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募るもやもや、晴らすのは誰ぞ

 ――『偽善者達の葬列』と『カード拾い』の依頼は無事達成。

 フェリエールさんの見事な生き様、仲間達の充足感。

 生の輝きに当てられた俺は、その場を逃げるように後にしてしまった。




「――晴れやかな顔で死んでいく……そのなことがありましたのね……」

「えぇ、思えば初めて見たかもしれません。満足に生を謳歌した人の死に様は」


 サンステフさん達と別れて数日後、俺はシルフィーの魔法訓練に付き合っていた。

 場所は、前回と同じ王宮の庭園。

 エルミアさんも、近衛騎士として一緒にいる。


「確かに、騎士も冒険者も満足した生などほんの一握りだと思いますわ。私たち王族ですら、政治利用や謀略によって非業な死を迎える方も少なくありません」

「僕も願わくば、充実した生を送りたいものです……」

「あら? 旦那様、それは大丈夫ですわ。だって、私がおりますもの!」

「プッ」


 シルフィーは自信満々に、俺達の将来は明るいと断言する。

 その愛らしい姿を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「あぁ! 今、笑いましたわね? 見ていてくださいまし、旦那様。後五年もすれば、誰もが振り返る社交界の華になってますわよ?」

「ハハッ! 楽しみにしてますね、シルフィー。ほら、集中が切れていますよ」


 黒髪に変色したシルフィー。

 若々しい黒髪が一瞬散るように踊って肩に流れる様は、遠い昔を思い出す。

 二度と繰り返すことはない青春。

 しかし、何の因果か俺は二度目の青春を迎えようとしている。


「ふふ……旦那様、また思い詰めた顔をしていますわよ? 大丈夫、大丈夫ですから!」


 根拠などない。

 でも、彼女の屈託のない笑顔を見ると少しだけ安心した自分がいた。



 シルフィーの魔力操作は、本当に安定してきた。

 毎日、教えた通りの訓練を続けたおかげだろう。


 両手の翼を広げ振ってみせれば、青い炎が羽ようにはらはらと舞い落ちる。

 ステップを踏み、風に遊ぶ華奢な青鷺(あおさぎ)



「ねぇ、シルフィー。そのまま、僕を攻撃してみてください」

「え? 旦那様に……危険すぎますわ!」

「大丈夫です。魔力操作も安定してますし、ここはユグドラティエさんが張った結界もあります。それに、まだまだシルフィーに負ける気はありませんよ?」


 目まぐるしい成長を見せるシルフィーの実力を見たくなった。


「言いましたわね、旦那様。もし、驚いたら今日のお菓子は弾んでくださいな!」

「はい、勿論。全力できてください」



 ――彼女は目を閉じ、己のイメージを練り上げる。

 足元に魔力が渦巻き、上昇気流が髪を逆立てた。

 開いた瞳は亜麻色に輝き、今全霊の一撃を放つ。


 ――青き炎の猛禽。

 彼女を覆い隠すは、燃える翼開長。

 豪炎の鉤爪とくちばしが、限界まで広がり威嚇する。



「な!? 鷺の下は大鷲(おおわし)だったか!」

「すごい……これが殿下のお力」


 蒼天をくるりと回った両翼は、俺目掛けて流星のごとく駆け抜ける。

 空気を燃やし、音を止め、標的を狩る焔の飛翔。





「――シルフィー、お見事です」


 蒼炎の大鷲は、多重に張った俺の防御結界を数枚穿つ。

 そして、最後のさえずりはその数枚を粉々に打ち砕いた。


「へへ……どうですの? 旦那様。ビックリしましたかしら? おっとと……」

「シルフィー!」 「殿下!」


 急激な魔力消費にシルフィーは、立ち眩む。

 俺とエルミアさんは、既の所で彼女を抱きかかえた。


「殿下、無茶し過ぎです!」

「大丈夫ですか? ビックリも何も、褒める言葉が見つかりません」

「えへへ、ちょっぴり無茶しましたわ。旦那様、どうかもう少しこのままで……」


 胸に彼女の重みが伸し掛かる。

 手と耳を当て、心臓の音を確かめるように目を閉じた。




「――はぁ〜! やっぱり、旦那様のお菓子は美味しいですわ」


 訓練を終えた俺達は、庭園でティータイム。

 今回用意したのは、パンケーキのストロベリーソース掛けだ。

 それも、アイスクリームのトッピング付き。

 シルフィーの好意でエルミアさんも一緒に食べる。


「前のパウンドケーキも美味しかったですが、これもふわふわして美味しいですわ。温かいパンに、冷たい氷菓子。苺のソースが掛かって幸せです」

「くぅ~、久しぶりのセイジュ君の料理。美味すぎる!」


 二人の笑顔に癒されながら、楽しい時間が過ぎる。

 冒険者しながらカフェでも始めようかしら?

