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訓練開始、魔導王女誕生

 ――王城に呼び出された俺は、シルフィード殿下の婚約者にされ、魔法訓練も任されることに……何を言ってるか分からないと思うが、俺もなぜこうなったかは分からない……



「――シルフィー、お待たせしました。できましたよ」

「旦那様! ありがとうございます。う~ん、良い香りですの。大切に使いますわ! ところで、なぜそんなに疲れた顔をしてらっしゃるのです? マーガレット、何かありまして?」

「いえ。セイジュ様の魔法は、相変わらず惚れ惚れするほどの精巧さでした。きっと、シルフィード殿下も直ぐに魔法を制御できるようになると思います」


 呼び方が旦那様になってるのはさておき、ゲッソリとなった俺にシルフィーが心配の声を掛ける。

 そんな俺を横目に、マーガレットさんはしれっと無難な返答をした。

 いや、貴女の責めで前回の百倍は疲れたんですがねぇ?



「では、次は魔法訓練ですわね。旦那様、見てくださいな。これが、エルミアから習った最初の魔法ですの!」

「殿下! なりません!」


 エルミアさんが止めに入った時には、もう遅かった。

 シルフィーが立てた人差し指の先に、膨大な魔力が圧縮され部屋全体は振動。

 瞳から色は抜け落ち、髪の毛は()()()()、明らかにトランス状態だ。

 なおも圧縮は続き、このままでは暴走してしまう。


「くっ! セイジュ君、マーガレット頼む!」


 臨界点に達した魔力の塊は、彼女を中心に烈火の海を発現させた。

 このままでは、ケガどころではない。

 俺は、二人に目配せをし結界魔法を張る。


「間に合え――ッ!」


 炎の海を上書きするように、水の絨毯を作り出す。

 相反する魔法のぶつかりは相克を起こし、立ち上がった水蒸気が皆の姿を霞ませた。



「なんともはや……想像以上じゃな、肝が冷えたわい」

「あらあら、シルフィーにこんな才能があったとはね。黒い髪も愛らしくてよ」


 ブリオン陛下もマルゴー様もご無事なようだ。

 マーガレットさんの手には瞬時に取り出した杖が握られ、二人を幾多の防御魔法層が包んでいた。

 シルフィーも、エルミアさんの身を挺した守りに無傷。


「エルミアさん、なんて魔法教えてるのですか……?」

「今のは、子供に教える初期の初期魔法だ」

「え?」

「指先に小さな火を灯す魔法。しかし、殿下の感情に呼応し暴走する。今日は喜ばしいことがたくさんあったからな。感情が高ぶっておられるのだろう」

「……ごめんなさい」

「シルフィー、謝ることはないよ。僕だって最初は死にかけたし。まずは、自分の中にある魔力を操作できるように訓練しよう」

「旦那様……お願いします!」

「ふふ、セイジュ卿にお任せすれば大丈夫そうね。でも、もうお昼ですし続きは食事の後にしては?」


 落ち込むシルフィーを元気付け、訓練は午後からすることになった。




 ――晴天の下、庭園には心地よい風が吹き花の香りが立ち込める。

 ここは、以前セレスさん達が人類頂上決戦をした場所だ。

 今はすっかり元の状態に戻され花々はその美しさを競い合う。


 そこから少し離れた芝生に俺とシルフィー。

 マルゴー様達はガーデンテーブルに座り、俺が献上したお菓子を食べている。


 用意したのは、パウンドケーキだ。

 生地には、レモンやグレープフルーツの果汁を入れたウィークエンドシトロンタイプ。

 爽やかな酸味が、この国にはピッタリだろう。


「ほほぅ? こいつは美味いな。甘いものはあまり食べんが、こいつはなんとも爽やかで食べやすいのぅ」

「これは、本当に美味しいですわ。今まで食べたお菓子の中でも一番かもしれません。それに、とても紅茶に合う……」

「セイジュ君は、戦闘面だけでなく文化面でも造詣が深いようです。お師匠様も、彼の料理をとても気に入ってます。かく言う私もですが……」

