叙爵と叙勲、宿卒業
――いつも通りの日々が戻ってきたと思ったら、エルミアさんが訪ねてきた。
要件は、俺に対する叙爵と叙勲。
シルフィーの魔導覚醒と『トランプ』作成の功績が認められたらしい。
彼女の案内で王宮に向かう。
――もう何回目だろう? この門を潜るのは。
初めは、ユグドラティエさんに強制的に連れてこられシャンプー作り。
次にガーネットさんを治したり、シルフィーの訓練に付き合ったりと縁に恵まれている。
思い返せば、以前ゲーテが言ってた通り人助けばかりしてないか?
落ち着いたら長期的な冒険に出ようかしら?
そんなことを考えていたら、エルミアさんから声が掛かった。
「どうした? セイジュ君。ボーっとして」
「いえ。それにしても王族の方々とご縁があるなと。もう何回目の登城か分かりませんよ……」
「フフッ。確かに、キミは異例中の異例だね。成人前に叙爵、これも異例。セレスの屋敷に行くのも異例。まして、セレスとお風呂に入るのは異例過ぎだよ、もう!」
突如、地雷を踏みぬいた話題を振るエルミアさん。
彼女は、怒ったように太ももをポカポカと叩きながら俺をのぞき込む。
「な! なんで知ってるんですか!? あれは、ガーネットさんが無理矢理……」
「やっぱり、本当だったんだ! ガーネットの冗談とばかりに思ってたのに! いや~、セイジュ君はお盛んだね~。これはお師匠様にも相談しないとな〜」
「事故! 事故ですから! こんなことユグドラティエさんに知られたら、何をされるか……ん? いかにもユグドラティエさんが、飛んで来そうな話題なのに来ませんね?」
「お師匠様なら、用があるって早くから出かけたよ。ほら、着いたよ。降りよう」
――王宮の一室。
準備ができたら呼びに来ると言われ大人しく待機。
やっぱり、儀式は玉座の間でやるのか?
段々と緊張してきて、ソワソワする。
呼びに来た執事に案内され、豪勢な応接間に入る。
中には王族一家とエルミアさん、セレスさんや王妃専属のマーガレットさんもいた。
「旦那様!!」
「――ウグッ!!」 「――クッ!!」
「落ち着けお前達……」
「あらあら」
部屋に入ると、真っ先にシルフィーから声が掛かる。
その嬉しそうな声を聞いた王子二人は、短い悲鳴を上げた。
ロートシルト陛下に似て精悍な顔立ちの二人は、どこか悔しそうな表情をしている。
「久方ぶりだね、息子よ」
「「――息子!!」」
「……? お久しぶりでございます、陛下」
「あぁ、すまない。紹介がまだだったな。お前達、挨拶しなさい」
陛下に促された二人は、俺の前に出てくる。
兄弟ではあるがお互い正反対だ。
鍛え上げられた肉体と、隙の無い足運びに堂々とした態度。
それに対して、スマートで引き締まった格好と知的な眼鏡に穏やかな笑み。
甲乙つけがたい王子達がそこにいた。
「レオヴィルだ。セイジュ、君のことは父上や祖父上から聞いているぞ。シルフィードを頼む!」
「ラスカーズです。僕も君のことは聞いてるよ。妹を……妹を、クッ! 妹を頼んだよ……」
レオヴィル殿下は握手、ラスカーズ殿下は俺の肩に手を乗せ、二人とももの凄い力を入れてくる。
その表情は、まるで血の涙を流さんばかりに歪んでいた。
「シルフィーを? いたた……」
「二人ともいい加減にしなさいな! セイジュ卿が困っておいでよ。セイジュ卿、ごめんなさい。この二人には、後できつく言っておきますわ」
「「母上……」」
「いい加減妹離れをしなさいな。シルフィーは、もう自分で判断できる年頃です。兄二人にいちいち詮索されては困ります!」
マルゴー様は、口元を扇子で隠しながら息子二人に厳しい声を掛ける。
あー、この二人も父親に似てシスコンなのだろう。
特に歳の離れた妹だ、普段の溺愛っぷりが目に浮かぶ。
「さて、息子よ。今日はわざわざありがとう。本来なら叙爵は玉座の間でやるべきだが、いかんせん君はまだ未成年だ。余計な波を立てないために、非公式でやらせてもらう。その代りに、見届人としてブリオン前国王と、大公爵家のドゥーヴェルニ卿を立ち会わせる」
「い…いえ……叙爵なんて恐れ多いです。僕は自分のやりたいことをやったまでですから……」
「フッ、いき過ぎた謙遜は時に傲慢になる。我が娘を助け、更に貴重な才能を見出した。新たな娯楽も作り出し王都に貢献。これ以上の理由はないぞ?」
「は…はい! 謹んでお受けいたします。我が剣と魔法はラトゥール王国と共に――」
エルミアさんに習った通り、片膝を着いて授かるマナーをやってみせた。
頂いた爵位は男爵、勲章は紅綬花冠褒章。
これで、晴れて貴族の仲間入りというわけだ。
「お似合いですわ、旦那様」
「ありがとうございます、シルフィー」
勲章の取り付けは、シルフィーが担当した。