 そんなバカげたことを考えていたら、見覚えのない顔が近づいてきた。



「やぁ、楽しそうだね?」


 イケメン。

 誰が何と言おうとイケメンだ。

 金髪緑眼に、彫の深い目鼻立ちがはっきりした顔立ち。

 頭の頂には、黄金の王冠。

 ファーの付いたマントを着こなす、生粋の王が柔和な笑みを浮かべていた。


「国王陛下!」 「お父様!」


 エルミアさんは、膝を着き最敬礼。

 シルフィーは、嬉しそうに飛びついた。

 国王陛下…確か名前は……


「ロートシルト国王陛下……」

「然り。我が、ロートシルト・ドゥ・ラ・ラトゥールである。セイジュ、君の話はマルゴーやシルフィーから聞いてるよ」


 穏やかな表情とは、打って変わって透き通ったセクシーボイス。

 天は彼に二物を与えたようだ。


「時にセイジュ、少し話があるのだが良いだろうか?」

「え? はい、勿論」


 返事に被るように肩を抱かれ、二人から聞こえない位置に移動する。



「セ、セイジュ、君とシルフィーの関係は父上やマルゴーから聞いてるよ。ま、ま、ま、まさか、もう手を繋いだり腕を組んだりしてないだろうね……? ハッ! せ、せ、接吻など以っての外だぞ!」

「い、いえ……腕や手はおろか、適切な距離を保っていますが……」

「そ! そうか! ゴホン、時にセイジュ……シルフィーが最近、我のことをパパと呼んでくれないのだが……何か心当たりはないか?」



 あー、この人はアレだ。

 娘ラブの親ばか。

 それも、超が付くほどの親ばかだ。

 娘の行動が気になり、要らない所まで詮索しウザがられる。

 父親なら誰もが通る、いばらの道。

 そもそも、この世界にパパ呼びなんてあったのか……絶対、広めたの転生者だろ。


「父のことが大好きな娘は、そう呼ぶのだろ? 我は、もう嫌われてしまったのか……?」

「た…多分……気恥ずかしさがあるのだと思います。10歳ともなれば、精神的に自立していく頃だと。そこで無理矢理近づこうとすれば反発されます。ここは、父親らしくどっしり構えるのが得策かと……」

「なるほど……マルゴーが言ってた通り、君は物知りなのだな」


 いえ、経験則です……



「――いや~、シルフィー、エルミア待たせてしまったな。男と男の話は終わったよ。我は忙しいゆえこれで失礼するが、息子よ! いつでも遊びに来るがよい。ハッハッハッハ!」