「うぃ~、どうじゃ? シルフィーと坊やの様子は」

「あらあら、噂をすればセイジュ卿の料理にユグドラティエが寄ってきましたわ」


 噂をすれば影が差す。

 気を見計らったように、ユグドラティエさんも輪に加わる。

 寝起きなのか気だるそうな彼女は、早速パンドケーキをつまみ食いすると満足そうに顔をほころばせた。



「お母様達だけズルいですわ! 旦那様、私の分もありますわよね?」

「勿論、ありますよ。でも、今日の訓練が上手くできなければお預けかもしれませんよ?」

「まぁ! 旦那様は意地悪ですのね。ところで、どんな訓練をいたしますの? 自分の中にある魔力を操作すると、先ほどいってましたが」

「そうですね。訓練の前にお聞きしたいのですが、シルフィーは、魔力の流れを意識してますか?」

「流れ……ですか? いえ、特に意識してませんわ。どちらかと言えば、目の前に魔法よ発現しろ~って意識してますの」

「なるほど。僕もそうなのですが、体内の魔力が大きい人ほど操作と制御の訓練をしなければならないと考えています。たぶん、マーガレットさんもそうだと思います。聞いてみましょう。すいませーん、マーガレットさん、ちょっといいですかー?」


 魔導において人間の到達点に近いと言われる、マーガレットさんを呼ぶ。


「セイジュ様、どうされました?」

「すいません、マーガレットさんお聞きしたいことがありまして。マーガレットさんは、自分の中に流れる魔力をどういう風に考えて、制御と操作してますか? 例えば僕だったら、魔力の流れを暴風に例えて身体の中心、心臓に渦巻く竜巻のように圧縮する操作をしてますが」

「私ですか? そうですね……音でしょうか? 私の杖には鈴がついていますが、音が波紋のように広がる感覚でしょうか。攻撃ではその波紋がどこまでも広がる感覚で、逆に防御では守る対象に波紋が留まる感覚です」

「ありがとうございます。やっぱり、マーガレットさんにも心象があったのですね。シルフィー、こう言ったように自分の中に魔力が流れる心象を持ってください。僕は暴風、マーガレットさんは音の波紋。シルフィーは、何に例えますか?」

「私は……」



 ――自分の中に魔力が流れるイメージ。

 この時、シルフィードは深く考えた。

 毒蛇に噛まれ、意識が朦朧とする中感じた一陣の風。

 その風は、まだ羽ばたき方を知らない彼女に寄り添う道標。

 身体全体を優しく包み込み、風に遊ぶ鳥が如く彼女を無辺の蒼天に誘う。


 ――暴風にあらずや、天津風。風に遊ぶぞ、亜麻の(さぎ)



「旦那様、私も風ですわ。でも、それは天高く吹く風。私という鳥を運ぶ道標ですの」

「シルフィーにぴったりな心象ですね。そこまで落とし込めてたら、後は簡単です。自分を風切羽に見立てて、そこに魔力を流すように操作してみましょう」

「風切羽……鳥が空を翔る……魔力の風に乗る……」


 シルフィーは、目を閉じ言葉に出しながら自分のイメージを思い描いている。

 うん、いい感じだ。

 彼女の足元から魔力の風が立ち上がり、髪の先まで空気の循環が出来ている。


「良い感じです、シルフィー。そのまま、右手を出してください」

「わかりました……こうですの?」

「そうです、人差し指を立てて火を灯してください」

「で! でも……」

「大丈夫です、失敗はしません」


 先ほどの失敗から臆病になっているシルフィーに、俺は優しい声で語り掛ける。

 彼女は震えながら指先を立てると、そこには小さな青い炎が揺らめいていた。


「シルフィー、目を開けてください」

「す……すごいですわ。今まで失敗ばかりしてきたのに……なんて綺麗な炎ですの」

「おめでとうございます、成功です。今のように、自分の風切羽に流れる風を忘れないでください。そして、できれば毎日この訓練を続けてください。そうすれば、すぐに魔法が制御できるようになりますよ」

