探索、眩し過ぎる生
――セレスさんの屋敷を後にした俺は、そのまま冒険者ギルドに向かった。
そこで出会ったのが『偽善者達の葬列』というパーティー。
彼らは、行方不明冒険者の捜索やギルドカードの回収をしているらしい。
そんな彼らの仕事を手伝うことになり、キンメリジャンの岩窟群に向かった。
「――サンステフさん……フェリエールさんって……?」
「セイジュ君……少しだけ昔話をしても良いかい?」
彼は、取り乱したロシェさんの背中をさすり、落ち着かせようとしている。
そして、その輪にラフォンさんも加わり語り始めた。
「ここに到着する前、セイジュ君は僕達を物理攻撃主体で、魔導士はいないのかと聞こうとしたね?」
「はい」
「元々僕達は、四人パーティーだった。そして、そのフェリエールさんが魔導士で、僕達のリーダーでもあったんだよ」
「私達は、皆同じ孤児院育ちでね。フェリエールさんは、お姉ちゃんみたいな存在だったわ。彼女は一足先に冒険者になって、それに追いつこうと私たちは必死に努力した。そして、B級に上がった頃やっとパーティーが組めたの」
なるほど、彼らは同じ孤児院出身で元四人パーティーだったと。
で、リーダーのフェリエールさんが多分ここで行方不明になっている。
「俺が悪いんだ……俺が! 俺が独断先行してヘマやっちゃって、俺の代わりにフェリエール姉ちゃんはどっかに飛ばされた! 俺が……俺が、殺したようなもんだ……グスッ…グス……」
「おい、ロシェ自分を責めすぎるな、君だけのせいじゃない僕だって……セイジュ君、聞いての通りだ。パーティーを結成した僕達は、順調に力をつけていった。でも、ここキンメリジャンの岩窟群の依頼を受けた時全てが変わってしまった。ラフォンが言った通り、ここは古代文明の跡地だ。解明されていない罠や遺物が沢山ある。そして、運悪くロシェが転移方陣の罠に掛かり、それを庇うようにフェリエールさんが行方不明になった……」
転移方陣。
転移魔法を発動する罠か。
大抵、そういった罠は効果範囲が狭いはず。
多分、この岩窟群のどこかにいるだろう。
「それからだよ、僕達が『カード拾い』を始めたのは。もう何年もここを中心に依頼を受けてるが、進展はなし。手がかりさえないんだよ……」
「お願いだセイジュ……お願いだ……」
「絶対に探し出せる自信はありませんが、その転移方陣があった場所に案内して頂けませんか? 方陣の魔素の流れから何か分かるかもしれません」
「本当か! こっちよ、ついてきて!」
『ライブラリ』で検索すれば一発で居場所が分かるかもしれないが、それではあまりにも不自然すぎる。
ここは、方陣の魔法式を読み取って行先が分かる設定にしよう。
斥候のラフォンさんに導かれ、とある岩窟に着いた。
「ここですか?」
何の変哲もない岩窟。
しかし、足元には魔法陣が描かれている。
直線と曲線が幾重にも折り重なり合う幾何学模様に、ミミズが這ったような文字。
もう役目は終わったようで、触ったり魔力を流してみても何の反応もない。
「俺がここに入った時は、方陣が発動してどこかに飛ばされそうになった。フェリエールさんは、俺を無理やり突き飛ばして代わりに消えたんだ……クソッ!」
「ロシェさん……分かりました。この方陣を介して探査魔法を広げてみます。少し集中しますので、モンスターが来ないか見張りをお願いします」
「頼んだよ、セイジュ君」
再び魔法陣の前にしゃがみ込む。
今度は、擬似的に探査魔法を広げつつ『ライブラリ』でフェリエールさんの居場所を検索。
検索結果はビンゴ。
少し離れた場所に反応があった。さすが、全知は伊達じゃない。
『マップ』にマークをして、サンステフさんに声を掛ける。
「サンステフさん、方陣を解析したら行先は一箇所のようです。近くにそれっぽい反応があります。本人かは分かりませんが、行ってみましょう」
「本当かセイジュ君! 急いで案内してくれ」
岩林を抜けた先には、ひときわ大きい岩山。
緑など一片もなく、白い山肌のあちこちには穴が開けられている。
更に、穴は奥深く掘られ巨大な建造物と化していた。
「ここか……セイジュ君、ここはキンメリジャンの岩窟群でも最も危険な場所と言われている。中は入り組んだ洞窟になっていて、今まで何人も人を喰っている……」
「ここにフェリエールさんが……私は行くわ。今日こそお姉ちゃんを見つけてみせる」
「お…俺だっていくぞ! フェリエール姉ちゃんを助け出せるんだったら、死んでもいい」
ラフォンさんとロシェさんは、決死の覚悟だ。
それに呼応するように、サンステフさんの目にも力が宿った。
「探査魔法では、岩山の上の方で反応があります。僕の『アイテムボックス』には、皆さんから預かった食料の他に何十日分の食料、ポーションや武器もあるので安心してください」
「ありがとう、セイジュ君。無事に見つけ出したら、ぜひお礼をさせてくれ」
役目を終えた岩窟内は薄暗く、冷たい空気が漂っている。
狭い通路を想像していたが、十分な広さがあり天井も高く閉塞感はない。
魔法で掘ったのだろうか? 人の手だけでは、こんな精巧に掘れるわけがないし、もはやダンジョンと呼んだ方が良いだろう。
入り組んだ通路に、似たような石部屋。
『マップ』に頼って進んでいるが、それでも方向感覚は徐々になくなっていく。
おまけに、湧き出るモンスターは虫や爬虫類系といった不愉快な造形。
