戻る日常、叙爵と叙勲
「――まだかなぁ……?」
ユグドラティエさんが上の様子を見に行くと言って数時間。
俺は、アマツさんの墓の前で待ちぼうけを食らっていた。
特にすることもないので『アイテムボックス』の整理や、墓に日本人なら喜びそうな物をお供えしていると、上空から花弁が舞い落ちる。
「出迎えご苦労、狂犬」
「お待たせしましたわ! 旦那様」
「いや~、坊やすまんすまん。思いの外、盛り上がってしまったのじゃ」
「おかえりなさい皆さん、楽しそうで何よりです」
ティルタニア様に抱きかかえられたシルフィーは、地に足を付けるや否や満面の笑みで俺に飛び込んでくる。
その様子を二人は、まんざらでもない表情で見つめていた。
「これは……? おい、狂犬。この花々や酒はそなたが供えた物か?」
「そうです。確証はありませんが、多分アマツさんから見れば懐かしい花だと思います」
「うむ。確かにこの白や淡紅色の花弁と、風に舞い遊ぶが如き黄色い花弁。アマツが言ってた故郷の花そのものであるぞ。妾にも咲かせぬ花をよくぞ持っておった」
墓標に供えられた桜と菊。
豊穣の森で採取した花の一部だ。
ティルタニア様はその花々を愛おしそうに撫でた後、ふっと吐息を掛けると周辺には満開の桜と菊畑。
白やピンクの桜が舞い落ち、百万弁の菊が咲き誇る。
「凄い! 凄いですわ! ティルタニア様。なんて美しい」
「セイジュ……大義である。受け取れ」
「ティルタニア様、今僕の名前を……」
「無論、シルフィードやユグドラティエから聞いておるぞ。だが、そなたからは決して名乗るでない。そなたの名は、妾達精霊を縛り付けてしまう」
そう言った彼女は、俺の影に何かを投げ込み波紋が広がった。
「分かりました。ありがとうございます、ティルタニア様。今のは?」
「妾を楽しませてくれた褒美ぞ。いつか役に立つ日がくるであろう。そなた達の成長楽しみにしておく。精進せよ」
「ハハッ! 大盤振る舞いじゃな、ティルタニア」
「ティルタニア様! また遊びに来ても良いですか? 私、もっとティルタニア様とお話がしたいですの。王宮にもご招待したいですわ!」
「フフッ。シルフィードならいつでも来るが良いぞ。此度はユグドラティエの転移で来たようだが、いつか実力でたどり着いてみせよ。待っておるぞ」
ティルタニア様と別れを済ませ、崖の上に転移。
見下ろせば樹海と、遥か先には『ユグドラシル』。
そして、格段に美しい虹が俺達を見送った。
城門まで転移魔法で帰り、そのまま解散。
二日ぶりに宿に帰ってきた俺は、ベットに倒れ込んだ。
――うとうと。
現実と夢との境界線。
曖昧な意識の中で、何かと対峙する。
輪郭線はゆらゆらと歪んでいるが、虹色のエクステを付けたブロンドベージュの長髪と青藍の瞳が俺を見つめる。
褐色の肌に盛りに盛ったまつ毛。
華美な顔面は、前世で会ったら思わず視線を逸らしてしまうだろう。
『あーしら最強だし』なんて嘯きそうなギャルっぽい何かが口を開いた。
「ねぇ? 早くあーしを使役しなよ?」
「はい?」
「だから、使役だよ。ティルタニア様から聞いてないの?」
「いえ、何も聞いてませんが? ティルタニア様ということは、貴女は上位精霊?」
「そ。じゃ、用がある時呼びなよ。セイジュの影は居心地良いからいつでも応えてあげる、いぇいいぇい」
「は…はぁ……」
夢? 狐につままれたような会話の後、深い眠りに落ちた。
――すやすや。
柔らかいベッドと温かい布団。
充足した夢の中で、シルフィードは何かと対峙する。
ぼんやりと辛うじて人型の形状。
ただそこに存在し、異様な魔力を放っている。
黙して語らず、お互い無言。
しかし、シルフィードはその流れ出る魔力に覚えがあった。
それは、ティルタニアの腕に抱かれた時と同じような魔力の波動。
「上位精霊様……?」
「……」
「そう! 対話ですわ。ユグドラティエ様が言ってたように対話をしないと……私に宿って頂きありがとうございます」
「……な……を……」
「え?」
精霊は何かを言ったが、シルフィードは聞き取れず消えてしまう。
そして、起床の時間を告げるメイドのノックで目が覚めてしまった。
「――ま~た、すごい所に行ってきたんだな。『ユグドラシル』の根元なんて、アタシですら数回しか行ったことないぞ? それに『精霊王』に会ったなんて、もうオマエ特級冒険者で良いだろ?」
「いえいえ。ユグドラティエさんの転移魔法だったので一瞬でしたが、聞けば聞くほど到達するのは不可能でしょ? あんなとこ……世界の果ての果てにあるなんて」
「まぁ、アタシもユーグの手伝いがあってたどり着いたからな。生身で行けたのは『勇者』くらいだよ」
『ユグドラシル』から帰って来て数週間。
俺の日常は、緩やかに過ぎていく。
久しぶりに会ったセレスさんとも話が弾む。
「にしても、お姫様が上位精霊を宿すとはねぇ? 何の火種にもならないと良いけどな」
「王位継承権は放棄してるのでしょ?」
「そうだけどよ? 初代国王陛下の力に触れて精霊まで宿したとなると、周りがほっとかないだろ。第一王子派、第二王子派それに側室の庶子。王宮は、オマエが思ってる以上にドロドロしてるからな〜」
「確かに、シルフィーが成長したら影響力が強くなりそうですね」
権力闘争に巻き込まれるか?
