共同戦線③、事後処理
――荒城奥、玉座の間にてゴブリンマーシャルとオークジェネラルを相手にした。
俺がエルミアさんに渡したハルバードは、この世界に認識されたことによって神具へ覚醒。
圧倒的回復力を持つマーシャルとその周辺を焼き尽くし、まるで音さえ燃やし尽くしたように静けさだけが領していた。
「――ハァ…ハァ……なんて武器だ……力がみなぎってきたと思ったら、一薙で魔力の殆どを持ってかれたぞ……」
彼女は槍斧に寄りかかり、苦しそうに肩で息をしている。
「すいません……まさか、ここまで強力な武器とは思いませんでした」
「強力ってもんじゃないからねこれ!! この一本で国が滅ぶよ? セイジュ君、なんて物作り出してるのよ、もう! 帰ったらお師匠様に相談しないと……」
「は、はは……カントメルルさん、このことは内緒に……き、気絶してる……」
エルミアさんはあまりの強さに素に戻り、カントメルルさんに至っては理解が追いつかず気絶していた。
「団長が帰ってきたぞー」
「氾濫が治ったのは、やっぱりエルミア様のおかげでしたか!」
「お疲れ様です、団長!」
「いや〜、何とかなったな。けが人は多く出たが、死んだ奴はいねぇ。さすが王国騎士団様だぜ」 「こんだけ倒しても、あの報酬額じゃ割に合わない。後で、ギルドに怒鳴り込んでやる」
露営に帰ってきたエルミアさんは、部下や引率の冒険者から労いの言葉を受けている。
こっち側の討伐も終わったようで、積み重なったモンスターの死骸は魔法で燃やされ煙を立てていた。
「団長、ところでその子達は?」
「あぁ、この子はセイジュ君だ。彼は少し変わった魔法が使えてね、ちょっと手伝ってもらったのだ。そのおかげでカントメルルさんも救出できたぞ」
「へぇ~、その歳で団長に目を掛けてもらえるなんて将来有望だな! どうだい、騎士団に来ないか? 『きつい』、『危険』、『団長怖い』、だけど飯の食いっぱぐれはないぞ」
「おいおい、そいつはもう冒険者ギルドのもんだぞ。今日の動き見てたが筋が良い。けっこう上の等級まで行けそうだ」
思わぬ勧誘を受けてしまい、戸惑っていると背中がもぞもぞと動いた。
「う……うん……ここは?」
「気が付きましたかカントメルルさん? 討伐は終わりましたよ。ここは露営地です」
「え? きゃ!」
俺に背負われたカントメルルさんは、目を覚ましたと思ったら恥ずかしそうに俺から離れてしまった。
「き、貴様ぁああ!! 何をやっている!?」
「え? ダルマイヤックさん?」
俺達の様子に気付いたダルマイヤックが必死の形相で近づいてくる。
「だから何をやっていると聞いている! 平民の分際で、我が生涯の伴侶に触れるとは極刑に値する。王家に連なる者として、これ以上の狼藉は看過できんぞ!」
「い、いえ……まさか女性だったとは……すいません、中性的な恰好だったので」
「なおも愚弄するかぁああ!! 決闘だ! ダルマイヤック・フィリピーヌは貴様に決闘を――」
「いい加減にしなさいダルマイヤック! そもそも、貴方が調子に乗って荒城奥に行かなければこうはならなかったのです! 前から言ってますが、冒険者とは慎重に行動するものなのです。全員がセレスティア様のように成れるわけではありません。いいですか? 今日という今日は――」
