し出す雰囲気は男装の麗人。
孤高にして高潔、そんな言葉が彼女には相応しい。
「ちゃおっすー、風の~。アンタがシルフィードたんに宿ってるなんて、シルフィードたん今後どちゃくそきびついし!」
「はぁ~。闇の……その言葉使いどうにかならんのか? 相変わらず聞くに堪えん」
「は? あーし生まれた時からこんなだし。それに、セイジュからツクヨミって名前もらったも~ん。いぇいいぇい」
ツクヨミが呼び水となって、風の上位精霊が現界する。
彼女は橋渡し役となって会話をしているが、雲行きが怪しいような……
「名など私も今からシルフィードに貰えば良い。彼女こそティルタニア様から寵愛を受ける者。故に、私の方が上だぞ?」
「ふん! あーしが呼んであげなきゃ現界もできなかったし。マジダルビッシュ〜」
「ふふっ、シルフィードはまだ幼いからな。夢を通じてゆっくり呼びかけていたところだぞ? オマエのように、半ば強引に契約など『六花』の優雅さに欠けるな」
二人はバチバチと睨み合いながら、どちらが上かとマウントを取り合っている。
その上位精霊のやり取りを間近で見ているシルフィーは、魔力に当てられ黒髪に変色した。
「今だ、私の姫君シルフィード。私に名前を付けよ。それをもって契約は結ばれる」
「シルフィードたん、魔力が満ちた今でしょ! 尊い名前つけちゃって~。わっしょーい」
一時的に上位精霊が現界したことで、シルフィーの先祖返りした魔力のタガが外れた。
浩々と流れ出す魔力は辺りを包み、千載一遇のチャンスを生み出す。
「な! 名前ですの? えーっと、名前……シルフェリア……シルフェリアでいかがでしょう? シルは私の頭文字を、フェリアはこの国の言葉で『敬虔な祈り』という意味ですわ」
「シルフェリア……良き名だ。これより私はシルフェリア。シルフィードが、生を全うするその日まで共にいようぞ」
完璧に現界したシルフェリアは、彼女の前で片膝を着き手の甲に口づけをする。
まるで騎士の礼だ。
絵画のような切り取られた瞬間に魅了された貴族達は、惜しみない拍手を送った。
「いぇいいぇい! さすがシルフィードたん。百点満点の出来だし」
「うむ。どうやら、今日は宴の席らしいな? 私達がこれ以上いたら迷惑であろう。落ち着いたら、ゆっくり話そうぞシルフィード」
「それな〜。あーしも料理の続きするから帰るし」
シルフェリアは、シルフィーと重なり合うように消えた。
ツクヨミも消えようとした時、意外な人物から声が掛かる。
「ツクヨミ様……でしたかしら?」
「ん? マルゴーたんどったの? てか、そんな緊張しなくて良いし、様も要らないし。マルゴーたんもセイジュの好きピだよ」
声を掛けたのマルゴー様であった。
彼女は、少し緊張した様子だ。
それもそのはず、上位精霊から見れば人間など路傍の石以下の存在。
少しでも機嫌を損ねれば、この場の数名を除いて即死させる力がある。
「そのメイド服の素材、もしかして『シルクスパイダー』ではありませんの?」
「良いっしょ? この服は、セイジュがあーしの為に作ってくれた特別製だし」
「そうでしたのね……それに、このスカートに施された紋章の刺繍も金銀糸が使われていますわ」
マルゴー様のお目当ては、『シルクスパイダー』製のメイド服だったか。
このメイド服は、俺の完全手作りオリジナルだ。
絹の様な質感の『シルクスパイダー』に、貴重な鉱物を使った金銀糸。
靴だって『ギガースバッファロー』の一枚革を使っている。
豊穣の森の素材のオンパレードだ。
「聞きまして? 今のお話し。オーヴォ卿が用意したみたいよ」
「えぇ……並の伯爵では手が届かない物を手に入れて、ヒルリアン様やドゥーヴェルニ卿とも懇意でいらっしゃる」
「あの若さで莫大な資金と大商会との繋がりもあるのかしら?」
「殿下が正妻になるのは決まっているから、なんとか娘を側室に押し込みたいわね……」
流行りやファッションに疎い男達の次は、婦人方のターン。
口元を隠した扇子の下では、今後の俺への接し方を模索している。
王家の息が掛かっているので強引な者はいないと思うが、貴族特有の謀略を仕掛けてくる者もいるかもしれない。
今日の招待客はセギュールさんと『ライブラリ』でチェック済みだが、ある程度距離を置くのは必須だろうな。
お互いの考えが交錯する中、今まで無言を貫いていたユグドラティエさんがパンパンと手を叩いた。
「――はいはい。お主達、悪知恵はそのくらいにしておくのじゃ。今日は、坊やにとってもシルフィーにとっても良き日じゃろ? 会は始まったばかり、楽しまんでどうする。とりあえず、我はこの美味い飯をいっぱい食べるのじゃ~」
ユグドラティエさんのコミカルな振る舞いに、会場の空気は一変。
彼女は仕切り直しの乾杯をすると、和やかな雰囲気に戻る。
そんな彼女に目線を送ると、菫色と翠色の宝眼がパッチとウインクをした。
ユグドラティエさん、貴女の心遣いに心からの感謝を――




