筆頭メイド、オーヴォ家の紋章
――あまりにも強引過ぎるユグドラティエさんによって、彼女とエルミアさんは俺の屋敷に住むことに。
彼女達と食事をしつつ今後について話していると、やけにテンションの高い上位精霊が俺の影から飛び出てきた。
「――やりらふぃーな皆さん、チョリーッス」
『精霊王』ティルタニア様から下賜された上位精霊。
褐色の肌に、虹色のエクステを付けたブロンドベージュの長髪。
青藍の瞳を持ったギャルが、ユラユラと俺達の前に現れた。
「なんじゃ? お主、名も貰ってないのに現界できるのか?」
「ま~ね~。セイジュの影はどちゃくそヤバイから、こうやって現界できてり」
「すいません、ユグドラティエさん。これは精霊語でしょうか? ほとんど理解できません」
「私も、全然理解できません。というか、すごい派手な上位精霊ですね……」
「うむ。我も分からんのじゃ! じゃが、契約前の精霊がここまではっきりと人型になっていることは珍しいのぅ」
とりあえず、精霊語ではないらしい。
生前の記憶をたどればギャル語か?
『俺の影の魔素がすごいから、名前を貰わなくても人型に成れている』というニュアンスだろう。
「こ奴は、ティルタニア直属の配下。『六花』の序列二位、闇の上位精霊じゃ。坊や、そ奴に名前を与えるのじゃ。さすれば、存在が安定し坊やの助けになろぅ」
「名前ですか? 急にそう言われても……」
「セイジュ! マジアゲぽよな名前付けなよ? あーしに変な名前付けたら、ソッコーでティルタニア様の所に帰るかんな!?」
どうやら、名前を付けることで契約が成立するらしい。
闇ぽよ? 闇ちょぱ? さすがに、軽過ぎかな。
もっと上位らしい威厳のある名前……あ! これでどうだ
「じゃあ……ツクヨミで……?」
「ツクヨミ?」
「遠い昔話にあった神様の名前です。月の神様、すなわち宵闇を統べる王の名前です。この世界には、二つの月があります。この名前こそ貴女に相応しい」
「りょ!! じゃー、あーしの名前はツクヨミね。それとセイジュ、丁寧な言葉止めな? リアカレが敬語とかマジウケる」
完全に実体化したツクヨミは、俺をバシバシ叩きながら笑っている。
ユラユラとしていた境界線も安定し、傍から見たら普通の人間だ。
「分かったよ。改めてよろしくね、ツクヨミ」
「いぇいいぇい!」
「セイジュ君の周りにまた女性が増えた……殿下の心中をお察しするよこれじゃあ……」
彼女は目の横でピースをしつつ、テンション高く返事をする。
そんな俺達のやり取りを、エルミアさんは生暖かい目で見つめていた。
「とりま、今後はあーしがセイジュの世話するかんね」
「え?」
「だから、あーしがセイジュの世話をするの。ちな、こう見えても『六花』の中では生活担当だったし。いつメンの中ではレベチだし!」
「てことは、専属メイドになるってことか? だったら、この屋敷もメイドが増えていくと思うしメイド長になってよ」
「おけまる水産!! 人間どもに精霊式おもてなしを教えてやるし。いぇいいぇい!」
「ハーッハッハッハ! ティルタニアが自らの世話役を手放すとはのぅ? シルフィーも坊やも、ずいぶん気に入られたようじゃな」
こうして、ツクヨミは俺専属のメイド兼メイド長となることになった。
基本的に俺の影に潜むから部屋や食事は必要ないらしい。
これは、正直助かった。
王宮から何人かは派遣してもらえる約束だが、屋敷を切り盛りする人の中に身内がいるのは頼もしい。
そして、そのまま今日は解散。
明日からは、忙しくなりそうだ。
――次の日。
王宮から派遣された、使用人達がずらっと並ぶ。
多すぎじゃね? と思うが、これもロートシルト陛下の心遣いなのだろう。
その中で、カイゼル髭が良く似合うロマンスグレーの老紳士が口を開いた。
「セイジュ様、今後ともよろしくお願い致します。私はセギュール、オーヴォ家の家宰を陛下から申し付けられております。他の使用人達も気に入った者がおれば、この屋敷で働かせて良いそうです」
「セギュールさん、よろしくお願いします。他の皆さんも、しばらくの間お世話になります」
お互いが挨拶したら、早速行動開始だ。
セギュールさんの指示で次々と仕事が割り振られていく。
掃除や洗濯、機能を失った設備の補修など手際の良さは見事だ。
「さて、セイジュ様にしかできない仕事がいくつかございます。先ずは、それから片付けて頂きたいと思います」
「僕にしかできない仕事?」
「はい。セイジュ様は新たに貴族になったわけですから、家の紋章を考えて頂きます。ご存知の通り、貴族の家はそれぞれ紋章を持っており、オーヴォ家も例外ではございません。また、屋敷が完成した折にはお披露目会をするしきたりがございます。その招待客の選別や招待状の準備……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってもらえますか!? やること多そうなので、メモさせてください」