激高したダルマイヤックに決闘を申し込まれそうになったが、カントメルルさんが怒涛の勢いで止めに入る。
彼女のマシンガントークにダルマイヤックは借りてきた猫のように大人しくなり、冷や汗を浮かべていた。
「あれって、もしかして……?」
「ん? そうだよ、ダルマイヤックは完全にカントメルルの尻に敷かれている。彼女は基本ダルマイヤックに従っているが、時々ああやって叱るのさ。今日は、死にかけたこともあって一段と怖いな……」
彼らの夫婦喧嘩は冒険者ギルドでは風物詩なようで、冒険者達は呆れ顔でそのやり取りを見つめ騎士団達は我関せずと撤収の準備を初めていた。
イレギュラーな展開はあったが、死者もなくゴブリンオーク共同討伐依頼は無事幕を閉じたのであった。
「――なるほど。A級の奴らから大まかに聞いてはいたが、そんなことがあったとはな。ゴブリンの変異種にオークの上位種……これ以上、めんどくさいことが起きなければ良いけどねぇ」
後日、俺はギルドマスターのブリギットさんに呼び出され事の真相を話していた。
切り揃えられた髪に知的な眼鏡。
短いスカートから伸びる脚は大胆に組まれ、目のやり場に困ってしまう。
「フフッ、君も男の子だな。私も、まだまだいけるかな?」
俺の視線に気づいた彼女は、悪戯っぽく笑い眼鏡の位置を直した。
初めて会った時もそうだったが、この人は相手を見透かしからかう癖があるようだ。
「目、良すぎですよ……」
「こういう性分なんでね」
「それより、あの荒城は何なのですか? 無限にゴブリンやオークが湧くなんて、聞いたことありません」
「それがなぁ〜、誰にも分からないんだよ。建国前からあるらしくて、定期的に玉座の間からゴブリン達が湧く。無論、今まで何回も破壊や封印を試みたができないんだよ。幸い、雑魚しか湧かないから国と協力して管理してるんだが……うーん、今回みたいな変則的な事態が起きたとなるとなー」
ブリギットさんは、今後の対策を考えているようで腕を組み宙を見つめる。
「そうですか。解決策がないのでしたら、様子を見るしかなさそうですね。エルミアさんも強力な武器を手に入れたようでしたから、騎士団がいる限り大丈夫だと思いますよ?」
「まぁ、そうだな。今後も定期的に監視して、早めの対応をするかな。うん、セイジュ君今日はありがとう。すまないね、朝一から呼び出して……ところで、ダルマイヤックのお坊ちゃんから決闘を申し込まれたのは本当かい?」
荒城の話が終わったと思ったら、また遊び心あふれる笑顔を浮かべた。
「えぇ……でもカントメルルさんに止められて、もの凄い勢いで怒られてました」
「ハハッ!! カントメルルは災難だったが、彼にとっては良い薬になっただろうな。ありがとう、もう行って良いぞ」
「はい、失礼します」
「――あ?」
「ぐっ!」
「ゴホン! ダルマイヤック……?」
階段を降り、依頼掲示板でばったり件のダルマイヤックとカントメルル組に会ってしまった。
ダルマイヤックは何か言いたそうな顔でこちらを見ているが、カントメルルさんの咳払い一つで大人しくなる。
「へいみ……セイジュ! 今日俺は、この依頼をうけるぞ! 貴様より早く等級を上げてやるからな。貴様も早く俺に追いつけるように、が、が、がんばれ……行くぞ! カントメルル」
激励された?
