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ユグドラシル③、その正体

 ――シルフィーは、『精霊王』ティルタニアの導きによって上位精霊を宿した。

 そしてその夜。

 眠れない俺は『ユグドラシル』の根元に行くと、そこにはユグドラティエさんが待っていた。



「……ユグドラティエさん?」

「ん? 坊やか、どうしたのじゃ? こんな時間に。まさか! 我を夜這いにきたんじゃなかろうな!?」

「そんなことしませんから!」

「じゃがのぅ? さすがに、野外は考えものじゃぞ?」

「だから、そんなことしません!」

「なーっはっはっは。ほれ、突っ立てないで座るのじゃ。寝れんのじゃろ?」


 彼女は、自分の隣をポンポンと叩いて座れと急かす。

 木の根と言うには、あまりに大きすぎな根に並んで座った。

 秀麗な横顔に、エメラルドグリーンの髪の毛がサラサラと揺れる。


 夜の帳が下りた原生林。

 少しの肌寒さと森の香り。

 そして、ユグドラティエさん自身から香る白檀香も相まって心が落ち着く。



「ユグドラティエさんは、どうしてこんな時間にここへ?」

「それは坊やも同じじゃろ? 我はな、ここが一番落ち着くんじゃよ。家やベッドで寝るより、よっぽど癒されるわぃ」

「確かに、ここは気持ちいいですね。心が落ち着きます」

「坊やはどうしてじゃ?」

「言われた通り寝れなくて……ここが気になって来てしまいました」

「そうかそうか」



 一言話してお互い無言になる。

 気まずいわけではない。

 この距離感が心地良いのだ。

 普段はふざけたセクハラエルフだが、時折見せる懐の深さはさすが年の功。


「のぅ? 坊や。今、我の歳について考えておったじゃろ?」

「え? なぜ分かったのですか!」

「こやつ! 洞窟でも言ったじゃろ。我をババア扱いするでないのじゃ。うりうり〜、坊やは顔に出すぎなのじゃ」


 不用意に歳を考えた俺に、ユグドラティエさんはヘッドロック&頭グリグリ。

 じゃれ合って、また無言。

 まるでお互いの核心を引き寄せるかのように、心地良い時間が過ぎる。



「のぅ? 坊や」

「なんでしょう? ユグドラティエさん」

「森を出て楽しいかのぅ?」

「はい、とても。出会った方々は良い人ばかりですし、冒険者稼業も楽しいです」

「そうかそうか」


 ユグドラティエさんは、目を閉じて満足そうに頷く。



「のぅ? 坊や」

「なんでしょう? ユグドラティエさん」

「坊やのワインや料理、装飾品や道具にエルミアやセレス、王族達。勿論、我だって感謝しておるのじゃ」

「本当ですか! 嬉しいです。実は、今度飲ませたいワインがあるんです。皆んなには内緒ですよ?」

「そうかそうか。それは楽しみじゃな」


 ウンウンと笑いながら頷く。

 この人は、まるで母親だ。

 たとえ、どんな話であっても受け止めてくれるだろう。

 深い愛情と包容力。

 そして愛嬌……それが、ユグドラティエ・ヒルリアンという存在なのだ。





「――のぅ? 坊や」

「なんでしょう? ユグドラティエさん」

「坊やは、『転移者』か? それとも『転生者』かのぅ?」

「『転生者』ですよ」

「そうかそうか」

「そういうユグドラティエさんは、『神様』ですか?」

「我か? そうじゃな~、『神』ではないのじゃ。言うなれば、『星』じゃな」

「そうですか――」


 遂に、お互い一番疑問に思っていたことを聞き合った。

 この世界では、異物過ぎる二人。

 片や、この『星』誕生から行く末を見守る大エルフ。

 片や、違う星から『神』の力で転生した『転生者』。

 しかし、俺達は些細なことだと言わんばかりの態度だ。


「「ぷぷっ……ぷぷぷ……あっはっはっはっは!!」」


 思わず、二人一緒に吹き出してしまう。

 こんな重要なことをサラッと聞いて、サラッと答える。

 一種の共犯者的な何かが俺達を包み、笑わずにはいられなかった。


「まったく……やっと白状しよったか!」


 グイッと肩口を掴まれ、視界が反転した。

 彼女の太ももに頭を乗せた俺に、美しいオッドアイが映る。

 彼女は慈しむ笑みを浮かべ頬を撫でる。

 ただそれだけなのに、安心して満たされる自分がいた……




 ――そこから全て話した。

 自分が運命と選択の神に導かれて、転生したこと。

 見た目は子供だが、中身は大人なこと。

 チートスキルを持っていること。

 前世は、この世界よりずっと文明が進んでいたこと。

 そしてなにより、虚無に乾ききった心の杯をこの世界で満たしたいこと……


 支離滅裂で何を言ってるのか分からなかったかもしれない。

 それでも、ユグドラティエさんはウンウンと聞き続けてくれた。




「そうかそうか。坊や、よくぞそこまで話してくれたのじゃ。先日も言ったじゃろ? セイジュはセイジュじゃよ。この世界で、自分とは何かをゆっくり探せば良いのじゃ。アマツだってそうじゃったぞ?」

