夢見心地、一変ハードワーク
――セレスさんの屋敷で『トランプ』は、今後大きなギャンブルになる可能性が高いと結論が出た。
そこで、一旦王族に指示を仰ぐことに。
その後、夕飯をご馳走になって風呂に入ってたらセレスさんガーネットさんに乱入された。
二人の攻撃に俺の神経は擦り切れ、そのままのぼせ上がって現在に至る。
――朦朧とする意識の中、微かに声が聞こえる。
「……セイジュ…本当にすまない。アタシは意気地なしだな。今は……これが精いっぱいだ……」
頬に柔らかい何かが遠慮がちに触れた。
小鳥が水面を啄むが如く一瞬の密着。
顔をくすぐる長い髪は周囲の目を隠すカーテンとなり、爽やかな香りに満たされる特別な場所を築きあげた。
「う…うん……セレスさん? ここは……」
「気づいたか? ここは、庭園だ。もう少しこのままゆっくりしてろ」
庭園のベンチに横たわっていた。
頭の下には、セレスさんの太もも。
軽く頭を撫でられ、なんとも心地よい。
天上の二つの月が、彼女の赤髪を幻想的に照らす。
背中いっぱいに広がる髪、その一本一本がビロードのように艶めいていた。
「シャンプーもトリートメントも、続けてくださってるのですね……?」
「まぁな。コイツらを使ってから、すげぇ調子が良い。ほらッ!」
彼女は手ぐしで軽く梳かした後、そのまま摘んで俺の鼻先をコチョコチョっとした。
「ハハッ! くすぐったいですよ」
「ふふっ……」
再び頭を撫でられる。
紫菖蒲の瞳が俺を見下ろし、たおやかな笑みを浮かべていた……
「――坊主! 昨日は本当にすまねぇ! 調子に乗り過ぎた」
「いえいえ、気にしないでください。この通り元気ですから」
朝、俺を起こしにきたガーネットさんは本気で謝ってきた。
俺としては、気絶こそしたが一ミリも不快とは思っていない。
曲がりなりにも、オイシイ思いもできたしな。
朝食をいただき、セレスさん邸を後にする。
「セイジュ様、お待ちください!」
来た時と同じように数え切れないメイド達に見送られた時、一人のメイドが決死の声を上げた。
随分と若いメイドだ。
シルフィーと同じくらいか?
あどけなさが残るその子は、高らかに言い放つ。
「今度来るときも、ぜひ昨日くれたお菓子を持って来てください!!」
「気に入ってもらえたら幸いです。次も、期待しててください」
思わずズコーッと転げそうになる。
しかし、他のメイド達は彼女の蛮勇を称えていた。
こうして、ゲーテの依頼はミッションコンプリート。
想定外のこともいっぱいあったが、後はセレスさんに任せて王族の指示を仰ごう。
「――君がセイジュ君かい?」
セレスさんの屋敷から直接冒険者ギルドに向かい、掲示板を眺めていると不意に声を掛けられた。
その男は、装備は一流だが背は丸く目の下には大きなクマ。
どこか病的で、今にも消えてしまいそうな雰囲気をまとっている。
直ぐ後ろには、仲間とおぼしき男女。
「そうですけど、何か?」
「いや、急に申し訳ない……ギルドマスターやセレスから、君のことを聞いてね。ちょっとだけ良いかい?」
「ブリギットさんやセレスさんから? 勿論、良いですが……」
男に促され、掲示板横の休憩スペースに移動する。
「忙しいのに申し訳ないね。僕たちは、『偽善者達の葬列』っていうパーティーなんだ。こう見えても、A級の冒険者だよ、ハハ……僕はサンステフ。そっちは、ラフォンとロシェだよ」
「よろしくお願いします」
「初めまして……」
「はい、セイジュ・オーヴォです。よろしくお願いします」
サンステフさんは自虐的に自己紹介をしたが、何だこの雰囲気は……まるでお通夜とでも言うのか、暗い……揃いも揃って伏し目がちだ。
「セイジュ君は、『カード拾い』という特殊依頼を知ってるかい?」
「いえ、初めて聞きました」
「この依頼はね、主に行方不明冒険者の捜索。もしくは死んだ冒険者のギルドカード回収を目的にしている。冒険者としては、花形の依頼と打って変わって地味できつい依頼だよ」
「は…はぁ? そんな依頼もあったのですね」
そう言えば、最初に登録した時メルダさんから死んだ冒険者のカードを見つけたら、回収して欲しいって説明を受けたな。
「あぁ……僕たちは、その『カード拾い』を専門にしているパーティーなんだ。セレスから聞いたけど、君は探査魔法に優れていて、更に『アイテムボックス』持ちだと。もし良かったら、僕達の仕事を手伝って欲しいんだ……」
確かに、『マップ』を使えば行方不明者捜索やカード検索もできる。
なんだったら、『ライブラリ』の検索機能みたいな反則技も可能だ。
ブリギットさんやセレスさんが俺を紹介したとなると、ある程度は信用が高いパーティーなのだろう。
「良いですよ。でも、僕は規約で豊穣の森には入れませんよ?」
「ありがとう! 助かるよ。あぁ、安心してくれ。行先は、豊穣の森じゃなくてキンメリジャンの岩窟群だよ」
「キンメリジャンの岩窟群?」
初めて聞く名前だな。