貴族社会には、よくありそうなことだな。
その時俺は、彼女を守ってやることができるだろうか?
「今はまだご機嫌をとるぐらいだけど、13歳から15歳まで学園に通うことになる。卒業したら、晴れて成人だ。そこからが試練だな」
「やっぱり、そういった教育機関あるのですね? 成人したシルフィーか……はぁ〜、やっぱ結婚することになるのかなぁ?」
「どうだろうな? その話題も極一部しか知らないし、もしかしたら学園で他の男を見つけるかもしれん。なんだ? ため息なんかついて、嫌なのかよ?」
「いえ。現実味がないというか、突拍子もないというか……それに、どっちかというとセレスさんやエルミアさんの方が好みですし……はぁ〜」
頬杖をついてため息混じりに呟いたが、勢いのあまりとんでもないことを言ってしまった。
「ハッ! す…すいません! 変なこと言っちゃって」
「ば…バカヤロウ……冗談でもそんなこと言うんじゃねぇ。それに関係者に聞かれたら不敬罪でしょっ引かれるぞ」
セレスさんは、真っ赤になりながら前髪を直す。
彼女の照れ隠しの癖っぽいが、久しぶりに見たな。
「すいません……エルミアさんもお元気ですか?」
「あー、アイツなら近々オマエに会いにくると思うぜ」
「僕に? 何の用でしょう?」
「それは、きてからのお楽しみだな。じゃ、アタシは行くわ。またな〜」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女は、去っていった。
――更に数日後。
いつもの宿で朝の準備をしていると、ドアを激しく叩かれた。
「セイジュさん! 起きてるかい? あんた何やったんだ!」
「はい? おはようございます、何でしょう?」
「何でしょう? じゃないよ。表出てみな。グロリイェール騎士団長が、あんたを迎えに来たと言ってんだ!」
「へ? いえ、全く身に覚えがありませんが」
「いいから、とっととお行き! 貴族様を待たせるんじゃないよ!」
慌てて起こしに来た女中さんに叩き出され、エルミアさんの元へ向かう。
宿の前には、黄金の瞳と黄金の髪をなびかせたエルミアさん。
そして、豪華な馬車が止まっていた。
「セイジュ君、久しぶりだね。ごめんね、急に訪ねて」
「いえ、ちょっとびっくりしましたが、何でしょう? それに、王家の紋章入り馬車まで……」
「それは、道中で話すよ。とりあえず、乗ってくれないかな」
促されるまま馬車に乗り込み出発する。
エルミアさんは、当たり前のように俺の隣に座り要件を話し始めた。
「セイジュ君、行先は王宮だ。今日は、ブリオン先代陛下並びに現両陛下、殿下達と会ってもらう。要件は、キミへの叙爵と叙勲だ。」
「え!? 何でまた急に……」
「フフッ、急でも何でもないよ。シルフィード殿下の魔導を覚醒させたり、『トランプ』という娯楽を作り出したり。知ってるかい? 今、社交界では『トランプ』が大人気なんだ。そろそろ、市井に出そうと画策しているらしいよ」
「知りませんでした……そこまで人気になっているなんて」
「それに、シルフィード殿下に上位精霊が宿ったことが決め手かな。お師匠様も珍しくビックリしてたからね」
エルミアさんが俺を訪ねて来た理由、それは俺への叙爵と叙勲だった。
シルフィーを覚醒させたこと、新しい娯楽を作ったことを鑑みれば叙爵が妥当らしい。
後、これは邪推だがシルフィーの婚約者としての肩書も必要なのだろう。
「キミと出会ってまだ一年近くか……私達エルフにとって時間など一瞬だが、キミと過ごした日々は実に濃いな。フフッ」
「僕も森で助けた人が貴族で、ユグドラティエさんが殴り込んで来て、王都に来たと思ったら王宮に引っ張り出されシルフィーと婚約なんて考えてもいませんでしたよ」
「ハハッ! 案外、キミは英雄譚の星の下に生まれたのかもしれないね。くれぐれも無茶はしないでくれよ? 英雄は、どいつもこいつも生き急ぎ過ぎだからね。さて、そろそろ王宮に着くかな」
白亜の王城は目の前だ。
皆さんは元気だろうか?
エルミアさんから叙爵に関してのマナーを色々聞きながら、もう何回もくぐった城門に目を向けた――




