ドゥーヴェルニ家訪問、カードゲームをしよう
――ゲーテの頼みで、新しい娯楽を作ることになった。
ダルマイヤックに貴族の娯楽について聞いてみたら、トランプは存在しないらしい。
そこで、俺はトランプを作りセレスさん達に遊んでもらおうと考えた。
「――おかえりなさい、セレスさん。遠征お疲れ様です」
「お~、セイジュ。久しぶりじゃねぇか。どうした? 依頼も受けないでこんな時間に。アタシを待ってたのか?」
「そうです。実は、セレスさんに相談がありまして」
「相談? とりあえず、ルリに依頼達成報告してくるから待ってな」
遠征から帰ってきたセレスさんを出迎える。
いつものように深紅の髪を一本に結い、背には大剣。
以前のような切羽詰まった雰囲気は抜け落ち、頼れる姉貴分……特級冒険者セレスがそこにいた。
「で、相談って何だよ? っても、冒険者関係しか力になれないぞ」
「はい。実は、シルフィード殿下と婚約関係になりまして……」
「へー、お姫様とねぇ……ブゥーッ! ゴッホ…ゴホゴホ……今、何つったオマエ……」
飲食街に移動し、お互い飲みながら開口一番とんでもないことを言い出した俺にセレスさんはぬるいエールを吹出した。
「はい、シルフィード第一王女と婚約関係です。今日の相談とは関係ないのですが、セレスさんにも報告しておいた方が良いと思いまして」
「ゴホ…ゴホ……マジかよ……また急だな、そりゃ。何したら、そんな急展開になるんだよ? てか、そんな話誰が聞いてるか分かんねぇから、こんな場所で出すんじゃねぇよ……」
「は…はい。僕も王城に呼び出されて、マルゴー様やブリオン陛下と話してたら……いつの間にか決まってました……」
「伯父様……相変わらずやることが大胆すぎ。で? アタシは、何すれば良いんだ? 式の余興でもすれば良いのか?」
セレスさんは吹きこぼしたエールを片付けながら、少し不機嫌そうに前髪を直す。
「いえいえ、違います。本当に報告したかっただけですから。本題はこちらです」
そう言って俺は、彼女にトランプを渡した。
「何だこれ? 変な印に数字……子供に数字を教える道具か? にしては、作りが豪華だな」
「実はそれ娯楽品なのですが、見たことありませんか?」
「いや、ないな。社交界でも見たことないし、冒険者の奴らもこんな物で遊んでるの見たことないぞ?」
「そうなんですね。豊穣の森にいた頃、古い書物を拾ってそれに書いてあったのですよ。もしかしたら、ごく一部で流行っていた娯楽かもしれません。それで復刻してみたのですが、相談する相手がセレスさんしか思いつかなくて……」
勿論、そんなことは今考えた設定だ。
ゲーテとの約束もあるし、一回は貴族に遊んでもらいたい。
「へぇ~、失われた娯楽か……良いじゃねぇか! 面白そうだ。今日はもう日が暮れるし、明日ウチに来いよ。ガーネットもセイジュに会いたがってたしな」
「え! 良いのですか? 遠征後でお疲れじゃないですか?」
「いいよいいよ。どうせ、明日はゆっくりしようと思ってたし。昼前には当主の仕事を終わらせておくから、昼飯食ったら貴族街の入口門で待っててくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
よし! これで、貴族相手にトランプの売り込みができるぞ。
歴史が証明している通り、カードゲームは絶対受けるはずだ。
セレスさんに御用商人でも紹介してもらって、先ずは貴族に浸透させよう。
その後、平民用に安価で流通させれば良い。
しかし、この時俺はセレスティア邸で起こる大騒動を予想だにしなかった……
「――明日、セイジュがウチに来る……」
「な!? 坊主がウチに!」
会話の勢いでセイジュを招待してしまったセレスティアは、今になって恥ずかしさに打ち震えていた。
なぜ、ウチに来いと言ってしまったのか?