 陛下は上機嫌に去っていった。

 呼び方が直ぐに変わるのは、さすが親子。

 似ている……


「お父様、あんな上機嫌に……旦那様、いったい何を話してらしたの?」

「男と男の話です……」


 まさかシルフィーのことを話してなんて言えず、お茶を濁す形で今日の訓練は終了した。






「――アーッハッハハ! ロートシルトの坊やが、そこまで親ばかだったとはのぅ?」

「えぇ……清い交際に釘を刺されてしまいました」


 訓練も終わり王宮を出ようとしたら、ユグドラティエさんに拉致られた。

 強制的に彼女の部屋に転移。

 シルフィーと同じお菓子を食べつつ、大声で笑っている。


 (すみれ)色と(みどり)色の双眼。

 エメラルドグリーンの髪を持つ美の頂点。

 ナイフを持つ右手人差し指には、二連リングがはめられている。

 神々しいほど美しいのだが、残念! 部屋が汚すぎる……


「ユグドラティエさん……少しは掃除しましょうよ……」

「いや〜、これでも専属メイドがおるのじゃが、直ぐにこうなってしまうのじゃ。前もエルミアに怒られたわい」


 テーブルの上には空瓶が列をなし、床には脱ぎ散らかした服や下着。

 しわくちゃなベッドは、不精丸出しだ。

 本当に初めて招かれた女性の部屋がこれでは、百年の恋も冷めるというもの……思わず、部屋を見回してしまった。


「何じゃ? 坊や。下着の一枚や二枚なら持って行っても構わんのぞ。あ! 緑色はダメじゃぞ? それは、我のお気に入りじゃ」

「持って行きませんから! てか、お気に入りの色も聞いてませんから!」

「何じゃと! こんな美女が持って行って良いと言ってるのじゃぞ!? 素直に受け取るのが礼儀じゃろ!」

「そんな趣味はありません! だいたい、こんな汚れた部屋の物なんて嫌ですー」

「だったら! 我の脱ぎたてを持って行くのじゃ!」

「ブ――ッ! なんでそうなるんですか!?」


 テーブル越しに持って行くか行かないかを、ガルルと唸るように言い争う。

 彼女は、最終的に脱ぎたてを持って行けとおもむろにスカートをまくり上げた。


「何じゃ何じゃ、まったく! せっかく、落ち込んでおる坊やを元気づけてやろうと思ったのにのぅ!」

「落ち込んでなんていま――……え? なんで?」


 その場の流れで、自分は落ち込んでなどいないと言い掛けた。

 が、なぜユグドラティエさんは先日の件で俺が落ち込んでいると知っている?


「顔を見れば分かるのじゃ。何があった? 話すのじゃ」

「……」


 真っ直ぐな双眼が俺を見つめるが、口を(つぐ)んでしまう。


「やれやれ……坊や」

「くっ!」


 無言を貫く俺に、ユグドラティエさんはため息をついた。

 その瞬間、神速白磁の腕が俺の手を掴み、ふわりとベッドに投げ出した。

 全く反応できない。


 彼女の腕は俺の手を掴み投げ飛ばしたはずだが、既に視界は反転。

 受け身も取ることもできず、柔らかいベッドに包まれていた。

 沈む身体に、むせかえる白檀の香りが淫靡にまとわりつく。


「もう一度聞く……坊や、何があったのじゃ?」


 馬乗りになった彼女は、おれの両手を押え瞳をのぞき込む。

 身体に伸し掛かる柔らかな感触。

 鼻先が触れそうなほど近い。



「……ユグドラティエさん……()()()()()()()()()()? 彼らの輝かしい生を見た時、俺は……俺は……」


 動かせない身体。

 せめてもの反抗と、顔だけ背けてそう言った。


「セイジュはセイジュじゃよ。何者でもない、坊やじゃ。自分を否定してはならぬ。彼らが誰だかは知らぬ。じゃが、坊やはそいつらが羨ましかったのじゃな? 坊やは、まだ若い。急ぐ必要はないのじゃ」

「でも――! それでも俺は! ――くっ!」

「やれやれ……」


 空虚な俺が、あんな生を見せられたら……本来の自分よりずっと年下の彼らが満たされている。

 嫉妬した……悔しくて悔しくて。

 でも、そんな自分が醜くて許せない……


 入り交じった感情が涙となって流れ落ちる。

 彼女は、ただ泣き収まるまで俺の頭を撫でていた。



「まったく、世話の掛かる坊やじゃな。いい機会じゃ。坊や、明日から出かけるぞ? ついでに、シルフィーも連れて行くかのぅ?」


 落ち着いた俺に声が掛かる。


「出かける? 何処にですか? それに、シルフィーも一緒?」

「それは、内緒じゃ。良い所じゃよ。そろそろ、落ち着いたじゃろ? しっかりするのじゃ!」


 覆い被さっていた彼女は、頬に軽いキスをして立ち上がった。

 恥ずかしさのあまり、彼女の顔を見ることができない。


「分かりました。では、明日はお願いします」

「うむ、楽しみにしておれ。ほれ坊や、忘れものじゃ?」


 ユグドラティエさんは、帰ろうとする俺に生暖かい何かを握りこませた。

 手を広げてみると、そこには脱ぎたての緑色の下着……


「ユグドラティエさん! こういうとこですよ! こういうとこ! せっかくの雰囲気が台無しじゃないですかーッ!」

「ぷぷーっはっはっは! 坊や! 元気が出たじゃろ?」


 彼女はテーブルをバンバンと叩きながら、ドッキリの成功を大いに喜んでいた――

【5話毎御礼】

いつも貴重なお時間頂きありがとうございます。

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