「アマツさん……もしかして、そのお方が初代国王陛下ですか?」

「そうじゃよ。坊やによく似ておる。アマツも自分自身に疑問を持っておった。じゃが、誰よりも鮮烈に生き人生を駆け抜けた。たった50年にも満たない人生じゃったが、アマツの生きた証こそラトゥール王国じゃよ」


 アマツさん……きっと同郷だろう。

 シルフィーの黒髪やラトゥール王国の慣習は、日本に似ている部分が多い。


「まぁ、アマツのことはおいおい話してやるのじゃ。今は、我のことも話さんと公平ではなかろぅ?」

「ユグドラティエさんは、『神様』ではなく『星』なんですね?」

「そうじゃ、正確には『ユグドラシル』そのものじゃよ。創造神がこの星を作った時、最初に世界の要として『ユグドラシル』を植えたのじゃ。そして、世界の行く末を見届けるために『ユグドラシル』は我と言う概念を産んだのじゃ」

「では、ユグドラティエさんと言う人物は虚構に過ぎないと?」

「そうであるとも言えるが、ないとも言えるのぅ? 何万年も生きて、肉体も精神も自立しておる。坊やは、それを偽物と言うのか?」


 なるほど。

 ユグドラティエさんは、『ユグドラシル』が世界を見て回れる為の分身だと……その分身も何千年と生きるうちに、自我を持つようになったと。


「確かにこの星の要が、怠惰を(むさぼ)ったり、人の手に下着を握りこませるのはおかし過ぎですもんね……」

「何じゃ? 坊や。やっと、いつもの軽口が叩けるようになったかのぅ」

「ごめんなさいごめんなさい! 痛いです、痛い!」


 膝枕のままの俺に、問答無用でアイアンクローを掛けてくる。

 ミシミシと軋みあがる頭蓋骨の音を、彼女は満面の笑みで聞いていた。



「ふぅ……通りで、僕はユグドラティエさんに敵わないわけですね?」

「まぁのぅ。我に喧嘩を売るということは、この『星』に喧嘩を売るのと同じじゃからのぅ。それでも、坊やは我の身体に傷をつけたことがあるのじゃ。これは、初めてのことじゃよ? 多分、今までの『転生者』の中で最強じゃろうな」

「運命と選択の神、ゲーテは僕を最高傑作と言ってました……」

「『神』の最高傑作か……坊や、その力使い所を間違えるでないぞ? 間違ってもお主とは敵対したくないのじゃ」

「勿論、そのつもりはありません。ゲーテは言ってました、この世界に刺激と革新を与えろと。だから、僕はそれに準じながら生きるつもりです」

「そうかそうか……」


 俺のこと、ユグドラティエさんのこと、まだまだ話すことは多いかもしれない。

 でも、お互いの正体をここまで話したのは初めてだ。


 話し終わると、また静寂が支配する。

 何と晴れやかな気分だ。

 彼女と強い繋がりができたことを、心から幸せだと感じた。




「――のぅ? 坊や。そろそろ良いじゃろうか?」

「すいません! ずっと頭乗せてたら痛いですよね」


 かれこれ、何時間も膝枕をしてもらっている。

 さすがにユグドラティエさんでも疲れてしまうだろう。


「違うのじゃ。気が済むまでそうしておれ」

「じゃあ、なんでしょう?」

「さっき言っておったじゃろ? 我に出したい特別なワインじゃよ。皆んなには内緒なんじゃろ? 早く出すのじゃ〜」


 彼女は、俺の頬を引っ張りながらワインをねだる。

 俺は、起き上がって『アイテムボックス』からとあるワインを取り出した。


 ワインと言っても、これはワインを蒸留させたブランデーだ。

 この世界にブランデーがあるかは分からないが、辛口を好むユグドラティエさんには気に入ってもらえるかもしれない。


「なんじゃ? もう良いのか? だったら、今度は我の番じゃ〜」


 いつから膝枕が代わりばんこになったか、彼女は俺の太ももに頭を預けた。


「う〜ん、良い香りなのじゃ。お! 香りは甘いブドウじゃが、飲み口は強いのじゃ。鼻に抜ける芳醇さが良いのぅ」

「ワインを錬金術で蒸留させた物なんです。気に入ってもらえて嬉しいです。てか、寝ながら飲むなんて器用なことすますね……」

「なははー。これくらいは、朝飯前じゃよ」


 ユグドラティエさんが俺にやってくれたように、彼女の頭を撫でた。

 エメラルドグリーンの髪が生き生きと艶めき、指の間をすり抜ける。


「んっ……ふふっ、頭を撫でられるなんて何時ぶりじゃろな? 坊や、もっとじゃ」

「はい……」

「のぅ? 坊や」

「なんでしょう? ユグドラティエさん」


 頭を撫でながら、いつものやり取り。

 きっと、これが今夜最後の問いかけだろう。


「成人したら飲むの付き合ってほしいのじゃ。向こうの星では、結構飲んでたんじゃろ?」

「はい、喜んでお付き合いしますね。それまでに、いっぱい作っておかないとですね」

「ふふっ……約束じゃぞ」


 闇夜に抱かれた『ユグドラシル』の根元。無言の二人。

 俺は、彼女が満足するまで優しく頭を撫で続けた――

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