セギュールさんから、やるべきことを聞いて書き出す。
大まかにまとめるとこうだ。
オーヴォ家の紋章を決める。
リストの中から、お披露目会に招く貴族を決めて招待状を書く。
更に、会で出す料理や持たせるお土産など、決めることはたくさんあるらしい。
これじゃ、拘りたいと思ってた風呂トイレキッチンは会が終わってからになりそうだな。
「招待客に関しては、私の方から何人か選別させて頂きますからご安心ください」
「助かります。貴族の知り合いなんて、ドゥーヴェルニ家とフィリピーヌ家しかいませんから……」
「どちらの方も冒険者でございますね。お任せください。セイジュ様は、紋章の設計をお願い致します」
仮の執務室で作業を進める。
セギュールさんは招待する貴族をリストアップし、俺は紋章のデザインを考える。
と言っても、モチーフがなかなか決まらない。
紋章にありがちなのは、王冠や剣、ライオンや鷲。それにユリだ。
ユグドラティエさんは……大樹に花冠だったな。
うーん、悩むな。
「なんじゃ坊や? 何を悩んでおるのじゃ?」
「あぁ、ユグドラティエさんおはようございます。貴族になったので、家の紋章を決めています。でも、全然思いつかなくて……」
遅めに起きたユグドラティエさんは、使用人達を横目に話し掛けてきた。
「ヒルリアン様、お噂は本当だったのでございますね。王宮から出て行かれたと……」
「まぁ、寝泊まりするのがこの屋敷になっただけじゃよ。今まで通り何も変わらんのじゃ。それに、我からしたらどこでも一瞬で行けるからのぅ」
ユグドラティエさんとセギュールさんは、王宮でも面識があるようで色々と話し込んでいる。
「――では、そのように」
「うむ。すまんのぅ、坊や。お主を置いて話をしてしまったのじゃ。で、紋章が決まらないじゃと?」
「そうなんです。なかなか良い設計が思いつかなくて」
「まぁ、紋章はその家を表すからのぅ。しっかり考えることじゃ。坊やの根元を辿れば、意外と良い案が出るかもじゃぞ?」
俺の根元?
事故で転生。運命と選択の神ゲーテ。運命の十字路。虚無で溢れる杯。
あ? 思いついた。
洞窟に描いた宗教画だよ! 十字路に佇み、悪辣に笑う二柱。
四つの選択肢……これに決めた!
「その顔は、良い設計が思い浮かんだようじゃな?」
「はい! ユグドラティエさんのおかげです。ありがとうございます!」
「そうかそうか。出来を楽しみにしておくのじゃ」
――大ぶりのブルゴーニュグラスのシルエットに浮かぶ十字路。
それを絡みつくように持つ二柱が笑みを浮かべる。
その周りを盾形の線で良い感じに囲えば出来上がりだ。
「セギュールさん、こんな感じでどうでしょうか?」
「拝見致します。ふむふむ……紋章において杯とは、薬を意味します。セイジュ様は、シルフィード殿下やマーガレトの妹を自作のポーションで直したと聞き及んでおります。それに、十字と神と思わしき着想、冒険者としての矜持を表した盾。セイジュ様にピッタリな紋章でございますね」
「ありがとうございます。設計的に大丈夫でしょうか?」
「職人によっては、細かい変更を希望されるかもしれません。しかし、セイジュ様は後々王家に連なる方。最高の職人を用意致しましょうぞ」
紋章の次は、招待客の選定。
セギョールさんの見繕った貴族たちを、『ライブラリ』で照合しながら決めていく。
悪徳貴族や国家に二心を持つ貴族とは知り合いたくない。
王族一家と取捨選択をした貴族達で、無事招待枠を埋めることができた。
その後、料理やお土産の話を詰めているといつの間にか夕方に。
セギョールさん以外の使用人は皆帰り、明日また来るらしい。
皆は休憩やご飯は取ったのだろうか?
「セギュールさんも、お疲れ様でした。これからどうしますか?」
「はい。書いて頂いた招待状をまとめたら、今日は終わろうと思います。セイジュ様も、慣れない作業でさぞお疲れでしょう。ゆっくりお休みくださいませ。明日、また同じ時間に参りますので」
「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」
セギョールさんは残った作業をした後、日が沈む前には帰った。
それと入れ替わるようにエルミアさんも帰宅。
「――ただいまーっと。はぁ~、お腹空いた。すごい! 昨日とは見違えるくらい綺麗になってる」
「おかえりなさい、エルミアさん」
「おかえりなのじゃ、エルミア。なんじゃ~? ずいぶんと馴染んでおるのぅ? 一日で実家のような安心感を得たか? 昨日は、あんなに慌てておったのにのぅ」
ユグドラティエさんと一緒に、エルミアさんを出迎える。
彼女がエルミアさんを茶化し、今日も三人でテーブルを囲む。
そして、俺達の横には筆頭メイドのツクヨミも控えていた――




