ユグドラシル②、精霊の輝き
――ユグドラティエさんに誘われ、シルフィーと三人でお出かけ。
が、着いた先は崖の上。
問答無用に突き落とされた俺達は、彼女の故郷『ユグドラシル』の根元に着いた。
「――ここも、変わっておらんのぅ? あの日のままじゃ」
「それはそうですとも? ユグドラティエ様。エルフとは、森と共に生きて森に抱かれ死んでいくもの。貴女様やケレスィギール、そしてエルミアが変わり者なのです」
「あのよちよち歩きの小娘が、いつの間にか成長して我の弟子になっておる。いや~、歳は取りたくないものじゃな」
「何をおっしゃいますやら、貴女様こそ不変。私が子供の頃より何も変わってはおりませんよ」
アグラエルさんの家に案内された俺達。
朽ちた大木を利用して作られた家は、想像以上に広くヒノキのような香りに満たされていた。
「そうじゃ! アグラエル。こっちは、シルフィードといってラトゥール王国のお姫様で、そっちの坊やはセイジュというエルミアのコレじゃ」
雑に俺達を紹介しながら、小指を立てる。
所謂、恋人表現だがこの世界でも通じるのかそれ……
「まあまあ、あの娘に番いができるとはねぇ? ユグドラティエ様が、そうおっしゃるなら何も問題ありません」
「更にじゃ! 坊やは、我にもこれをつけよったのじゃ!」
彼女は、右手人差し指の二連リングを自慢げに見せつける。
ケレスィギールさんの店で買った、翡翠と紫水晶の指輪。
「おやまぁ! セイジュの坊やも豪胆ね。始祖様に手を出すとは……」
「出してませんから!」
「ちょっと、お待ちくださいまし!! 旦那様の正妻は私です! いくらユグドラテェエ様やエルミアでも、そこは譲れませんわ」
今まで黙っていたシルフィーも参戦。
ガバっと立ち上がり、ユグドラティエさんに食って掛かる。
感情の高ぶりが落ち着いていたはずの魔力を呼び起こし、彼女の髪を漆黒に変えた。
「――旦那様……やっぱり、旦那様とは女性関係について一度しっかりお話ししないといけませんわ。側室は片手に収まるまで、収まるまでですわ!」
「大丈夫、大丈夫ですから。僕にそこまでの甲斐性やご縁はありませんから!」
「旦那様……無自覚は罪ですわよ……?」
呆れ顔のシルフィーは、ジト目でそう言った。
「な? 見てて楽しいじゃろ?」
「あれでは、将来尻に敷かれるのが目に見えておりますよ」
そのまま、アグラエルさんの家で夕ご飯をご馳走になった。
エルフの料理には、すごく興味があったが至ってシンプル。
木の実や果実、野菜が中心で味付けも薄味だった。
予想通り、肉はなし。
しかし、酒文化には目を見張る物があった。
それがミード、蜂蜜酒だ。
極甘口から甘味を感じない物、ハーブやスパイスが漬けてある物まであり、どれも興味を惹かれるものばかりだった。
「――ところでユグドラティエ様、なぜ急にこちらに戻られたのでしょう?」
「ん? あ~、シルフィーは魔法の訓練……と言うか精霊に会わせようと思ってのぅ。後、坊やには連れて行ってやりたい場所があるのじゃ」
「なるほど、そうですか。確かに、シルフィードのお嬢ちゃんは早めに精霊様を宿した方が良いでしょう」
連れて行きたい場所に精霊?
ミードを飲み合う二人は、今回の旅の目的について話し合っている。
精霊ってやっぱり、火の精、水の精、風の精みたいなやつか?
「ユグドラティエ様、精霊とは何ですの? 王宮の書物でもほとんど見たことがありませんの。太古の昔に存在したぐらいしか……」
「そうじゃな。とっくの昔に、人が住む世界からは姿を消しておる。『意思を持つ魔素』……と言えば分かりやすいかのぅ? 昔はどこにでも居たのじゃが、今はこの森にしかおらんのじゃ。精霊と契約することで、色んな恩恵を受けられるのじゃ。まぁ~、人間が契約できたことなど数えるほどしかないがのぅ?」
シルフィーは、ユグドラティエさんの話を真剣に聞いている。
「お嬢ちゃんは、見たところ大き過ぎる魔力に振り回されているね。大きな暴走事故が起きる前に、精霊様と契約して魔力を安定させた方が良い」
「でも、今まで契約できた人間は少ないのでしょう? 私にできるかしら……」
「できなければ、仕方ないのぅ。シルフィー安心するのじゃ? シルフィーが暴走でおっ死んでも、我が坊やの面倒みてやるからのぅ?」
「まぁ! ユグドラティエ様。今の言葉は、聞き捨てなりませんわ! 見ていてくださいまし。必ず契約してみせますわ!」
勿論、ユグドラティエさんの冗談だが、先ほどの不安な表情は一変してシルフィーはやる気に満ちた表情になった。
――夕ご飯の後、俺達は『ユグドラシル』の根元へ向かった。
日が落ちたからだろうか、魔法の光も植物の光もなく暗い。
その中で大樹が仄かに輝く。
周りには赤、青、黄色など色とりどりの光の玉が揺らめいていた。
「シルフィー、坊や見えるかのぅ? 揺蕩う煌めきが? あの一つ一つが精霊じゃ」
