王宮登城、殿下再び
「――セイジュさん、書簡が届いてますよ」
冒険者ギルドで先日の詳細を話し、宿に戻ると一通の書簡が届いていた。
手触りの良い羊毛紙に、どこかで見たことあるような封蝋。
見た目からして、重要な書簡だと分かった。
――セイジュ・オーヴォ。明後日、登城せよ。マルゴー・ドゥ・ラ・ラトゥール――
封蝋は、王家の紋章だったか……マルゴー様からの呼び出し?
全く身に覚えはないが、国家最強権力者の一人に呼び出されては参上せざるを得ない。
献上品とか持参した方が良いのかな?
となると、食べ物? コスメ? 宝飾品? どれが良いかと考えていたら、あっという間に当日を迎えてしまった。
白亜の城は、今日も驚きの白さだ。
いや、当たり前だけど。
堅牢な城壁には、たくさんの塔がにらみを利かせている。
難攻不落、この城は大軍をもってしても攻め落とすことはできないだろう。
もっとも、ユグドラティエさんがいる時点で誰も攻めようとはしないはずだ。
「おはようございます、セイジュ・オーヴォです。命令に従い参上いたしました」
「はい、おはようございますオーヴォ様。話は聞いております。今迎えが来ると思いますので、そのままお待ちください」
子供だと侮らずに礼儀正しい対応をしてくれた。
一門番にも一流の教育を施す。
この城は、壁の白色が表すように気高く誇りに満ちた場所なのだな。
「お待ちしておりました、セイジュ様」
「マーガレットさん! ご無沙汰してます。お元気そうでなによりです」
「はい、私もセイジュ様にお会いできるのを楽しみにしておりました」
マーガレットさんは以前のような無表情ではなく、目を細めうっすらと笑っている。
なんだろう?
背中がゾクッとするこの笑みは。
まるで待ちに待った玩具が届いたような、喜びと少しだけ嗜虐性を持った氷の微笑。
微かに頬を染め、己の情欲を必死に隠そうとしている。
「――セイジュ様をお連れ致しました」
「入りなさい」
部屋に入ると、マルゴー様にブリオン前国王陛下、そして以前助けたシルフィード殿下が座っていた。
殿下の後ろには、エルミアさんが直立不動で寄り添いこちらを見据えている。
「セイジュ卿! やっとお会いできましたわね。卿には、なんとお礼をいったらよいのか! 卿のおかげで――」
「「おい、マルゴー「お母様!」」
「あらあら、ごめんなさい。セイジュ卿、改めて紹介しますわ。ロートシルト現国王陛下の父君にして、前国王陛下のブリオンお義父様。そして、第一王女の――」
「はい! はい! 私は、シルフィード・ドゥ・ラ・ラトゥール。歳は10歳になりました。末永くよろしくお願いしますわ! セイジュ様!」
末永く?
母の話を遮り目を輝かせ俺の前に飛び出てきた彼女は、両手でスカートの裾を軽く持ち上げ片足の膝を曲げた。
幼いながらも、堂に入った所作は教養の高さを感じる。
左手には、俺が作った状態異常を防ぐ指輪がつけられていた。
良かった、指輪の効果は未だ失われていないようだな。
「よろしくお願いいたします、シルフィード殿下。ご無事でなによりです。まだ、その指輪をつけていらしたのですね?」
「当たり前です! エルミアから全て聞きました。私の傷を癒して頂き、更に毒から身を守るこの指輪まで頂けたなんて……殿下など不要です! どうぞ、私のことはシルフィーとお呼びくださいな」
なんだこの初めから好感度マックスの状態は?
