屋敷の今後、三人の食卓
――叙爵、叙勲と共に屋敷も貰えることになった。
貴族街の東区画、大噴水の近くにある元伯爵邸が俺の家だ。
夕方には現着し少し埃っぽい屋敷を見回っていると、とある部屋にユグドラティエさんがいる幻覚を見た。
「――あれ? おかしいなぁ。今、部屋の中にユグドラティエさんがいたような?」
今日は緊張したし、疲れているのだろう。
もう一度、件の部屋を開けてみた。
「なんじゃ? 坊や、急に閉めて。ほれ、この通り快適じゃぞ」
「な、な、何で! ユグドラティエさんがここにいるんですか!!??」
「ん? 最初に言ったじゃろ? 坊やが家を買ったら、毎日通うって。じゃが、よくよく考えたら通うのはめんどくさいから住むことにしたのじゃ。あぁ、エルミアの荷物も全部前の部屋に突っ込んでおるからのぅ」
「まさか……朝早くから出かけてたのって、引っ越しをする為ですか……」
「ご名答じゃ!」
ユグドラティエさんは、悪びれもせず爽快な笑顔でベッドの上に寝っ転がっている。
そんなフリーダム過ぎる彼女を頭を抱えながら見ていると、もう一つの台風が飛び込んできた。
「うぉ、うぉ! ぅぉお師匠様ぁあああ!!! 貴女って人は何やってるんですか! 騎士団の宿舎に帰ったらもぬけの殻だし、部下達は『婚約おめでとうございます』なんて言ってくるし! 意味が分かりません!」
すごい剣幕でまくし立てるエルミアさんは、ご愁傷さまとしか言いようがない。
自分の家に帰ると荷物が全部なくなり、彼女が遂に結婚するとまで吹聴されていた。
単なる与太話ならいいのだが、言った本人がユグドラティエさんとなるとたちが悪い。
「エルミア遅かったのぅ? お主の部屋は前で、坊やの部屋は正面じゃぞ」
「そんなこと聞いてませんから!」
「なんじゃ? 坊やにもさっき言ったが、約束したじゃろ? 坊やが家を買ったら一緒に住むって。それに、アグラエルにもこの間報告して了承を得ておるのじゃ」
「お母さんに!? んもぉ――ッ!」
エルミアさんは真っ赤になり、その場に座り込んでしまう。
「ちょっと、ユグドラティエさん勝手過ぎませんか? さすがに、可哀想かと……」
「可哀想? ……確かにそうじゃな。我としたことが、早計じゃったかもしれん……」
彼女は、むくりと起き上がって腕組みをして考え始めた。
「良かった……だったら、一旦エルミアさんの荷物は宿舎に返しに行く方向で……」
「思えば、セレスの部屋を決めてなかったのぅ? あ奴に相談もせず、坊やの部屋の前や隣を我とエルミアで勝手に占拠するのは、我らの友情に反するかもしれん。さすが、坊やなのじゃ。ありがとう!」
「いや! そこじゃねぇからぁあああ――ッ!!!」
この期に及んで、空気を読み違えるどころか更にセレスさんまで呼ぼうとしてるよこの人……
「セイジュ君……もうあきらめよう……私は少し横になるよ……」
エルミアさんはフラフラしながら、前の部屋に引きこもってしまった。
「ユグドラティエさん良いんですか? かなり、ヘコんでるみたいですけど……」
「大丈夫じゃよ。あぁ見えて、坊やと一緒に住めるのを楽しみにしておる。恥ずかしさの裏返しじゃよ」
「ユグドラティエさんも良いんですか? 王宮に豪華な離宮があったようですし。そこと比べると、ここは狭すぎませんか?」
「ハハッ! あそこに比べればここは天国じゃよ。暇で暇でしょうがなかったのじゃ。それに、ここにおると――」
「「美味い酒と料理が食える!」」
「ハーハッハッハッハ!! 坊や分かっておるではないか!」
彼女の動機をズバリ言い当てた俺達は、笑ってしまう。
では、そんな二人に今日の夕ご飯は腕を振るおうと思い、エルミアさんも呼びに行く。
「――エルミアさん、少しは落ち着きましたか? そろそろ夕ご飯にしますが、良かったら一階で一緒に食べませんか?」
「いく……」
エルミアさんは、少しふて腐れているようだが大人しく出てきた。
ちゃっかり部屋着に着替えているのは置いといて、エルフのプライベートってこうも薄着なのか?
彼女は、タンクトップに脚が露わになったショートパンツ。
普段の姿からは、思いもよらぬ姿に目のやり場に困ってしまう。
ユグドラティエさんだってそうだ。
ほぼ全裸にシーツを巻き付けているだけ。
これでは、目に毒過ぎる。
「食堂に来てもらったのですが、掃除もしてないですし家具もありませんね。とりあえず、『アイテムボックス』内ので間に合わせますね」
「坊やが出してくれるなら、どれも楽しみじゃぞ」
「たまご、たまご~。卵料理~」
エルミアさん……貴女、幼児退行してませんかねぇ?