言いたいことを言ったダルマイヤックは、足早に去ってしまった。
「ふふ、ごめんなさいセイジュさん。あれは、彼なりの謝罪と激励なんです。共同依頼でだいぶ懲りたみたいで、色々考え直した結果だと思います。セイジュさんには感謝ですね。では、私も行きます。今日も頑張りましょう!」
上機嫌なカントメルルさんは、ダルマイヤックの横に並ぶ。
まんざらでもない表情のダルマイヤックも、先日にはなかった優しい雰囲気を発していた。
「俺も頑張らないとな……」
――王宮を歩く一つの影。
美しく輝く黄金の髪と瞳。
背筋はピンと伸び、一線を画する身の運び。
肩に背負った槍斧には、幾重にも布が巻かれていた。
これからエルミアは、師の待つ離宮に向かいこの神具の処遇を決めてもらうつもりだ。
今日のエルミアは珍しく緊張していた。
「お師匠様、失礼しま――、ッて! 何ですかこれは!?」
「おぉ~、きたかエルミア~。少し散らかっておるが楽にするのじゃ」
「これは少しじゃないでしょ! お師匠様! というか、服を着てください! 服を。今日は、大事な話があるって言ったじゃないですか。もう! 下着まで脱ぎっぱなしで……」
緊張しながら扉を開けた彼女を待っていたものは、ベットの上で一糸纏わぬ裸体を晒すユグドラティエの姿であった。
周囲には、脱ぎ散らかした衣服に下着。
テーブルの上には飲みかけのワインなど、とても話し合いなどできる環境ではない。
その酷さに、先ほどまでの緊張感は一気に抜け落ちてしまった。
「お師匠様、先ずは片付けさせてください。話はそれからです……」
「いや~、すまんすまんのじゃ、メイドが体調不良でのぅ。しばらく暇をやったらこの有様じゃ」
ユグドラティエは、ダラダラと服を着ながら反省の色なしに笑っている。
エルミアは師の怠惰っぷりに少しだけムッとしたが、いつものことだと気に留めず作業を始めようとした時……
「ところでエルミア、その拘束魔道具で包まれた武器はなんじゃ?」
――エルミアは自分を恥じた。
彼女は、今日の本題にとっくに気付いている。
神具を手に入れてしまったエルミアの緊張感を少しでも解そうとするブラフ。
その気になれば、魔法で直ぐにでも片付けはできたはず。
ユグドラティエの心使いに気付いたエルミアがハッと顔を上げ目が合った時、師は優しく微笑んでいた。
「お師匠様、これはどうしたら良いのでしょう?」
大方片付いた後、エルミアは『ファロスアノアの槍斧』をテーブルに置いた。
「ふむ、坊やはまた大層な物を作ったのぅ?」
「お師匠様、私はこの武器が怖いです。一瞬で滅ぼす天空の炎……一振りで百年は寿命が縮まりました」
「神代の魔法を再現か、どれどれ?」
ユグドラティエが柄を持ち軽く力を込める。
穂先は太陽の輝きを持って主の帰還に歓喜し、部屋全体を煌々と照らした。
「ほほぅ〜、こいつはまるで猟犬じゃな。狩がしたくてうずうずしておる。エルミアはどうしてほしいんじゃ?」
「お師匠様の力で封印してほしいです」
「封印? お主、これがあれば同胞を率いて新しい国が起こせるのじゃ?」
「私は、そんなことを望みません。そして、私が死んだ時この槍斧は必ず戦争の火種になります。だからこそ、悠久を生きるお師匠様に封印か拘束をしてほしいのです」
エルミアは、真剣な表情でユグドラティエを見つめる。
この武器は人界に存在してはいけない。
本来なら、これを作ったセイジュもユグドラティエ並みに制限を受けなければならない。
しかし、それはセイジュにとって想像を絶する足枷になってしまう。
「お主にそこまで言わせるとは、坊やは果報者じゃな。とりあえず、我の許可なく使えぬようにするかのぅ?」
「ありがとうございます! お師匠様」
エルミアの心情を読み取ったユグドラティエは、封印の準備を始める。
彼女は立ち上がり、抜身の槍斧を抱きしめた。
身体全体は、魔力の淡い光に包まれる。
その朧げなシルエットがはっきりした時、槍斧は身を隠しユグドラティエだけが神妙に佇んでいた。
「ほれ、身体の奥深くに封印してやったのじゃ。これで、我とお主しか使うことができん」
そんな重大なやり取りがあったとはつゆ知らず、宿に帰った俺の元へ一通の書簡が届いていた――