あたかも、英雄譚の勇者にでも会えたかのような興奮と眼差し。
胸の前で指を組み、全身でその喜びを表している。
「ほらほら、シルフィーもはしたないですわ。セイジュ卿が困っておいでよ。一旦座って落ち着きましょう」
「なら、セイジュ様は私の隣に座ってくださいな。ほら、今日はエルミアも一緒ですの」
「は…はい……エルミアさんは、いつものと格好が違いますね?」
「ああ、今日は近衛兵としているからな。私のことは、いない者だと思ってくれ」
胴体前面に横向きの飾り紐が目立つ肋骨服と、腰には細い突剣。
凛々しくも頼もしい姿だ。
そんなエルミアさんの前にグイグイ引っ張られ、強制的に並んで座る。
マーガレットさんが全員分のお茶をつぎ直した所で、改めて本題に入ることができた。
「さて、セイジュ卿。今日は、ここに居る皆が卿にお話がありますの。お義父様の都合もやっと合ったので、呼び出させて頂きましたわ」
マルゴー様は、扇子で口元を隠しながら今日の用件を伝える。
「まずは、私から。セイジュ卿、先月のシャンプーとトリートメントありがとうございました。そして、なによりこの髪留めです! 『極楽鳥の飾り羽』、ロマネ婦人派の悔しそうな顔は、見ものでしたわ」
今日も亜麻色の髪を指で遊ばせながら、上機嫌に髪留めを指差す。
シャンプーとトリートメントは続けているようで、艶めく髪はマルゴー様の美貌を更に高めていた。
「それは、なによりです。頑張って作った甲斐がありまーー」
「――そう! それですわセイジュ様! お母様ばかりズルいです。私にも、シャンプーとトリートメントを作ってくださいまし。後、石鹸も……」
隣に座るシルフィード殿下が、被せるように俺を見上げてくる。
親譲りの少し明るい亜麻色の髪に、花形のレースがあしらわれたヘッドドレス。
ヘーゼルの大きな瞳はマルゴー様をそのまま幼くしたように輝き、将来の美貌を約束していた。
「でしたら、後でお時間頂ければシルフィード殿下の分も――」
「――シルフィー!」
「シルフィーさん……」
「シ・ル・フィー!!」
「シ……シルフィーの分も後でお作りしますね」
「本当ですの!? ありがとうございますセイジュ様。約束ですからね」
シルフィーは花が咲いたように笑い、押し切られる形で愛称呼びをすることになってしまう。
そんなやり取りを、マルゴー様とブリオン陛下は微笑ましく見守っていた。
「セイジュ君、殿下の件でもう一つ良いだろうか?」
「何でしょう? エルミアさん」
「キミは殿下の傷を治療した時、ポーションを使ったと言ってたが、本当は魔法で直したのではないか?」
「ええ、実はそうです。すいません、嘘をつくようなことをして……」
「責めてるわけではない。やはりそうか……」
エルミアさんから、洞窟での治療について聞かれる。
なぜ今更?
「実は、殿下は魔導に覚醒している。キミの濃密な魔素が呼び水になったのだろう。そして、その潜在能力は計り知れない」
「本当ですの? エルミア」
「ハハッ、凄いじゃないかシルフィー」
マルゴー様もブリオン陛下も驚き喜んでいる。
「間違いありません。これに関しては、お師匠様の確認済みです。内密に魔法訓練していますが、膨大な潜在能力に振り回されているようです。そこで、お師匠様はセイジュ君に面倒みさせろと」
「なぜ僕に? 魔法においては、お二人に一日の長があると思いますが……」
「確かに、そうかもしれない。しかし、人とエルフでは魔法認識が微妙に違う。人は人に、エルフはエルフにが一番なのだよ。その点、お師匠様に認められたキミが適任だ」
「私もセイジュ様に教えて頂きたいですわ! 早速、訓練に行きましょう」
シルフィーは、やる気満々に立ち上がり俺の手を引っ張る。
「おいおい、待つのじゃシルフィー。まだ、儂の話も終わっておらんじゃろ?」
「ごめんなさい……お爺様……」
「ハッハッハッ! よいよい、今日のシルフィーの姿を見て儂も心が決まったわい」