「キンメリジャンの岩窟群は、東門から出て荒城を越えたところにあるのよ。広大な枯れ野に、大きな岩が林みたいに立ってるの。岩林なんて呼ばれ方もあるわ。そこは、古代文明の跡地でもあって貴重な鉱物や素材が手に入るの。B級以上の依頼も多くて、その分帰らなくなった冒険者も多い……」
「説明ありがとう、ラフォン。今日僕たちは、そこに行って仕事をするわけさ」
ハンターかな? 弓を背負った女性、ラフォンさんが岩窟群について説明してくれた。
「では、僕は探査魔法で生存者やカードを探せば良いわけですね?」
「話が早くて助かるよ。帰ってきてない冒険者の目録は預かってるから早速出発しよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
――ラフォンさんが走らせる荷馬車に乗り、キンメリジャンの岩窟群を目指す。
「……」 「……」 「……」
「はは……」
皆、終始無言だ……ロシェさんなんて、『初めまして……』以来全く喋ってない。
そんな、重たい空気に思わず乾いた笑いが漏れた。
「み…皆さんは、どういった戦い方するのですか? やっぱり、ラフォンさんは弓が主体ですよね?」
「ん? そうだよ。私は、目と耳だけは良かったからこの弓を使うの。後は、斥候なんかもしてるわ」
「僕は、冒険者の王道を行く剣だよ」
「……槍」
「そ……そうなんですね。僕は魔法を中心に……」
沈黙に耐えられず、質問をしてみたが会話が続かない。
ここで、コミュ力高い奴ならぐいぐい突っ込んでいくだろうが、あいにく俺はそんな能力は持っていない。
「魔法と言えば、皆さん物理攻撃が主体のようですが魔法を使う――」
「――着いたわ」
やっとの思いで、捻り出した話題も到着によってかき消してしまう。
――広大な枯れ野には、いくつもの特徴的な岩柱が立ち並んでいる。
塔のように先は細く大きいものには穴が掘られ、先人たちの住処だったのだろう。
全体的に白いのは石灰岩、それとも凝灰岩のせいか?
風雨で削られた岩には、不規則な文様が刻まれ、向こうの世界にもあった世界遺産を思い出すほどだった。
「じゃあ、セイジュ君。後に付いてきながら、探査魔法を頼む。モンスターは僕達が対処するから、魔法に集中してくれ」
「分かりました」
斥候役のラフォンさんを先頭に探索を始める。
さすが、A級冒険者だけあって手際が良い。
モンスターが出ても容易に討伐。
連携が取れた様は、熟練の域だ。
俺は、そんな彼らを見ながら探査魔法で周辺を探る……
ふりをして『マップ』と『ライブラリ』を使い、死亡した人間や死にそうな人間を検索。
「ラフォンさん、もう少し先の大きな岩柱に反応があります。動きはないので多分……」
「そうか……行ってみよう」
巨大な岩柱に掘られた穴。
反応があった場所に入ってみると、そこには無惨な姿に変わり果てた名も無き冒険者。
モンスターに引き裂かれたのか、かろうじて原型を保っていた。
彼らは、亡骸を丁寧に運び出しギルドカードと武器を回収。
その後、火にくべ丁寧に弔った。
立ち上がる黒煙を無言で見つめる俺達。
「セイジュ君、カードと武器を預かってくれるかい?」
「これが、『カード拾い』……」
「そうだよ。地味な仕事だけど、これで彼らが少しでも浮かばれれば良いね。さぁ、次に向かおう」
少し震えた手でカードと武器を預かり、「アイテムボックス』に収納する。
虫が蠢く亡骸、むせ返るような臭い。
荼毘に付す時の何とも言えぬ感情。
これは、思った以上にハードワークだ……こんなことを専門にできるなんて、彼らの精神は強靭か、それとも別の目的があるのだろうか?
「ありがとう、セイジュ君。君のおかげで、いつも以上の成果だ」
「お役に立てて光栄です。でも、かなり精神的に疲れますね『カード拾い』……」
少し遅めの昼食を取りながら、サンステフさんから声を掛けられた。
既に発見した遺体は十体を越え、行方不明だった冒険者を何体も焚き上げた。
臭いが体に染みつき、食欲なんてない。
俺は水分だけを摂取して腹を満たす。
「まぁね。こんな依頼受けるパーティーは私達しかいないわ。今まで何人も探査魔法使える奴に声掛けたけど、セイジュ君以上に正確な奴はいなかったわ」
「な…なぁ? セイジュだったら……フェリエールさんのこと探し出してくれるんじゃ……」
「おい! ロシェ!!」
一貫して、無口をだったロシェさんが口を開いた。
そんな彼を、サンステフさんが凄い剣幕で遮る。
「だ…だって! あの日以来、何回もここで探してるけど見つからないし……サンステフもセレスさんから紹介されたから……藁にも縋る思いでコイツに声掛けたんだろ!! なぁ、セイジュ! 今日ずっと見てたけど、オマエ特定の対象を探査することができるだろ!? お願いだ! 見つけてくれ……」
「お…おい! 落ち着けロシェ!」
ロシェさんは、俺に縋りつくように声を震わせる。
その切羽詰まった様は常軌を逸しており、これは何かトラブルがあるなと思わせるに十分であった――