「はい……見えますわ。何と幻想的な風景」
「すごいですね。凄まじい魔素の凝縮を感じます……」
先に、ユグドラティエさんが根元に着いた。
彼女は、大樹に手を当てると淡い光に包まれる。
その光に気づいた精霊達は、彼女の周りをヒラヒラと蝶のように舞い始めた。
「ふむ、大丈夫じゃな。坊や達、こっちにくるのじゃ」
声の掛かった俺達は、ユグドラティエさんの元へ。
その道中でも、光の玉は俺達の間を飛び回る。
よく見ると、個別に造形が違った。
想像通りの妖精型もいれば、虫型や鳥型、魚型など同じ形は一つもない。
共通点は、強大な魔力を内包していることだけだ。
「ユグドラティエ様……どうすれば良いのでしょう?」
「何もしなくて良いのじゃ。気をしっかり持って立っておれ。我らが精霊を選ぶのではい、精霊が我らを選ぶのじゃ」
「はい。それにしても、すごい数ですわ……」
周辺には、既に数百を超える光の玉。
キラキラと光る極彩色は、小さな瞳で俺達を覗き込む。
選ばれなかったか? 精霊達は、甘えるようにユグドラティエさんの横を飛んだ後離れていった。
しばらく同じ展開だったが、変化は突然に現れる。
精霊の群れが二つに割れた。
それらは、あたかも王を出迎える篝火のごとく燦々と輝く。
「やっと出てきたわぃ。シルフィー、ここからが本番じゃ。決して目をそらすでないぞ。坊やも、何があっても手出しは無用じゃ。」
「は…はい……」
「分かりました……」
――照らされた道を、ゆっくりと歩く少女……いや、正確には歩いてはいない。
地面すれすれを歩くように飛んでいる。
背中には何対もの蝶羽。
一枚とて同じ色はなく、網膜に焼き付く太古原色は彼女だけの物。
周りを一顧だにせず、ただ真っ直ぐ。
王者はただ真っ直ぐ歩くのみ。
「精霊達のざわめきと、懐かしい香り、そして魔力の波動……妾の愛しの君が蘇ったかと思ったぞ、人の子よ?」
「うぐっ――ッ!!」
虹色の瞳に見つめられたシルフィーは、短い悲鳴と共に硬直した。
「その宵闇を集めた黒髪も、流れ出す魔力も妾の君にそっくりではないか。お主は誰ぞ? 名乗ってみい」
「ぐっ…わ…わた……わたしは……」
「何だ? 名乗れぬか。興ざめぞ? その程度で妾の君の力を振るうなど笑止千万。あまり、妾を不快にさせるでない」
少女は瞳に力を込め、羽は虹色の魔力に打ち震える。
さすがに、助けた方が良いか?
でも、ユグドラティエさんに止められている。
押えがきかず禁を破ろうとしたその時、シルフィーは思いっきり自分の唇を噛んで少女を見返す。
「……私の名前は……私の名前は、シルフィード・ドゥ・ラ・ラトゥール。ラトゥール王国第一王女にして、初代国王陛下のお力の一片に覚醒した者でございます……」
「ククッ……アハハハ……ハーッハッハッハ――ッ!! 妾相手に名乗れたかシルフィード。妾の愛しの君の末裔よ、愉快なり。褒美を取らす、連れて行くが良い」
少女はシルフィーの額を人差し指で突いた後、血の付いた唇をなぞった。
その一薙ぎで彼女の傷は癒えたが、身体の中に宿された何かに耐えきれず気絶してしまった。
「ティルタニアよ、肝が冷えたのじゃ。坊やがいつお主に飛び掛かるか、押えるに必死じゃったわい」
「妾の君の力を受け継ぐなら、あれくらい克服できて当たり前ぞ? それに、ユグドラティエ? その狂犬は誰ぞ? そ奴はもはや人の領分を超えておる」
「う~ん、そうじゃな? あ奴と一緒じゃよ、一緒」
「そうか……ならば、何も言うまい。良き時間であった、大義である。また会おう友よ」
ティルタニアと呼ばれた少女は、そう言って消えた。
彼女が消えると同時に他の精霊達も全て消え、暗い『ユグドラシル』の根元に俺達だけが残っていた。
「ユグドラティエさん、今の方って……?」
「あ奴は『精霊王』ティルタニアじゃ。精霊の頂点にして、初代国王と契約して共に戦った仲間じゃよ。いささか思い入れが激しくてのぅ? 初代の話になると目の色が変わってしまうのじゃ。で、あ奴はシルフィーを気に入って上位精霊を与えた。まさか、ティルタニア相手に名乗れるとは思わんかったのじゃ。シルフィー、我が思っていた以上の成果じゃよ……」
ユグドラティエさんは、俺に抱っこされたシルフィーを愛おしそうに撫で今日の成果を労わる。
「坊や、詳しい説明は明日じゃ。今はシルフィーを寝床に連れて行ってやるのじゃ。坊やを連れて行きたい場所も明日でよかろう」
「分かりました。明日はよろしくお願いします」
アグラエルさんの家に帰った俺達は、事情を話しそのままシルフィーを寝かせた。
もういい時間だったので、皆も寝ることに。
俺もベットに入ったが、どうも寝れない。
色々なことを考えてしまって、目が冴えてしまう。
眠れない俺は、家を出てもう一度『ユグドラシル』の根元へ向かった。
深夜、音が止まった世界。
暗闇の大樹の下に見知った女性……ユグドラティエさんが俺を待っていた――