ブリオン陛下も、娘の降って湧いたような話題に気分を良くし豪快に笑っていた。
そして、そのままこちらに顔を向けて驚きの提案をする。
「おい、セイジュ。孫娘と婚約せい」
「は?」
「聞こえんかったか? シルフィーと婚約せいと言ったのじゃ」
なに? なに? なに? この展開は。
ブリオン陛下は真面目な顔でこちらを見つめ、マルゴー様は扇子で口元を隠しながら、うんうんと頷いている。
当の本人は、顔を真っ赤にしながら俺の服の袖をギュッと掴んでいる。
助けを求めるようにエルミアさんの方を振り返ると、彼女は気まずそうに視線を逸らした。
絶対知ってた……俺以外が、今日この話題が出るのを知っていた。
「いやいやいやいや、なぜそうなるのです? 僕は12歳、彼女は10歳ですよ? 成人もまだまだ先なのに婚約など……それに、どこの馬の骨とも分からない男に第一王女を差し出しますか?」
「ん? なぜだと? それは、シルフィーの希望に決まっておろう。王族や貴族は、10歳を超えれば婚約者がいて当たり前じゃ」
「それにね、セイジュ卿。どこの馬の骨などではありませんわ。卿は、ユグドラティエが認めた存在。今は箝口令を敷いていますが、卿の存在感はこれからどんどん大きくなるでしょうね」
「しかし、現国王陛下のいない所で勝手に決めて良いのでしょうか?」
「お父様は関係ありませんわ! セイジュ様は……私がお嫌いですの……?」
大きな瞳に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうに手を握ってくる。
それは、反則だろ! どんどん外堀が埋められていく……
「なんじゃ? セイジュ、孫娘では不服だと……」
「セイジュ卿……年頃のシルフィーと洞窟で同衾したと、エルミアから聞きましたが?」
ブリオン陛下は低い声を更に低く震わせ、マルゴー様は扇子越しに威圧感のある笑みを浮かべた。
あっ……これは、詰んだわ……
「――で…では、お互い成人してもシルフィーの心が変わらなかったら結婚ということで……」
「お? そうか、いや~めでたいのぅ」
「あらあら、良かったわねシルフィー」
「はい! お母様、たった五年ですの。今以上、魅力的になってセイジュ様を虜にさせてみせますわ!」
「おめでとうございます、シルフィード殿下にセイジュ様」
お茶をつぎ直しにきたマーガレットさんと目が合う。
彼女は、慌てふためく俺を見て愉悦の笑みを浮かべていた。
このドSが……
――婚約の話がまとまった俺は、そのままシルフィーの石鹸、シャンプー、トリートメント作りの為別室に移動した。
後ろには、前回同様マーガレットさんが侍る。
「マーガレットさん、シルフィーの好きな香りを知ってますか?」
「シルフィード殿下でしたら、特に赤色の果物をよく召し上がっております。ちなみに、私は青系の果物が好きですよ?」
近い……なぜ耳元で囁く?
「あ……ありがとうございます。あ…あの、妙に近いと思いますが……? 後、当たってます……」
「当てております。実は、私もセイジュ様にお願いがありまして……」
背後から覆いかぶさるように密着される。
「以前、セイジュ様から頂いた物がそろそろ無くなりそうなので……」
「分かりました、分かりましたから! ちょっと離れてください。青系の果物の香りが良いんですね? ついでに、ガーネットさんの分も作りますから渡してください」
「あら? あの娘の分まで? 本当に、セイジュ様にはセレスティアの件も含め感謝しております。今度、ぜひ姉妹揃ってお礼がしたいですね……」
「大丈夫です!! 間に合ってますから!」
更に密着度は増し、耳に吐息がかかる。
手は俺の太ももに置かれ、仕事で荒れがちな指先がS字を描くように泳いだ。
「そう? 残念ですね。セイジュ様なら、きっとこういうのお好きだと思ったのですが……」
「はぁ……これ以上からかうの勘弁してください……」
俺から離れた彼女は、残念そうに蠱惑的な笑みを浮かべていた――