遊ぶ場所なら、前行ったレストランや他のサロンなどで良いではないか。
あぁ~と頭を抱え悶えるセレスティア。
そんな彼女を見て、ガーネットは良いこと思いついたとほくそ笑んだ。
その日、ドゥーヴェルニ家メイド内に激震が走る。
今まで、男の『お』の字もなかったセレスティアが男をこの屋敷に招待した。
それも、ガーネットを治した稀代の人物……彼女が言うには、セレスティアと浅からぬ仲。
女性の使用人が大半を占めるこの屋敷に取って、この話題は否応なしにセンセーショナルである。
――噂千里を走る。
セイジュが訪問する頃には、全使用人がセレスティアの恋を応援しようと異様な雰囲気に包まれていた……
「セイジュ様、ようこそいらっしゃいました!」
「な!?」
あまりの光景に、俺は言葉を失ってしまう。
貴族街入口まで迎えに来てくれたガーネットさんに連れられドゥーヴェルニ大公爵家の扉を開くと、数え切れないメイドさんが列をなし俺を迎えた。
「見て。あのお方がセレスティア様の想い人?」
「凄い若いじゃない? 成人前かしら」
「でも、あの歳で高名な錬金術師らしいわ……」
「噂ではヒルリアン様の紋章を持っているらしい」
「ガーネット様姉妹も一目置いてるとか……」
その列を通れば、好奇な目とヒソヒソ話が聞こえてくる。
「坊主、すまんな! ここは、ほぼ男子禁制に近い。セレスティアが男を呼んだっちゃなると、あいつら妙に浮足立っちまう。悪気はないんだ、許してやってくれ」
「い……いえ。冒険者としてのセレスさんしか知らなかったので、改めて大公爵家の門構えに驚いてしまいました。それに、ガーネットさんもお元気そうで何よりです」
「そりゃ、もう元気いっぱいよ。坊主のおかげで、目は治ったし身体も軽い! 最近は、暇な時セレスティアと手合わせもしてる。いや~、坊主には感謝だぜ」
マーガレットさんの双子の妹ガーネットさん。
センティピードフロックの毒に侵され、失明しかけてたが俺の調合薬で回復した。
回復前はマーガレットさん同様無表情キャラ。
しかしその実、激情家でヤンキー気質……セレスさんと並ぶほどの武威を持つ卓越者だ。
そんな彼女に案内されながら、セレスさんの部屋を目指す。
さすが、大公爵家だけあって洗練された物ばかり。
「――おーい、セレスティア。坊主連れてきたぞ」
「ちょ! ちょっと待て……い…いいぞ、入ってくれ」
ガーネットさんはドンドンと乱暴にノック。
セレスさんのうわずった声の後、入室を許可される。
入るとそこには白を基調とした広い空間。
窓は大きく、明るい日差しが入り込む。
ゴージャスなシャンデリアや調度品。
ふかふかな絨毯の上には、意匠を凝らしたソファーやテーブルセットが置かれている。
そして、天蓋付きの豪華なベッド。ん? ベッド?