彼女は、自分のことのようにニコニコと称える。
兄二人も観念したのか、皆と一緒に拍手を送った。
「それと、これも渡しておく」
「これは……?」
「その書簡には、息子に与える屋敷について書いてある。貴族になったのだから、いつまでも安宿に居させるわけにはいかん」
「おいセイジュ、どの辺って書いてあるよ?」
なんと屋敷まで貰えるらしい。
セレスさんに急かされ内容を確認すると、場所は東区画の大噴水近くらしい。
「えーっと、東区画の大噴水ちかくらしいです」
「おぉ! ウチの近くじゃねぇか。となると、ディッサン元伯爵家の空き家か?」
「そうだ。ディッサン伯爵家は跡取りに恵まれず、かなり前に取り潰しになった。空き家のままにしておくのは、勿体ないのでな。今の息子には少々広いかもしれんが、将来的にはシルフィーも住むのだから良いだろう」
「ありがとうございます。ところで、先ず何をすれば良いのでしょう? 掃除とか補修ですか?」
「そうだな、しばらく経っているから現状を確認してくれ。王宮からも、信頼を置く使用人を何人か送り出そう。それに困ったことがあれば、ドーヴェルニ家にも相談するが良い」
「そうそう、引っ越しが片付いたらお披露目会しようぜ! アタシもガーネット達と手伝いに行くからよ」
なるほど、やるべきことが見えてきた。
夕方には新居に行って状態を確認しよう。
行動を起こすのは、明日からで良いだろう。
「ありがとうございます。では、夕方には新居に行きます。明日以降、色々やってみたいと思います」
「うむ、それが良いであろう。使用人達も明日の朝、着くようにしよう」
「フフッ、セイジュ卿のお披露目会楽しみですわね」
「えぇ! お母様。今から、しっかりお腹を減らしておかないと……」
「ガッハッハッハ! シルフィーは本当にセイジュの甘味のとりこじゃな!?」
ブリオン陛下から容赦ないツッコミを受けたシルフィーは、すっかり赤面してしまう。
しかし、家族の皆さんは幸せそうに笑っていた。
「――なんだい! セイジュさん、貴族になったのかい!?」
「はい。実は、以前シルフィード殿下を助けたことがありまして、それが評価されたみたいです」
「お姫様を? あんたも色々あったんだねぇ? 冒険者にしては、妙に礼儀正しい子供だと思ってたけど」
宿に戻った俺は、今までお世話になった女中さん達にチェックアウトの報告とお礼を言う。
「なになに? セイジュのお兄さん、貴族街にお引越しだって~? この宿から貴族様が誕生ですって! これは、良い宣伝になるよ~。やっぱ、私の目に狂いはなかった」
この娘は、俺が宿探しを迷っていた時に声を掛けてくれた。
話す機会も多く友人の様な関係だったが、いざお別れとなると寂しいもの。
「今までありがとうございました。初めて王都に来た時、宿探しに迷ってた僕に声を掛けてくれて嬉しかったです」
「こちらこそ、ありがとうだよ~。お兄さんみたいに、大事に部屋を使ってくれる冒険者はなかなかいないよ? 何だったら、お兄さんの屋敷でメイドとして雇っておくれよ?」
「ははっ、大歓迎ですよ。では、本当にありがとうございました。これ、良かったら皆さんで食べてください」
彼女は、以前やったみたいに俺の腕に絡みついてくる。
そんな冗談はさておき、お土産を渡して宿を出た。
――書簡にあった通り貴族街の東区画、大噴水に着いた。
さすが、貴族街の噴水。
大きな泉の中心には豪華な彫像が建ち、天高く水柱が吹き上がる。
その周りを囲むように小さな水柱。
緑と水が織りなす建造物は、これだけで一級品の価値があった。
その大噴水のすぐ近く、門がしっかりと閉ざされた屋敷。
これが俺の新たな住処だ。
受け取った鍵で門を開けると、目の前には雑草が伸びきった庭や涸れた池。
その先に、目を見張る三階建ての屋敷が見えた。
さすが、元伯爵家。
予想以上のデカさだ。
玄関をくぐれば大きな階段が出迎え、二階まで続く吹き抜けはなんとも気持ちが良い。
一階には、キッチンや食堂、風呂や応接室など生活に必要な部屋が多い。
全体的に埃っぽくて薄暗いが、洗浄魔法や照明の魔道具を交換すれば直ぐにでも使えそうだ。
やっぱ、元日本人としては風呂やトイレ、キッチンにはこだわりたいよな。
余裕ができたら色々改造してやろう。
そんなことを考えながら二階へ上がる。
二階は、広めに取られた部屋が続く。
伯爵家のプライベートルーム達かな?
主寝室と思われる一際大きな部屋、その隣の部屋を開けたら時が止まった。
「――おぅ、坊や。遅かったのぅ? 我はこの部屋を使うのじゃ。もう必要な物は運んでおるから、心配はいらんのじゃ!」
何か悪い幻覚が見えたようだ……俺は静かに扉を閉めた――




