月下の邂逅、交わる刃
――周囲に人型の反応あり。
叩き起こされた俺は、急いで準備をして洞窟を飛び出す。
夜空には二つの月と満天の星。
こっちに来て何回も夜空を見上げた記憶はあるが、今日ほどの月明かりは珍しい。
「接触まで後1分くらいか、後ろから30頭近い『ゴアウルフ』の群れ。追われているのか?」
洞窟から離れた広場に、魔法で篝火を設置。
これで向こうも気づくだろう。
「後10秒……3…2…1……0」
ガサッ! っと勢いよく森から出てきたのは、輝く黄金の長髪に金色の瞳、白銀の鎧に身を包んだ美しいエルフであった。
胸の前にはお姫様抱っこをされた、俺より年下か同じくらいの女の子が苦しそうにしている。
満天の星空の下に美しき者達……もはや名画のようだ。
「こっちだ!!」
「なっ! こんな所に魔法の篝火、それに子供がなぜ!?」
「止まるな! 直ぐ後ろにきてる!」
「しまった!」
想像し難い状況に反応が遅れる。
(まさか真夜中の森に子供がいるなんて。後ろからは、獣物達の涎にまみれた牙と鋭い爪が飛び込んでくる。私はここで死ぬ! せめて殿下だけは守らないと!)
彼女は少女を守るように抱き抱え、その場にうずくまる。
が、その牙は二人に届くことなく、土壌から突き出た石の槍で串刺しにされていた。
「立って! その二頭は斥候だ。あなた達は死なない。崖側に洞窟があります。そこに俺の住居があるから走って!早く!」
洞窟まで小さな篝火の道を作る。
「今は信じて。入口には結界魔法もしてるから魔物は入ってこない!」
(くっ! 考えてる暇はない。この少年が人間か亜人か、はたまた幽鬼の類かは問わない。この場に止まれば必ず死ぬ、ならば選択は一つ)
「すまない! 助かる。ウルフの群れに追われている。殿下を介抱したら直ぐ加勢にくるからなんとか耐えてくれ!」
殿下? と背中越しに聞き慣れない言葉を耳にした俺は、抱えられた少女を思わず観てしまった。
――シルフィード・ドゥ・ラ・ラトゥール――
ラトゥール王国第一王女。10歳。
状態:毒・疲労困憊
王族だったか。
とんでもない者助けちまったな。
じゃあ、エルフはお付きの騎士様って感じか。
「まずはコイツらなんとかしないとな」
眼前には、一際大きな魔狼とそれに従う数十頭の牙達が距離を取っていた。
「そのまま襲い掛かってこないのは、相手の力量を見極めたか」
狼は賢い。
群で狩りをする天才だ。
仮に数の暴力で突っ込んできても、俺には届かない。
斥候の二頭がやられているのを見て、確実に獲物を殺す手段を取ろうとしている。
お互いの殺意が渦巻く。
篝火の下には必殺の武器と魔法で武装した子供、月明かりの下には鉄のように固い毛皮と岩をも砕く牙と爪を持った獣物。
勝負は一瞬だ。
狂乱の咆哮を合図に四頭の狼が襲い掛かる。
左右から、初撃の魔爪が全く同じタイミングで命を刈り取りにくる。
並の人間ならこの一撃で死ぬだろう。
二頭の攻撃が重なる瞬間を紙一重でかわし、短剣で切り裂くや否や待ってましたとばかりに残り二頭の顎門が、俺の首めがけて閃光の一撃を放つ。
最初の二頭は捨て駒だ。
短剣を振り抜いた動作から回復できていないこの瞬間こそ狼達の必殺のタイミング。
恐ろしく洗練された狩りへのメソッド。
その無駄のない動きは敬意すら感じる。
が、それでも俺には届かない。
「俺の本分は魔法だ、近接戦闘は選択肢の一つでしかない」
既に周辺は絶対零度、侵入した者は須らく永久の牢獄に囚われる。
二頭は獣としての本能をそのまま表した氷像になり果てた。
誇り高き狼がその醜態を後世まで残すか?
いや、それだけはない。
氷像の影から突如現れたソレは、俺を切り刻む為死神の爪で薙ぎ払う。
「これは影の中を移動する闇魔法か? 二重の時間差かよ!」
二体の氷像諸共巻き込む狼の王の一撃は、さながら一本の巨槍による撃滅の雄叫び。
対する俺は、『アイテムボックス』から一本の剣を瞬時に取り出し応戦する。
交わる全身全霊の刃。
それを物語るかのように、足元には行き場を失った魔素が青い火花を散らし、衝撃波は近くの清流を波立たせていた。
「王よ! これ以上の格付けはないだろ。俺はお前の爪一本を弾き飛ばした! これ以上の戦いは無用。賢き者なら群れを引け!」
俺は近くに刺さった狼王の爪を指さし牽制する。
王は赤い目でこちらを見据えたまま数秒……
『アオォォォオオン』と遠吠えを発し、仲間と共にきびすを返した。
――時間は少し遡る。
(私は謎の少年導かれ洞窟を目指す。足元には魔法の篝火が小さく燃え、決して躓くことはない。少年に絶望的な戦いを押し付けてしまった後ろめたさは確かにあるが、今は殿下の安全が最優先なのだ。私が忠誠を誓った幼き君は、毒に侵され生死の境を彷徨っている。一刻も早く安静にさせなくては)
「なんだここは……?」
(ありえない。洞窟に入った時結界魔法を通る感覚はあったが、ここは常軌を逸している。簡素ではあるが人が住む空間。木材で出来たベットには清潔な敷布団とシーツ、床には毛皮の絨毯が敷かれ、テーブルや椅子がある。そして何より、この澄んだ魔素に満たされた空間はなんだ。いるだけで傷ついた身体が楽になるではないか!)
「少年には悪いがこのベットを使わせてもらおう」
至宝を扱うように殿下をベットに横たわらせ、毒消しを飲ませるが、これでは完全に毒を消すことはできない。
精々進行を遅らせるだけだ。
もしかしたら、少年がより良い毒消しを持っているかもしれない。
だからこそ彼を死なせてはならない。
傷ついた身体を奮い立たせ彼の援護に向かおうとするが、一度膝をついたその身を起こすことができない。
鎧の下から血が滴り落ち絨毯を汚す。
「ぐっ! 少年……今いくぞ! ……すま…ない……絨毯を汚して…しまった……」
言葉とは裏腹、私はそのままベットに寄りかかり気を失ってしまった……
――戦いが終わり住処に戻った俺は、二人の対処を行う。
ベットに寄りかかったままのエルフの騎士には回復魔法を施し、そのまま横になってもらう。
暗がりで分からなかったが全身はボロボロに汚れている。
「ついでに洗浄魔法もしておくかな」
次に王女殿下の方だ。
ベットの上では、相変わらず苦しそうにしている。
毒進行遅延状態になってはいるが、彼女が掛かっているのは『ジェノサイドヴェノムスネーク』の猛毒だ。
「足を噛まれたか」
左足首に大きな噛み跡があり、壊死が進行している。
このままでは夜明けまでに確実に死ぬだろう。
解毒の後、足首には念入りに回復魔法を施し傷を完全に癒す。
朦朧とした意識の中で彼女は、自分の身体に吹く心地よい風を感じていた。
誰が施したかは分からない優しく包む風、それは彼女の今後を裏付ける運命的な出会いとなった――