「ここって、セレスさんの寝室なんじゃ……?」
「じゃ! 俺はお茶でも入れてくるから、ごゆっくり~」
思わずガーネットさんを見上げると、彼女はニンマリ顔で俺の背を叩きそそくさと部屋を出て行った。
やっぱり、双子だわあの二人……
「こんにちは、セレスさん。今日は、お招きありがとうございます」
「お、おう……空いてる所に座ってくれ」
窓辺に寄りかかったセレスさんは、自然なままのボディーラインを表現した細く直線的なドレスを着ている。
決して華美にならず、シンプルながらも大人っぽく上品。
それは、彼女の魅力を十分に引き立てていた。
こちらに歩けば、おろされた髪は揺れトリートメントの爽やかな香りが鼻をくすぐる。
彼女は俺の正面に座り、荒っぽく足を組むと照れくさそうに前髪を直した。
「なんかすいません……セレスさんの屋敷、男子禁制だったんですね」
「いやいや、そんなことねぇよ。女の使用人が多いから、そんな雰囲気になっただけだ。実際、男の使用人も居るしな」
「そうですか。あ! これ、お土産なので皆さんで食べてください」
「お!! ありがとな。オマエの料理だったら大歓迎だ」
俺は、アイテムボックスから取り出したお土産を渡す。
王族にも大好評だった、ウィークエンドシトロンのパウンドケーキだ。
「じゃ、早速昨日言ってた娯楽やってみようぜ」
「はい。これは、銀板で作った札に、印と数字が刻まれた『トランプ』と言う娯楽です。印は四種類あり、それぞれ1から13までの数字が刻んであります。そして、道化師の札が一枚。計53枚の絵札を使う娯楽です。今は貴族用に豪華な素材で作ってますが、紙と筆記用具さえあれば平民でも作れると思います」
「確かに、こいつの素材は豪華だ。薄く削られた銀板に様々な宝石。娯楽品と言うよりは、芸術品と思われても仕方ないぞ」
セレスさんは、トランプの一枚を宙にかざしマジマジと見ている。
それもそのはず、銀を均一の薄さと大きさにカットするのは途方もない労力がいるだろう。
「遊び方は色々ありますが、とりあえず一回やってみましょう」
カードをシャッフルした後、裏返しにして半分づつに積む。
「セレスさん、この二つに分けた絵札の内どちらかを選んでください」
「じゃあ、こっちだ」
「では、僕に見せないようにして絵札を確認してください。こんな風です」
俺は絵札を自分に向けて、扇子のように広げた。
「分かった、こうだな」
「絵札の中に同じ数字はありませんか? 今回は、印は関係ないです。あくまで、同じ数字があったら卓上に見えるように置いてください。僕も、置いていきますね」
「おう、何個かあるな」
お互いに、数字のペアを見つけてテーブルに置く。
「今、お互いの手元に数字がバラバラな絵札があります。ここまでが、下準備です。ここから、お互い一枚づつ札を引き合い、数字が揃ったら卓上に置きます。そして……最後にこの道化師の絵札を持っていた方が負けです」
俺は、都合よく道化師が手札にあったのでセレスさんに見せる。
「なるほど、単純な遊びだな。セイジュ……遊びだからと言って手加減はしないぞ?」
「はい、遊びも真剣なほど面白いものです。僕も手加減はしませんよ?」
お互いにカードを引き合う。
二人でやれば必然的にカードは多く、進行はゆっくりだ。
「――ぐっ!」
道化師を引いてしまったセレスさんは、思わず声を出してしまう。
カードゲームの必勝法は、絶対顔に出してはいけないこと。
常にポーカーフェイスが鉄則だ。
そして、セレスさんは俺から最後の一枚を引き抜き手元には道化師のカードが残っていた。
「セイジュ……もう一回だ……」
「はい、時間はたっぷりありますからね」
セレスさんの表情は、分かりやす過ぎる。
俺が道化師に指を掛けるとニッコリし、指をずらすとあからさまに目つきが鋭くなった。
「――くぅ~、悔しい! なぜ勝てん。セイジュ、今日は勝つまで帰さないからな!」
「はは……」
セレスさんは、悔しそうな声を出し興奮している。
これなら、間違いなく万人に受ける娯楽になるだろう。
「セレスティア、なにそんな大声出してんだ? 外まで聞こえてたぞ?」
「ガーネット! いいところに来た。オマエも入ってくれ。セイジュに負けて、悔しくてたまらん」
「それは、良いですね。この『道化師抜き』は、三人や四人でやるのが一番面白いですから」
「ん? それが、昨日セレスティアが言ってた新しい娯楽か?」
丁度、お茶を持ってきたガーネットさんも加わることになった。
うららかで温かい昼下がり、加熱した娯楽はついに危険な領域へと突入する――




