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ユグドラシル①、その根元へ

 ――シルフィーとの魔法訓練後、ユグドラティエさんの部屋に強制転移。

 一波乱はあったものの、今日からどこかへ連れってくれるみたいだ。



「――ねぇ? 旦那様、ユグドラティエ様はどちらに連れって行ってくださるの?」

「それが、全く分かりません。良い所とは言ってましたが……」


 朝、城門でシルフィーと待ち合わせ。

 彼女はお出かけとあって、気合の入った格好をしている。

 白とピンクを基調としたジャンパースカートに純白のブラウス。

 袖や裾にはフリルがあしらわれ、上品さと可憐さがマッチしていた。


「シルフィー、今日は随分と気合が入ってますね? とてもお似合いですよ」

「当たり前ですわ! 旦那様。今日は、旦那様と初めてのお出かけですもの。エルミアから昨日話を聞いて、楽しみで楽しみで眠れませんでしたわ」


 彼女は嬉しそうに、くるっと一回り。

 スカートがふわりと膨らみ、その愛らしさを拍手で称えた。



「ふぁ~あ。おはようなのじゃ二人とも。朝から見せつけてくれるのぅ」

「おはようございます、ユグドラティエさん」

「ユグドラティエ様、今日はよろしくお願いしますわ」


 眠そうにあくびをするユグドラティエさんも合流し、全員揃ったところで出発だ。

 といっても、馬車や徒歩ではない。

 彼女が俺達の肩に手を置き、魔力の光に包まれると一瞬で見ず知らずの場所に転移した。



「すごい……何という眺めですの……」

「ユグドラティエさん、ここは……?」


 俺達は、すさまじく高い崖の上に転移。

 冷たく硬い風が吹き上げ、トゲのように突き刺さる。

 眼下には緑の海。

 まさしく樹海がどこまでも広がり、ずっと向こうには天にも届きそうな大樹が佇んでいる。


「さて、いくかのぅ?」

「え?」 「きゃぁあああ」


 ドンっと背中を押された感触と共に、中に浮く感覚が押し寄せた。

 強制的に崖からバンジージャンプ。

 勿論、命綱などない。

 重力に導かれるまま森に落下する。


「シルフィー! 僕につかまって。訓練と一緒です、自分を鳥に見立てて、その風切羽で空を飛ぶ感覚です」

「無理ですわ! こんな状況では、集中できません」


 俺は彼女の腰を抱きかかえ、できる限り丁寧に浮遊魔法を展開する。

 よし、間に合った。

 まるでパラシュートが開いたように落下は緩やかになった。

 改めて見渡すと、広大な樹海が太陽の光を受けて鮮やかな緑に輝く。


「もう大丈夫ですよ、シルフィー。ほら、目を開けて」

「うわー、すごいですわ。見て! 旦那様、緑が燃え上がるように輝いていますの。何という生命力なのでしょう……」

「さぁ、落ち着いたでしょうシルフィー。もう一度、鳥になって風に遊ぶ感覚です。大丈夫、貴女ならどんな魔法も使えるようになります」


 彼女は、目を閉じ集中し始める。

 髪は亜麻色から黒に変色。

 その両翼は風を掴み、彼女を空の世界に誘った。


「ははっ……できましたわ、旦那様。今、私一人で飛んでますの」

「はい、完璧です。その感覚を忘れないでください」


 俺から離れたシルフィーは、同じ速度で落下しながら風に遊んでいる。

 最後は、彼女と両手を繋ぎヒラヒラと舞う木の葉のように着地した。




「――遅いのじゃ~」


 一足先に着地したユグドラティエさんは、退屈そうに俺達を迎えた。


「ユグドラティエ様! 酷いですわ」

「ドキドキしたじゃろ? そのおかげで、浮遊魔法も使えるようになったのじゃ」

「ユグドラティエさん、さすがに荒療治過ぎますよ……」

「なははー、ほれこっちの方向じゃ」



 樹皮と木の芽がむんむんと辺りに立ち込め、密生する木々の隙間から日が差し込む。


 ――原初密林。


 枯れ葉の積もった地面は、水分と養分をほどよく含み、あたかも絨毯のようにふかふかだ。


 静謐(せいひつ)凛然(りんぜん)