「旦那様……ありがとうございます……」


 彼女は、眼に涙を浮かべながら成功を喜ぶ。

 髪は黒に変色しているが、瞳の色は鮮やかなままだ。

 ひとまずこれで暴走は抑えられるだろう。

 後は、訓練の継続次第だ。



「のぅ? ユグドラティエ。なぜ、シルフィーの髪の毛は黒に染まっておるのじゃ?」

「ん? あれは、一種の先祖返りじゃな。元々、魔力に感受性が高かったのじゃろ? 坊やの魔素を受けて、受け継いできた初代の力が目覚めたのじゃろうな」

「初代? まさか、初代国王陛下か!?」

「そうじゃ。あ奴も綺麗な黒髪じゃったのぅ。光に輝く様は、そっくりじゃ。まったく……坊やは、本当に我の琴線を震わせる……」

「初代国王陛下……そのたぐいまれなる魔法と武勇で、暗黒時代を生き抜いた『勇者』。そして、彼が築いたのがここラトゥール王国……貴女は、シルフィーが初代国王陛下と同じ力を持っていると言いますの!?」

「いや、覚醒しておるのは魔導だけじゃ。初代は苛烈じゃったが、どちらかと言えば剣に秀でておったわ。あ奴の足元にも及ばん。じゃが、マルゴー覚悟しておくのじゃ。王位継承を放棄しているとはいえ、シルフィーは今後坊やと同じように様々な厄介ごとに巻き込まれそうじゃ。我は中立ゆえ口出しはできんが、困ったことがあったら相談するのじゃぞ?」

「ユグドラティエ……感謝いたしますわ……」



 ――奇しくも、セイジュの魔素で魔導に覚醒したシルフィード。

 この二人の婚約が、今後世界に多大なる影響を与えることなど誰も予想だにしなかった。

 悪辣に微笑む二柱以外には……



「さて旦那様! 私にもお菓子をくださいな」

「はいはい、シルフィーの分は特別製ですよ。皆んなの所に戻りましょう」

「あ!? 今、私のことお子様扱いしましたわね?」


 お菓子をねだるシルフィーを子供扱いしてしまい、見抜かれてしまう。

 彼女のジト目でポカポカと叩いてくる姿は、なんとも愛らしいものだった。



「美味しいですわ! 白いふわふわに、甘酸っぱい赤いソース。こんな美味しいお菓子今まで食べたことありませんわ」


 シルフィーには、特別製のパウンドケーキ。

 たっぷりの生クリームにベリーのソースが掛かったものを出した。

 彼女は、口に周りについた生クリームを気にもせず幸せそうに食べている。


「のぅ? 坊や。我に出してほしいのじゃ」

「いけませんわ! ユグドラティエ様。これは、旦那様が特別に作ってくれたものですの」

「ぐぬぬ……では、シルフィー一口欲しいのじゃ」

「嫌ですわ」

「欲しいのじゃ〜。坊やは我が先に見つけてきたのじゃぞ!」

「だったら、私はセイジュ様の婚約者ですわ?」

「なら、我と坊やは一緒に寝た仲じゃぞ?」

「まぁ!! 旦那様。なんて破廉恥な。英雄色を好むと言いますが、側室は片手で収まる数にしてくださいな!」


 ユグドラティエさんを側室扱いする豪胆さは置いといて、子供の喧嘩のようにやり取りが続く。


「まったく……どっちが子供か分からんぞ?」

「ふふ。でも、ユグドラティエもセイジュ卿と知り合って随分と楽しそうですわ。シルフィーもセイジュ様も、どうか健やかに育ってほしいものですわ」


 マルゴーは、扇子で口元を隠しながらも、母親らしい和らかい目でそう言った――

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