浄化魔法で掃除をしつつ、テーブルと椅子を足り出した。
二人にワインを出して、今日のメニューを見繕う。
卵料理を希望したエルミアさんには、以前食べてもらった厚焼き玉子のサンドイッチとオムレツのケチャップ掛け。
辛いもの好きのユグドラティエさんには、マスタードたっぷりのBLTサンド。
サラダには、数種類のドレッシングを付け合わせた。
「台所が修繕できてたら、温かいもっと別の料理も出せたのですがすいません」
「いやいやいや、これじゃよ! これ! この辛さが良いのじゃ。今後も楽しみじゃな」
「あ~、相変わらず美味しい。セイジュ君と暮らしたら、毎日これが食べられると?」
二人は上機嫌に食べている。
エルミアさんはさっきまでの不機嫌も吹き飛び、今は恥ずかしさより食い気が勝っているように感じた。
「ところで、お二人ともここに住むとなると、何か希望はありますか?」
「特にないのじゃ。必要な物は持って来ておるのし、坊やの飯が食べられれば良い。あえて言えば、風呂は欲しいかのぅ?」
「私もないよ。一日のほとんどを騎士団か殿下の護衛に費やしてるしね。でも、お師匠様の言う通りお風呂は必要かな。仕事がら汚れることも多いしね」
「僕としても、風呂トイレ、台所にはこだわりたいですね。やっぱり、清潔第一でいきたいと思います。後は、地下室もあるのでワインの貯蔵庫も作ってみたいですね」
三人で食卓を囲み、お互い欲しいものを言い合う。
洞窟の頃みたいにその日だけで終わるのではなく、今後も続くのだ。
そう考えると、ワクワクしてきた。
「はぁ~。でも、こだわるとなると先立つものも必要ですよね……それに、使用人を雇うとなると給金も必要ですし。冒険者ギルドで依頼いっぱい受けて、お金貯めないと」
「金じゃと? なんじゃ、坊や? 聞いておらんのか? 貴族になったら毎月給金が出るし、お主『トランプ』を発案したじゃろ? 王家から莫大な特許金が入るのじゃ」
「へ? じゃあ、特に頑張る必要ないと?」
「頑張るもなにも、もはや遊んで暮らせるのじゃ。なんだったら、マルゴーに『シルクスパイダー』製のドレスでも送ってみよ。次の日には、数え切れないほどのお礼が届くと思うのじゃ」
「セイジュ君が、いつの間にか大金持ちに……これって、私玉の輿なんじゃ……」
どうやら、貴族特権の給付金と『トランプ』のロイヤリティーでお金に困ることはないらしい。
更に、『アイテムボックス』の宝飾品を献上すればリターンは計り知れないと。
「坊や、お主の『アイテムボックス』はどうなっておるのじゃ? エルミアに与えた神代の魔法を再現できる槍など、聞いたことないのじゃ」
「確かに、アレにはビックリしたよ。『ファロスアノア』なんて、エルフ語も付いてるし……」
「実は、あの武器僕が作り出した物なのです。でも、できた武器を『鑑定』しても名前がなくて……それをエルミアさんが手にした途端、名前が付いて性能が跳ね上がったのです」
「セイジュ君……『鑑定』なんて、また貴重なスキルを持ってるね」
「エルミア、もう坊やにツッコミは不要じゃ。『セイジュだから……』で無理矢理納得しておくのじゃ。我はそうしてるのじゃ……」
俺の事情を全て知るユグドラティエさんは、適度にフォローを入れてくれる。
いつか、エルミアさんにも自分のことを話す機会はくるのだろうか?
「となると、坊やが作った物をお主以外の強き者が触れたら、真の効果が発揮されるのじゃな?」
「多分そうだと思います」
「面白いのぅ。どれ坊や、何か一つ武器防具か宝飾品を出してみるのじゃ」
「名前の無いアイテムですか……? これなんてどうでしょう?」
俺は、ユグドラティエさんに名前のないポーションを渡す。
彼女の手に収まったポーションは優しい光を放ち、異様なまで神々しい雰囲気をまとっていた。
そして、それを『鑑定』すると……
――ユグドラシルの一滴――
セイジュ・オーヴォ作の神話級ポーション。ユグドラティエ・ヒルリアンが手にしたことによって、世界に認識された。肉体があれば、どんな死者であれ全盛期の状態で蘇る神薬。蘇った肉体は『ユグドラシル』の恩恵を受け、エルフ並みの長寿となる。
「って、『鑑定』結果が出ました……」
「おい坊や。それは大人しく『アイテムボックス』にしまって、二度とこの世界に出してはならんのじゃ」
「死者蘇生ですか? 魔法における、極致中の極致じゃないですか……お師匠様、これ一本で戦争が起きますよ? 蘇るだけじゃなくて、エルフ並みに長寿になるとは……」
「ハハ……自重します……」
ユグドラティエさんが触れたポーションは、神薬になった。
俺が作った名前ないアイテムは、渡した相手によって効果が変わるらしい。
これからは、特に実力者相手に名前のないアイテムは渡さないようにしようと決めた。
「――気分アガる話してんじゃん! あーしも仲間に入れるし!?」
そんな話をしていると、空間を裂くようなテンション高い声と共に、俺の影から飛び出してきたのは黒ギャル。
もとい、上位精霊が七色のエクステを付けた髪を振り乱し俺達の前に現れた――