 ここは、早朝の修練部屋と同じだ。

 木の擦れる音と鳥のさえずり、身の引き締まる寒さ、澄み切った魔素。

 なんと心地よい。


「う〜ん、懐かしい香りじゃ。ここは、全く変わっておらんのぅ。坊やから貰ったシャンプーやトリートメントもここに似て良い香りじゃが、やはり本物が一番じゃな」

「ユグドラティエ様……この森は何ですの? 体の底から魔力が燃え(たぎ)るようですわ。今ならどんな魔法でも使えそう……」


 シルフィーは、澄み切った魔素に否応なしに呼応する。

 初代国王の力の一片。

 亜麻色は黒鍵の黒髪に、ヘーゼルの瞳は煌々と輝く。

 抑えきれない魔力が、灯火となって彼女の境界線を曖昧にした。


「これこれ、シルフィー。魔素に当てられ過ぎじゃ、落ち着くのじゃ。それに比べて、坊やは落ち着いておるのぅ?」

「ここは、洞窟の修練部屋によく似ています。凛とした空気。もしかして、ここはユグドラティエさんやエルミアさんの故郷なのでは?」

「その通りじゃ。といっても、住処はもう少し先じゃがな。前に我が言った通りじゃろ? ここの魔素と坊やから出る魔素は、よく似ておる。じゃから、我らは坊やといると落ち着くのじゃよ? ほれほれ~」

「まぁ! ユグドラティエ様、離れてくださいまし!」


 会話の流れで絡みついてくるユグドラティエさんを、シルフィーは鉄壁の防御。

 ガヤガヤとおしゃべりをしつつ森を進んでいると、突如数本の矢が足元に刺さり俺達の行方を阻んだ。



「ふむ、やっと出てきたようじゃな?」

「ユグドラティエさん、これって?」

「ん? 道案内じゃよ?」

「い…いえ……どう見ても威嚇されてると思うのですが……」


 俺は、シルフィーを庇うように一歩前に出て相手の出方をうかがう。

 ユグドラティエさんは、余裕の表情で木の上から見下ろすエルフ達を見つめていた。


「なぜ、ここまで人間が入り込んでいる。そこの同胞! 貴様が連れ込んだのか? 人間と交わるなどエルフの矜持を忘れたか!」

「ハハッ! やっぱり、若人は元気があって良いのぅ? で? お前たちの矜持とは何じゃ? ここに引きこもって(いたずら)に時間を過ごすことかのぅ? 始祖様も嘆いておるじゃろうて」

「貴様……我らの母を愚弄するか!」


 エルフ達は、一斉に矢をつがえ弦を限界まで引き絞る。

 殺気の糸がピンと張られた空間に、ユグドラティエさんはため息をついて物申す。


「おい、小僧ども。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ヒッ!!」


 力を込めて放ったユグドラティエさんの声は、凄まじい重圧となってエルフ達を襲う。

 ひんやりとした空気は極限まで下がり、文字通り大気を凍りつかせた。

 この程度彼女にとっては造作もないが、若いエルフ達に取っては死を感じさせれるに充分であった。




「――始祖様。それくらいにしておいてくださいませ……若い彼らは、貴女様を知らないのです」


 怯えるエルフ達を割るように、一人のエルフが姿を現した。

 黄金の瞳に黄金の髪、どことなくエルミアさんに雰囲気が似ている。


「アグラエルか? 久しいのぅ、何百年ぶりじゃ? エルミアも、お主に似て眩い光を放っておるのじゃ。まぁ~、多少おっちょこちょいなの所もそっくりじゃがな!」

「おやおや、止めてくださいなユグドラティエ様。若人たちも見ておりますゆえ……」


 アグラエルさん……?

 ユグドラティエさんは、嬉しそうにそのエルフに近づき抱きついた。

 その姿はやっぱりどことなくエルミアさんのとのじゃれ合いに似ていて、二人が親子なのだと予想するのは簡単だった。



「ようこそ客人よ。我らの住処はまだ先ですが、精一杯おもてなしさせて頂きますぞ」

「あ……あの? アグラエル様、そちらの同胞はもしかして……?」

「もしかして? この恥知らずがぁあああ! この御方こそ、我らの母にして始祖。ユグドラティエ・ヒルリアン様にあらせられるぞ! 頭が高い、頭が高い!」

「ヒッ! ヒェエエ~。申し訳ありません始祖様。どうか、我らをお許しくださいませ」


 何だこの時代劇的展開は……彼女を知らなかった若いエルフ達は、一斉に頭を下げ許しを請う。

 そんな彼女達の寸劇に、俺もシルフィーも完全に置き去りになっていた。



 ――そこから歩くこと数時間。

 崖の上から遥か先に見えていた大樹の根元に着いた。

 その根元には、大蛇のような根がうねり広がっている。


 周りには、エルフ達の住処が点在。

 朽ちた巨木を利用したもの、木で建てたもの、石を積み上げたものなど多種多様だ。

 薄暗いはずの樹海も、魔法の光や光を発する植物に柔らかく照らされている。

 森と大樹と文明の幻想的な融合に俺達は言葉を失ってしまった。



「すごい……何て神秘的な……」

「ユグドラティエ様……この美しさ、言葉では言い表せませんの……」

「セイジュ、シルフィー。我が故郷、『ユグドラシル』にようこそなのじゃ――」

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