巧みな罠。
斥候のラフォンさんも、疲れの色を隠せない。
「――焦る気持ちは分かるが、一旦休憩にしよう。まだまだ掛かりそうだろ? セイジュ君」
「はい、やっと半分くらいですね。周囲にモンスターの反応はありません。そこの石部屋で落ち着きましょう」
腰を下ろしたサンステフさん達に食料とポーションを渡す。
外向きに掘られた部屋には、空気を入れ込む穴も掘られており外を見るができた。
この穴が、山肌にたくさん見えていたのか……
「ここにもカードが……宝探しに来たのか、それとも罠で飛ばされて来たのかしら……」
ラフォンさんの隣には、物言わぬ髑髏。
地に着いた頬骨と暗く窪んだ目は、虚空を見つめていた。
彼女は、カードを拾い上げ俺に渡す。
「絶対見つけ出すんだから……」
「はい!」
探索を再開し、俺達は頂上付近の部屋を目指す。
そもそも、ここ一帯は古代文明の跡地と言われているが、不自然な点が多い。
転移魔法陣や高度な罠、異様に精巧な内部。
『マップ』全体で見れば、理にかなった作り。
もしかしたら、作った人は転生者なのかもしれないな。
そんなことを考えながら、探索を進めると終点はもう直ぐだった。
「反応があった場所は、直ぐそこです。あった! あそこに見える部屋です」
「あそこか!」
ロシェさんが飛び出すように駆け抜け、二人も後を追う。
やっと、フェリエールを助け出せる。
希望に打ち震えた三人に待ち受けるものとは……
(――冷静になって考えれば当たり前だろ。僕達は、何年もこの仕事を続けてきたんだ。いくら強いフェリエール姉さんだって、飢えに勝てるはずない……)
石窓の近くに座り込む白骨。
埃の積もった純白のローブと、膝の上には握り締められた杖。
その杖は、今もなお亡き主人を守るかのように淡い光を放っていた。
「この装備……間違いないわ……お…お姉ちゃん、こんな所に居たんだね……さぁ……帰ろ?」
「やっと……見つけた! やっと……やっとだ……」
「くっ……」
三人は涙を流しながら、無言の再会を弔う。
ここまで、綺麗な状態で残っていたのは奇跡だろう。
ラフォンさんが近づいたら、手元の杖はサラサラと風化。
そして遺骸を回収しようと触れた時、ローブの袖口から水晶のような物がこぼれ落ちた。
「これは……?」
「それは、『言霊の宝玉』という魔道具です。特定の人物がそれに触れると、生前の記録や言葉を自動的に伝えるようです」
勿論、鑑定眼で調べた結果だ。
俺の話を聞いて、サンステフさんが水晶を拾い上げる。
すると、遺骸の前に今際を迎えた女性が浮かび上がった。
「――サンステフ、ラフォン、そしてロシェ……これを見てるってことは、私を見つけ出してくれたかな? 君たちのことだ、人生を懸けて私を探したことでしょう。あの孤児院から私が先に旅立って、そして君たちが追いついて、一緒に冒険した……楽しかったなぁ、昨日のことみたいだよ。いや~、何とかしてここから出てみようと思ったんだけどさ、さすがに無理だったよ」
フェリエールさんの独白が続く。
三人は、ただただ耳を傾けるばかりだ。
「さて、私はもう数日ともたないでしょう。だからこそ姉替わり、うぅうん……姉として最後の教えです……『死者に囚われ続けないで』。サンステフ、眠れぬ夜から解放されなさい。ラフォン、良すぎる目と耳で生き急がないで。ロシェ……君には恋人として言います。私は君を恨んでなどいない……愛する人の為に死ねる、これだけで私の人生は意味を得た。だから、泣かないで……君は孤児院で一番の泣き虫だったからな、フフッ」
何と晴れやかな笑顔だ。
これが、今から死にゆく者の顔か?
飢えでこけた頬も、乾いた唇も、骨と皮だけになった指先さえも、駆け抜けた生を振り返ることなく満たされていた。
光を失いかけの瞳にも最後の煌めき。
あぁ……フェリエールさんは、唯足るを知って逝くのだな……
「ありがとう、私の弟達。愛してるよ……」
ここで、浮かび上がった女性は消えた。
長い沈黙の後、ロシェさんが呟く。
「セイジュ……ありがとう。本当にありがとう……だけど、ちょっと……ちょっとだけ、俺達四人にしてくれないか……?」
俺は、黙って石部屋を出た。
中からは慟哭。
今までため込んできた物すべてを流し切る涙。
彼らの物語は、決してハッピーエンドではないが満たされている。
俺はどうだ? 借り物の身体に、借り物の力……眩し過ぎる生を見届けた時、俺の胸はズキンと痛んだ。
――帰りの馬車も無言だった。
しかし、赤く腫れた目は充足感にあふれ、そんな彼らを俺は直視できなかった。
「セイジュ君、今日は本当にありがとう。これから祝杯をあげるんだけど、君もどうだい?」
ギルドに依頼達成報告をし、分け前をもらった後サンステフさんからお誘いが掛かる。
「い…いえ……今日はちょっと魔力を使い過ぎてしまいまして……宿で休みます……」
「そうか……ゆっくり休んでくれ。お礼は後日改めてするよ」
「セイジュ君、ありがとう。君のおかげよ」
「オマエには、感謝してもし切れない。困ったことがあったら、いつでも声掛けてくれ」
無論、嘘だ。
疲れてなどいない。
ただ、あの場に居たくなかった。
歩いて帰るつもりが、いつのまにか早足に。
しまいには、全力疾走。
眩し過ぎた生に目を背けたくて、息が切れるまで走り続けた――




